高村光太郎の詩「道程」には、一篇の詩と、第一詩集に収められているもの、ふたつのバージョンがあるそうです。どちらかというと、わたしは詩集版の長い詩の方が好きです。
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出來る
道は僕のふみしだいて來た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる
何といふ曲りくねり
迷ひまよつた道だらう
自墮落に消え滅びかけたあの道
絶望に閉ぢ込められたあの道
幼い苦惱にもみつぶされたあの道
ふり返つてみると
自分の道は戰慄に値ひする
(略)”
今日は引き続き、字幕翻訳家の太田直子さんの本を紹介しようとしているのですが、字幕翻訳家は、「これをやれば必ずなれます。稼げます」という道がありません。
いまでこそ、専門学校や講座なんかがありますが、卒業してしまえば、再びワナビー。デビューの糸口をつかむことほど、難しいことはありません。高村の詩は、そんな先人たちの気負いと嘆きが詰まっているように感じます。
ロシア文学にほれ込んだ太田さんの道も、平坦ではありませんでした。エピローグに収録されている、「字幕屋Nが出来るまで」はおすすめ。
夢破れても、なんかある。その辺の土でもつかんでこい!(安藤百福の言葉)といわんばかりの気迫に、うっかりウルッとしてしまいました。
☆☆☆☆☆
『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』
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そもそもこの本を読もうと思ったのは、字幕制作の過程が細かく紹介されているからです。
ハコ書き
↓
スポッティング
↓
翻訳
↓
推敲
↓
初号試写
こうした字幕付き映画制作の一連の流れがよく分かる構成です。縦書き・横書き原稿の写真もあり、リアルな現場が見えます。
日本の映画字幕は、世界一と言われているそう。翻訳のクオリティ、タイミングの妙、どれもがすばらしく練り上げられているんですね。
ところが、こうした技は、人間の職人が積み上げてきた、非常に繊細な技術なんです。それが、ソフトで再現できるのだろうか?と、疑問を呈されています。
わたしが仕事をしていた翻訳事務所は、まさにそのソフトを使って制作していました。笑
このソフト、めちゃくちゃ高いんです。なので、翻訳会社のトライアルを受けようとすると、「ソフト所有の有無」を聞かれることが多いです。
ソフト持っている>>>技術力ある
ということ、なんでしょうね……。
太田さんは、「ボディガード」や「コンタクト」など、多くのハリウッド映画を手掛けられています。字幕文化へのプライドを感じられる一冊は、記号の使い分けや、漢字とひらがなの選択基準など、ビジネス文書でも参考になりますよ。
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