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『星へ行く船』#998

「自身を変えるような運命の一本に出会えることは、幸せなこと」 映画研究者の伊藤弘了さんは、著書の『仕事と人生に効く教養としての映画』の中でそう語っておられました。 『仕事と人生に効く教養としての映画』#996   わたしの場合、映画は「運命の一本」がいっぱいありすぎなんですが、小説なら絶対これ!というのがあります。 それが、新井素子さんの『星へ行く船』。 ひとりの女性の成長物語としても、かっこいい大人のあり方としても、大きな刺激を受けたシリーズです。 新井素子さんの小説を通して、SFやハードボイルドという分野を知り、ファンタジーや世界文学全集みたいな本ばかり読んでいたわたしは、一気に世界が広がりました。 ☆☆☆☆☆ 『星へ行く船』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「マンガ『ルパン三世』の活字版を書きたかったんです」とインタビューで語っておられるとおり、独特の文体を活かした小説で、ライトノベルの草分け的存在として知られている新井素子さん。 高校2年のときに第1回奇想天外SF新人賞に応募して、星新一に見出され、デビューを飾ります。 あの、星新一に、ですよ!? 初期の頃の作品は、「幼稚園のときから小説家になりたい」と考えていた新井素子さんの脳内を再現するような、ハチャメチャで、ドタバタで、それでいてヒューマニズムにあふれるものでした。 デビュー2作目となった『星へ行く船』は、19歳の森村あゆみが、家出ついでに地球を捨てちゃおう……と宇宙船に乗り込むところから始まります。 この時代、人口過多となった地球は積極的に他の星への移住を勧めていて、とりあえず最初に開拓され、住環境が整っていそうな火星に向かうことにする。 イーロン・マスクに聞かせてあげたいですね……。 1981年に集英社のコバルト文庫から発行された『星へ行く船』。評判がよかったので続編を書くことが決まり、物語はシリーズ化されることに。全5巻のシリーズは、2016年に「新装・完全版」が発売されました。 (画像はAmazonより) 宇宙船の個室を予約したはずなのに、見知らぬオッサンと相部屋となり、やっかいごとに巻き込まれ、事件を見事に解決してしまう、あゆみちゃん。 ここで知り合ったのが、山崎太一郎という男性です。 実は「星へ行く船」シリーズは、新井素子さんの脳内に太一郎さんのセリフがフッと浮かんで出来上がったものなんです

『ハリー・ポッターと賢者の石』#947

「あの子は有名人になることでしょう……伝説の人に」 “フツー”の家庭に預けられることになった幼いハリーに対して、マクゴナガル教授は、そう語りました。この時は、ハリーの行く末を信じつつも案じていたのですが、結局は予言通りになりましたね。 ハリー・ポッター。 小さな男の子の登場は、ファンタジーを受容する層を広げ、史上最も売れたシリーズ作品となりました。 全7巻の世界は、それぞれ映画化もされています。順番はこちら。 第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』 第2巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 第3巻『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』 第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』 第5巻『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』 第6巻『ハリー・ポッターと謎のプリンス』 第7巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』 J.K.ローリングはアイディアを思いついた時点で、全7巻とすることを決めていたそうですが、正直に言って。 物語としては第3巻までが抜群にまとまっていたし、中でも第1巻の「伏線」は、抜群に効果を発揮していたと思います。 ☆☆☆☆☆ 『ハリー・ポッターと賢者の石』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「ハリー・ポッター」シリーズのストーリー自体は、古くからある物語の形式なんですよね。両親を亡くし、親類の家でいじめられながら育った子が、本来の自分を取り戻し、成長する。 それがこれほどまでに魅力的な物語になっているのは、ハグリッドが飼っている幻の動物や、ハリーがスター選手として活躍する魔法界のスポーツ「クディッチ」といった、サブストーリーにあったのではないかと思います。 荻原規子さんは『グリフィンとお茶を』の中で、『黄金の羅針盤』シリーズについてこう語っています。 “優れたファンタジーには作家の全人格が反映されるもので、たとえ理解できなくても、独特の味わいが感じ取れる。” これ、そのままJ.K.ローリングにも当てはまりそう……。 第4巻以下は、日本語版で上下巻というボリューミーな本となり、価格的にも「児童書」と呼べるモノではなくなりました。物語が複雑になったため、伏線の効果も薄まってしまったように感じます。 それでも第7巻までいくと、第1巻にすべてが詰まっていたことが明らかになるので、壮大な物語だったなーという感動は大。 もともとはJ.K.ローリングが1990年に、マンチェスターからロ

『光の帝国 常野物語』#935

「才能」があることは、幸せなことなのか、迫害の理由となるのか。 恩田陸さんの小説「常野物語」シリーズには、「常野(とこの)」から来たという不思議な力を持った一族が登場します。 膨大な書物を暗記するちからや、遠くの出来事を知るちからを持ち、一人でいてもお互いにつながりを感じることができるのだそう。 生まれ持った能力でもあるし、そこに磨きをかけた才能ともいえるちからは、でも、持たざる者にとっては畏怖の対象です。 シリーズ第1作目の『光の帝国 常野物語』は、幼いきょうだいや会社員たちが登場。バラバラの場所で生きる人々の“ちから”の正体が、徐々に明らかになっていく……という連作短編集です。 ☆☆☆☆☆ 『光の帝国 常野物語』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 恩田陸さんの小説は、青春×ホラーな気がしているのですけれど、「常野物語」シリーズもやはりその系譜にあります。 ただ、タイトルが「光」で「帝国」なんですよ。 「スター・ウォーズ」か、『銀河英雄伝説』かってくらいの壮大さ。実際には、もっと日本土着の香りがする物語でした。 常野一族は、総じて穏やかで知的な人々です。ただし、一族特有の能力を受け入れられるかどうかは別の話。迫害や軍部に狙われた過去から、一族の歴史が「平和」なものではなかったことが分かってきます。 それでも。 常野の人は、自分が“ひとり”じゃないことを知っている。 このあたりが、恩田さんが14年も書き続けてきたという『愚かな薔薇』とのつながりを感じさせました。 『愚かな薔薇』#934   「ひとりじゃない」って、とても勇気づけられるものです。だから優しくいられるのかもしれません。周囲の人にも、自分にも。 不穏な空気を感じさせつつ、とても心温まる物語です。 シリーズ2作目は『蒲公英草紙』。 (画像リンクです) そして常野一族最強と呼ばれたちからを持つ父の影を追う、第3弾が『エンド・ゲーム』。 (画像リンクです) わたしは長編小説が好きなので、実は『エンド・ゲーム』が一番読み応えがありました。「光」から始まったシリーズは、ここへ来て「己」との闘いへと変わっていきます。そのダークさが好みでした。 映画「マトリックス」を彷彿させる(混乱させられる?)世界観。続きは……いつになるんだろう。

『愚かな薔薇』#934

「吸血鬼ってなんなんだろう」 作家・恩田陸さんが子どものころから持っていたという疑問が、美しくも哀しく、妖しくも爽やかに結実しているのが『愚かな薔薇』でした。 ☆☆☆☆☆ 『愚かな薔薇』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ よく分からないまま、キャンプに参加するために「磐座(いわくら)」へとやって来た、14歳の少女・高田奈智を中心に話は進んでいきます。 キャンプは「虚ろ舟乗り」になれるかどうかを見極めるためのもので、身体の変質を促す謎の磁場がある「磐座」で開催されるのです。 「虚ろ舟乗り」は、みんなが憧れる職業なのに、蔑みの対象でもあるという、矛盾を抱えていました。その理由は。 変質が進むと、他人の血を求めるようになるから。 「虚ろ舟乗り」になることは、名誉なのか、獣に落ちることなのか。亡くなった両親のこと、キャンプの正体など、何も知らずに放り込まれた奈智は、当然、激しく抵抗します。でも、変質の進む身体は同じくらい激しく血を求めてしまう。 「血」がモチーフになっていることから、初潮や性交のイメージも重なってきます。大人への扉を開くイニシエーションを拒否する奈智の葛藤と、暴走する身体。SFミステリーという恩田ワールド全開な展開です。 近未来の地球が舞台なんですが、説明は少なめなので、いきなりドボンと物語の世界に引きずり込まれてしまいました。磐座は「虚ろ舟の聖地」ということで、「虚ろ舟乗り」は真っ暗な「外海」を長い時間旅する人である、くらい。 変質が進んで「虚ろ舟乗り」になると、感情がなくなり、意識もフラットになって他の人とつながってしまう……という世界観は、いま流行のメタバースな世界か!?と思わされました。 恩田陸さんの他のシリーズである『光の帝国 常野物語』の、アナザーワールドといえるかも。 (画像リンクです) 完成までに14年もかかったというこの小説。3月までの期間限定で萩尾望都さんが描いたカバーが並んでいます。もう「トワ」のイメージはこれしかない。 これまで、永遠に枯れない=愚かな花として、悲劇性が描かれてきた吸血鬼。でも、『愚かな薔薇』の中の、妖しく、哀しい吸血シーンには、思わずウルウルしました。 思い切って開いてみると、可能性が見えるものなのかもね。大人への扉って。  

ドラマ「静かなる海」#904

お月さまにいたのは、お餅をついているウサギじゃなかった。 水不足で危機に瀕した近未来の地球。未知の「サンプル」を回収するというミッションを受けて、選ばれし者たちが向かったのは、月にある廃墟と化した研究基地です。 そこで隊員たちを待ち受けていたものとは……。 Netflixから5億ドルの出資を受けて製作されたドラマ「静かなる海」。原作は2014年にチェ・ハンヨンが監督した、同名の短編映画で、SFサスペンスの意欲作です。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「静かなる海」 https://www.netflix.com/title/81098012 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 大干ばつによって砂漠化した地球。宇宙生物学者のソン・ジアンは、政府から月面にあるパレ基地でのミッションに参加するよう、依頼を受ける。5年前、放射能事故により廃棄された基地で、ジアンの姉であるソン・ウォンギョンが亡くなっていた。隊長ハン・ユンジェに止められるも、参加を決めたジアン。しかし、月面着陸の直前に、シャトルにトラブルが発生し……。 ペ・ドゥナとコン・ユという、K-ゾンビの名作を生み出したふたりを主演に迎え、チョン・ウソンがプロデューサー、脚本が「母なる証明」のパク・ウンギョと、前情報はかなり期待の高まるものでした。 もう、とにかく映像が美しい! そして、出だしの緊迫感と深まる謎には、ググンと引き込まれていきました。ただ、せっかく舞台が「月」なんだから、そこをもっと活かしてほしかったなーというのが、正直な感想です。 産業スパイの暗躍、家族との約束、家族との確執。舞台がどこであれ、「ザ・韓国ドラマ」なんですよね。良くも悪くも。 特に、主演のふたりがふたりなだけに、何かある度に、「来るぞー来るぞー」と身構えてしまう。 「何が」来るのかは見てのお楽しみとして、公開3日でNetflixTVショー部門3位にランキングされた本作。VFX技術の高さを感じさせるビジュアルで、月の荒涼感が伝わってきました。 コン・ユは、いつも何かを守ってきた役だったので、隊長役もホントに安心感があります。突発事態に対して、文句しか言わない人、ネガティブな人、狂信的に任務に邁進する人と、さまざまな反応を見せる隊員たちをまとめあげています。 (画像はNetflixより) 水資源がなくなり、階級によって水の配給量も変わるという世界設定は、近い将来を予感

映画「エターナルズ」#864

あんパ~ンチ!!! マブリーことマ・ドンソクのハリウッドデビュー作「エターナルズ」を見て、笑い転げました。 「エターナルズ」とは、7000年前に地球にやってきて、人類を見守ってきた不死の異種星族のこと。人類に対して、時には知恵を授け、時には凶悪な怪物から守ってくれていたらしいです。 そんなひっそりしてないで、堂々とやってくれればよかったのに。気が付けば地球の滅亡まで7日だった……わけです。 散り散りになって暮らしていたエターナルズのメンバーは、危機に際して再集結するんですけど、他のみなさんは強そうなビームを目から発したり。 (画像はIMDbより) 強そうな武器を作り出したり。 (画像はIMDbより) めちゃかっこいい“アクションヒーロー”感があふれていました。 そんな中で、マブリーはというと、素手! 武器なし! 拳のみ!!! コズミック・エネルギーというもので、強力な外骨格を形成することができるんだそうですが、どう見ても「あんパ~ンチ」やないかい!! (画像はIMDbより) 最も強く、最も優しきエターナルズのメンバー、ギルガメッシュを演じるマブリーに、前半は大いに楽しみ、後半で号泣しました……。 映画「エターナルズ」に関しては、多くの考察記事が出ているので、このブログではマブリーの過去作から、彼の魅力に迫ってみたいと思います。 ☆☆☆☆☆ 映画「エターナルズ」 公式サイト https://marvel.disney.co.jp/movie/eternals.html ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 遙かな昔から地球に存在し、7000年もの間、陰から人類を見守ってきたエターナルズ。最凶最悪の敵サノスによって半分が消滅させられた全宇宙の生命は、アベンジャーズの戦いによって復活したが、その時の強大なエネルギーによって新たな脅威が誕生し、地球に迫っていた。その脅威に立ち向かうべく、これまで身を潜めていたエターナルズが再び集結する。 マブリーことマ・ドンソクは、1971年に韓国で生まれていますが、18歳でアメリカへ移住。その後、アメリカ国籍を取得しています。映画にクレジットされている「Don Lee(ドン・リー)」とは、彼の法律的な本名なんです。 映画「ロッキー」を見て俳優を志したという青年ドン・リーは、ボクシングを始めます。フィットネストレーナーなどを経験し、韓国で映画俳優として

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」#820

“運命は自分で変えられる。未来は誰にも分からない” 1985年に公開された映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のテーマは、そのまま製作現場の想いでもあったようです。 売れない監督ロバート・ゼメキスと、大学の同級生でこちらも売れない脚本家のボブ・ゲイルが作り上げたストーリー。多くの支援とどんでん返しの果て、ようやく公開された映画は大ヒットし、第58回アカデミー賞で脚本賞などにノミネートされました(受賞は音響効果編集賞のみ)。 映画の人気を受けて、パート2とパート3も製作され、いま、Netflixで全作配信されています。 ☆☆☆☆☆ 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」パート1 https://www.netflix.com/title/60010110 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」パート2 https://www.netflix.com/title/60010111 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」パート3 https://www.netflix.com/title/60024059 ☆☆☆☆☆ 同じくNetflixで配信されているドキュメンタリー番組「ボクらを作った映画たち」で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の裏話を知り、本編が観たくなったのですが。この映画の問題点は、パート3を観ちゃうと、もう一度パート1を観たくなってしまって、無限ループに陥ってしまうことなんですよね……。 ドキュメンタリー「ボクらを作った映画たち」#818   映画を最高にエキサイティングに盛り上げた立役者のひとりといえば、マイケル・J・フォックス。テレビドラマシリーズ「ファミリータイズ」で人気になり、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の“マーティ”役をオファーされますが、当時は掛け持ちがゆるされない状況だったため断ってしまうんです。 やむなくエリック・ストルツを“マーティ”役として撮影を開始しますが、エリックはなんとこの映画を「悲劇」ととらえていたのだそう。 だいぶ雰囲気違うで!!! というわけで、撮影が6週間、全体の3分の1ほども進んでいるにもかかわらず、ゼメキス監督は主役の交代を決めるんです。 現場のスタッフの中には、それを聞いて泣き出した方もいたそうです。そりゃそうですよね。6週間の苦労が吹っ飛んでしまうんですもん。 仕事をしていてやりなおし作業になった時、わたしの

『三体』#743

現代中国最大のヒット作と呼ばれる小説が、劉慈欣さんの『三体』です。 おもしろいと噂に聞いていたものの、分厚さにひるんでいました。だって第1巻は1冊ですが、第2巻の『三体II 黒暗森林』と第3巻の『三体III 死神永生』は上下巻なんです。この沼に落ちたら、寝不足必至やな……。 そう思っていたので、なかなか手が出なかったのに。考え事をしていて眠れなくなった夜、ついにページを開いてしまいました。 この展開だと、夢中になって朝まで読んだ、となりそうでしょう? いやー、訳が分からなくて。SF小説という程度しか知らなかったから、父親が無残に処刑される冒頭シーンから、殴られたような衝撃を受けました。 SF的展開は、いったいいつから始まるの? そうして1巻を読み続け……。半分を過ぎた頃、やっと! やっと! おもしろくなってまいりました。「スケールが大きい」と言われる意味も、やっと分かった。大きすぎて全体像をつかむことができなかったんですね。たぶん。 ☆☆☆☆☆ 『三体』 https://amzn.to/3rtMO92 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 1967年、文化大革命の粛正によって、物理学者の父を惨殺された少女・葉文潔。反乱分子の扱いを受けてきた文潔は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える軍事基地で仕事をすることに。 数十年後、ナノテク素材の研究者・汪淼は、ある会議で世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。謎の学術団体「科学フロンティア」への潜入を引き受けるが、怪現象に襲われてパニックに。知り合いの科学者に教わったVRゲーム「三体」にログインした汪淼は、三つの太陽を持つ世界を体験することになり……。 1966年から1976年まで続いた文化大革命は、知識人、旧地主の子孫などを「反革命分子」とし、迫害した政治闘争です。 エリート教育を完全否定したことに加えて、「知識青年上山下郷運動」が展開されたことで、都会の知識人ほど、辺鄙な村に送られることになったのだそう。 小説の冒頭で行われる暴行シーンも、めちゃくちゃリアルです。実在の知識人の名前も登場するので、どこまでが史実で、どこからが創作なのかと思ってしまいます。 SF小説と聞いていたけど、歴史小説だったのかしら……と感じるころ、物語は現代へ。主人公はエリート科学者の汪淼です。 怪現象に襲われ、エラそうな刑事につきまとわれ、殺人事

映画「SEOBOK ソボク」#739

今度のコン・ユが守るのは、人類初のクローン人間! 余命わずかな元情報局員と、永遠の命をもつクローンの青年による逃避行。ド派手なカーチェイスに、作り込まれた実験室。 素材はハイテクなんだけれど、いつもの韓流メロドラマ感あふれる展開が待っているのですが。“永遠の命”を持つことは、はたして幸せなことなのかと、メーテルみたいなことを考えてしまいました。 コン・ユとパク・ボゴム主演の映画「SEOBOK ソボク」は、命を巡る哲学的な物語です。 ☆☆☆☆☆ 映画「SEOBOK ソボク」 http://seobok.jp/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 余命宣告を受けた元情報局員の男ギホンは、人類初のクローン、ソボクの護衛を命じられる。任務早々、何者かの襲撃を受け、逃げ惑うふたり。衝突を繰り返しながら、徐々に心を通わせていくが……。 「ソボク」は漢字で書くと「徐福」となります。史上初の中国統一を果たしたのが、秦の始皇帝。彼に仕えた学者の名前です。始皇帝は、あらゆる権力と富を手にしたものの、死だけは避けては通れません。そこで徐福は不老不死の霊薬を探して東方に船出し、そのまま戻らなかったのだそう。 徐福は日本に渡来していたそうで、佐賀県には徐福を祀る「金立神社」という神社もありました。 金立神社上宮 観光情報   秦の始皇帝が車椅子を使っていた、という事実があれば、映画のストーリー的におもしろいなーと思ったのですが、そんなことはなかったようで、残念。 現代の科学をもって誕生した「ソボク」は、不老不死の能力を持つことに。でも中身は10歳の少年で、パク・ボゴムが純粋さと残酷さを併せ持つクローンを演じています。 ビオトープのような場所で純粋培養されていたソボク。 (画像は映画.comより) 謎の襲撃者から逃げるため、より目立たない格好をと、ギホンに服を買ってもらいます。でも、なんでそれを選ぶ!?というセンス!! (画像は映画.comより) 初めて外に出て、普通の人間と接して、インスタントラーメンを食べて。ソボクが求めていたのは、人のぬくもりだったのではと思わせるチョイスです。「僕には行くところがない」とつぶやく姿は、とても愛らしくて、思わず抱きしめたくなりました。 そんなソボクを“守る”役割を担うギホンは、常に全力投球のコン・ユが演じています。 (画像は映画.comより) 「なんで僕を守るんです

『わたしたちが光の速さで進めないなら』#731

韓国の作家によるSF小説は、1990年代のパソコン通信時代から話題になり始めたのだそうです。 映画やドラマでも、最近はSF作品が増えていますよね。比較的安い予算でクオリティの高いCG処理が可能になったこともあり、ビジュアル的にも豪華です。 韓国初の宇宙SF映画として注目されていた「スペース・スウィーパーズ」は、2度の公開延期の末、Netflixで配信されました。大きなスクリーンで観たかったなーと思う映画です。 韓国初のSF大作はやっぱりあの味 映画「スペース・スウィーパーズ」 #583   ほのぼのしたファンタジックなSF小説『保健室のアン・ウニョン先生』は、チョン・ユミ主演でドラマ化もされています。 小説版 悪意の芽はゼリー状!? 養護教師のぶっとんだもうひとつの顔 『保健室のアン・ウニョン先生』 #444   ドラマ版 ドラマ「保健室のアン・ウニョン先生」 #490   「シーシュポス:The Myth」は、タイムスリップが招くミステリー。展開が早くて、とても楽しめました。 ドラマ「シーシュポス: The Myth」#648   ただ、これら作品は、「男」のドラマだなーと感じます。どれも「闘う女性」が主人公ですし、彼女たちは男に守られたいなんて1ミリも考えていないけれど、「たくましく闘う」姿は、男性的。 そんな世界の正反対に位置するのが、キム・チョヨプさんのSF短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』でした。 ☆☆☆☆☆ 『わたしたちが光の速さで進めないなら』 https://amzn.to/2T2Rhmc ☆☆☆☆☆ 「息苦しい」はずの地球に降りたまま、帰らない巡礼者を待つ女性。行方不明になって数十年後、宇宙から帰ってきた祖母が語る異星人。廃棄間近な宇宙ステーションで、家族のいる星へ行く船を待ち続ける老女。初出産を前に、記憶を保管する図書館で母の思いを探す女性。 どの登場人物も、しんみりやさしくて、しみじみとした孤独を抱えています。 その孤独が、そーーっと差し出されてくる。“未来”の人も、やっぱり同じ人間なのだよな、と感じさせてくれます。 ワープ航法やコールドスリープといった「定番」の技術はもちろん、感情を物質化するといった思いがけない技術も登場。一編、一編が、たぶんいろんなSF作品から影響をうけているのだろうなと思います。それが読み取れるくらいになりたい

ドラマ「シーシュポス: The Myth」#648

かつては韓国ドラマの定番だった「タイムスリップ」ですが、最近はシリアスなドラマの素材にもなってきました。 2月17日から放送を開始したJTBC水木ドラマ「シーシュポス:The Myth」もそのひとつ。 “密入国者”と呼ばれる謎の存在がいることを知った天才エンジニア・テスルと、彼を救うために未来からやって来たソヘの闘いを描いた物語です。 ☆☆☆☆☆ 「シーシュポス: The Myth」Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/81397558 ☆☆☆☆☆ 未来からやって来た女性にいきなり「伏せろ!!」と命令され、銃撃され、引きずり回されるテスル。訳が分からないまま逃げ回るうちに、亡くなった兄の秘密も知ることになります。 テスルと、テスルの右腕であるエディ・キムの関係は、電流戦争のテスラとエジソンになぞらえてあり、ちょうど日本でも公開された映画「テスラ エジソンが恐れた天才」も観たくなってしまいました。 テスル役のチョ・スンウは演技派として知られる俳優で、彼の主演というだけで「間違いなしやん!」と見始めて、そして、どんどんハマることに。2021年春期のドラマの中では飛び抜けておもしろかった作品です。 ソヘを演じるのはパク・シネ。映画「ザ・コール」や 「#生きている」 で見せた図太さにプラスして、このドラマではアクションにも挑戦しています。 タイトルの「シーシュポス」とは、ギリシア神話の登場人物のことで、神々を欺いた罰として巨大な岩を山頂まで上げる苦行をさせられました。もうちょっとで山頂……というところで、岩は転がり落ちる。これを永遠に繰り返すことから、「徒労」を意味するのだそうです。 生きること自体が「徒労」なのではと思ってしまうけれど、いまの時代に生まれ落ちた以上はなんらかの意味があるはず、と思いたい。未来を知ってしまったテスルにも、過去を体験したソヘにも、きっと。