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『香君』でみた食料を自給できない世界の未来とは

「新緑の候」「薫風の候」と呼ばれる5月が始まりましたね。 でも、我が家はちっともさわやかな感じがしない……。理由は、さまざまなものの値上げを知ったから。 5月も続々値上げ 食料品や電気代など…家計に打撃  あすから5月ですが、原材料価格の上昇や原油高騰などの影響で食料品や電気代などが値上げされます。  コカ・コーラボトラーズジャパンはコーラやスポーツドリンク、緑茶など大容量のペットボトル入り飲料を値上げします。  明治はレトルトカレーやチョコレート、グミなどの菓子を、キッコーマンはトマトケチャップやソースなどを値上げします。  原材料価格の上昇やウクライナ情勢などによる原油の高騰が続いていることが要因です。  電力大手10社と都市ガス大手4社の料金も上がります。  政府が今月、輸入小麦を売り渡す価格を引き上げたことから、6月以降も小麦粉や即席めんなどの値上げが予定されていて、家計に打撃となりそうです。   電気代にレトルトカレー、スポーツドリンクにチョコレートまで。「安すぎる日本」の問題を感じてはいるけれど、これはツライ。 『安いニッポン 「価格」が示す停滞』#822   世界情勢の変化に、円が影響を受けるのは仕方のないことではあります。でも、けっきょくは食糧自給率の低さが問題なんではないかと思ってしまいます。 「食料自給率」とは、国内で消費された食料のうち、国産の占める割合のことで、日本の場合、2020年度は37%でした。 1965年度に73%を記録して以降、緩やかに下降しているのだそう。 日本の「食料自給率」はなぜ低いのか? 食料自給率の問題点と真実 | 農業とITの未来メディア「SMART AGRI(スマートアグリ)」   上橋菜穂子さんの新作小説『香君』には、病害にも寒さにも強く、虫の害もほとんど受けない「オアレ稲」という稲が出てきます。 遠いむかし、不作によって飢餓の危機にあった帝国を救ったのが、異郷からもたらされた「オアレ稲」でした。 そのナゾと、香りで万象を知る活神「香君」を巡る物語です。 ☆☆☆☆☆ 『香君』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「オアレ稲」は育てやすくて味も良い、ということで、帝国を安定させてくれる農作物になりました。 ただ、問題がひとつ。 それは、「種」がとれないことなんです。 どれだけ収穫量があっても、一部は次回の「種籾」

『和菓子のアン』#976

“お菓子は、生きるための必須の要素ではありません。でも人はいつの時代もどこの国でもお菓子を作り、食べてきました。それはおそらく、お菓子が「心を生かすもの」だから。” お菓子、中でも「あんこ」が大好きなわたしとしては、大きくうなずいてしまう坂木司さんの言葉です。 坂木司さんの小説『和菓子のアン』でも、「心を生かすもの」としてお菓子が登場します。デパ地下の和菓子屋「みつ屋」を舞台とした、お菓子を巡るミステリーです。 ☆☆☆☆☆ 『和菓子のアン』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 高校を卒業したばかりの梅本杏子・通称あんちゃんは、特に将来の進路を考えたこともなく、これならできそうかも……という、わりと消極的な理由で「みつ屋」でアルバイトをすることに。 お店にいるのは、元ヤンの桜井さん、和菓子職人を目指す立花さん、店長の椿さん。見た目とは裏腹に雄叫びの上がるバックヤードの描写にクスリとさせられ、閉店後のデパ地下の様子にうなってしまう。 和菓子はもちろん、料理の世界は「季節感」が強く打ち出されます。梅雨の時期の涼しげな和菓子、秋の初めに並ぶこっくりした味、どれもおいしそうで、たまらん物語でした。 現在までに3巻が出ています。 第1巻:和菓子のアン 第2巻:アンと青春 第3巻:アンと愛情 タイトルを見てお分かりのように、思いっきり『赤毛のアン』を意識した展開ですね。 季節の移ろいと一緒に、あんちゃんの成長を感じられるストーリー。 わたしにとって和菓子は、ホッとしたいときに選ぶお菓子のように思います。クリームたっぷりの洋菓子や、歯ごたえも楽しみたい焼き菓子は、気分を上げたいときかも。 その、和菓子に込められた意味と一緒に、ゆっくり読みたい小説です。もちろん「心を生かすもの」であるお菓子とお茶もお手元に。

『視覚化する味覚: 食を彩る資本主義』#958

トマトは赤くて、バナナは黄色い。 当たり前だと思っていた色の認識は、「商品」として作り出されたものなのかもしれない。 久野愛さんの『視覚化する味覚: 食を彩る資本主義』は、資本主義の観点から食べ物を見直した本です。 ☆☆☆☆☆ 『視覚化する味覚: 食を彩る資本主義』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 大量生産・大量消費時代に、食べ物は「農業」から「産業」へと変化しました。これに合わせて、農場自体が工場化され、形や色を「標準化」していきます。 たとえば、アメリカのオレンジ農家による地域対決の話が紹介されています。 オレンジ色が強いカリフォルニアのオレンジに対して、味は良いけれど見た目が武骨なフロリダのオレンジ。両者で起こったアピール合戦は、「見た目」勝負でした。 食いしん坊なので、おいしそうな料理の写真や言葉には、つい反応してしまいます。この時、自分が何に反応しているのか、考えてみると、やっぱり写真などの「見た目」が大きいなと感じます。 以前、「曲ったキュウリは売れないから、まっすぐになるように栽培するのだ」という話を聞いたことがありました。 一方で、関西の田舎から東京に来たとき、野菜の味が違うことに驚きました。特に、スーパーで売っていたトマト。青くさくて、水っぽくて、わたしの知っているトマトとは違う……!?と感じたんですよね。 うちではご近所の方が作っていたお野菜を分けていただいてたので、土の味が違うのかもと思っておりました。皮が厚くて、形も歪だけど、ちゃんと太陽の味がした。わたしにとっては、あれが「トマト」でした。 いま、食べ物の形や色に対して、「自然」と感じているものは、商品としてすり込まれた「当たり前」なのかもしれない。 一番効果を発揮しているのは、ツヤツヤして、形が整い、新鮮さを感じさせる広告写真でしょう。 その点、ヴィジュアル重視が進んで、盛ったり、映えを追求したりといった行動は、ますます見た目の標準化を加速させたといえそうです。 「自然」とは何か。 毎日、口にするものの視覚的情報について考えさせられる一冊です。

『おいしい味の表現術』#957

テレビの食レポを見るとき、どこに注目していますか? うちのダンナ氏は古い世代のせいか、お箸の持ち方が気になるそうです。食いしん坊のわたしはもちろん、どんな味なのか、です。 「ふわトロ~」や「ヤバいー」といった、味に関する言葉は広がっているように思いますが、はたして本当に「その味」を表現できているのだろうか。 そんな疑問から、味を表現する言葉を分析した本が『おいしい味の表現術』です。 ☆☆☆☆☆ 『おいしい味の表現術』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ こうして毎日ブログを書いていると、自分にとって使いやすい表現が出てきます。これをわたしは「逃げの言葉」と呼んでいて、一度書いた後に、「他の言葉で表現するとどうなる?」を考えることにしています。 もともと、この「1000日チャレンジ」を始めた時に決めていたのは、 ・すごい ・おもしろい ・かわいい という、とても使いやすいけど、何も言っていないに等しい言葉を使わないことでした。 決めたはいいですけどね。 大変やし!!! 同じレベルで語るのもあれですが、食レポをされる方も大変だろうなーと思います。 日本語には、基本五味(甘味・塩味・酸味・苦味・旨味)があり、ほかに五感を使った共感覚表現があります。「こんがりキツネ色に揚がったクリームコロッケ」の「こんがりキツネ色」が視覚を使った表現ですね。 こうした味にまつわる言葉を、ひとつひとつ分析した本なんです。 著者の「味ことば研究ラボラトリー」とは、「味にまつわる言葉を研究し、情報交換をしている言語研究者集団」とのことで、認知言語学やレトリックの専門家がおられます。 わたしの大好きなおやつ「ポッキー」という商品名に含まれる、「ポキッ」というオノマトペが、聴覚と触覚を刺激しているだなんて。 「おいしい」を表す言葉の数々にも規則性や傾向があって、どの要素を、どの順番で並べると「おいしい」が高まるのかなど、ヨダレが出そうな話がいっぱいでした。 言葉の森は奥深いけど、味の世界は歩いていて楽しい道ですね。 類書に、ソムリエの田崎真也さんが書かれた『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』があります。こちらは、「おいしい」をどれだけ違う言葉で表現するかに焦点を当てた内容。「逃げの言葉」を使わないようにしようと決めたのも、この本がきっかけでした。 自分に負荷をかけよう『言葉にして伝える技術――ソ

『ソウル案内 韓国のいいものを探して』#911

あああああぁぁぁあああぁぁぁ。旅行に行きたい。 昨日、旅行から帰ってきたところなのに、また行きたくなっています。特に、韓国に行きたいな……。 韓国旅行に関しては、格安旅行、ドラマ聖地巡り、カフェガイド、いろいろな本が出ていますが、わたしが愛用しているのは平井かずみさんの『ソウル案内 韓国のいいものを探して』です。 ☆☆☆☆☆ 『ソウル案内 韓国のいいものを探して』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 著者の平井かずみさんは、「ikanika」を主宰するフラワースタイリストだそう。 「ikanika」 http://ikanika.com/ 骨董市で出会った、韓国の白磁の器に惹かれ、韓国の生活用品や食に興味をもったのだとか。 安国や仁寺洞といったアンティークの町はもちろん、梨泰院や狎鴎亭のザワザワした町にある癒やしスポットが紹介されています。 詩人の茨木のり子さんは、韓国で買った器の「ゆがみ」を、「味わい味わい」と言い聞かせていたとエッセイで語っておられました。 韓国の雑貨やキッチン用品、陶器やかごって、いまはすっきりかわいいものも増えましたけど、日本のものより「ざっくり、大味」なものも少なくありません。 それを「らしさ」ととらえる心の余裕が、旅に一番必要なものなのかも。 オトナのぶらぶら歩きにぴったりのガイドブックです。

ドキュメンタリー「豚バラ賛歌」#785

とにかくおいしそうなのですよ。肉の焼けるジュージューという音も、脂の垂れる様子も、かたまり肉も、すべてが胃袋を刺激する。モワーッとした煙に包まれたくなってしまう。 Netflixで配信中のドキュメンタリー「豚バラ賛歌」は、夜中に観てはいけない番組です。 ☆☆☆☆☆ ドキュメンタリー「豚バラ賛歌」 https://www.netflix.com/title/81347666 ☆☆☆☆☆ 「冷麺賛歌」と同じく、案内人はペク・ジョンウォンという料理研究家です。BTSの番組がきっかけでペク先生にハマったという方もいるのだそう。いまの時代、海外の文化と出会う入り口が、いっぱいあっていいですよね。 ドキュメンタリー「冷麺賛歌」#784   「豚バラ」は、韓国語で「サムギョプサル」と呼びます。日本でいう「三枚肉」のことなんですが、むかしは冷凍肉を薄く切って出すことが多かったように思います。それが「生サムギョプサル」が登場し、「ワインサムギョプサル」などの“凝った”食べ方も増えてきました。 こうした流れは、肉の保存法や調理器具の発展があったそうです。 卓上のカセットコンロが普及したことで、広まった「サムギョプサル」文化。日本語に「同じ釜の飯を食う」という言葉がありますが、韓国語だと「同じ鉄板の肉を食う」になるのかなと思うくらい、コミュニケーションの弾む料理なのです。 「賢い医師生活」のシーズン2で、ソンファの誕生日にイクジュンがプレゼントしていたのが、サムギョプサルの鉄板。あれはプレーンなものでしたが、テニスのラケット型なんてものもあるそう。 2016年には、韓国国内の豚の生産量が米を上回ったとのこと。どんだけ豚が好きやねんと思いますが、たしかに、日本なら牛肉、韓国なら豚肉の方がおいしいなーと思います。もしかして、今はチキンの方が多いかもしれないですね……。 ただ、ペク先生は「おいしいのはバラ肉だけじゃない!」と、他の部位の魅力についても語っておられて、豚バラだけが消費される現状に警鐘を鳴らす番組にもなっています。 韓国に留学していた頃、下宿のアジュンマ(おばさん)がよく山に連れて行ってくれました。畑の真ん中で「サムギョプサル」を焼くんです。すごーく良く言えば、キャンプみたいなもの。ただし、ホントの山の中で、なぜそんなとこまで行くのかは、よく分からなかったのですが。 この「サムギョ

ドキュメンタリー「冷麺賛歌」#784

ただいまNetflixで配信中の「冷麺賛歌」が、ヤバいくらいにスイッチを押してきます。 今日のランチは冷麺の一択!!! シズル感たっぷりの映像と、各地の冷麺、作り方の歴史などを紹介するドキュメンタリー。冷麺ってこんなに種類があったのね……。 ☆☆☆☆☆ ドキュメンタリー「冷麺賛歌」 https://www.netflix.com/title/81473619 ☆☆☆☆☆ 案内人となるのは、ペク・ジョンウォンという料理研究家です。この方が、バクバク、ズルズル、グビグビと、たくさんの冷麺を食べまくるんです。 女優ソ・ユジン、夫ペク・ジョンウォンとの“交際時代”の写真を公開!   冷麺が好きという歌手のソン・シギョン、ドラマ「ホント無理だから」で偏屈な留学生を演じていたヨア・キムも出演しています。 ドラマ「ホント無理だから」#738   韓国の冷麺は、日本で食べる冷やし中華や冷たい麺類とはちょっと性格が違っていて、基本的に冬に食べる食べ物だったんです。 なぜなら、めちゃくちゃ手がかかる重労働だから。 日本の蕎麦は包丁でカットしますよね。でも冷麺の麺は、ところてんみたいに生地を押し出して作るんです。お坊さんがふたりがかりで押し出しているシーンもありました。 農繁期を終えた冬は、時間があります。だから村人たちが集まって作業できた、ということだそう。 蕎麦を栽培していたのが北の方だったため、まずは北部で発達した料理だったようです。インタビューの中で「失郷民」といわれているのが、朝鮮戦争の時、南の方に逃げてきた避難民のこと。避難先で「故郷の味」として親しまれ、定着していったわけです。 麺は大きく分けると2種類です。 ○ 平壌(ピョンヤン)冷麺:そば粉と緑豆粉が主原料で、太くて黒っぽい麺 ○ 咸興(ハムフン)冷麺:そば粉とトウモロコシなどのデンプンが主原料で、細くて白っぽい麺 スープはさらに多彩。牛肉、魚などありますが、冷麺の発展を支えたのは「水キムチ」だった、という話でした。 わたしは平壌冷麺の麺の方が好きなのですが、これがゴムみたいにコシのある麺なんです。ドラマではよくお箸に巻き付けて食べているので、挑戦してみたけど、上手にできなかった……。 食いしん坊の胃袋直撃な刺激大のドキュメンタリーです。

『効かない健康食品 危ない自然・天然』#705

「○○は美容にいい」「△△を食べて痩せた」 これらの謳い文句は、本当なのか? 製品の「機能性」ではなく、「気のせい」なのではないか? そんな指摘にドキリとする本が、松永和紀さんの『効かない健康食品 危ない自然・天然』です。 ☆☆☆☆☆ 『効かない健康食品 危ない自然・天然』 https://amzn.to/3vvxAR4 ☆☆☆☆☆ 著者の松永さんは毎日新聞社の元記者で、現在は科学ジャーナリストとして活動されています。「Food Communication Compass」という、科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体を設立。いまは団体を離れておられるようですが、webサイトの情報もけっこう充実しています。 FOOCOM.NET 科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体   わたしはマーケティングの会社に勤めていて、校閲ガールをしながら、薬機法管理者としての仕事をしています。スキンケア商品や健康食品などのプロモーション施策に、「こうした表現は使える?」という相談を受けるのが仕事です。そこで日々、感じること。 できないことを求めすぎ! さまざまなレイヤーの人が絡む分、知識量が違うので仕方ないのでしょう。「そんな効果があるのは医薬品だけでは」とか、「外科的手術を受けないと、そんなことムリでは」と疑問に思うこともよくあります。 一方で、何年も前に作られた法律の範囲と、技術の進歩が合っていないとも感じます。どんどんと新しい成分が作られるのに、法律が追いついていない、ともいえる状況かな。 ちょっともったいないと思う気持ちもありつつ、それでもやっぱりタチが悪いと言わざるを得ないのは、健康食品の広告です。 同じ画像を使い回していたり。 どうせなら10kgがいいなと思ってしまうよ。 「痩せすぎて怖い」んじゃなくて、「病院に行った方がいいよ」という画像によるアオリも多い。 ちなみに、全部違う商品の広告です。念のため。 ゲームをしたり、YouTubeを見たりしながら、愉快な(?)広告を集めるのが趣味になりました……。 広告を配信する側でも動きがあって、popInが広告審査を強化することを発表。今後は、よりホワイトな方向に向かうのでしょうか。 国内最大級のネイティブアドネットワーク「popIn Discovery」、広告審査体制を一層強化、信頼性の高い広告配信実現のために広告審

『ねじ曲げられた「イタリア料理」』#704

「イタリアンの料理人にとって、パスタはカップ麺を作るようなもんらしいですよ!」 知り合いの韓国人が、「息子がイタリアンレストランを開くんですよー」と言ったので、「いつでもおいしいパスタが食べられそうですね」と答えたら、そう諭されました。知らなかったよ、すんません。 まさか「カップ麺」てことはないんじゃないかと思いますが、わたしがイメージできる「イタリア料理」って、実はいろんな文化をミックスして出来上がっているらしいのです。 ファブリツィオ・グラッセッリさんの『ねじ曲げられた「イタリア料理」』は、そんなイメージとしての「イタリア料理」の誤解を解く本です。 ☆☆☆☆☆ 『ねじ曲げられた「イタリア料理」』 https://amzn.to/35iQO1X ☆☆☆☆☆ 著者のファブリツィオ・グラッセッリさんは、イタリア出身の建築家です。日本の大手ゼネコンで仕事をするために来日し、「イタリア風」と表記される「イタリアもどき」な料理に胸を痛めていたのだそう。 建築家としての仕事はもちろん、大学では西洋美術史の講座を持ち、ピアニスト志望だったためクラシック音楽への造詣も深く、ワインにも料理にも詳しい。 なんだかすごい経歴なのですが、読み始めてすぐのころは、「オーガニック絶対主義者!?」かと思った……。 トマト缶に保存料が入っているなんて! ピッツァに焦げなんてとんでもない! と、日本式イタリア料理に怒ること怒ること……。 とはいえ、料理とは、その土地の環境や、食材の保存技術によって進化を遂げてきたものです。「イタリア料理」に欠かせない食材と思われている「トマト」の歴史が、日本の歴史に沿った形で分かりやすく紹介されています。 「オリーブオイル」の歴史も刺激的でした。 以前、「バージンじゃないオリーブオイルを探してるんだけど、近所のスーパーになくてさー」という話をしたら、友人が「バージンじゃないオリーブオイルってなに?」と言っていました。「エクストラ・バージン・オイル」って、もう商品名として認知されているんですね。 「エクストラ・バージン・オイル」とは、いわゆる「一番搾り」のオイルです。風味があるけれど、加熱すると失われやすい成分が入っているので、生で使うのがおすすめだそう。我が家では加熱調理にオリーブオイルを使うことがあるので、「バージンじゃないオリーブオイル」が欲しかったのでした。

『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』#664

「料理研究家論」とはつまり、テクノロジーの進化とフェミニズムの歴史そのものなのですね。阿古真理さんの『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』には、それぞれの時代における料理哲学が見えました。 ローストビーフや肉じゃがのレシピを定点観測した比較も。 ☆☆☆☆☆ 『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』 https://amzn.to/3ylwNVR ☆☆☆☆☆ まずは“料理”に関する肩書きの多いことにビックリ! 料理研究家、料理評論家、フードライター、フードコーディネーター、レストラン評論家などなど。スイーツ評論家なんてものもありました。 阿古真理さんの『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』は、タイトルどおりテレビ放送が始まった時代から、料理番組を持ち、料理教室を開き、レシピを開発してきた「料理研究家」の立ち位置と、変化を追ったノンフィクションです。 歴代の研究家の哲学には、生活への想いがあふれていました。「料理研究家論」とはつまり、テクノロジーの進化とフェミニズムの歴史そのものだといえます。だからこれだけ「肩書き」が増えていったのかも。 1950年代後半、「三種の神器」と呼ばれる家電3品目が普及したにもかかわらず、1960年代に行われた調査で女性の家事時間は減っていないことが判明。その理由として、家庭料理のハードルが上がったことが指摘されています。 フェミニストの上野千鶴子さんは家事労働を「愛という名の労働」だとして、「主婦」という身分が誕生して以降、「家事労働」が発明されたと指摘。 高水準の「労働」が求められるようになった結果、「料理が苦手」「めんどくさい」と感じる層も増加傾向に。そうした意識を持つ人たちに向けて、料理研究家たちはどのようなメッセージを発してきたのか。膨大な書籍や雑誌資料を基にていねいに追いかけています。 ローストビーフや肉じゃがのレシピを定点観測した比較もおもしろい。部位は? 出汁は? といった視点から、時代時代で大切と考えられていたことが透けて見えるのです。 昭和のはじめに料理研究家と呼ばれていた人たちは、生まれ自体がセレブ階級。そのため、本場の西洋料理に触れることができた人たちでした。 その後、活躍を始めた城戸崎愛さんや小林カツ代さんは、家庭の料理を発展させる形で「料理家」としても活躍するようになった方たちです。わた

『美食と嘘と、ニューヨーク』#663

 おもしろくて、一気読み。 目の前にある“エサ”を“チャンス”だと考えてしまう学生と、彼女を支配する大物料理評論家。自己顕示欲の強い若者には、イタい教訓になりそうな小説です。 ☆☆☆☆☆ 『美食と嘘と、ニューヨーク:おいしいもののためなら、何でもするわ』 https://amzn.to/3hsBuH6 ☆☆☆☆☆ ニューヨークを舞台に、上昇志向の強い若者と、それをうまく利用したゲスいおっさんの、食を巡る物語です。いつバレるか、いつバラすのかとハラハラしてしまって、のめり込むように読んでいました。 昭和のヒット曲である、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」に、こんな歌詞がありました。 <恋人よ 君を忘れて 変わってく ぼくを許して 毎日愉快に 過ごす街角 ぼくは ぼくは帰れない> この本の主人公・ティナがまさに“ぼく”なんです。 食品学を研究する学生が出会ったのは、トップofトップのレストラン評論家のマイケル・サルツ。秘密を守り、仕事に協力する代わりに、ハイブランドの洋服や特権階級の扱いを手に入れてしまったら。もう“普通”の生活になんて戻れない……。 権力者の傲慢さを感じつつ、目の前にある“エサ”を“チャンス”だと考えてしまうティナ。恋人の素朴さと、一流シェフのワイルドさを比べてしまうのも、仕方がないと言えば仕方がないものです。だって、都会はあまりにもキラキラしているから。おまけに、自分自身が“権力”を手にしたように錯覚してしまうのですから。 三浦哲哉さんのエッセイ『LAフード・ダイアリー』や、アメリカ版「男子ごはん」な料理番組「ザ・シェフ・ショー」で、度々紹介されていた料理評論家が、ジョナサン・ゴールドです。 「ロサンゼルスタイムズ」でコラムを連載し、誰も知らないレストランを発掘することが楽しみだったそう。彼のコラムで☆をもらい、運命が変わったというシェフも「ザ・シェフ・ショー」に出演していました。 ジョナサン・ゴールドは、好みではない味に出会った時には、何度も何度も足を運び、気に入る一品を見つけるようにしていたのだとか。数十回訪れてもダメな場合は、コラムに取り上げないことにしていたのです。それだけ、自分が書く「☆」の威力を自覚し、責任を感じていたからなのでしょう。 ティナを支配しようとするマイケル・サルツの仕事とは正反対。そんな彼に協力してしまったティナも同じです

『LAフード・ダイアリー』#662

  映画研究者・三浦哲哉さんによる、アメリカの食べ物エッセイ『LAフード・ダイアリー』。「量との闘い」というイメージが変わった。食べるって生きることそのものなんだなー。 ☆☆☆☆☆ 『LAフード・ダイアリー』#662 https://amzn.to/3hsBuH6 ☆☆☆☆☆ 映画研究者による、アメリカの食べ物エッセイです。カリフォルニアの大学で1年を過ごすことになった三浦さん。コンビニのサンドイッチから始まったアメリカ生活は、ジョナサン・ゴールドという「ロサンゼルスタイムズ」の料理評論家が評したレストラン探訪へと続いていきます。 ジョン・ファヴローが主演・監督した映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」で、技術指導をしたロイ・チョイというシェフのフードトラック「コギ(韓国語で“肉”の意味)」も出てきます。 映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」 https://filmarks.com/movies/58614/reviews/110758404 アメリカの食事というと、「量との闘い」というイメージがありました。大味で、肉! イモ!って感じだったのですが。本書に出てくる料理は、そんなイメージを覆すものでした。 もちろん、高級レストランと、庶民フードの差はあると思いますし、タコス、タコス、タコスが連続するのはカリフォルニアという土地柄もあるのかもしれません。 『大使閣下の料理人』というマンガに、「アメリカ料理というものはない」というセリフが出てきます。移民国家であるアメリカは、各自の国から持ちよった食文化が溶け合って存在しているという話でした。 マンガが描かれた時代より、さらにエスニックに進化したようなLAフード。そこから立ち上る生命力。あぁ、実際に食べてみたい。 ジョナサン・ゴールドのレストラン評、三浦さんが大学で行った「映画と牛の関係について」と題した講演録も収録。これがめっちゃ新鮮でした。映画が「牛でできている」なんて知らなかった!

「ザ・シェフ・ショー」#661

アメリカ版「男子ごはん」なノリノリトークが楽しい「ザ・シェフ・ショー」。映画「シェフ」で共闘したジョン・ファヴロー(俳優・監督)とロイ・チョイ(シェフ)によるお料理番組です。観てるだけでお腹が空いちゃう。 ☆☆☆☆☆ 「ザ・シェフ・ショー」Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/81028317 ☆☆☆☆☆ 毎回ゲストを招いてふたりが料理をしたり、有名レストランの厨房を訪問したり。料理ってこんなに楽しいものなんだと、ウキウキしてきます。 映画監督ならではだなと思うのが、ジョン・ファヴローが「なぜなぜ坊や」なこと。 シェフがガスの火加減を調整していたら、すかさず「なぜ?」と聞く。あるレストランのキッチンでロイが「すげー!」とつぶやいた時も、すかさず「何がすごいの?」と質問。 シェフの小さな動きを見逃さず、素人目線で「なぜ?」を深掘りしていきます。日本のお料理トーク番組だと、「おいしそー」とか「いい香り~」くらいしか聞いたことがない気がしますがね。ふたりのイメージの豊富さに、見入ってしまうのです。 韓国系アメリカ人のロイ・チョイは、フードトラックブームの火付け役として知られる人物。映画研究者・三浦哲哉さんのエッセイ『LAフード・ダイアリー』にも、彼の店「コギ」の話が出てきます。 ☆☆☆☆☆ 三浦哲哉『LAフード・ダイアリー』 https://okusama149.blogspot.com/2021/05/la662.html ☆☆☆☆☆ ロイ・チョイの生き方にインスパイアされ、「シェフ」として映画化する際、ジョンに言ったそうです。 「ウソはダメだよ。プロが見ればすぐに分かるから」 実際にはジョンの料理の腕はプロ級で、指導するのも楽しかったそう。 知りたがり屋で、トライしたがり屋のファブローはよく「May I?」と言っています。 「焼いてみてもいい?」 「切ってみてもいい?」 「味見してもいい?」 料理人の流儀を説明するロイと一緒に、バクバク食べて、ニッコリ笑う。おいしすぎて時々、踊ってもいます。シェフ同士のリスペクトも見ていて気持ちいい番組なのです。

映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」#660

食いしん坊には、たまらない! 「スパイダーマン ホームカミング」の“ハッピーおじさん”であり、実写版「ライオン・キング」の監督も務めたジョン・ファヴロー。映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」では天才シェフ役で主演し、自ら監督・脚本・製作もしています。 ☆☆☆☆☆ 「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/70297087 ☆☆☆☆☆ ファヴロー演じる天才シェフは、レストランのオーナーと対立、大物料理評論家とTwitterでケンカし、解雇されてしまうわけですが。 使い方の分からないものに、簡単に手を出してはいけないという教訓にもなりますね……。シークレットなメッセージと公開情報の区別がつかなかったことが原因なので。 映画にはスカーレット・ヨハンソンやロバート・ダウニー・Jrら、「アベンジャーズ」ファミリーも出演しています。そして、シェフのモデルとなった人物が、ロイ・チョイという元ヒルトンホテルの料理長という方。 映画の技術顧問としてファブローを指導したことを、ふたりで始めた料理番組「ザ・シェフ・ショー 〜だから料理は楽しい!〜」で語っています。 ☆☆☆☆☆ 「ザ・シェフ・ショー」 https://okusama149.blogspot.com/2021/05/661.html ☆☆☆☆☆ ロイ・チョイは韓国系アメリカ人で、フードトラックブームの火付け役という人物です。ロイ・チョイのお店「コギ(韓国語で“肉”の意味)」は、映画研究家の三浦哲哉さんが書いた『LAフード・ダイアリー』でも触れられています。 ☆☆☆☆☆ 『LAフード・ダイアリー』 https://okusama149.blogspot.com/2021/05/la662.html ☆☆☆☆☆ この本を読んで映画を観ると、評論家は生殺与奪を握っているのだと感じてしまう。ジョナサン・ゴールドという「ロサンゼルスタイムズ」の料理評論家は、“愛を持って評する”方だったようですが、好みじゃない味にどう向き合うかは難しいよなーと思います。 また、フードブロガーのジェシカ・トムの小説『美食と嘘と、ニューヨーク:おいしいもののためなら、何でもするわ』には、料理評論家が恣意的に☆を付けたために起きた事件も出てきます。 ☆☆☆☆☆ 『美

『syunkon日記 おしゃべりな人見知り』#652

  ジャケ買いならぬ、タイトル買いしてしまった。 山本ゆりさんの『syunkon日記 おしゃべりな人見知り』です。あまりにも軽快に連打される大阪弁のボケツッコミに、ようやく著者プロフィールを見て、大人気の料理ブロガーさんだと知る。いやー、料理の魔術師は、言葉の魔術師でもあるのですね。 ☆☆☆☆☆ 『syunkon日記 おしゃべりな人見知り』 https://amzn.to/3hGlhOO ☆☆☆☆☆ 人見知りの人は、もちろん人と話をするのが苦手なんですが、それ以上に「沈黙」に耐えられない。だから聞かれてもいないのに失敗談を披露したり、料理を勧めたりしちゃう、とのこと。 分かるわー! 食べ物にまつわるエッセイはもちろん、子育ての悩みや洗濯機の悩みまで、幅広いネタで大阪弁トークが炸裂しています。 中でも共感の嵐だったのが、「パッケージを開けるのが苦手な件」でした。 ポテチの袋、納豆についてくるしょう油や辛子などなど、不器用さんには難しすぎるのよー!!! ブッシャーッて事故が多発するのよねー、うんうん。 わたしはハナからあきらめてハサミで切るようになりましたさ。でも、お豆腐のパッケージはもうちょっとなんとかならないものかと思う。 軽快に、爽快に、日常を照らす笑いの数々。おいしそうなレシピもたくさん紹介されています。 本のもとになっているブログ「syunkon日記」はこちらです。「どこにでもある材料で、誰にでもできる料理を」がコンセプトだそう。 https://ameblo.jp/syunkon/ 山本さんのブログは「お・も・て・な・し」があふれていました。フラリと立ち寄って、気楽に話ができるバーのママって感じでしょうか。このやわらかさと明るさはステキ!!ですよ。

料理にまつわる気持ちをギュッとフリージング 『わたしを空腹にしないほうがいい』 #598

あー、なんてみずみずしくて、おいしそうなんだろう。 トマト捥ぐしあわせがはちきれそうだ  『わたしを空腹にしないほうがいい』所収 盛岡の歌人・くどうれいんさんのエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』は、俳句+食を巡る日々の記録になっています。言葉にどれも透明感があって、切なくて、恋しくて、みずみずしいトマトのような一冊です。 ☆☆☆☆☆ 『わたしを空腹にしないほうがいい』 http://www.keibunsha-books.com/shopdetail/000000022854/ ☆☆☆☆☆ 「トマト捥ぐ」は、「トマトもぐ」と読むようです。収穫の時の青くさい匂いとか、汗のジメッとした感じや、強い日射しまで感じられる句ですよね。 盛岡生まれのくどうさんは、盛岡を拠点として活動されている方です。自費出版した『わたしを空腹にしないほうがいい』を見た書店「BOOKNERD」の店長さんが、改訂版としてあらためて出版したそう。わたしが手に入れたのもこちらです。 タイトルに惹かれて購入したのですが、買ってよかった!と思った一冊でした。なぜなら。 お腹が空くと不機嫌になるという一文に、めちゃくちゃ共感したから(つくづく食いしん坊やな……)。 はつなつを出刃包丁ではね返す 『わたしを空腹にしないほうがいい』所収 一匹まるごと鯛を手に入れた時の歌です。まな板の上の鯛を前に途方にくれたり、やけくそになってコンビニで甘いものを買ったり。時には「いのちをいただく」ことに打たれすぎて、食べられなくなってしまうことも。 家族の思い出、失恋の思い出、友だちと笑ったこと、ひとりでガスの火を見つめていたこと。食べることは、生きることだけど、料理には、人生が詰まっているように感じます。 そら豆はすこやかな胎児のかたち 『わたしを空腹にしないほうがいい』所収 俳句とエッセイには、すべて日付が振られています。ある年の「6月」に、こんな風に世界を見ている人がいたんだなと思う。食べ物の記録ともいえるし、料理を前にした瞬間の気持ちをフリージングした「日記」ともいえます。 くどうさんもFRIDAYのインタビューでこんな風に語っていました。 「私にとって言葉をつづることは、ある瞬間をぎゅっとまとめて手元に残しておけるものです。社会という大きな物語に自分自身が消費されないためのものでもあります。私は人生の手綱を

ブラックユーモアと生きるための知恵 『旅行者の朝食』 #255

いろんな国の国民性を端的に表した“エスニックジョーク”。有名なのは「沈没船ジョーク」でしょうか。 沈没しかけた船に乗り合わせた人たちに、海に飛び込むよう船長が呼びかけます。 アメリカ人には「飛び込めばヒーローになれます」 イギリス人には「飛び込めばジェントルマンになれます」 ドイツ人には「飛び込むのはルールです」 フランス人には「飛び込まないでください」 日本人には「皆さん飛び込んでます」 一方で、その国でしか通用しないジョークもありますよね。早くも今年の流行語大賞になるんではと言われている「時を戻そう」とか、「マヌケなことを言ったらタライが落ちてくる」とか、こういうのには名前がついていないみたい。 ロシア語通訳の米原万里さん曰く、「ジョークと小咄はロシア人の必須教養」だそう。でも、通訳の時にロシア人が爆笑する「旅行者の朝食」が何を意味しているのか分からず、困ったそうです。 ある男が森の中で熊に出くわした。 熊はさっそく男に質問する。 「お前さん、何者だい?」 「わたしは、旅行者ですが」 「いや、旅行者はこのオレさまだ、お前さんは、旅行者の朝食だよ」 こんな、フツーの小咄にしか思えない話に、ロシア人は爆笑するのです。「何がおかしいの?」と聞いても、笑うだけでみんな教えてくれない。辞書や慣用句辞典、寓話集を探しても載っていない。 「日本の商社が“旅行者の朝食”を大量にわが国から買い付けるらしいぜ」 「まさか。あんなまずいもん、ロシア人以外で食える国民がいるのかね」 「いや、何でも、缶詰の中身じゃなくて、缶に使われているブリキの品質が結構上等だっていうらしいんだ」 まさかのエスニックジョークを聞いて、ようやく“旅行者の朝食”の正体がつかめたのですが、その実態は……。 そんなロシアをはじめとする、さまざまなお国の民族性と食を巡るエッセイ集が『旅行者の朝食』です。 ☆☆☆☆☆ 『旅行者の朝食』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 9歳から14歳までの5年間を、プラハのソビエト大使館付属学校で過ごした米原さん。クラスメイトは50か国ほどの子どもたちで、それぞれの文化的背景や国情なんて違って当たり前。ロシア語というつながりしか持たない世界なんです。 まーったく言葉が分からないまま放り込まれた学校でコミュニケーションを学んでいく。 学校の試験はすべて論述試験だったこともあり、彼女のロ

大人は分かってくれない 映画「犬どろぼう完全計画」 #95

小型犬の中でも人気のジャックラッセルテリアは、思考能力が抜群にいいそうです。「テリア」は気性が強いものの、勇気と忠誠心に富んだ犬種。ジム・キャリー主演のコメディ「マスク」や、第84回アカデミー賞で作品賞・監督賞を受賞した「アーティスト」など、主人公の相棒として映画にもよく登場しています。 愛らしい外見と頭の良さがフルに発揮された映画がキム・ソンホ監督の「犬どろぼう完全計画」です。 映画『犬どろぼう完全計画』公式サイト 映画『犬どろぼう完全計画』公式サイト。7月18日(土)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開   事業に失敗した父が失踪し、母と弟と共に車中生活を送る小学生のジソ。母の生活能力のなさにうんざりしたり、友だちの裕福マウンティングにウソをついたり。なんとか家族で暮らせる家を手に入れたいと願っていた時、街で犬の捜索願のチラシを見かけます。これにヒントを得て、クラスメイトと弟と一緒に「犬どろぼう完全計画」を練り上げるのです。レストランオーナーのマダムがかわいがっている愛犬を盗み出し、見つけたフリをして謝礼500万ウォンをいただいちゃおう!というお話。 原作は、アメリカでペアレンツチョイス賞などを受賞したバーバラ・オコナーのベストセラー小説。韓国で欧米の小説が実写映画化されるのは、これが初めてだそうです。 この映画で盗みのターゲットにされる愛犬「ウォーリー」が、2歳のジャックラッセルテリアなのですが、まー頭がいい! CGを使わずにすべての撮影をこなしたのだとか。とにかくこの子がかわいくて、観ていてとても楽しい映画です。 プランを記したノートや車での生活の様子など、背景がとてもていねいに作り込まれていて、ちょっとマネしたくなりました。 映画は、イソップ童話の『ウサギとカエル』の話から始まります。 ある日のウサギたちの集会。 人間や犬に常に狙われて、自分たちはいつもビクビクして暮らしている。毎日こんなに恐ろしい思いをするくらいなら、死んじゃったほうがいいんじゃないか。 そんな話し合いを経て、池に向かって走って行くウサギたち。その足音を聞いて、池のそばにいたカエルたちは一斉に逃げ出しました。 「おや? 俺たちよりももっと弱虫がいるじゃん」と気づいて、池に飛び込むのをやめちゃった。 不幸な人は、自分よりも不幸な人を見ると安心するものだという教えだそうです。

自分に負荷をかけよう『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』#75

昨日、ある韓国映画を観ていたら、ゴージャスなワインセラーの裏側に隠し部屋があって…というシーンがありました。しかも、扉を開けるカギは、高級ワインを棚から抜くことなんです。 「ワインボトルは揺らしてはいけない」と思っていたので、斬新な設定だなと笑ってしまいました。 わたしはお酒を飲まないのでワインの味はよく分からないのですが、ソムリエの方がめちゃくちゃ細かくワインの味を表現されているのは聞いたことがあって、素直に感動しました。記憶力と表現力にです。 日本のワインブームを作り出したソムリエといえば、田崎真也さん。テレビの食レポなどでカンタンに使われる言葉に「待った!」をかけた本が『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』です。 ☆☆☆☆☆ 『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 1983年、第3回全国ソムリエ最高技術賞コンクールで優勝。 1995年、第8回世界最優秀ソムリエコンクールで、日本人として初優勝。 輝かしい経歴を支えたのは「表現する技術」です。たとえば、揚げたてのコロッケを表現する例として、「こんがりしたきつね色がおいしそうですね~」というセリフは、実はなんの“味”も伝えていません。 “きつね色がおいしいわけではないのに、きつね色がおいしさのバロメーターと勘違いしているのです。極端にいうと、高温で揚げれば、中に火が入っていようと、いまいと、表面はすぐきつね色に揚がりますから。” 「視覚」しか使っていないから、見た目を伝えることしかできないわけです。こんな食レポがあふれておる!という怒りの声が聞こえてきそうな本文です。笑 ソムリエとしてそれでは仕事にならないので、田崎さんが実践しているのが、五感すべてを使う「湖トレーニング」です。 まず、「きれいな湖」が目の前にあると考えてください。 ・視覚:湖畔を見渡すと、どんな景色が見えるか。湖面に映るものは何か。 ・聴覚:鳥のさえずりや風の音など、耳に入ってくる音を聴いてみる。 ・臭覚:花や植物、土や空気など、それぞれがどんな香りを放っているか。 ・触感:肌に触れる水や風の感触はどんなものか。周囲の木々や湖の水に触れてみる。 ・味覚:湖にすむ魚や、近くの山で採れるキノコはどんな味がするか。 こうして五感を総動員してものごとを表現する練習をすることで、記憶にも残りますし、誰かに説明する

『転んでもただでは起きるな! - 定本・安藤百福』 #69

世界中で「ミスターヌードル」と呼ばれた安藤百福さん。チキンラーメンをはじめとするインスタントラーメンを開発した、発明家であり、事業家です。NHK連続テレビ小説「まんぷく」としてドラマ化もされていますよね。 ☆☆☆☆☆ (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「何か人の役に立つことはないか」「世の中を明るくする仕事はないか」という信念のもと、メリヤスやバラック住宅の販売など、数々の事業を立ち上げています。そして失敗もいっぱい。 戦争を経験している方ですから、「食べ物がないことの悲惨さ」が身に染みている。幾度もの事業の失敗を経て、「食」に専念する決意を固めます。 「食足世平」=食足りて世は平らか この言葉が信条だった安藤さんの生い立ちと名言を集めた本が『転んでもただでは起きるな! - 定本・安藤百福』です。 ☆☆☆☆☆ 『転んでもただでは起きるな! - 定本・安藤百福』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「インスタントラーメンの人」というイメージしかなかったのですが、22歳にして事業を起こしているんですよね。 何度も失敗しても、「失ったのは財産だけ。その分、経験が血と肉になった」と考えるところは、根っからの起業家だったのだと思います。 やはり、チキンラーメンの研究開発時代の話がおもしろかったです。 新築の家の床の間を吹っ飛ばすほどの事故とか、失敗は笑い話になるくらい大きくした方がいいんですね。家族はたまったもんじゃないかもしれませんが。 ・世の中には「敬」と「愛」しかない ・失敗して投げ出すのは、泥棒に追い銭をやるのと同じだ ・知識よりも知恵を出せ 本には、現代でも通じるこうした名言がたくさん収録されているのですが、わたしが好きな言葉はこれです。 “即席めんの発明にたどりつくには、やはり48年間の人生が必要だった。” 「年齢が……」とか、「忙しくて時間が……」とか、言い訳しがちだなという自覚のある方は、ぜひ一読してみてください。このバイタリティーにあてられてしまいますよ。