いろんな国の国民性を端的に表した“エスニックジョーク”。有名なのは「沈没船ジョーク」でしょうか。
アメリカ人には「飛び込めばヒーローになれます」
イギリス人には「飛び込めばジェントルマンになれます」
ドイツ人には「飛び込むのはルールです」
フランス人には「飛び込まないでください」
日本人には「皆さん飛び込んでます」
一方で、その国でしか通用しないジョークもありますよね。早くも今年の流行語大賞になるんではと言われている「時を戻そう」とか、「マヌケなことを言ったらタライが落ちてくる」とか、こういうのには名前がついていないみたい。
ロシア語通訳の米原万里さん曰く、「ジョークと小咄はロシア人の必須教養」だそう。でも、通訳の時にロシア人が爆笑する「旅行者の朝食」が何を意味しているのか分からず、困ったそうです。
熊はさっそく男に質問する。
「お前さん、何者だい?」
「わたしは、旅行者ですが」
「いや、旅行者はこのオレさまだ、お前さんは、旅行者の朝食だよ」
こんな、フツーの小咄にしか思えない話に、ロシア人は爆笑するのです。「何がおかしいの?」と聞いても、笑うだけでみんな教えてくれない。辞書や慣用句辞典、寓話集を探しても載っていない。
「まさか。あんなまずいもん、ロシア人以外で食える国民がいるのかね」
「いや、何でも、缶詰の中身じゃなくて、缶に使われているブリキの品質が結構上等だっていうらしいんだ」
まさかのエスニックジョークを聞いて、ようやく“旅行者の朝食”の正体がつかめたのですが、その実態は……。
そんなロシアをはじめとする、さまざまなお国の民族性と食を巡るエッセイ集が『旅行者の朝食』です。
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『旅行者の朝食』
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9歳から14歳までの5年間を、プラハのソビエト大使館付属学校で過ごした米原さん。クラスメイトは50か国ほどの子どもたちで、それぞれの文化的背景や国情なんて違って当たり前。ロシア語というつながりしか持たない世界なんです。
まーったく言葉が分からないまま放り込まれた学校でコミュニケーションを学んでいく。
学校の試験はすべて論述試験だったこともあり、彼女のロジカルでユーモアたっぷりな語りは磨かれていきました。エッセイにはダジャレや下ネタもいっぱいです。
『旅行者の朝食』はロシアの話が多いのですが、海外暮らしをしている日本人と食べ物の悩み、子どもの頃に読んだ童話と食べ物の話、米原さんが妄想した食べ物の話が紹介されています。
声を出して笑ってしまったのが、「食い気と色気は共存するか」です。
北海道の知床岬出身の友人宅に泊めてもらうことになった米原さん。友人のご両親から、(息子の嫁になる女性…!?)という期待というか誤解が招いた歓待を受けます。
山の幸と海の幸をたいらげ、ご飯と味噌汁を3回ずつおかわりし、お父さんのおかずまでいただき、夜食には採れたてのトウモロコシを6本ほど。
その結果。
(息子に気があるなら、こんなに食い気をむき出しにするわけないよね…!?)と、何も説明しなくても悟ってもらえたのだとか。
ブラックなユーモアからにじむ知性。辛辣だけど、選び抜かれた言葉の表現には、飾らない人柄とウソのない生き方を感じます。同じ食いしん坊としても、尊敬してやまない方の一冊です。
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