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5月, 2021の投稿を表示しています

『平成ネット史 永遠のベータ版』#688

「平成」という時代を天気で表すと「どんより曇り空」な気がします。バブル崩壊と、2度の大震災によって、「失われた30年」とも呼ばれている時代。 評論家の宇野常寛さんによると、「インターネットだけが、平成を語れる」のだそう。NHK Eテレで2019年に放送された「平成ネット史(仮)」の中での発言です。このたび、番組の内容が『平成ネット史 永遠のベータ版』として書籍化されました。  ☆☆☆☆☆ 『平成ネット史 永遠のベータ版』 https://amzn.to/3yIkTp7 ☆☆☆☆☆ テレビ放送は見ていないのですが、番組タイトルにあった「(仮)」は、書籍化にあたって「永遠のベータ版」になりました。オタクやギークの遊び場だったインターネットは、一般大衆も触れることができるように。でも、永遠に「完成」することのない技術という意味が込められているのだそう。 いままさに、現在進行形で続いているインターネットの歴史。それを「自分たちで作り上げてきた」方たちが、番組の出演者でした。 ○出演者 ・堀江貴文 ・落合陽一 ・宇野常寛 ・ヒャダイン ・眞鍋かをり ・森永真弓 ・池田美優 この方以外にも、伝説のテキストサイト「侍魂」を運営していた健さん、「初音ミク」の生みの親・佐々木涉さんらのインタビューが掲載されています。 わたしがパソコンを手に入れたのは、たしか1998年くらいだったと思います。仕事でwindowsやmacを使うことはありましたが、「自分用」のパソコンが欲しくて、大枚をはたいて購入。ニフティに加入して、初めてネットに接続したときのことは、いまでも覚えています。 ピ~ヒョロロロロ~ピ~ ガションガションガション なにが起こったのか分からず、爆発するかと思った!! 今思うと、画面に「なにか」が表示されるまで、呆れるほど時間がかかっていましたよね。そんな牧歌的な時代はあっという間に過ぎ去り、ADSL、フレッツ光と、契約とパソコンを乗り換えながら現在に至っています。 「集合知」としての機能が期待される一方で、中川淳一郎さんの『ウェブはバカと暇人のもの』にあるように、他人のことが気になって仕方がない人たちを生んだのも、インターネットといえるかもしれません。 宇野さんは、20世紀が「映像に映った他人の物語」に感情移入する時代だったとすると、ネットが生まれた瞬間に、「自分の物語を語る方

『もしも徳川家康が総理大臣になったら』#687

キテレツ本かと思いきや、とびきりおもしろかった! 新型コロナウイルスによって、首相官邸にクラスターが発生し、時の総理が死亡。混乱する政治と事態収拾のために集められたのは、AIとホログラムで蘇った、歴史上の偉人たち。『もしも徳川家康が総理大臣になったら』は、現実の政治を皮肉るブラック感にニヤニヤしつつ、すごく疾走感のあるストーリーで一気に読みました。 ☆☆☆☆☆ 『もしも徳川家康が総理大臣になったら』 https://amzn.to/3fSyLob ☆☆☆☆☆ 総理大臣はタイトルどおり徳川家康、官房長官は坂本龍馬です。「江戸時代」を始めた人と、終わらせた人が、政権でパートナーを組むなんて。財務大臣は豊臣秀吉、経済産業大臣は織田信長と、師弟コンビ。副大臣には石田三成がついていて、オイオイいいんかいな……と、内閣の顔ぶれを見ているだけでおもしろいです。 (画像はAmazonより) 最初の顔合わせの時こそ、 “居並ぶ閣僚たちは、この日、初めて顔をあわせた。それぞれ違う時代からやってきているため、お互い、どう向き合ってよいか、まだ探りあうような雰囲気である” という「そりゃそうやわ」な状況でしたが、さすが歴史に名を残すほどの偉人たちです。やるといったらやる。「民主主義」や「人権」という概念のない時代の人々が、現在の法律と折り合いをつけながら「合議」で政治を行う姿は、おもしろいのひと言。 最強内閣が次々と施策を実行し、国民の信頼を取り戻していく第1部では、読んでいるこちらも思わず熱狂してしまうんです。そして第2部に入ると、ミステリーの色が濃くなっていきます。 総じて感じるのは、偉人たちの言葉の重さです。 強い言葉を語るリーダーは現代にもいますが、なんでしょうね、これ。覚悟の違いなのかもしれません。 たとえば、新型コロナウイルス感染症対策に関するドイツのメルケル首相の演説は、心に訴えるものとして絶賛されました。 新型コロナウイルス感染症対策に関するメルケル首相のテレビ演説(2020年3月18日) https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/politik/-/2331262 同じ頃の日本は……と思い出すとげんなりしてしまうのですけれど。この本で繰り広げられる最強内閣の決断力、実行力は、いままさにわたしが欲しかったもの!という気がしたんです。 町を完全ロ

『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』#686

日本人は「休み下手」だといわれています。「働き方改革」とはつまり、「休み方改革」といえるのかもしれません。 身体を休ませることはもちろん、メンタルケアのためにも休むことは大切です。すべてに怠惰なわたしだけど、もっと「休み上手」になりたいと思っていました。 4月に社会人デビューした方も、そろそろ疲れがみえてきたころなのではないでしょうか。仕事用のエネルギーと、心のエネルギーの使い方を見直すなら、下園壮太さんの本『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』がおすすめです。 ☆☆☆☆☆ 『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』 https://amzn.to/2R2wvSQ ☆☆☆☆☆ 著者の下園壮太さんは、元・陸上自衛隊心理教官で心理カウンセラーという方です。自衛隊というと、強そうなイメージがありますが、その秘訣は「休み方」にもあるようです。 長期戦を戦うために必要な要素として挙げられているのが、「組織力」と「疲労のコントロール」。特に休むことの大切さは、あまり理解されていないのかもしれないなと感じます。なぜか、「がむしゃらにがんばる」ことが善と考える人が多くて……。 本によると、「ムリ」は4つの面で表われるそう。 ① 体 ② 人間関係 ③ 行動 ④ 心 ムリがどの面に表われても、本人は「ムリ」のせいだと気付きにくいもの。そして、3段階で進行していきます。 第1段階:普通の過労段階 第2段階:別人化の始まり 第3段階:別人化 組織内での人間関係の悪化は、こうした状況を示すシグナルでもあるわけです。 「ムリの防ぎ方」個人編と上司編があるので、チームを持っている方は、ぜひご一読を。また、感情の無駄遣いを止めて、「感情疲労」を避ける方法は、気持ちの浮き沈みに疲れちゃう、という方にもおすすめです。 今週は、新人たちのフォローアップ研修を実施しました。予想どおりではあったのですが、がんばり方に試行錯誤した2か月間だったようです。研修で話すことなんて、なかなか腹落ちしないもんだなとしんみり……。努力と結果がイコールとならない「仕事」という世界の洗礼にアップアップしたメンバーもいました。そして。 「ゴールデンウイーク中、何をすればいいのか分からなかった」 という声も……。 はぁ。もっと「休み上手」になりたい。

『組織が変わる――行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2』#685

「1on1」ミーティングの難しさは、上司側の姿勢と、ブラックボックスになりがちなところにあると思います。ふたりきりで行われる以上、そこで詰められていても分からないからです。 宇田川元一さんの『組織が変わる――行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2』には、より踏み込んだ「対話」の形である「2on2」が紹介されているのですが、これはとても演劇的な手法だなと感じました。前著『他者と働く』の実践編といえる内容です。 ☆☆☆☆☆ 『組織が変わる――行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2』 https://amzn.to/2RPqhWL ☆☆☆☆☆ 企業は常に何かしらの悩みを抱えているものです。売上のこと、業界のこと、組織の中のこと。いろいろありますが、どれに対しても、「放っておくと悪くなりそうだけど、何から手を付ければいいのか分からない」状態で放置されることがあります。 宇田川さんはこうした状況を「組織の慢性疾患」と呼んでいます。「慢性疾患」なので、完治することは難しいけれど、安定した状態を保つ=寛解を目指すことはできる。そのために必要なのが「セルフケア」。小さな問題や、弱いシグナルにいち早く気付き、対応する能力を保つ組織を目指そう、という内容です。 「組織の慢性疾患」とは。 1. ゆっくりと悪化する 2. 原因があいまいで特定できない 3. 背後に潜んでいる 4. 後回しにされがちである 5. 既存の解決策では太刀打ちできない 6. 根治しない こうした状況では危機感も生まれにくくなってしまいます。そこで必要なのが、「対話」です。 <対話に必要な4つのステップ> 1. 問題を眺める 2. 自分もその問題の一部だと気づく 3. 問題のメカニズムを理解する 4. 具体的な策を考える 特に2の「自分もその問題の一部だと気づく」って、とても大事だと思います。すぐに解決策を提案できる人は、自分も問題に関わっている視点が抜けがちだから。 「対話」の方法のひとつとして紹介されているのが「2 on 2」。基本的に4人一組で行い、問題からの距離感を変えてキャスティングするのだそう。おもしろいのは問題に名前を付けて「妖怪」として扱い、その生態を探ってみるという過程です。 本では、忖度してしまって言いたいことが言えない状況に「ソンタック」という名前を付けていました。ちょっとコ

『ヤフーの1on1―――部下を成長させるコミュニケーションの技法』#684

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」 オーストリア出身の精神科医であり心理学者のアルフレッド・アドラーの言葉です。「会社」という組織の中で、上司と部下の関係、他部署の人との関係、同僚(=ライバル)との関係などなど、「対人関係の悩み」は、誰もが一度は味わったことがあるのではないでしょうか。 日本のITトップ企業であるヤフーでも、現状は同じ。そこで取り入れたのが、上司と部下との「1on1」ミーティング。本間浩輔さんの『ヤフーの1on1―――部下を成長させるコミュニケーションの技法』には、トークの例も紹介されています。 ☆☆☆☆☆ 『ヤフーの1on1―――部下を成長させるコミュニケーションの技法』 https://amzn.to/3wvKsb1 ☆☆☆☆☆ 著者の本間さんは、ヤフー株式会社のコーポレート総括本部長をされている方です。人事革命を実行し、戦略人事プロフェッショナルとしても知られています。 そんな本間さんが取り入れたことで話題になった「1on1」ミーティングは、ひところ組織の「改善薬」としてもてはやされたような記憶があります。 毎週1回、原則30分を部下とのコミュニケーションに充てる。 ただそれだけで、なぜ変われたのか。ヤフーの人材育成の基本方針は、「社員の才能と情熱を解き放つ」こと。「1on1」を実施する目的のひとつがこれで、もうひとつは経験学習の促進にあるのだそう。だから、ただ部下の話を聞くという時間は、「ちゃんとあなたのことを気にかけていますよ」というメッセージとして伝わり、部下の側に安心を与えるからかもしれません。 わたしが勤務している会社でも「1on1」を実施している部署がありますが、どうも上司がしゃべりすぎているみたいで。あと、トラブル対応などで感情的なしこりが残っている場合には、部下の方が上司に対して信頼をなくしているので、「対話」が成立しなかったこともあるらしい。 こうした、「上司がしゃべりすぎる」「解決案を出してしまう」といったことはよくあるようで、本にはトークスクリプトとして掲載されています。客観的にトークを見直し、受け答えへのフィードバックを見ることができるのです。 基本的に「1on1」は、「部下のための時間」です。テーマは部下が決め、上司は話を「聴く」係であることを意識する必要があるわけですが。 分かってはいても、自分がどんな言動

『クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす』#683

事業部のクリエイティブ部門から、HRへ異動して4年目になります。これまでは研修“だけ”に力を入れていましたが(というか、それ以上のことをやる余裕はなかった)、今年の初めごろに「はて、人事ってどういう役割なんだっけ?」と、あらためて考える機会がありました。 いろいろと読んだ本の中の一冊が『クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす』。株式会社サイバーエージェントの人事本部長である曽山哲人さんと、神戸大学大学院の金井壽宏教授の共著です。 企業の中で「人事」はどうあるべきか。その存在価値について考えさせられる本でした。 ☆☆☆☆☆ 『クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす』 https://amzn.to/3fL0A1n ☆☆☆☆☆ 「人事部」とは、なかなかにせつない部署だと思います。制度や異動への不満が集まる部署でもありますし、経営陣と現場をつなぐ橋渡しの役目も負っています。時には矛盾と軋轢のクッション材になることも。 こうしたことから、わたしはずっと「心臓」のイメージを持っていました。身体中に新鮮な血液を巡らせるポンプの役割ですね。 サイバーの人事本部におけるミッションは「コミュニケーション・エンジン」だそう。ひらたくいうと、「経営陣と現場の通訳係」と表現されています。 元はモーレツ社員で、広告営業のトップを務めていた曽山さん。人事へと異動してからも、パワフルな体育会系体質が抜けずにいたのだそうです。コーチング研修を受けることで、「人を恐れていた」ことに気付き、変われたとのこと。 曽山さんの率直な告白は、新人マネジャーにとって励ましになるかもしれません。「わたしだけが苦しいんじゃないんだ」と思えるから。 最近では、YouTuberとしても活躍されています。毎回更新を楽しみにしているコンテンツのひとつです。 ソヤマン - 人と組織のお悩み解決!! https://www.youtube.com/channel/UCXNdhMaVY8wp06UaMCYiv_g 評価制度には「納得感のある対話」が必要という話は、北野唯我さんの著書 『OPENNESS(オープネス) 職場の「空気」が結果を決める』 にもデータとして示されていました。 「人事部」は硬直化しやすく、官僚的になりやすい部署ではありますが、“こなす”だけでは味わえない仕事でもあるのだと、本を読んで感じ

『GREAT @ WORK 効率を超える力』#682

「あの人はなぜ優れた業績を残せるのか? 残業もしていないのに……」 朝から晩までモーレツに働くことがよしとされていた時代は終わったと思っていました。なのに、新人の中には「長時間働いて、がんばってる自分をアピールしよう!」と考えている人もいます。評価基準について説明して、“がんばる”方向性をマネジャーとすりあわせてもらっても、そこから抜け出せない。 誰に教わったのや!? 『GREAT@WORK 効率を超える力』の著者モートン・ハンセンもそんな考えを持っていたそう。野心満々で入社した一流のコンサルティング・ファームで、でも打ちのめされることになるのです。 残業もしないナタリーが、自分より優れた仕事をしているのはなぜか? 一所懸命働く<<<賢く働く 発想を変え、会社を変えることを説いた本です。 ☆☆☆☆☆ 『GREAT@WORK 効率を超える力』 https://amzn.to/2QJwbIo ☆☆☆☆☆ 数百の学術論文を精査し、5000人を対象に調査を実施。「賢く働く」ための7つのファクターを抽出するとともに、企業の業績に影響を与えない項目を明らかにしています。 「賢い働き方」をしている人は、どんな業種にも、どんなレイヤーにも存在します。この人たちは、優先すべきことを厳選して、そこに努力を注いでいるから優れた結果を残せるわけです。 賢く働くための「七つの習慣」とは。 ① 優先すべきことをいくつかに厳選し、そうして選んだ分野に大きな努力を注ぐ(業務範囲の重点化)。 ② あらかじめ定められたゴールに到達するだけでなく、新たな価値を生み出すことに重点を置く(仕事の再設計)。 ③ 機械的な反復練習を避け、技能を伸ばす練習を行う(質の高い学習サイクル)。 ④ 自分の情熱を強い目的意識と一致させられる役割を探し求める(内的動機づけ)。 ⑤ 他者の支援を得るために心理戦術をうまく使う(しなやかな主張)。 ⑥ 無駄な会議を減らし、参加する会議では白熱した議論が必ず起こるようにする(厳密だが、オープンなチームワーク)。 ⑦ 部署横断プロジェクトに参加する場合は、どれに参加するかを注意深く選び、生産性の低いプロジェクトは、はっきりと断る(ほどよい協働)。 これらの項目の影響力は66%である一方で、学歴や在職期間、年齢、性別といった要素は5%程度しかないとのこと。「組織」というものを見直した

『OPENNESS(オープネス) 職場の「空気」が結果を決める』#681

企業の業績と、職場の空気には関連性がある。 北野唯我さんの著書『OPENNESS(オープネス) 職場の「空気」が結果を決める』は、定量データから導かれた“キッパリ”とした結論が、刺激的な本でした。 ☆☆☆☆☆ 『OPENNESS(オープネス) 職場の「空気」が結果を決める』 https://amzn.to/3bNx0Hn ☆☆☆☆☆ 「OPENNESS」とは、組織における「カナリア」と表現されています。危機に最初に反応する「炭鉱のカナリア」にたとえられているわけです。組織の「風通しの良さ」は、企業の採用や資本市場にダイレクトに影響を与えているというデータとのこと。 企業の口コミを集めたサイト「オープンワーク」のデータ、延べ840万人分を分析。従業員ロイヤルティ(職場に対する愛着・信頼の度合い)を数値化する指標「e-NPS」との関連性をみたところ、全11項目のうち、高かったのはこちらの項目です。 ○職場の満足度に関係する項目 ・風通しの良さ ・社員の士気 ・人材の長期育成 ・法令遵守意識 ・待遇面の満足度 ○平成30年間で時価総額を大きく伸ばした企業に関係する項目 ・風通しの良さ ・20代の成長環境 ・社員の士気 これは、企業の規模や設立年数には関係がなかったのだとか。 上場企業なら「財務データ」は公開されていますが、これまでブラックボックスになりがちだった「職場の空気」が数値化されたということは。 企業はステークホルダーに対しても、就職希望者に対しても、「嘘をつけない時代」なのだなと思います。 本では、採用におけるポイント、働きがいをつくるポイント、そして経営者(陣)が留意すべき点などが論じられています。 「風通しの良さ」や「社員の士気」といったソフト面は、やろうと思えばすぐにでも改善できることなのですが、一方で「人材の長期育成」は他社との比較が難しく、評価者(口コミを書いている人)の期待値と実際とのギャップが大きい項目でもあるんですよね。 “人材の長期育成は仮に会社が一生懸命投資したとしても、他社と比べて比較することが難しく、それゆえに「満足する基準がない」のだと思われる。” 学校じゃないんだから「育ててくれる」会社なんて、どこにも存在しない。会社ができるのは環境を準備するところまで。自ら学べ。以上! という感じで、理想論に逃げず、キッパリと言い切るところが北野さ

『スモールワールズ』#680

初めて会った作品なのに「惚れたぜー!!」と思わせてくれたのが、『スモールワールズ』の一穂ミチさんでした。「BLの巨星」と呼ばれているそうです。 「歪んだ家族を描いた短編連作を」という編集者の依頼を受けて書き上げられた6編の短編。家族という「小さな世界」の中で起きた事件に、胸がギュッとなりました。 ☆☆☆☆☆ 『スモールワールズ』 https://amzn.to/3f9NMmr ☆☆☆☆☆ 子どものころはマンガ家になりたかったという一穂さん。なんと「魔王の帰還」がコミカライズされることになり、大喜びしたのだそう。 「アフタヌーン」誌に連載されているマンガの第1話は、こちらから読むことができます。 「魔王の帰還」第1話 https://afternoon.kodansha.co.jp/c/maounokikan.html 「魔王の帰還」は、身体が大きくて、まっすぐな性格の姉が、とつぜん婚家から出戻ってくる、というお話。野球部で問題を起こし、学校になじめずにいた弟と、同級生で駄菓子屋の菜々子と3人で金魚すくいの大会に出ることになってしまいます。クスリとさせられるシーンもありつつ、姉が家を出てきた理由にウッとなってしまう。 そう、どのお話も、平穏な日常に潜んでいる「ウッ」となる転換がお見事なんです。 東山彰良さんの『小さな場所』は、9歳の目に映る「小さな場所」を描いていました。そこには人間の生き様すべてが詰まっていたのですけれど。 『小さな場所』#678   『スモールワールズ』もやはり、家族という「小さな世界」を描いています。でも、家族って時にはとても閉鎖的な関係になってしまうのですよね。家族だから甘えてしまう、家族だから秘密にしておきたい、家族だから差し違えてしまう。 背中がヒヤリとするような展開や、ホロッと温かくなるようなラストなど、後味もさまざまで、これは短編集ならではだなと思います。 次回作も、今後の活躍も期待大。現在、本の出版を記念したスペシャル朗読企画「回転晩餐会」が公開されています。19分と短いので、ぜひ聞いてみてください。「ウッ」となる転換に、ポロリときます。 「回転晩餐会」 担当編集者さんが一穂さんにインタビューした記事も。編集者さんの前のめりな様子に笑ってしまいました。 『スモールワールズ』ができるまで!〈一穂ミチ大解剖インタビュー〉 https://

映画「ファーザー」#679

  「代表作」があるということは、表現者にとってどれほど重いことなんだろう。次々と「代表作」を積み上げていく怪優アンソニー・ホプキンスに、おののいてしまう。 アンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を演じ、第93回アカデミー主演男優賞を受賞した映画「ファーザー」を観てきました。父娘の感動ストーリーだと思ってみると、大きく裏切られますよ。 ☆☆☆☆☆ 「ファーザー」公式サイト https://thefather.jp/ ☆☆☆☆☆ アンソニー・ホプキンスにとっては、「羊たちの沈黙」以来、2度目のアカデミー主演男優賞となった映画です。 ロンドンのフラットで独り暮らしをしているアンソニーは、娘の“アン”からパリで恋人と暮らすことになったと告げられます。自分を見捨てるのか?とパニックになるアンソニー。 そして次のシーンでは、別の女性が“アン”と名乗り、“アン”の夫だと名乗る見知らぬ男まで登場。彼がチキンを料理してくれるらしいのですが、次のシーンでは、最初に登場した“アン”がチキンを料理しています。「父が好きだから」と言って。 どんだけチキンが好きやねん!! そう思ってしまう展開によって、少しずつ謎の世界に踏み入れていることに気がつきました。 認知症の当事者を主人公にした物語といえば、荻原浩さんの『明日の記憶』や、ジュリアン・ムーア主演の映画「アリスのままで」などがありましたが、「ファーザー」ほど、本人の目線で描いたものはなかったのではないかと思います。 原作はフロリアン・ゼレールが書いた戯曲『Le Père 父』。映画化にあたって脚本を共同で書き直し、監督も務めています。 パリを舞台にした戯曲をロンドンに置き換えたわけですが、このとき、「映画化するなら、イメージはアンソニー・ホプキンスだな」と考え、父の名前を“アンソニー”としたのだそう。そのご本人に演じてもらい、賞まで受賞したのですから本望でしょう。 舞台劇ならではの会話劇で、話はずっと「家の中」で進行します。扉の並ぶ廊下、暖炉の上の絵、ダイニングテーブルといった、固定されているはずの状況が、ちょっとずつ変わっていく。 そして、会うたびに別人になる娘の“アン”。そばにいる謎の男。ミステリー仕立てになっているけれど、これこそが、認知の衰えを表しているのでしょう。 みんながウソつきで、自分を騙していて、陥れようとしている!? “

『小さな場所』#678

韓国旅行に行った友人が、「むかしの日本みたいだねー」と語っていたことがありました。台湾旅行に行った友人もやはり、「むかしの日本みたいだねー」と語っておりました。これは時間差の経済発展によるノスタルジーなのでしょうかね。 そういうわたしも、東山彰良さんの『小さな場所』を読んで、懐かしさを感じていました。台北に住む9歳の少年・小武が、ずるくて、のんびりしていて、がさつで、やさぐれた大人たちの中で成長していく物語です。 ☆☆☆☆☆ 『小さな場所』 https://amzn.to/3wmuJuC ☆☆☆☆☆ 東山彰良さんは、台湾で生まれた後、日本と台北を行ったり来たりしながら育ったそうです。小説の舞台となっている西門町は、台北の西にある繁華街。紋身街と呼ばれる刺青通りの住人たちを描いた6作の連作短編です。 「紋身街」の名のとおり、刺青ショップが多く、彫り師たちがランチを食べにやってくるのが、小武の両親がやっている食堂。タピオカドリンク屋のおっちゃん、少数民族のラッパー、あやしげな探偵など、「ああいうふうになったらおしまい」のお手本のような人たちに囲まれている小武。彼らと共に、町で起こる事件をのぞいていきます。「解決する」わけじゃないところが、かわいいんです。 中でも笑ってしまったが、「家出する神さま」です。 「土地公廟」という、お百姓さんたちが勝手につくった廟があって、そこには土地公という道教の神さまが祀られているそう。神さまの機嫌を損ねないように、奥さんを娶らせたり、お妾さんをあてがったりするのですが。 実体は木彫りの人形! 衣装が派手! 小説を通して、庶民の風俗が垣間見られていいですよ。 そして、独自の哲学を持つ彫り師のニン姐さんは、東山さんの従妹がモデルなのだそうです。これまでにも、彼女が持っている数々の武勇伝を小説に使ったそうで、ニン姐さんを仰ぎ見る少年に、恐れつつも敬う感じがあるのは、そういうわけだったのかと納得しました。 東山彰良のTurn! Turn! Turn! #12 台北・紋身街 愛すべき従妹の小さな刺青店 https://book.asahi.com/article/13257036 9歳の目に映る世界なんて、まだとても狭い「小さな場所」でしかありません。でも、その中には、人間の生き様すべてが詰まっています。 少年は、ニン姐さんから「空の深さを知る」と

瀬尾まいこ『その扉をたたく音』#677

「すっげー!!」という人と出会ったとき、心にどんな反応が起きるのかは、自分の成熟度をはかるカギになるのかもしれません。 瀬尾まいこさんの新作小説『その扉をたたく音』は、ブラブラとニートな生活を送っていた青年・宮路が老人ホームに通うことになってしまう、というお話。人生を終えようとする人たちの中で、宮路が出合ったものとは……。 ☆☆☆☆☆ 『その扉をたたく音』 https://amzn.to/3u1FZLm ☆☆☆☆☆ 脳科学者の中野信子さんの著書『シャーデンフロイデ』によると、心理学上、嫉妬と妬みは区別されるのだそうです。 嫉妬:自分が持っている何かを奪いにやってくるかもしれない可能性を持つ人を排除したい、というネガティブな感情 妬み:自分よりも上位の何かを持っている人に対して、その差異を解消したいというネガティブな感情 「妬み」はさらに良性と悪性に区別され、良性なら自分が成長する原動力となりえますが、悪性の場合は相手を引きずり下ろそうという方向に働いてしまう。 成功している人や、才能ある人に会ったとき、嫉妬しているのか、妬んでいるのか、それとも憧れているのか、自分の心を分析してみることは、とても大切なのではないかと思います。 次に自分が取る行動の理由がハッキリするからです。 ミュージシャン志望といいつつ、才能もなく、たいした努力もせず、バンド仲間が就職してしまったため、ひとりでブラブラしている青年・宮路。彼の場合、反応はとてもシンプルです。 「神様!!!」と追っかけを始めてしまうのですから。 老人ホームでライブをやった宮路ですが、お年寄りの反応は冷ややか。時間が余ってしまったため、介護士のひとりである渡部がサックスを演奏することになります。神がかった演奏を聴いて、惚れちゃうんですね。 渡部の演奏が聴きたくてホームに通ううち、入居者と親しくなり、楽器を教えたりもして、なんだか充実感を覚える宮路。介護士という仕事への偏見や、老人との付き合い方など、ひとつひとつ経験しながら変化していく。その様子が、とてもさわやかです。 神がかった演奏をする渡部くん。おばあちゃんとふたり暮らしで、お酒も好きそうだし、介護の仕事も好きそうだし、でも音楽は「趣味」と割り切ってるし。なんだか飄々としている人物なのですが。 あの、渡部くんが!!! 大人になっちゃって!!! 読みながら、何度か心の中

『心淋し川』#676

いつか、ここから逃げ出したい。 子どものころ、よく考えていたことで、「ここじゃないどこかへ行きたい」という想いは、ずっとわたしのすぐ隣にいるような気がします。 西條奈加さんの小説『心淋し川』には、江戸のすみっこで、そんな想いを抱えて生きる人々が描かれています。 ☆☆☆☆☆ 『心淋し川』 https://amzn.to/33SDQan ☆☆☆☆☆ タイトルの『心淋し川』は、「うらさびしがわ」と読みます。舞台となる町も、「心町(うらまち)」という架空の町です。西條さんのインタビューによると、辞書で「うらさびしい」を引いたときに、「心」に「うら」という読み方があることを知り、タイトルに使うことにしたそう。 直木賞受賞! 西條奈加著『心淋し川』 “時代”という緩衝材をおいて切なさを描く https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/B-exUAoepV.html 6編の連作短編で、千駄木にある「心町」の長屋に暮らす人々が主人公。どの人も、生きていくことで必死です。 不細工な妾だけが集まって暮らす家、別れた女性を思い出させる少女、息子へのゆがんだ愛に生きる母。各話に登場するのが、長屋の差配である茂十ですが、彼だってワケありの人です。最後の話にはウルッときました。 時代小説の舞台といえば、日本橋や芝神明町、吉原・浅草寺から本所・深川が多いと思います。ですが、この小説は舞台設定からして地味なんです(失礼)。 気温が上がると、よどんだ水が臭いを放つ心淋し川といい、忘れられたような町といい、小説全体に閉塞感が漂っている。タイトルどおり、「うらさびしい」空気があります。 この、出て行きたくても出て行けない事情を抱えた人々は、いまの「外出したくてもできない。人に会いたくても会えない」状況に重なるように思います。 「いつか、ここから逃げ出したい」と思ってきたけれど、「もう少し踏ん張ってみたい」と思えるようになったのは、年をとってからだったかもしれない。心町の人々も、「しかたなく」ではなく、「この町で」生きる意味を見出していきます。どんな暮らしにあっても、喜びを見いだすことができるのが人間なのかもしれないですね。 文章がとてもやわらかいので、時代小説は苦手という方にも読みやすいですよ。

『2016年の週刊文春』#675

分厚くて重量感があのある本を「鈍器本」と呼ぶのだそうです。当然、お値段も張るわけですが、ベストセラーとなる本も続出。背景には「家でじっくり本を読みたい」という思いがあるのだそう。 読者の胸打つ“鈍器”…分厚くて高価な本がコロナ禍で人気のワケ | 大手小町 SNS上で「もはや鈍器」と話題になるほど分厚い本が、ベストセラーになっています。ブロガーの「読書猿」さんが著した「独学大全―― 絶対に『学ぶこと』をあきらめたくない人のための55の技法」(ダイヤモンド社、定価:2800円=税別)。総ページ数   本好きとしては、「凶器」と同じ扱いをされることにモヤッとしちゃう。まぁ、たしかに、足の上に落としたら青たんができること間違いなしのゴツさはありますよね。 「鈍器本」と同じくらいモヤッとする言葉が「文春砲」です。 新聞では報じられないスクープを、雑誌ジャーナリズムの矜持を持って報じる……というスタンスは支持できます。でも、将来性のある俳優やタレントの未来を壊すことに意味はあるのか。誰かの人生をエンタメとして消費することへの疑問です。 自分たちは報じただけ。 そんな論理にもイマイチ納得はできなくて、「週刊文春」は、毎週楽しみに読んでいた時期もありつつ、ナナメに見てしまう雑誌でもありました。 でもなぜ、「週刊文春」はこれほど「文春砲」を出せるのか。雑誌のはじまりから今日までを追ったノンフィクションが、柳澤健さんの『2016年の週刊文春』です。これも「鈍器本」と呼べそうな重量級の本です。 ☆☆☆☆☆ 『2016年の週刊文春』 https://amzn.to/3yg9LPP ☆☆☆☆☆ 「週刊文春」の歴史において、カリスマと呼ばれるふたりの編集長、花田紀凱さんと新谷学さんが軸になっています。 2017年に出版された新谷さんの著書『「週刊文春」編集長の仕事術』は、炎上により「休職」を言い渡されたシーンから始まります。新谷さんはかつての名編集長を訪ねるわけですが、それが花田紀凱さんでした。 わたしにとって花田さんといえば、「マルコポーロ事件」のイメージが強く、退職後に創刊された雑誌の内容的にも、「なぜ、この人のところに?」と疑問がわきました。 その疑問が、『2016年の週刊文春』を読んで、ようやく解けた……。 『「週刊文春」編集長の仕事術』には、「新谷さんは特別だから」という同僚編集者の

『ネット興亡記 敗れざる者たち』#674

毎日インターネットを使って、ニュースを知り、調べ物をし、友人と連絡をとり、会社の仕事をしています。もうネットのない時代に戻ることなんて、絶対にできない。 いまやインフラとなったインターネットも、20年ちょっと前は「なんだか怪しげ」と思われていたのでした。それでも、ネットの可能性にとりつかれ、さまざまなサービスを起ち上げた人がいたからこそ、いまの便利さを味わえているわけですよね。 その裏で、どんな攻防があったのか。 日本のネット黎明期を支えた iモード、mixi、楽天、ライブドア、LINEなど、企業の誕生秘話を解き明かした本が『ネット興亡記 敗れざる者たち』です。 ☆☆☆☆☆ 『ネット興亡記 敗れざる者たち』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 日経新聞の電子版に連載されていたときから読んでいましたが、書籍化にあたってはゼロから書き直しているそうです。 この本で、多くの起業家たちが、「ビターバレー」の人脈でつながっていたことを知りました。「ビターバレー」とは、渋谷をシリコンバレーに負けないほどの、起業家が生まれる街にしようという活動のこと。「渋谷」をそのまま英語読みしているんですね。 2000年2月2日の「ヴェルファーレ」での集まりには、堀江さん、南場さん、孫正義さんら、すんごいメンバーが登壇。行間からも、その熱気が伝わってきます。 創業物語ですから、波瀾万丈、ギリギリのヒリヒリな展開が多くて、思わず力が入ってしまうのですが。同時に、この時代の起業家たちに大きく欠けていたものがあったことも感じました。 それが「倫理観」です。 アメリカのとある企業を買収しようとして、失敗。「じゃあ、マネすっか」とパクってしまう。 ライバル企業の広告を売るより、システムを自分で作っちゃえとパクってしまう。 「今ならさすがにやらないですが……」と語っている社長もいましたが、インターネット広告という新しい業界で、コンプライアンスが問題になるのもむべなるかなという気がしてしまいました。 変化の中で進化し、いつ喰われるか分からない状態の経営者という人々。わたしは起業願望がないせいか、「こんなジェットコースターみたいな生き方はムリ!」となりましたが、自分でハンドルを握るおもしろさは分かるように思います。 だって起業って、麻薬みたいなものだから。 ネットという最高の「おもちゃ」を手にした男たちの、ホモソ

映画「バッカス・レディ」#673

「ちょっとムリかも」というおじーちゃんに、「任せときなさい!」とドヤ顔を見せるユン・ヨジョン。60代で売春婦役を、しかも飄々と演じきれるのは、この人しかいない! でも、「昇天させてくれる」技術が、思わぬ展開を生んでしまうというストーリーです。 「ミナリ」 で第93回アカデミー賞助演女優賞を受賞し、チクリと刺すコメントで一躍時の人となったユン・ヨジョン。73歳にして何回目か分からないほどの全盛期。 そんなユン・ヨジョンが、高齢者相手の売春婦を演じている映画が「バッカス・レディ」です。 ☆☆☆☆☆ 映画「バッカス・レディ」5月25日までGYAO!で無料配信中 https://bit.ly/33IRZa0 ☆☆☆☆☆ 人生100年時代と言われるいま、老年期をどう生き、そしてどう死ぬかについて、時々考えます。 三毛作どころか四毛作でも五毛作でも生きていけるくらい、“できること”を増やすのがいいのか。今のうちに資産を築くのがいいのか。心許せる友人もいてほしい。 高齢男性たちの間で「死ぬほど上手」と評判の売春婦人ソヨンの周囲にいるのは、“人生戦略”とは無縁な人ばかり。 家主はトランスジェンダーで、下宿人は義足の青年。カツカツの生活をしているのに、韓国人男性に捨てられたフィリピン人女性の子どもの世話までしてしまうんです。お金のない社会的弱者たちにとって、現代社会はジャングルそのものだなと感じます。 ユン・ヨジョン演じるソヨンは、そんなジャングルで狩りをするハンターともいえますが、どっちかというと屍肉を喰らうジャッカルのような雰囲気。諦念と虚無を抱えつつ、食えないハルモニ(おばあちゃん)でもあります。 原題は「殺してくれる女」で、ダブル・ミーニングになっています。「死ぬほど上手=昇天させてくれる」というソヨンのテクニックと、言葉どおり「殺してくれる」の掛詞なんです。 ただ、ユン・ヨジョンは「“売春婦の役”とは聞いてたけど、あそこまでやらされるなら受けなかった」と語っていたそう。インタビューしたいと近づいてきた青年に、「ハルモニって呼ぶな! あたしのアソコはまだ若いんだよ!」と毒づくほどの役ですからね……。 60代後半で挑戦するには、あまりにもヘビーな役だったと思いますが、引き受けたからにはやりきるのもユン・ヨジョン。多くの痛みを抱えながら、淡々と堂々と生きる売春婦として、映画を引っ

ドラマ「悪霊狩猟団:カウンターズ」#672

  韓国版「アベンジャーズ」ともいえるアクションSF「悪霊狩猟団:カウンターズ」。 原作は人気WEBマンガです。昼間は行列のできる店「姉貴麺屋」の従業員、夜は悪霊と戦う“カウンター”という4人の活躍を描いた物語に、ワックワク~しました。 ☆☆☆☆☆ 「悪霊狩猟団:カウンターズ」Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/81323551 ☆☆☆☆☆ 舞台はチュンジン市という都市開発に力を入れている町です。権力を笠に着て悪の限りを尽くしているおっさんたちに、“カウンター”たちが立ち向かっていきます。 主人公は高校生のソ・ムン。幼いころに両親を事故で亡くし、おじいちゃんと、痴呆症のおばあちゃんと暮らしている少年。事故の原因は自分のワガママだったと、後悔を抱えながら生きてきました。でも、警察官だった両親の死と、同じく“カウンター”のカ・モタクの事件につながりが発覚。史上最強の悪霊チ・チョンシンを追うことになります。 ソ・ムンを演じたチョ・ビョンギュの初々しさと、悪霊チ・チョンシン役のイ・ホンネのおぞましさの対比が、最高に震える展開です。 驚いたのは、クールな姐御ト・ハナを演じるキム・セジュンでした。 Mnetのオーディション番組「PRODUCE 101」に出演し、「I.O.I」のメンバーとしてデビュー。その後、ガールズグループ「gugudan」のメンバーとなり、ソロデビューもしている、バリバリ(?)のK-POPアイドルなんですよ。 なのにドラマでは、とてもシャープでヘビーなアクションをこなしています。演技の経験もそう多くはないようですが、これからが楽しみになりました。 「Sweet Home -俺と世界の絶望-」のイ・シヨンや、キム・セジュンら、アクションもできる俳優がいるって、韓国演劇界の層の厚さを感じます。 そしてまた、“カウンター”の4人組がよくできているんですよね。少年、お姉さん、おじさん、おばさんという、ダイバーシティに配慮したかのような組み合わせ。そこに、大企業の会長である大金持ちのおっちゃんが財政支援をしてくれるという構造です。 そのわりにユニフォームが赤いジャージで、車もおんボロやん……と思っていたら。最後にはおっちゃんが本領発揮してくれます。そのシーンはちょっと「オーシャンズ」かな。 注目すべきはカメラワークです。

『超クリエイティブ 「発想」×「実装」で現実を動かす』#671

熱いマインドの人が書いた本は、熱い。 その熱量はどこからくるのかというと、自分の意思を「誰かに伝えたい」ところからだと三浦崇宏さんは著書『超クリエイティブ 「発想」×「実装」で現実を動かす』で語っています。 そしてその「誰かに伝えたい」という強い欲望こそが、クリエイティブの源泉なのだ、と。 『超クリエイティブ』は、数々の伝説的な広告を生み出してきた クリエイティブディレクターによる、仕事術の本です。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 『超クリエイティブ 「発想」×「実装」で現実を動かす』 https://amzn.to/2R7uF3d ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 三浦さんの本を読んでいると、「たとえる技術」が抜きん出ているのだなと感じます。たとえば、こういうお話です。 “GAFAが世界にもたらしたのは「生活の民主化」。これをもっと具体的なイメージで語るのであれば、日本の回転ずしチェーンでいうところの「生活のスシロー化」だったと言えます。” テクノロジーの進化によって、企業が自らの機能を先鋭化し、新たなビジネスモデルを生んだという説明が、こんなにシンプルになってしまう。小難しい言葉を並べるより、「生活のスシロー化」だよね!と、ひと言で説明された方が、スッと納得できます。 こうした言葉の選び方は、前著の『言語化力 言葉にできれば人生は変わる』に詳しいです。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 『言語化力 言葉にできれば人生は変わる』 https://amzn.to/2RUhPFy ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 『超クリエイティブ』で語られているのは、一貫して「コアアイデアに注目せよ」です。企画を考えるとき、アイデアを出したいとき、まずやらなければならないのは、「コアアイデア」をつかむこと。 上のスシローの例も、GAFAとスシローのコアを掴んでいるからこそ、生み出せるたとえなのだと思います。 昨日ご紹介した橋口幸生さんの『100案思考』の巻末に、橋口さんと三浦さんの対談が収録されています。 『100案思考』#670   わたしが「アイデアの捨て方」を研修で取り上げたいと考えていたとき、この本に出会えていればなーと思った一冊です。 「人格とアイデアの区別ができない人」への対応として、三浦さんの本では「つくる」と「選ぶ」に分けることが重要と説明されていました。なぜなら、アイデアを出した人にはどうしてもプランに対する愛着が生

『100案思考』#670

発想術の本は世の中にたくさんありますが、アイデアはいったいどうやって選ばれ、世の中に出るのか。これが、長年の疑問でした。 コピーライターは新人のころ、「100本ノック」をすると聞いたことがあります。でも、本当に100案出せたとして、いい・悪い、使える・使えないを決める基準はあるのか。その「選び方」を知りたい。 その疑問に答えてくれたのが、橋口幸生さんの『100案思考 「書けない」「思いつかない」「通らない」がなくなる』でした。 ☆☆☆☆☆ 『100案思考』 https://amzn.to/3fd9Tab ☆☆☆☆☆ 著者の橋口さんはコピーライターを生業にされている方で、これまでにも文章術の本を出版されています。 『言葉ダイエット』 はじめに読むべき決定版 『言葉ダイエット』 #182   『言葉ダイエット』刊行記念トークイベント https://note.com/33_33/n/n2838e0bdedbc 今回の本は「 アイデア 」に関わる内容ということで、出版前からとても期待していました。そして読んでみて。 期待以上の満足度!!! お値段以上ニッコリ!!! 「 アイデア 」を巡る誤解や、「思考の壁」の突破法、そして「最高の1案」の選び方が紹介されています。 おもしろいのは「実践編」です。「デリバリー用の新メニューのアイデアを開発する」というお題から、実際に100個の案を創出。絞り込みを行うまでの、「プロの技」が開陳されているのです。 わたしは校閲ガールの仕事をしつつ、会社の研修の企画立案を担当しています。今年の1月に実施した勉強会のテーマがまさに、「 アイデア の捨て方」でした。このときに説明してもらった(講師は社内のプランナー)基準はこちらでした。 <アイデア選びの3要素> アテンション → 興味をひけるか パーセプション → 納得度・共感度が高いか アクション → 行動まで結びつくか でも、まだまだ抽象的な基準だったんですよね。参加者からは「なるほど!」という感想をもらったものの、もうひと工夫したいなと思っていたのでした。そこに、ドンピシャで当たったのが 『100案思考』。 中でもとても共感したのが、「好き嫌い」で選ばないという話です。 “人気クリエイターのアイデアはよくて、新人のアイデアはつまらない。そんなワケないですよね。しかし、人格とアイデアの区別ができ

映画「SNS-少女たちの10日間」#669

モテる人の第一条件として、よく言われるのが「相手の話を聞く」ことです。相手が気分よく話せるようにしてくれるから、別れた後も「楽しかったー」という記憶が残る。そしてまた会いたくなるのです。 反対に、「自分の話しかしない」人は、まず、絶対に、たぶん、モテない。だって、自分が気持ちいいだけなんだもん。じゃあ、ひとりでしゃべってろよ、わたしの時間を奪うんじゃない!と思ってしまうのです。 「SNS-少女たちの10日間」は、衝撃的なドキュメンタリーで、観ている間も気持ち悪くて仕方なかったのですが、目が離せないんです。こんなにも危ない世界があったなんてと戦慄してしまいました。 ☆☆☆☆☆ 公式サイト http://www.hark3.com/sns-10days/ ☆☆☆☆☆ 「12歳の少女に扮した童顔の大人の女優3人が、スタジオ内のリアルに作りこまれた3つの子供部屋で10日間、12歳の偽アカウントでSNSを使うと、どのようなことが起こるのか」という実験のようなリアリティーショー。もともとは、チェコの通信会社が依頼した動画制作を請け負ったことでした。 「12歳の少女・ティンカ」という情報だけで、80人を超える成人男性がコンタクトをしてくるという内容でした。ここから、長編ドキュメンタリーの制作を決めたのだそう。 3人の少女役は12歳にしか見えませんが、成人した女性たちで、それぞれに12歳の役作りをして臨んでいます。最後に「いまでも悪夢を見る」と語っていた人がいましたけれど、なかなかこのショックからは抜け出せない気がする。 それくらい、衝撃的なんです。男の身勝手な欲望が。 「自分の話しかしない」上に、自分の欲求を突きつけ、怒り、脅し、心を支配していく。アクセスしてきた人の中には、結婚している人も、子ども相手の仕事をしている人も登場します。スタッフのひとりが「この人は知り合いかも!?」と言い出したときは、膝が震えました。 スカイプに映る人の顔には(男性たちが見せたがる男性器にも)モザイクがかかっているのですが、目と口元だけはナマの状態になっています。これが、超マヌケに見えて……。やっていることのグロテスクさと相まって、滑稽度が爆上がりしていました。 インターネットのない時代に戻ることは考えられない以上、今までとは違う、もっと踏み込んだリテラシーが必要なのだと思います。 監督のひとり、ク

映画「ブックセラーズ」#668

  “紙”の本を愛する人々による、本を愛する人々へのラブレターのような映画です。 ☆☆☆☆☆ 「ブックセラーズ」公式サイト http://moviola.jp/booksellers/ ☆☆☆☆☆ 「NO BOOK, NO LIFE」で「NO CINEMA, NO LIFE」なので、ドンピシャでキター!!となりました。映画館にも本屋さんにも行けない生活は地獄のようです。美術館も、劇場も、ライブハウスだってそう。 一年以上もの間、経済的な打撃を受けていることを考えると、5年後、10年後の文化への影響は計り知れないと思われます。だって、作り続けていないと経験が積み重なっていかないですから……。 中でも出版業界は、長引く不況でオワコン扱いされていましたが、下げ止まりがあるという予想もありました。電子書籍やオーディオブックという形がある以上、“本”自体は生き残るのではないかといわれています。 【2021最新】出版業界の今後はどうなる?市場規模データから紐解いてみた https://booktrip-japan.com/media/publishing-industry/ それでもわたしは“紙”で本を読みたい派で、本屋さんで本を買いたい派です。積ん読本が部屋を占拠していても、新しい本が欲しくなる。好きな作家の新刊はもちろん、誰かがおすすめしていた本、表紙に一目惚れした本などなど、新刊書店にも古本屋にも、せっせと通う方でした。 映画「ブックセラーズ」に登場するのは、わたしのような素人の本好きではなく、ガチのブックセラーたち。ニューヨークブックフェアを舞台に、そこに集う人々にインタビューしたドキュメンタリーです。 本に魅せられ、本を愛した人たちが語る、「終わってたまるか!」という強い矜持に惚れ惚れします。“本オタク”たちの言葉にとてつもない愛が感じられる。本の上にグラスを置いたら、どんな罰が待っているのか、思わず吹き出してしまうコメントも。 新作映画を紹介するのに気が引けるなんて、つらすぎる。「NO BOOK, NO LIFE」で「NO CINEMA, NO LIFE」な生活への想いを込めて。

ドラマ「ヴィンチェンツォ」#667

ファッショナブルな復讐ドラマで、かっこおもしろい「ヴィンチェンツォ」。もしかしたら、今後の韓国ドラマを変えてしまうかもしれないと感じます。 ☆☆☆☆☆ Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/81365087 ☆☆☆☆☆ 「悪には悪党のやり方で」立ち向かうソン・ジュンギ演じるヴィンチェンツォ・カサノ。冷徹なイタリアマフィアのコンシリエーレ(顧問弁護士)という設定で、イタリア製スーツを着てカプチーノを飲む姿が決まっています。 製作費200億ウォン(約20億円)をかけたダークヒーロー誕生!という前宣伝のとおり、ファッション誌のグラビアようなドヤ場面もいっぱい。 ソン・ジュンギが出演した「トキメキ☆成均館スキャンダル」のオマージュや、「愛の不時着」ピョ・チス役で大ブレイクしたヤン・ギョンウォンのギャグなど、韓国ドラマ好きならクスッとなるセリフもいっぱい。 ただ、このドラマは、今後の韓国ドラマの行方を左右するのかもしれないと気になるところもありました。 1. 第1話とそれ以降のギャップ 2. 分かりやすい説明セリフ 3. オーバーアクションな演技 4. 残虐シーンの多さ 5. 雑に扱われるマイノリティキャラ 5つのポイントすべてに関わっているのが、「このドラマはコメディなのか?」という点です。 シドニー・シェルダンの小説『私は別人』に、コメディとコントの違いについて、説明するシーンがあります。  <おもしろいドアを開けるのがコントで、おもしろくドアを開けるのがコメディ> 本が手元にないのでうろ覚えですが、こんな内容でした。つまり、「演技によって笑わせる」のがコメディなのです。 この説明がとても分かりやすかったので、それ以来、コメディを観るときの基準になりました。「演技によって笑わせる」ということは、ストーリーの中での必然性が必要です。単に「コミカルに動いている」だけでは、コメディではない。だってドラマはコントじゃないからです。 「ヴィンチェンツォ」は、悪徳財閥、権力者の横暴、出生の秘密、親子の確執などなど、韓国ドラマお決まりのテーマを盛り込み、時にはシリアスに、時には激しいアクションで魅せてくれるドラマではあるのですけれど。そこに挟み込まれるコミカルな演技が、どうにも浮いてしまっているのです。ストーリーに関係なく、キャラクターだけ

ドラマ「ベートーベン・ウィルス」#666

思わずDVDも買っちゃったくらい、驚異のオレ様指揮者キム・ミョンミンに火を付けられたドラマです。最近は「夢をあきらめない」ドラマが増えたけど、その走りだったかも。 ☆☆☆☆☆ Amazonプライムで配信中 https://amzn.to/3hh9lmo ☆☆☆☆☆ 日本でも大人気となった二ノ宮知子さんのマンガ『のだめカンタービレ』を基にしたドラマです。チャン・グンソクが、天才的な音感を持ちながら、警察官をしているカン・ゴヌを熱演しています。 何者かになりたいのに、そのために動くことができない人々を描いたドラマなのですが、動けない“理由”が問題なわけで。韓国の若者を指す言葉に、「N放世代」があります。 三放世代:恋愛・結婚・出産をあきらめる 五放世代:さらに就職とマイホームもあきらめる N放世代:不定数の「N」=すべてをあきらめる つらすぎる現実に言葉を失ってしまう……。「夢をあきらめない」ドラマが増えた背景には、こうした現実があるのかもしれません。 パク・ボゴム×パク・ソダムの「青春の記録」や、起業を目指す若者たちを描いた「スタートアップ:夢の扉」などは、20代が主人公でした。 “N放世代”の夢の叶え方 ドラマ「青春の記録」 #489   “ジャンプの法則”は海を越える!? 起業を目指す若者たちの溌剌ストーリー ドラマ「スタートアップ:夢の扉」 #520   その点、異色の設定だったのが「ナビレラ -それでも蝶は舞う-」。70歳のおじいちゃんが、バレエにチャレンジするというドラマです。ちょっとムリゲーなんでは、と笑ってしまったわたし自身が、おじいちゃんの足を引っ張ろうとする輩と同じだったと気がついた時の戦慄……。 まずは、自分のことをがんばろうぜ。言い訳してるヒマなんかない! 頭では分かっていても、出てしまうのが言い訳なのです。 「年齢が」 「父が病気で」 「お金がなくて」 音楽を続けられなかった“理由”を、「言い訳です!!」と切り捨てるのが、「ベートーベン・ウィルス」のカン・マエ。驚異のオレ様指揮者に扮したキム・ミョンミンに、笑い、震え、泣いたドラマでした。 (やっと本筋に入れた) 「ソクラン市を音楽の町にしよう」と企画したものの、公演の費用を横領され、オーケストラは初日に解散することに。市民ボランティアで団員を募りますが、指揮者としてやってきたのは、オーケストラ

ドラマ「ナビレラ -それでも蝶は舞う-」#665

  70歳のおじいちゃんが、バレエにチャレンジ!? 設定が斬新だったドラマ「ナビレラ -それでも蝶は舞う-」に、めちゃくちゃ励まされた。ただ好きだからというシンプルな強さに圧倒されます。 毎日、いろんな言い訳にまみれて生きていることに気付いてしまったドラマでした。 ☆☆☆☆☆ 「ナビレラ -それでも蝶は舞う-」Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/81403966 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 郵便配達員として家族のために懸命に働いてきたドクチュル。友人の葬式の帰りに、バレエダンサーの青年チェロクが踊る姿を目にする。子どもの頃にバレエダンサーに憧れたものの、やらせてもらえる環境にはなく、夢を見ることさえあきらめていたことを思い出したドクチュル。70歳を迎え、あらためて夢に挑戦しようとするが、家族に大反対され……。 友人を亡くしたことをきっかけに、夢だったバレエを始めた“ドクチュル”が主人公です。御年70歳! 演じるパク・インファンさんは1945年生まれなので、現在76歳! ストレッチをして、筋トレをして、それでもポーズをとるだけで精一杯……という姿は、役と重なって見えます。かなりガチでしょうねぇ。 そんな“ドクチュル”を指導するバレリーノ“チェロク”は、注目の若手俳優ソン・ガンさんが演じています。 現在Netflixで配信されている「Sweet Home -俺と世界の絶望-」でも主演しているのですが、こちらは高校生役。おまけにディストピアが舞台なので、ダボッとしたボロボロの服を着ているんです。 ドラマ「Sweet Home -俺と世界の絶望-」#647   だから、知らなかった……。 めちゃくちゃムキムキやな!!! 23歳でスランプに陥る天才バレリーノ役ということで、半年近くバレエの特別レッスンを受けたのだそう。逆光のバレエシーンが多いのは“オトナの事情”でしょうけれど、とても美しかったです。 “ドクチュル”の妻ヘナムを演じるナ・ムニさんとパク・インファンさんは、映画「クワイエット・ファミリー」や 「怪しい彼女」 でも夫婦役を演じています。そのおかげか、息もピッタリ。 貧しい時代に生まれて、生きることで精一杯だったおじいちゃんが夢に向かって突っ走ろうとしているのに、豊かな時代に生まれた若者の方は夢がないというところは、いかに

『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』#664

「料理研究家論」とはつまり、テクノロジーの進化とフェミニズムの歴史そのものなのですね。阿古真理さんの『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』には、それぞれの時代における料理哲学が見えました。 ローストビーフや肉じゃがのレシピを定点観測した比較も。 ☆☆☆☆☆ 『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』 https://amzn.to/3ylwNVR ☆☆☆☆☆ まずは“料理”に関する肩書きの多いことにビックリ! 料理研究家、料理評論家、フードライター、フードコーディネーター、レストラン評論家などなど。スイーツ評論家なんてものもありました。 阿古真理さんの『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』は、タイトルどおりテレビ放送が始まった時代から、料理番組を持ち、料理教室を開き、レシピを開発してきた「料理研究家」の立ち位置と、変化を追ったノンフィクションです。 歴代の研究家の哲学には、生活への想いがあふれていました。「料理研究家論」とはつまり、テクノロジーの進化とフェミニズムの歴史そのものだといえます。だからこれだけ「肩書き」が増えていったのかも。 1950年代後半、「三種の神器」と呼ばれる家電3品目が普及したにもかかわらず、1960年代に行われた調査で女性の家事時間は減っていないことが判明。その理由として、家庭料理のハードルが上がったことが指摘されています。 フェミニストの上野千鶴子さんは家事労働を「愛という名の労働」だとして、「主婦」という身分が誕生して以降、「家事労働」が発明されたと指摘。 高水準の「労働」が求められるようになった結果、「料理が苦手」「めんどくさい」と感じる層も増加傾向に。そうした意識を持つ人たちに向けて、料理研究家たちはどのようなメッセージを発してきたのか。膨大な書籍や雑誌資料を基にていねいに追いかけています。 ローストビーフや肉じゃがのレシピを定点観測した比較もおもしろい。部位は? 出汁は? といった視点から、時代時代で大切と考えられていたことが透けて見えるのです。 昭和のはじめに料理研究家と呼ばれていた人たちは、生まれ自体がセレブ階級。そのため、本場の西洋料理に触れることができた人たちでした。 その後、活躍を始めた城戸崎愛さんや小林カツ代さんは、家庭の料理を発展させる形で「料理家」としても活躍するようになった方たちです。わた

『美食と嘘と、ニューヨーク』#663

 おもしろくて、一気読み。 目の前にある“エサ”を“チャンス”だと考えてしまう学生と、彼女を支配する大物料理評論家。自己顕示欲の強い若者には、イタい教訓になりそうな小説です。 ☆☆☆☆☆ 『美食と嘘と、ニューヨーク:おいしいもののためなら、何でもするわ』 https://amzn.to/3hsBuH6 ☆☆☆☆☆ ニューヨークを舞台に、上昇志向の強い若者と、それをうまく利用したゲスいおっさんの、食を巡る物語です。いつバレるか、いつバラすのかとハラハラしてしまって、のめり込むように読んでいました。 昭和のヒット曲である、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」に、こんな歌詞がありました。 <恋人よ 君を忘れて 変わってく ぼくを許して 毎日愉快に 過ごす街角 ぼくは ぼくは帰れない> この本の主人公・ティナがまさに“ぼく”なんです。 食品学を研究する学生が出会ったのは、トップofトップのレストラン評論家のマイケル・サルツ。秘密を守り、仕事に協力する代わりに、ハイブランドの洋服や特権階級の扱いを手に入れてしまったら。もう“普通”の生活になんて戻れない……。 権力者の傲慢さを感じつつ、目の前にある“エサ”を“チャンス”だと考えてしまうティナ。恋人の素朴さと、一流シェフのワイルドさを比べてしまうのも、仕方がないと言えば仕方がないものです。だって、都会はあまりにもキラキラしているから。おまけに、自分自身が“権力”を手にしたように錯覚してしまうのですから。 三浦哲哉さんのエッセイ『LAフード・ダイアリー』や、アメリカ版「男子ごはん」な料理番組「ザ・シェフ・ショー」で、度々紹介されていた料理評論家が、ジョナサン・ゴールドです。 「ロサンゼルスタイムズ」でコラムを連載し、誰も知らないレストランを発掘することが楽しみだったそう。彼のコラムで☆をもらい、運命が変わったというシェフも「ザ・シェフ・ショー」に出演していました。 ジョナサン・ゴールドは、好みではない味に出会った時には、何度も何度も足を運び、気に入る一品を見つけるようにしていたのだとか。数十回訪れてもダメな場合は、コラムに取り上げないことにしていたのです。それだけ、自分が書く「☆」の威力を自覚し、責任を感じていたからなのでしょう。 ティナを支配しようとするマイケル・サルツの仕事とは正反対。そんな彼に協力してしまったティナも同じです

『LAフード・ダイアリー』#662

  映画研究者・三浦哲哉さんによる、アメリカの食べ物エッセイ『LAフード・ダイアリー』。「量との闘い」というイメージが変わった。食べるって生きることそのものなんだなー。 ☆☆☆☆☆ 『LAフード・ダイアリー』#662 https://amzn.to/3hsBuH6 ☆☆☆☆☆ 映画研究者による、アメリカの食べ物エッセイです。カリフォルニアの大学で1年を過ごすことになった三浦さん。コンビニのサンドイッチから始まったアメリカ生活は、ジョナサン・ゴールドという「ロサンゼルスタイムズ」の料理評論家が評したレストラン探訪へと続いていきます。 ジョン・ファヴローが主演・監督した映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」で、技術指導をしたロイ・チョイというシェフのフードトラック「コギ(韓国語で“肉”の意味)」も出てきます。 映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」 https://filmarks.com/movies/58614/reviews/110758404 アメリカの食事というと、「量との闘い」というイメージがありました。大味で、肉! イモ!って感じだったのですが。本書に出てくる料理は、そんなイメージを覆すものでした。 もちろん、高級レストランと、庶民フードの差はあると思いますし、タコス、タコス、タコスが連続するのはカリフォルニアという土地柄もあるのかもしれません。 『大使閣下の料理人』というマンガに、「アメリカ料理というものはない」というセリフが出てきます。移民国家であるアメリカは、各自の国から持ちよった食文化が溶け合って存在しているという話でした。 マンガが描かれた時代より、さらにエスニックに進化したようなLAフード。そこから立ち上る生命力。あぁ、実際に食べてみたい。 ジョナサン・ゴールドのレストラン評、三浦さんが大学で行った「映画と牛の関係について」と題した講演録も収録。これがめっちゃ新鮮でした。映画が「牛でできている」なんて知らなかった!

「ザ・シェフ・ショー」#661

アメリカ版「男子ごはん」なノリノリトークが楽しい「ザ・シェフ・ショー」。映画「シェフ」で共闘したジョン・ファヴロー(俳優・監督)とロイ・チョイ(シェフ)によるお料理番組です。観てるだけでお腹が空いちゃう。 ☆☆☆☆☆ 「ザ・シェフ・ショー」Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/81028317 ☆☆☆☆☆ 毎回ゲストを招いてふたりが料理をしたり、有名レストランの厨房を訪問したり。料理ってこんなに楽しいものなんだと、ウキウキしてきます。 映画監督ならではだなと思うのが、ジョン・ファヴローが「なぜなぜ坊や」なこと。 シェフがガスの火加減を調整していたら、すかさず「なぜ?」と聞く。あるレストランのキッチンでロイが「すげー!」とつぶやいた時も、すかさず「何がすごいの?」と質問。 シェフの小さな動きを見逃さず、素人目線で「なぜ?」を深掘りしていきます。日本のお料理トーク番組だと、「おいしそー」とか「いい香り~」くらいしか聞いたことがない気がしますがね。ふたりのイメージの豊富さに、見入ってしまうのです。 韓国系アメリカ人のロイ・チョイは、フードトラックブームの火付け役として知られる人物。映画研究者・三浦哲哉さんのエッセイ『LAフード・ダイアリー』にも、彼の店「コギ」の話が出てきます。 ☆☆☆☆☆ 三浦哲哉『LAフード・ダイアリー』 https://okusama149.blogspot.com/2021/05/la662.html ☆☆☆☆☆ ロイ・チョイの生き方にインスパイアされ、「シェフ」として映画化する際、ジョンに言ったそうです。 「ウソはダメだよ。プロが見ればすぐに分かるから」 実際にはジョンの料理の腕はプロ級で、指導するのも楽しかったそう。 知りたがり屋で、トライしたがり屋のファブローはよく「May I?」と言っています。 「焼いてみてもいい?」 「切ってみてもいい?」 「味見してもいい?」 料理人の流儀を説明するロイと一緒に、バクバク食べて、ニッコリ笑う。おいしすぎて時々、踊ってもいます。シェフ同士のリスペクトも見ていて気持ちいい番組なのです。

映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」#660

食いしん坊には、たまらない! 「スパイダーマン ホームカミング」の“ハッピーおじさん”であり、実写版「ライオン・キング」の監督も務めたジョン・ファヴロー。映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」では天才シェフ役で主演し、自ら監督・脚本・製作もしています。 ☆☆☆☆☆ 「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」Netflixで配信中 https://www.netflix.com/title/70297087 ☆☆☆☆☆ ファヴロー演じる天才シェフは、レストランのオーナーと対立、大物料理評論家とTwitterでケンカし、解雇されてしまうわけですが。 使い方の分からないものに、簡単に手を出してはいけないという教訓にもなりますね……。シークレットなメッセージと公開情報の区別がつかなかったことが原因なので。 映画にはスカーレット・ヨハンソンやロバート・ダウニー・Jrら、「アベンジャーズ」ファミリーも出演しています。そして、シェフのモデルとなった人物が、ロイ・チョイという元ヒルトンホテルの料理長という方。 映画の技術顧問としてファブローを指導したことを、ふたりで始めた料理番組「ザ・シェフ・ショー 〜だから料理は楽しい!〜」で語っています。 ☆☆☆☆☆ 「ザ・シェフ・ショー」 https://okusama149.blogspot.com/2021/05/661.html ☆☆☆☆☆ ロイ・チョイは韓国系アメリカ人で、フードトラックブームの火付け役という人物です。ロイ・チョイのお店「コギ(韓国語で“肉”の意味)」は、映画研究家の三浦哲哉さんが書いた『LAフード・ダイアリー』でも触れられています。 ☆☆☆☆☆ 『LAフード・ダイアリー』 https://okusama149.blogspot.com/2021/05/la662.html ☆☆☆☆☆ この本を読んで映画を観ると、評論家は生殺与奪を握っているのだと感じてしまう。ジョナサン・ゴールドという「ロサンゼルスタイムズ」の料理評論家は、“愛を持って評する”方だったようですが、好みじゃない味にどう向き合うかは難しいよなーと思います。 また、フードブロガーのジェシカ・トムの小説『美食と嘘と、ニューヨーク:おいしいもののためなら、何でもするわ』には、料理評論家が恣意的に☆を付けたために起きた事件も出てきます。 ☆☆☆☆☆ 『美

『言葉にできない想いは本当にあるのか』#659

マンガ家のエッセイを読むと、「ビジュアルで世界を見ている人の目には、こう映っているのか!」と感じることがよくあります。顔のシワや、ふとした仕草など、すべてが絵を描くときのネタになるんだなーという感じで。 同じように、作詞家のエッセイには、やはり言葉への強い意識が感じられます。 音の響きはもちろん、手触り感や、なんだかよく分からないけどかっこいいと感じる感情まで、「なにが、どこが」を解き明かした本が『言葉にできない想いは本当にあるのか』です。 ☆☆☆☆☆ 『言葉にできない想いは本当にあるのか』 https://amzn.to/33Ng1R6 ☆☆☆☆☆ 著者のいしわたり淳治さんは、元SUPERCARのギタリストで作詞家で音楽プロデューサー。Superfly「愛をこめて花束を」などを手がけられたそう。 人間は日々、言葉を使ってコミュニケーションをとっているわけですが、あまりにも便利に使いすぎていて、むしろ“雑”と感じてしまうこともあります。 私たちが言葉を使って表現しているのはいつだって「感情の近似値」にすぎない。その意味で、言葉は常に大なり小なり誤差を孕んでいるものではないかと思うのである。 「言葉にできない想いは本当にあるのか」という自身の問いに対して、こう語るいしわたりさん。歌詞や広告、バラエティ番組の発言など、毎日目にする・耳にする言葉を観察した一冊です。 「自分を持っている人」ではなく、「自分を背負っている人」というのが格好いいのではないかと思う。 という言葉のとおり、イメージから立ち上る言葉のイメージが強い。“生き物”としての言葉が楽しめますよ。

『薔薇はシュラバで生まれる』#658

「水面を優雅に浮かぶ白鳥も、水面下では必死に足をもがいてる」 実際には本当に「浮かんでいる」だけらしいですが、努力の必要性を説くときによく使われる言葉です。目に見えるキラキラ感と、裏側のギャップ。 それはまさに、マンガの世界に当てはめられるのかもしれません。 マンガの制作現場というと、手塚治虫が暮らした「トキワ荘」が有名ですよね。少女マンガなら竹宮惠子や萩尾望都の「大泉サロン」も聖地のように言われています。 でも、現実の世界はむしろ“シュラバ”! 『薔薇はシュラバで生まれる』の著者である笹生那実さんも、数々の“シュラバ”を経験してきたマンガ家さんです。でも、その現場が……。 美内すずえ!!! ナマで「紫のバラの人」を見てたの!?と思ったら、その頃は別の連載をされていたそうです。とはいえ、笹生さんのマンガで再現される当時の状況は、十分に『ガラスの仮面』です。アシスタントデビューでの大失敗や、眠気さましの怪談など、“シュラバ”の様子が生き生きと(?)綴られています。 ☆☆☆☆☆ 『薔薇はシュラバで生まれる』 https://amzn.to/2SJNCsY ☆☆☆☆☆ マンガ家のアシスタントは、専属なのかと思っていたのですが、デビュー間もないマンガ家同士で助け合うこともあると、竹宮惠子さんのエッセイ『少年の名はジルベール』で知りました。 『少年の名はジルベール』 https://note.com/33_33/n/n11004581a61a こちらは才能に苦悶する竹宮さんの過去が綴られています。薔薇な“シュラバ”をより味わいたい方には、こちらもおすすめ。 笹生さんは、本当に多くのマンガ家さんの現場におられたのだなーと感じます。なぜなら、紹介しているマンガ家さんの絵が、そのマンガ家さんのタッチで描かれているから。 どれほどマンガを愛し、現場を愛していたのかが伝わるお仕事青春エッセイです。