「代表作」があるということは、表現者にとってどれほど重いことなんだろう。次々と「代表作」を積み上げていく怪優アンソニー・ホプキンスに、おののいてしまう。
アンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を演じ、第93回アカデミー主演男優賞を受賞した映画「ファーザー」を観てきました。父娘の感動ストーリーだと思ってみると、大きく裏切られますよ。
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「ファーザー」公式サイト
https://thefather.jp/
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アンソニー・ホプキンスにとっては、「羊たちの沈黙」以来、2度目のアカデミー主演男優賞となった映画です。
ロンドンのフラットで独り暮らしをしているアンソニーは、娘の“アン”からパリで恋人と暮らすことになったと告げられます。自分を見捨てるのか?とパニックになるアンソニー。
そして次のシーンでは、別の女性が“アン”と名乗り、“アン”の夫だと名乗る見知らぬ男まで登場。彼がチキンを料理してくれるらしいのですが、次のシーンでは、最初に登場した“アン”がチキンを料理しています。「父が好きだから」と言って。
どんだけチキンが好きやねん!!
そう思ってしまう展開によって、少しずつ謎の世界に踏み入れていることに気がつきました。
認知症の当事者を主人公にした物語といえば、荻原浩さんの『明日の記憶』や、ジュリアン・ムーア主演の映画「アリスのままで」などがありましたが、「ファーザー」ほど、本人の目線で描いたものはなかったのではないかと思います。
原作はフロリアン・ゼレールが書いた戯曲『Le Père 父』。映画化にあたって脚本を共同で書き直し、監督も務めています。
パリを舞台にした戯曲をロンドンに置き換えたわけですが、このとき、「映画化するなら、イメージはアンソニー・ホプキンスだな」と考え、父の名前を“アンソニー”としたのだそう。そのご本人に演じてもらい、賞まで受賞したのですから本望でしょう。
舞台劇ならではの会話劇で、話はずっと「家の中」で進行します。扉の並ぶ廊下、暖炉の上の絵、ダイニングテーブルといった、固定されているはずの状況が、ちょっとずつ変わっていく。
そして、会うたびに別人になる娘の“アン”。そばにいる謎の男。ミステリー仕立てになっているけれど、これこそが、認知の衰えを表しているのでしょう。
みんながウソつきで、自分を騙していて、陥れようとしている!?
“アンソニー”の感じている世界はこれなんです。だからとてもつらい。いつ叫び出すだろうとドキドキしちゃう……。
「香水はレール・デュ・タンだが……今日はつけてない」
怪優アンソニー・ホプキンスにとっては、これが最後の作品になるかもしれない。しっかりと目に焼き付けておきたい名演技でした。
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