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なんでもない一日をワンダフルに「私の解放日誌」

「韓国ドラマは、3話目まで待て」 そんな言葉があるそうです。1話目からインパクトの大きいドラマはあるものの、ヒューマンドラマ系だとたしかに、3話目くらいからジワジワとのめり込んでいく感じがありますね。 「私の解放日誌」の場合、1話目を観て、継続視聴しようかどうしようか迷いました。 だって、あまりにもどんよりしているんだもん! ですが、脚本が「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」のパク・ヘヨンさんと知って、観ることに。結果、見事にはまり込みました。 現実にうんざりしている三きょうだいのお話です。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「私の解放日誌」 Netflix: https://www.netflix.com/title/81568411 ☆☆☆☆☆ 三きょうだいはそれぞれ、「電車」でソウル市内の会社に通っています。 1時間半かけて! (画像はNetflixより) いけ好かない同僚や上司との付き合いに、うんざり。 飲み会に行っても終電を気にしないといけないことに、うんざり。 駅からは舗装されていない真っ暗な道をテクテク歩くしかないことにも、うんざり。 それでも、誰も家を出ようとしません。 言葉としては出てこないけれど、これは「家族」は一緒に暮らすものというお父さんの意志なのかも。お父さんが、もう、最近珍しいくらいの強い家長なんです。「梨泰院クラス」みたいな強権的な感じではなく、無言の圧力。ご飯も黙って食え!って感じで震えます。 ドラマの中では、父の工場を手伝うナゾの男・クさんと話すようになって、末っ子のミジョンは自分の輪郭を確かにしていきます。 クさん自身も、文字通り「飾らない」ミジョンの率直さに、自分を取り戻していく。 同じ日々の繰り返しに埋没していた「自分」が、人との関係の中で形づくられていくようで、ひとつひとつのセリフが実に味わい深かったです。 解放されたい。 想いは、ミジョンが会社の中で始めたクラブ活動「解放クラブ」へとつながっていきます。 ところで、最近、海の向こうから新たなムーブメントが入ってきましたよね。 「書く禅」というやつです。 書くことで頭の負荷を減らしたり、自分の感情を確かめたりするマインドフルネスが注目されているそうです。 「解放クラブ」の日誌が、まさにこれ。 一日のうち、少しの時間でもいいから、自分自身に向き合うこと。 自分を解放するためには、この振り

『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』#986

ウソみたいなホントの話に、壮絶な努力に、壊れかけた家族の再生に、涙が止まらなかった『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』。 こんな話だと思ってなかったよ……。 通称「ビリギャル」と呼ばれた、教育についてのフィクション小説です。 ☆☆☆☆☆ 『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 話題になっていた時にはスルーしていて、今ごろになって読みました。きっかけは、「ビリギャル」こと、小林さやかさんが、UCLAとコロンビア教育大学院に合格されたという話を聞いたから。 なんと...UCLAとコロンビア教育大学院に合格をいただきました😭どちらも教育心理学のプログラムです。TOEFL62から104までの道のりがなにより辛くて泣きながらだったけど、やっぱり何歳になっても、意思あるところに道は拓ける! 応援してくれたみなさま、ほんとーーに、ありがとうございました!! pic.twitter.com/5mD8xkAC90 — 小林さやか (@sayaka03150915) March 14, 2022 めちゃくちゃおめでたい!!! でも、さやかさんは高校2年生の段階で、「JAPAN」の意味は「ジャパーン」だと思っていた方なんです。 マジか!?という段階から偏差値を上げて慶応大学に合格するまでには、当たり前だけど壮絶な毎日があったことが伝わってきます。今回のTOEFL受験に至るまでの勉強方法もYouTubeにまとめられています。 本の中で衝撃を受けたのは、さやかさんのお母さん(ああちゃんと呼ばれているそう)と、坪田先生の、徹底的に相手を肯定する姿勢です。 ここから書くのはイベントでお聞きした話で本には載っていないのですが、子育ての姿勢として象徴的だったので紹介しますね。 小学校のときに習い事をしたいと思ったさやかさん。お母さんにお願いして通うことになりますが、わりとすぐに飽きてしまったそう。「辞めたい」というさやかさんに、さて、何と言いますか? 「せっかく通わせてあげたのに!」 「あんたが行きたいって言ったんでしょ!」 なんて、わたしの場合は言われてましたね……。自分でも言いそうな気がします。 でも、さやかさんのお母さんは違う。 「自分で決められてエライね!」 これを聞いて、(!!!!!)って

ドラマ「未成年裁判」#979

少し前に「韓国ドラマのような恋がしたい」という内容のキャンペーンが行われていました。 ……ってマジですか!? と思ったんですよね。 もれなく「初恋の思い出」とか「毒親」とか「ワケアリ家族」がついてきますよ? 時には恋した相手が「オバケ」だったりもしますよ? なーんてね。 韓国ドラマのドラマチックに煽るスキルはラブコメに強く発揮されますが、最近は心臓をヒンヤリさせる社会派ドラマをかぶりつきで観てしまいます。 韓国のサスペンスドラマに、実話を基にした作品が多いのは、視聴者も当時を思い出して観てしまうからかもしれません。 制作にあたっては、被害者の家族に事前説明をして、同意をいただくそうですが、映画などでは裁判になったりもしていました。 たしかに、忖度なしに思い切った表現で切り込む姿勢は、韓国ドラマならではだなと思います。 最近配信されたドラマの中では、「未成年裁判」がダントツにしびれました。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「未成年裁判」 Netflixサイト: https://www.netflix.com/title/81312802 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> ヨンファ地裁の判事に赴任したシム・ウンソク。13歳の少年ソンウが9歳の少年を殺してバラバラにした事件を担当することになるが、ソンウの証言が嘘だと気づく。世間の注目を集める裁判に対し、政界への転身を狙うカン部長判事はよけいなことをするなと詰め寄るが……。 「少年刑事合意部」に所属している判事はふたり。キム・ヘス演じるシム判事、キム・ムヨル演じるチャ判事です。ふたりの上司が、イ・ソンミン演じるカン部長判事。 「未成年の犯罪を憎んでいます」 そうハッキリと口にし、嫌悪感をあらわにするシム判事。 不良行為を働く少年少女たちに同情的なチャ判事。 20年勤めた裁判所から、次のステップに移ろうとしているカン判事。 3人の思惑と対決が、前半の見どころ。 後半はここに、イ・ジョンウン演じるナ判事が加わります。 (画像はNetflixより) キム・ヘス vs. イ・ソンミンが蛇とマングースな闘いだとすると、キム・ヘス vs. イ・ジョンウンは、ツキノワグマ同士の対決って感じ。 巨大名優の火花が飛び散る演技の中を、自制的で内省的なチャ判事がアワアワ動き回る構図になっていて、キム・ムヨルの穏やかさが一服の清涼剤みたいに効いてきます。 「パラサイト

『鶏小説集』#977

たぶん、人間にとって一番身近な「飛べない鳥」といえば、ニワトリではないでしょうか。 せっかく翼をもっているのに、ほとんどの時間を地面をほじくり返すことに使っているニワトリたち。 学研のサイトによると、ニワトリの先祖は「セキショクヤケイ」という鳥で、もともと飛ぶのがあんまり得意ではなかったそう。 食べてみたらおいしかった ↓ 人間が飼うようになり、飛ぶ必要がなくなった ということらしいです。 ニワトリはどうしてとべないの | 空の動物 | 科学なぜなぜ110番 | 科学 | 学研キッズネット   それにしても、「飛びたい」という欲求は、忘れてしまえるものなのかしら? 今は地べたを歩いているけれど、いつかは空に舞い上がるのかしら? 坂木司さんの『鶏小説集』を読みながら、ニワトリの境遇について考えてしまいました。「飛べない鳥」は、きっと、わたしも同じだから。 ☆☆☆☆☆ 『鶏小説集』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ お互いの家族に憧れる友だち。夜中の駐車場で缶チューハイを飲みながら語り合うおっちゃんたち。少しずつ登場人物が重なりながら、あげチキ、地鶏の炭火焼、ローストチキンなど、「鶏料理」でつながっていく連作短編集です。 坂木司さんは『和菓子のアン』シリーズが好きで、お菓子のイメージが強かったのですが、他の料理になったとき、ずいぶんと印象が変わりました……。 『和菓子のアン』#976   ほんとうは『鶏小説集』の前に『肉小説集』があったみたいでした。 (画像リンクです) 『和菓子のアン』シリーズの特徴は、ミステリーといいつつ、イヤな人が出てこないところかもしれません。 だけど『鶏小説集』の登場人物たちは、それぞれにブラックな想いを抱えた人たちです。腹を割って語り合える人に出会えるんだけど、語り合ううちに価値観の違いが見えてくる。 こういう小説に出会うと、「分かり合える」「共感する」といった言葉の薄っぺらさを感じてしまうんですよ、どうしても。 心底理解し合えるなんて、幻想なんじゃないか、と。 それでも人は分かりたいと思うし、分かってほしいと思って、誰かとつながりをもとうとする。空回りにも見えるジタバタが、ほんのりせつなくなりました。 地べたを歩くしかなく、羽をむしられ、“部位”に分けられて食べられてしまうニワトリたち。 地べたを歩き回り、意欲をむしられ、心折られることがあっ

映画「ドリームプラン」#966

「しくじるのは、しくじるプランだからだ」 女子テニス界最強のプレーヤーであるビーナス&セリーナ姉妹を育て上げた、父のリチャードは、こう何度も繰り返し、準備とプランの大切さを説きます。 ウィル・スミス自身が主演・製作を務め、第94回アカデミー賞では作品賞や主演男優賞などにノミネートされた「ドリームプラン」。 「気合いだー!」的な、暑苦しいお父さんの熱血指導の映画かと思いきや、家族を守るために必死で闘うお父さんの話でした。 ☆☆☆☆☆ 映画「ドリームプラン」 公式サイト: https://wwws.warnerbros.co.jp/dreamplan/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> ある日、優勝したテニスプレーヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿をテレビで見たリチャードは、娘たちが生まれる前から「世界王者にする78ページの計画書」を独学で作成。お金もコネもなく練習するのも劣悪な環境下、途方もない問題に直面しながらも、ビーナス&セリーナと共に“ドリームプラン”を実行し続ける。 信じることの強さを感じさせる、「ドリーマー」のための映画といえます。ただし、実際のリチャード父ちゃんは毀誉褒貶が激しい人物だったそう。 映画にはあまり出てきませんが、白人社会への対抗心と上昇志向、数度にわたる離婚と再婚。独善的で荒削りなテニスの指導方法と、あえて治安の悪い町へ引っ越すことで反骨精神を埋め込んだところなど、すべてが「自分の野望を果たすため」ではないのか、という疑いも感じてしまう。 映画の原題は「King Richard」なので、やはり「リチャード三世」を意識して作られたのかもしれないですね。 マッケンローは練習中にも赤いバンダナを巻いているし、ウィル・スミスの短パン姿も微笑ましい。映画の字幕監修をした伊達公子さんによると、「常にハイソックスを履いていたところも映画そのまま」らしいです。 伊達公子、字幕監修担当「ドリームプラン」のリアルさに驚き「タイムスリップしたような感覚」 : 映画ニュース - 映画.com   独学で研究し、作り上げた「78ページの計画書」によって、姉妹の精神的な成長を待ってから、デビューをさせるという戦略を主張するリチャード父ちゃん。同い年のライバルが、プロとして経験を積む姿を横目で見るしかないビーナス。お姉ちゃんに集まる関心に、複雑な想いを抱いてしまうセリーナ。 リチ

『名前だけでもおぼえてください』#944

名前だけでもおぼえてください! 新入社員、営業部員に、売れないタレント。みんな、心の底から思っているのではないでしょうか。 「名前だけでもいいから……。わたしのことを認識してほしい」 安倍晴明によると「名こそ呪」となりますが、売れないお笑い芸人で、介護ヘルパーのアルバイトをしている保美にとっては切実な問題でした。 風カオルさんの小説『名前だけでもおぼえてください』は、主人公の保美が、認知症を患うおじいちゃんと漫才コンビを組む!?というお話。 テンポがよくて、クスクス笑えて、ホロリとくる気持ちよさがありました。 ☆☆☆☆☆ 『名前だけでもおぼえてください』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 売れないお笑い芸人、保美。事務所の先輩がP1で優勝し、売れっ子になったことから、介護ヘルパーのアルバイトを引き継ぐことに。ガンコで好き嫌いの多い賢造じいさんとのやり取りを見たマネージャーは、ふたりでコンビを組むことを提案するが……。 保美が、相方の「りん子」と組んでいる漫才コンビの名前は、「魚ニソン(ぎょにそん)」です。もう、この時点で、売れないんじゃ……となるおかしさがこみ上げてきます。 一方で、先輩の紹介で出会った、賢造じいさんの口の悪さが、一級品。それにまったく取り合わず、マイペースでツッコミどころを探し回る保美の根性が、プロ級。 最初からナイスなコンビだったんですよね。 「名前だけでもおぼえてください!」は、魚ニソンの漫才の定番ネタだったんですが、賢造じいさんとの交流にもつながっていきます。 だって、賢造じいさんは、亡くなった妻の名前以外は覚えようとしないんです! ワケアリの介護ヘルパーと、ワケアリの患者という組み合わせは、フランス映画「最強のふたり」を思わせる展開。実際、この小説は「漫才版・最強のふたり」といえるかも。 (画像リンクです) ガンコだった賢造じいさんが、保美のことを受け入れたのは、自分のことを「ちゃんと人間扱い」してくれたから、だったのかもしれません。 なにしろ、思い込みの強い息子は、どこにも出かけさせず、家に閉じ込めるだけだったのですから。 保美と出会い、漫才の「ま」の字も知らないのに、マイクの前に立つことになった賢造じいさん。台本は覚えないし、途中で舞台を降りようとしちゃうし、自由奔放です。それを、ツッコミ役の保美が、全力でフォローしていく。

ドラマ「応答せよ1997」#941

「韓国の追っかけは、本当に“推し”と結婚できると思ってるんですよ」 ドラマ「応答せよ1997」を観たという話をしたとき、韓国人の友人が説明してくれました。 ドラマの中で、チョン・ウンジ演じるシウォンは、H.O.T.のトニー・アンの熱烈なファンでした。コンサートに行って、倒れるくらい叫び続けるんです。 彼女も本当はトニーと結婚したかったのかな……。 H.O.T.とSechs Kiesは、90年代に絶大な人気を誇るアイドルグループで、女子高生たちは文字通り熱狂したんだそう。 (画像リンクです) ノスタルジーとコメディが融合し、ミステリー風味を加えたドラマ「応答せよ1997」。当時まだ新人だったチョン・ウンジとソ・イングクの出世作です。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「応答せよ1997」 (画像リンクです) Amazonプライム配信:https://amzn.to/3ouUHuA ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 2012年、かつて釜山廣安高校で同級生だった仲間たちは33歳になり同窓会を開いていた。この中の誰かが今夜結婚を発表し、勉強も恋もそっちのけでアイドルの追っかけをしていたシウォンは、この中の誰かと夫婦になり現在妊娠中。シウォンの幼馴染で優等生のユンジェ、ユンジェの親友で優しいジュニ、ムードメーカーのソンジェ、ソウルからやって来た転校生のハクチャン、シウォンの親友のユジュン、さらに当時彼らの高校の教師をしていたユンジェの兄ジョンホ。果たしてこの中の誰が結婚するのか、シウォンの夫は誰なのか……。 2012年現在と、1997年の高校時代が行ったり来たりしながら進みます。制服姿のチョン・ウンジとソ・イングクが、清らかでかわいい過ぎるの。 字幕だと分かりにくいですが、舞台が釜山なので、高校時代はみんな方言で話しています。 が。 2012年の大人になったメンバーは、きれいな標準語(ソウルの言葉)を話しているんです。 それが、とてもせつない。 わたしは関西から東京に来て、東京弁を話すようになったとき、なんとなく自分の一部を失ったような気がしました。 むかしは東京弁なんて、かっこつけて気取ってるようにしか聞こえなかったのに。 まぁ、いまでも頭の中では関西弁が流れていて、外に出る言葉としては“翻訳”しているようにも思いますが。 慣れ親しんだ自分の「母語」を変えてしまう何か。それが、東京出身者と地方出身

映画「コーダ あいのうた」#939

「I’ve looked at clouds from both sides now」 両サイドから雲を見てみたの、って感じでしょうか。映画「コーダ あいのうた」の中で、主人公のルビーがオーディションで歌った曲が、まさしくこの映画を表していました。 ジョニ・ミッチェルジの「青春の光と影(Both Sides Now)」という曲です。 ルビーが歌ったバージョンがこちら。 両サイドから見てみる。 聴覚障害を持つ人と健聴者の、どちらもが「音楽を感じる」仕掛けがあって、ウルウル・ボロボロ泣きました。 ☆☆☆☆☆ 映画「コーダ あいのうた」 https://gaga.ne.jp/coda/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 海辺の町で両親と兄と暮らす高校生のルビー。家族の中でひとりだけ耳が聞こえるルビーは、幼い頃から家族の耳となり、家業の漁も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいたV先生は、音楽大学の受験を強く勧めるが、ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは家族を助けることを決意するが……。 この映画は、2015年に公開されたフランス映画「エール!」のリメイクです。 (画像リンクです) 酪農家から漁業一家へと設定はいろいろ変わっていますが、4人家族の中で、たったひとり健聴者がいて、その子が天才的な歌声を持っている、という設定は同じです。 ルビーは、朝早くから父と兄と一緒に漁船に乗って漁を手伝い、両親が“外部”と交渉するときには通訳を務めています。子どものころからずっと、その役回りだったので、家族にとっては「当たり前」のことでした。 でも、V先生との出会いによって、初めてやりたいことができたルビー。 家族か、自分の夢か。 思い悩む姿は、過去の自分とも重なってしまいました。 ママもパパも、いい感じに利己的なんですもん。「あなたを頼りにしてるのよ」という言葉は、あるときは承認欲求を満たす言葉になるかもしれないけれど、子どもを縛る呪文にもなります。 親の期待通りに生きなくてもいいし、親の役に立つことを優先しなくてもいい。 家族第一で生きてきたルビーの勇気が試される瞬間でした。 でも、ルビーの歌声がどんなものなのか、家族は聴くことができません。だから、ルビーの挑戦に対しても及び腰になってしま

映画「ハウス・オブ・グッチ」#936

やってくれるぜ、リドリー・スコット監督! 映画「ハウス・オブ・グッチ」を観て、思わずそう言いたくなりました。 高級ブランド「GUCCI」の創業者一族を描いた物語。キャストはレディー・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジャレッド・レトという豪華さです。 まだ劇場で上映しているところも多いので、大きなスクリーンでぜひ。 ☆☆☆☆☆ 映画「ハウス・オブ・グッチ」 公式サイト: https://house-of-gucci.jp/ ☆☆☆☆☆ 序盤は、パトリツィア・レッジャーニと、グッチ創業者の孫であるマウリツィオ・グッチのロマンスがメインに進みます。 パトリツィアはお父さんの運送業を手伝っているワーキングウーマンで、決して貧しい家庭の女性ではありません。 でも、巨大な金ぴかの肖像画=<アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像>を見て、「……ピカソ?」と言ってしまうところから、教養がないことがバレてしまう。 正解は、クリムトです。 【作品解説】グスタフ・クリムト「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I   ガッチガチにボディラインを強調したファッションから、全身「GUCCI」でまとめ、ゴージャスな女性へと変身していくパトリツィア。 (画像は映画.comより) そのマウリツィオを演じる、アダム・ドライバー。やっぱりオドオドしていて、育ちの良さと、女性経験のなさがダダ漏れの青年です。 従兄のパオロ・グッチを演じるジャレッド・レトの芸達者ぶりも見逃せない。そして、実の父に結婚を反対され、一族の中で孤立したふたりを支援したのが、伯父のアルド・グッチ。アル・パチーノの「オラオラおっさん」感が最高によかった。なんてったって、「GUCCI」を「家族割引」で売ってくれるんですよ。 (画像は映画.comより) かわいがってきたふたりに裏切られたことを知り、涙を見せるアル・パチーノ。「パパー!!」と叫びたくなってしまった。 実際、原作はあるものの、“王国の継承”という点で「ゴッドファーザー」を思わせる筋書きでもあるんですよね。 人生とは操り、操られるものであり、相手に「ノー」とは言わせず、欲しいものを手に入れる。 そして、受け継がれる「血」。 残念ながら、3代目にはデザインセンスも、経営センスもなかったようで、王国が崩壊していくのです。 そのきっかけとなったのがパトリツィアの存在、とされてい

映画「キングスマン ファースト・エージェント」#931

「マナーが紳士をつくる」 スパイ映画は数多くあるけれど、「キングスマン」シリーズは異色かもしれません。なにしろ「国家」の後ろ盾はない「民間」の組織なんですから。モットー(?)は、上に書いた「マナーが紳士をつくる」なので、“貴族的”な言動が求められる。そして、ユニフォーム(?)は、オーダーメイドのスーツ! これまでに公開されたのは、コリン・ファースとタロン・エガートンがコンビを組んだ「キングスマン」。おバカ加減が倍加した「キングスマン ゴールデン・サークル」。 Amazonプライム配信中 (画像リンクです) Amazonプライム配信中 (画像リンクです) このシリーズ2本のプリクエルにあたるのが、「キングスマン ファースト・エージェント」です。 ☆☆☆☆☆ 映画「キングスマン ファースト・エージェント」 公式サイト: https://www.20thcenturystudios.jp/movies/kingsman_fa ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 1914年、ヨーロッパに戦争の気配が広がる中、キッチナーの訪問を受けたオックスフォード公と息子コンラッドは、オーストリアのフェルディナント大公の護衛を依頼される。しかし、サラエボで大公夫妻は死亡。世界大戦が始まったことで、コンラッドは軍隊に志願しようとするが……。 このシリーズの舞台は、なんといっても、ロンドンのサヴィル・ロウにある高級テーラー“キングスマン”です。高級なショップの“裏の顔”がスパイ組織なわけですが、1914年時点では、本当の“高級テーラー”です。 安全な密会の場所として選ばれたのが、“キングスマン”だったのです。 なぜ、組織のアジトが“高級テーラー”なのか。なぜ、貴族的な行動が求められるのか。といった組織の誕生秘話が明らかにされていきます。 “キングスマン”で仕立てられたスーツは、大人の証。セーターを着た青年が、変身する姿は感動的です。 (画像は映画.comより) 従軍して、国家の役に立ちたい息子と、亡くなった妻との約束のために、息子を戦争から遠ざけたい父。 主軸はこれなんですが、この映画の「ヴィラン」が実在の、歴史上の人物たちのため、歴史のおさらいみたいな話でもありました。この時代の歴史を勉強してから行けば、より楽しめるかも。 一番の見どころは、“怪僧”と呼ばれたラスプーチン。ロシア皇帝に仕えた祈祷師で、

映画「わたしたち」#923

ストップ!!! そんな風に自分の感情に声をかけられたらいいのに。 なにかイヤなことがあった時や、ムッとすることがあった時、感情的に反応するのではなく、物事と少し距離をとって、自分の反応を選ぶことができます。というか、できるはずなんです。 でも、一度スイッチが入ってしまうと止められない。 言うつもりではなかったことまで、口から飛び出してしまうことだってあります。 仲良しだった友だちとのケンカシーンが印象的な、映画「わたしたち」には、取り返しのつかないひと言を口走ったために、決定的に亀裂が入ってしまう子どもたちが出てきます。 ユン・ガウン監督は、自身の子ども時代をテーマにシナリオを練ったのだそう。 小学生の「スクールカースト」の残酷さ、子どもの心のやわらかさを存分に感じられる映画です。 ☆☆☆☆☆ 映画「わたしたち」 Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 学校でいつもひとりぼっちだった11歳の小学生の少女ソンは、転校生のジアと親しくなり、友情を築いていくが、新学期になると2人の関係に変化が訪れる。また、共働きの両親を持つソンと、裕福だが問題を抱えるジアの家庭の事情の違いからも、2人は次第に疎遠になってしまう。ソンはジアとの関係を回復しようと努めるが、些細なことからジアの秘密をばらしてしまい……。 “オトナ”になると、なかなか「友だち」といえる関係をつくるのが難しいなと感じます。仲のいい人は、友だちというより「仕事仲間」だったりしませんか? 「友だち」って、どうやってなるんだっけ……。 「優しい嘘」と「わたしたち」を続けて観て、すっかり考え込んでしまいました。 映画「優しい嘘」#922   「わたしたち」の方は、はっきりとスクールカーストが描かれています。勉強ができて、かわいくて、ハキハキしていて、家が裕福。そんなカースト上位のグループから嫌われてしまうと、居場所をなくしてしまうんです。 標的は次から次へと変わるし、グループに入れてもらえたら、他の人を排除するために攻撃に加わるしかない。 子どもの社会って、残酷やな……。 (画像は映画.comより) 映画の企画には、名匠イ・チャンドン監督が参加されていて、シナリオへのアドバイスもあったそうです。 『わたしたち』ユン・ガウン監督インタビュー   出演している少女たちは、すべてオーディションで

映画「優しい嘘」#922

「謝るつもりなら、止めてください。言葉でする謝罪は……、許しを得られる時にするものです」 娘を失った母が、いじめを放置していた同級生の母に浴びせた、強烈な一発。静かに、でも強い口調で放たれた矢は、わたしの心にもグサリと刺さりました。 「天才子役」と呼ばれた少女たちが大集合し、母親役にキム・ヒエ、隣の就職浪人生役にユ・アインという豪華なキャスティングの映画「優しい嘘」。 起きてしまった出来事を、精一杯の力で受け止めようとする母と娘の姿に、涙を誘われました。 ☆☆☆☆☆ 映画「優しい嘘」 DVD (画像リンクです) Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> スーパーマーケットで働くヒョンスクは、クールな長女マンジと明るく優しい次女チョンジを女手ひとつで育てていた。ところがある日、チョンジが自ら命を絶ってしまう。残された母と姉は、悲しみに暮れながらも2人きりの生活に慣れようと努める。そんな折、チョンジの友人たちに会ったマンジは、妹が家族に隠し続けてきた学校での出来事や、親友だったファヨンの存在を知る。 監督のイ・ハンは、ユ・アインが不良高校生を演じた「ワンドゥギ」も演出しています。どちらも原作はキム・リョリョンさんの小説です。 映画「ワンドゥギ」#791   「ワンドゥギ」にも、「優しい嘘」にも、どうにもならない現実が描かれます。その中で、人はもがきながら光を見つけようとする。 特に「優しい嘘」は、学校という閉ざされた空間でのイジメがテーマなので、とても胸が痛みます。 この映画で、第50回百想芸術大賞の女性新人演技賞を受賞したキム・ヒャンギちゃんのいじらしさなんて、ハンパない。 (画像は映画.comより) ちなみに、お姉ちゃん役のコ・アソンちゃんは、ポン・ジュノ監督の「グエムル-漢江の怪物-」で、グエムルに連れ去られてしまった女の子です。 (画像はKMDbより) 最近では「サムジンカンパニー1995」にも主演して、めざましい活躍をしていますね。 映画「サムジンカンパニー1995」#745   イジメていた方の同級生ファヨンを演じるのは、キム・ユジョンちゃん。でも、彼女には「いじめていた」という感覚がないんです。 (画像はKMDbより) 「友だちのなり方が分からない」というのは、深刻な問題かも。支配でもなく、搾取でもなく、パシリでもなく、嘲りの