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『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』#884

空海(弘法大師)は、日本で一番名前を知られているお坊さんかもしれません。 803年に、遣唐使のひとりとして唐に渡りますが、この時の空海は、まだまったく無名の僧侶だったのだとか。 恵果和尚に師事し、密教の奥義を伝授されたと伝えられています。 行きも帰りも嵐に遭っている空海。 そこでは何が起きていたのか。 夢枕獏さんの『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は、史実を基に想像力の羽を大きく広げた小説です。 ☆☆☆☆☆ 『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 『陰陽師』 や 『JAGAE 織田信長伝奇行』 など、史実がベースとなっている小説の中でも、この『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は特別でした。 なんというか、空海がかっこいい! まだまだ「小坊主」クラスであるにも関わらず、密教の真髄を「盗みにきた」と豪語する空海。現代なら「ビッグマウス」と揶揄されてしまいそうなんですが、彼の内から湧き出る自信に圧倒されてしまうんですよね。 当時の長安は世界最大の都市だったそうで、人種的にも文化的にもグローバルな町でした。そんな異国の町で翻弄されつつ、空海は信心を崩さない。 長安の町を襲った怪異に立ち向かう空海&橘逸勢コンビは、さながら安倍晴明&源博雅コンビのようなもの。ナイスな掛け合いも楽しめます。 空海は曼荼羅や密教法具、経典などを日本に持ち帰りました。これを整理して学校をつくり、真言宗を開きます。 高野山総本山のホームページ によると、真言宗の特徴はこちら。 真言宗とは、仏と法界が衆生(しゅじょう)に加えている不可思議な力(加持力・かじりき)を前提とする修法を基本とし、それによって仏(本尊)の智慧をさとり、自分に功徳を積み、衆生を救済し幸せにすること(利他行・りたぎょう)を考える実践的な宗派と言えます。 空海の行動は利己的にも見えるけれど、その奥には彼なりの計算があったのかもしれない。そんな深読みをしながら読むと、さらに楽しめると思います。

『天海の秘宝』#883

伝奇ものの小説を書き継いでいる夢枕獏さん。 『陰陽師』 はじめ、どれもおもしろいんですが、ひとつだけ言いたいことがあるのです。 話を完結させてください!!! 「キマイラ」シリーズなんて、1982年に始まって、まだ終わってないんだもん。まぁ、楽しみは続く、ともいえますがね。 そんな中で、『天海の秘宝』は大長編だけれど、ちゃんと完結している!!!という点で、超おすすめです。 ☆☆☆☆☆ 『天海の秘宝』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 異能のからくり師・堀河吉右衛門と、天才剣士・病葉十三がコンビを組んで、江戸の町に起きる怪異を推理するというストーリー。 初めは小さな事件だったものが、だんだんと大きくなり、ついには一連の出来事が、天海僧正の秘宝に関連していることが分かってきます。 天海僧正とは、徳川家康の側近だった大僧正で、神号や葬儀に関する遺言を預かった人でもあります。あの「あずみ」を導いたお坊さんですね。 (画像リンクです) 江戸の町づくりにも大いに力を発揮し、陰陽道や風水に基づいた都市計画を行ったといわれています。 そんな天海僧正が江戸の町に埋め込んだ秘宝とは……という展開は、ワックワク~なんですが、いかんせん長編なのでおもしろくなるのは下巻からです。 たとえるなら、中村吉右衛門さん演じる「鬼平」に、「ターミネーター」がツッコんできて大暴れ!みたいなお話。こういう奇想天外なものがお好きな方にはたまらん読み物です。 その分、現実主義な方には、わけ分かんないかもしれない。 すべてが理路整然と、ロジカルにできあがっているわけではないんですよね。人間って。

『大江戸火龍改』#882

先月お亡くなりになった中村吉右衛門さんといえば、わたしにとっては「鬼の平蔵」こと長谷川平蔵です。27年もの間、ドラマ「鬼平犯科帳」で長谷川平蔵を演じてこられました。 凜々しい立ち回りに、「火付け盗賊改方、長谷川平蔵である」という一喝の声。しびれるほどのかっこよさでした。 (画像リンクです) わたしはドラマより前に池波正太郎さんの小説で「鬼平」を知りましたが、すっかり吉右衛門さん節のイメージになりました。 理想の上司とは『鬼平犯科帳』#205   火附盗賊改は、いまでいう「警視庁・捜査1課」みたいなお役所です。その裏組織「火龍改」が存在していた……という設定の小説が夢枕獏さんの『大江戸火龍改』。 江戸時代版の晴明か!?と思いきや、もっとどす黒い人間の欲を描いた物語でした。 ☆☆☆☆☆ 『大江戸火龍改』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 主人公の遊斎は、ロン毛の白髪を赤い紐で結んでおり、道服のようなものを着ています。夢枕獏さんの小説では、異界とつながる役目を負った人物は、異形の姿で描かれることが多く、遊斎もそんな妖しさを感じさせます。 お友だちはなんと平賀源内! 部屋には、角のある頭蓋骨とか、西洋から持ち込まれた謎の物体とかがあふれていて、それだけでもワクワクしてしまう。 与力(いまでいう刑事かな)の間宮林太郎や、飴売りで噂好きの土平の力を借りて、「普通ではない」事件を解決していきます。 3本の短編と、1本の長編が収録されているんですが、この長編の「桜怪談」がゾゾッとくるおもしろさでした。 シリーズ化してもおもしろそうな、濃いキャラクター揃い。でも、どちらかというとアニメ化されるといいなと感じます。 そしてこの本には、珍しく政治への憤りを綴ったあとがきが収められているのです。 “静かに、しかし強く、なお強くこみあげてくるもの” 2020年4月時点で69歳の夢枕獏さん。40年以上も小説を書いてきて、いまようやくスタートラインに立てたような気がする、と語っておられます。 この言葉、重く受け止めたい。

『黒牢城』#870

この設定には、やられた!しかない!! ミステリのジャンルのひとつに、「安楽椅子探偵」というものがあります。 特徴としては、 ・現場に行かない ・外から与えられた情報のみで推理する ことがあるそう。 新井久幸さんの『書きたい人のためのミステリ入門』でも、このジャンルの小説がいくつか紹介されていました。 書きたい人も、読みたい人も手に取りたい超一級のブックガイド 『書きたい人のためのミステリ入門』 #536   米澤穂信さんの時代小説『黒牢城』が、まさにこのジャンルの醍醐味を詰め込んだものでした。ただし、“探偵”は、「安楽椅子」に座っているのではなく、「牢屋」に閉じ込められているのですけど。 天才軍師と呼ばれ、織田信長や豊臣秀吉に仕えた知将・黒田官兵衛が、“探偵”。 牢屋にいる官兵衛に「やっかいごと」を相談に行くのは、官兵衛を捕らえた張本人の荒木村重。 一年近くに及んだ籠城戦の裏側で、「牢屋探偵」が活躍していたとは……。設定だけでも十分におもしろいでしょ。 ☆☆☆☆☆ 米澤穂信『黒牢城』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 黒田官兵衛という武将については、岡田准一さん主演の大河ドラマ「軍師官兵衛」があったので、ご存じの方も多いかもしれません。 (画像リンクです) 本能寺の変の後、秀吉を説得して光秀を討つよう進言したり、姫路城や大坂城、福岡城といった名城を築城したりと、知略に富んだ人物です。「天下を狙った野心家」といわれていて、秀吉は彼が謀反を起こさないよう、わざと石高を低くしておいたのだとか。 現代なら、さっさと転職しちゃいそうですが……。 荒木村重が織田信長に対して謀反を起こし、有岡城に籠城した際、説得に行った官兵衛は、逆に幽閉されてしまうんです。地下にある土牢で一年ほど過ごしていたそう。 わたしはむかーしにマンガで「黒田官兵衛」という名前を知りました。なんというタイトルだったのか、いろいろ検索してみたのですけど、どうしても思い出せない……。風がどうこうだったような気がする。 このマンガの中の官兵衛は、やさしくて(当然イケメン)、頭が切れる(イヤミな感じはなく)男でした。ラストシーンが、土牢に幽閉された官兵衛を救うところだったので、官兵衛のために動いていた“外側”の人たちの物語だったのではなかったか、と思います。 でも、『黒牢城』で描かれる官兵衛はというと、知力を鼻にかけ

『星落ちて、なお』#808

この家族をつなぐのは、父への「わだかまり」だけ。赤い“血”の代わりに、黒い“墨”でつながったきょうだいの確執に、何度も戦慄しました。 第165回直木賞を受賞した澤田瞳子さんの『星落ちて、なお』は、偉大すぎる父を持った娘とよ(河鍋暁翠)の物語です。 偉大すぎる父とは、自ら「画鬼」と名乗った天才絵師・河鍋暁斎。 幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師ですが、自ら絵を仕込んだ子どもたちは、時代の変化と父の名前の重さに、さらされていく。 歪な家族の愛情と、絵師のプライドが、バチバチと燃える星のようでした。 ☆☆☆☆☆ 『星落ちて、なお』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 天才絵師・河鍋暁斎が亡くなり、娘のとよが一門を引き継ぐことに。兄とはそりが合わず、だらしない弟、病弱な妹を抱え、とよは「河鍋暁翠」の名で絵を描き続けようとするが、時代は大きな変化を迎えていた……。 “女性”絵師は、それほど珍しい存在ではなかったそうで、葛飾北斎の娘も「葛飾応為」として活動していました。 ただ、とよが生きたのは、明治という時代が大きく変化していた時期です。幕府のお抱え絵師だった狩野派の絵は「古い」と嫌われ、西洋画の技法を取り入れた絵がもてはやされるように。 技量は及ばずとも、父の技術を守りたい。 でも、生活していかなければならない。 父の下で修行したからこそ鍛えられた審美眼が、かえって自分の首を絞めてしまうんですから、これほどつらいことはないでしょう。 家族のいさかい、食べていくための仕事、そして高い壁としてそびえたつ父の絵。いくつものジレンマを抱え、ひとり奮闘するしかないとよの姿は、孤独な経営者のようでした。 とはいえ、セリフはすべて江戸弁なので、「気っ風のいい姐さん」な雰囲気が漂っています。 クリエイターという職業は、華やかにみえて、とても孤独なものだといわれています。なにかを作り出したい気持ちと、出来上がったものへの失望の間で落ち込み、作れば作るほど絶望してしまう。 ましてやとよの場合、「守破離」の「破」に移る段階で時代の波が押し寄せ、うまくステップアップすることができなくなってしまったのではないかと思います。 「守破離」とは、茶道や能、武道などの修行の段階を指す言葉です。 「守」:教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階 「破」:他の師や流派の教えの良いものを取り入れ、

『風神雷神』#726

原田マハさんといえば、印象派アートのイメージが強かったのですが、ジャパーンな「風神雷神」図がテーマとは!? そんなことを思いつつ読んだ『風神雷神』は、なるほど納得の原田マハワールドでした。 国宝である俵屋宗達の屏風画は、いかにして発想されたのか。命がけの旅を巡る、「歴史のif」を描いた小説です。 ☆☆☆☆☆ 『風神雷神』 https://amzn.to/3wlYPy7 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 京都国立博物館研究員の望月彩のもとに、マカオ博物館の学芸員、レイモンド・ウォンから見てほしいものがあると連絡が入る。マカオを訪れた彩が目にしたものは、「風神雷神」が描かれた西洋絵画と、天正遣欧少年使節の一員・原マルティノの署名が残る古文書、そしてその中に記された「俵…屋…宗…達」の四文字だった――。 俵屋宗達は、京都にある扇屋さんの息子だったそうで、子どものころ、戯れに描いた扇画が評判に。そこから織田信長に謁見し、狩野永徳の仕事を手伝い、ついには秘密の使命をもって、天正遣欧少年使節ともにヴァチカンへ向かう、という壮大な物語です。 夢枕版信長を描いた『JAGAE 織田信長伝奇行』にも、宣教師と会い、会話を交わすシーンがありました。信長って、ホントに新しいもの好きだったんですね。そして、安易に「YES」という部下を信用しなかったのだなということも感じさせます。 『JAGAE 織田信長伝奇行』#725   『風神雷神』で信長に謁見した宗達は、チビリそうなくらい緊張して震えているのですけど、命惜しさにうなずくことはしないんです。だからでしょうか。気に入られてしまうのです。 天下の信長に! まだ少年の宗達に、自身の壮大な計画を明かす信長。しびれるほどの展開です。 カラヴァッジョ、ダ・ヴィンチなど、東西一の絵師に縁がつながるロマン。天才少年絵師の宗達と、純粋無垢な使節団のマルティノとの友情も胸熱なのですけれど。 ジャパーンな少年たちが、ルネッサンス文化花盛りの町を歩きながら、 「もう我慢できへん!」 と、日本語で会話しているというギャップに、最高にクスッとなります。 俵屋宗達の「風神雷神」図は、二曲一隻の屏風画です。なにより、フレームアウトさせる大胆な構図が、神さまのダイナミックな動きを感じさせてくれるという逸品。 久々に箱根の関を越えて出展される「風神雷神図屏風」 https://cr

『JAGAE 織田信長伝奇行』#725

歴史に「if」はないというけれど。 現代にまで伝わっている逸話と逸話の間を、想像の力で埋めるのは、歴史小説の醍醐味かもしれません。 『陰陽師』 の夢枕獏さんの新刊『JAGAE 織田信長伝奇行』は、主人公が織田信長です。 旧臣が残した『信長公記』や、宣教師の書いた『日本史』などから、人間・信長の姿を形にした小説。もちろん、闇が闇としてあった時代の“妖しいもの”も登場。夢枕版信長という人物の求心力に、虜になりました。 ☆☆☆☆☆ 『JAGAE 織田信長伝奇行』 https://amzn.to/2SNz4ZI ☆☆☆☆☆ 信長といえば、気性が荒く、残忍で、情け容赦ないイメージがありました。眞邊明人さんの『もしも徳川家康が総理大臣になったら』には、経済産業大臣として織田信長が登場します。首相である家康を牽制しつつ、イノベーターらしい発想で万博を企画したりなんかしていました。 『もしも徳川家康が総理大臣になったら』#687   『JAGAE』は、信長が14歳の少年時代から始まります。不思議な術をつかう男・飛び加藤との出会いのシーンが、また鮮烈なんです。人質としてやって来た徳川家康をイジる様子、子分となった秀吉との出会いなどなど。 信長のもとに常に漂う、血の臭い……。 これに引きつけられるのは、蚊だけではないのかも。 おもしろいのは、一度も合戦シーンが出てこないことです。信長のとった戦術・戦略は、実は極めてオーソドックスなものだったそう。そこで戦よりも、合理主義者としての人物像を描いているのではないか、と思います。 小説の基になっている『信長公記』は、旧臣の太田牛一が書いた信長の一代記です。相撲大会を好んで開催していたことなどが残っているそうで、史料としての信頼も高いと評価されているもの。 そんな逸話の間を想像で埋めていくのです。なんといっても、夢枕獏さんの小説だから。闇が闇としてあった時代の“妖しいもの”が楽しみなんです。 タイトルになっている「JAGAE」とは、「蛇替え」と書き、池の水をかき出して蛇を捕えることを指しています。 なんだかテレビ番組になりそうな話なんですけど、実際に領民が「大蛇を見た~」と騒いでいたことを耳にした信長が、当の池に出張っていって捜索したという記録が残っているのです。 民衆を安心させるための行動ともいえますが、それよりも「未知なるもの」への関心が人

『心淋し川』#676

いつか、ここから逃げ出したい。 子どものころ、よく考えていたことで、「ここじゃないどこかへ行きたい」という想いは、ずっとわたしのすぐ隣にいるような気がします。 西條奈加さんの小説『心淋し川』には、江戸のすみっこで、そんな想いを抱えて生きる人々が描かれています。 ☆☆☆☆☆ 『心淋し川』 https://amzn.to/33SDQan ☆☆☆☆☆ タイトルの『心淋し川』は、「うらさびしがわ」と読みます。舞台となる町も、「心町(うらまち)」という架空の町です。西條さんのインタビューによると、辞書で「うらさびしい」を引いたときに、「心」に「うら」という読み方があることを知り、タイトルに使うことにしたそう。 直木賞受賞! 西條奈加著『心淋し川』 “時代”という緩衝材をおいて切なさを描く https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/B-exUAoepV.html 6編の連作短編で、千駄木にある「心町」の長屋に暮らす人々が主人公。どの人も、生きていくことで必死です。 不細工な妾だけが集まって暮らす家、別れた女性を思い出させる少女、息子へのゆがんだ愛に生きる母。各話に登場するのが、長屋の差配である茂十ですが、彼だってワケありの人です。最後の話にはウルッときました。 時代小説の舞台といえば、日本橋や芝神明町、吉原・浅草寺から本所・深川が多いと思います。ですが、この小説は舞台設定からして地味なんです(失礼)。 気温が上がると、よどんだ水が臭いを放つ心淋し川といい、忘れられたような町といい、小説全体に閉塞感が漂っている。タイトルどおり、「うらさびしい」空気があります。 この、出て行きたくても出て行けない事情を抱えた人々は、いまの「外出したくてもできない。人に会いたくても会えない」状況に重なるように思います。 「いつか、ここから逃げ出したい」と思ってきたけれど、「もう少し踏ん張ってみたい」と思えるようになったのは、年をとってからだったかもしれない。心町の人々も、「しかたなく」ではなく、「この町で」生きる意味を見出していきます。どんな暮らしにあっても、喜びを見いだすことができるのが人間なのかもしれないですね。 文章がとてもやわらかいので、時代小説は苦手という方にも読みやすいですよ。

とぼけた味の妖たちが大活躍 『しゃばけ』 #497

「SFは好きだけど、ファンタジーはちょっと……」 という方に会ったことがあります。現実離れした設定はどちらも共通しているのに。重視しているのが「世界観」か「テーマ」かで、入り込めるかどうか分かれてしまうのかもしれません。 近代文学の中で「ファンタジー」と呼ばれるジャンルの境界線はあいまいなのだそうですが、転機となったのはトールキンの『指輪物語』です。 一方で日本におけるファンタジーは、中世のヨーロッパ“風”を舞台にしたものが多かったのだそう。いやいや、“和風ファンタジー”にだっておもしろいものはあるんですよ。 そこで、“西洋風ファンタジー”に負けないおもしろさを誇る小説をご紹介したいと思います。 畠中恵さんのファンタジー時代小説『しゃばけ』は、身体の弱い若だんなと、妖(あやかし)たちによるミステリー小説です。 ☆☆☆☆☆ 『しゃばけ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 第13回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞した、第1巻の『しゃばけ』のみ長編で、あとは連作短編集。現在20巻まで出ています。 新潮社の公式サイトからは、「登場人物」と「気持ち」で検索ができます。 畠中恵「しゃばけ」新潮社公式サイト   江戸にある廻船問屋兼薬種問屋の若だんな・一太郎は、ひとり息子で跡取り息子なのですが、いかんせん身体が弱い。定位置は「布団の中」です。 ですが、「若だんなのためなら!」と動いてくれる仲間はいっぱい。ただし、その仲間が「普通の人間」ではないんです。 手代の佐助の正体は犬神、仁吉は白沢。部屋の屏風には付喪神(つくもがみ)がいるし、古い家に住みつく妖の鳴家(やなり)たちが、いつも若だんなを守っています。 若だんな自身が病弱ということもあるのでしょうか。 決して「異端」を排除しないんですよね。悪さをする妖の背景を想像する力がある。単純な勧善懲悪物語ではないところが、好きなんです。 おまけに人間にはない力をもつ妖たちを見て、「人間なんて、なんぼのもんやねん」という跳ね上がった気持ちを諫める効果も。 ほのぼの感あふれるストーリーを盛り上げてくれるのが、柴田ゆうさんによる挿絵です。 (画像はAmazonより) 「しゃばけ」シリーズは、「世界観」や「テーマ」というよりも、「キャラクター」重視のファンタジーといえます。とぼけた味の妖たちが活躍するので、マンガのようなエンタメ感があります

日本初の暦作りに命をかける 『天地明察』 #422

暦とカレンダーの違いって、ご存じですか? Calender:月、日付、曜日などが分かるようにしたもの 暦:時間の流れを年、月、週、日に当てはめて体系づけたもの どう違うねん?という気もしますが、「暦」は占い・易に近く、年を通して良い日を見極めるためのデータブックのようなものだそうです。だから農業や商売に携わる人にとってはとても大事なものなんですね。 明治6年に導入された「グレゴリオ暦」が、慣れ親しんでいるカレンダーの「太陽暦」で、地球が太陽の周りを回る周期をベースにしています。 これ以前はずっと、各時代の中国が作った「太陰暦」を輸入して使っていたそうです。月の満ち欠けをベースにして一か月を数える日本独自の「太陰太陽暦」ができたのは江戸時代。17世紀のことです。 冲方丁さんの小説『天地明察』は、囲碁棋士であった渋川春海が、日本初の太陰暦を作り上げる様子を追ったものです。「北極星の位置を確認せよ」という幕府の命を受け、測量と天体観測の旅に出るというプロジェクトXに胸が熱くなりました。 ☆☆☆☆☆ 『天地明察』 https://amzn.to/3hCqaXm ☆☆☆☆☆ 天体観測というビッグなプロジェクトなのに、実際にやるのはてくてく歩いて歩数を数えること。旅に出た渋川春海は、歩いている間、先輩のみなさんが無口だなーと思っていたら、歩数を数えていてビックリという話が出てきます。 いまでこそ難しい計算はコンピューターがやってくれますが、江戸時代は数を数えるのも自分の能力次第。計算も、和算という方式ですべて自分でやらないといけません。 それらをとてもていねいにやる人だったようです。囲碁の達人なので大局観もあり、暦と実際の天候とのズレから緯度に気づく発想も、すべてが超人級です。 むかしの東洋社会には「中国皇帝が世界の中心」という中華思想がありました。そのため、「暦」を作る権限は天命を受けた皇帝だけにあると考えられていたそうです。 つまり、独自の「暦」を作ろうとすることは、中国に対抗するものととらえられる可能性があったのです。 幕府の重鎮たちの反対にも屈せず、実際に日食が起こる日を当てることになった渋川。さて、勝負の行方は……という胸熱な展開です。 こういうプロジェクトXな物語が好きなんですよね。おまけに渋川は、刀を差したとたんに重さによろけてしまうような、チャーミングな人物。そ

理想の上司とは『鬼平犯科帳』#205

今週はビジネスパーソンにおすすめの時代小説を紹介しています。 1月27日に発表された、 「理想の上司」アンケート によると、男性上司は内村光良さん、女性上司はアナウンサーの水卜麻美さんが1位とのこと。 (明治安田生命保険が実施。2020年春の新入社員が対象) まもなく社会人デビューをする人たちにとって“親しみやすさ”は大きなポイントのようですね。 斬り捨て御免の権限を持つ幕府の火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵と聞くと、強面感満載ですが、ついでに漢字もいっぱいですが、わたしは理想の上司と言われると“鬼平”を思い浮かべるかなぁ。 ☆☆☆☆☆ 『鬼平犯科帳』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 名前こそ“鬼の平蔵”ですが、平蔵が鬼となるのは盗賊に対してだけ。部下や協力者たちからは心から信頼され、頼りにされています。それは平蔵が義理も人情もユーモアも心得た、懐の深い人だったからでしょう。 文春文庫の「決定版」はカバーデザインが一新されて、歌川広重の「名所江戸百景」になりました。紙の本で時代小説を読む人はある程度の年齢がいった人、という見立てなのか、文字も大きめです。笑 作者の池波正太郎さんは、もしもこの小説を映像化するなら、主人公は八代目松本幸四郎がいいと仰っていたそうです。希望は叶えられ、テレビドラマ化された時は八代目松本幸四郎が、役者交代の際は息子の中村吉右衛門が演じました。 落語家や歌舞伎俳優って名前が変わっていくのでややこしいですね。八代目松本幸四郎とは、初代松本白鸚のことで、松たか子のおじいさんにあたる人です。 (※画像はWikipediaより) 小説の話に戻ると、1作目が「オール讀物」1967年12月号に掲載され、その後、全部で135作におよぶ長期連載となりました。文庫本は24巻あります。「鬼平犯科帳」の名前をつけたのは、当時の担当編集者だった花田紀凱だそう。 人気連載となり、ドラマ化、アニメ化、マンガ化と、メディアは広がっていきましたが、池波さんは「原作のあるものだけ使ってOK」と強く主張していました。その点、原作を元に脚色を進めるアニメ番組などとは違うわけですが、やはり鬼平のイメージを守りたかったのかな。 鬼平自身は、恵まれた生い立ちではありません。妾腹の子で母親の顔も知らず、マイルドではないヤンキー時代もあったようです。そこから放火や強盗、賭博を取り締まる警察で