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『心淋し川』#676


いつか、ここから逃げ出したい。

子どものころ、よく考えていたことで、「ここじゃないどこかへ行きたい」という想いは、ずっとわたしのすぐ隣にいるような気がします。

西條奈加さんの小説『心淋し川』には、江戸のすみっこで、そんな想いを抱えて生きる人々が描かれています。

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『心淋し川』
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タイトルの『心淋し川』は、「うらさびしがわ」と読みます。舞台となる町も、「心町(うらまち)」という架空の町です。西條さんのインタビューによると、辞書で「うらさびしい」を引いたときに、「心」に「うら」という読み方があることを知り、タイトルに使うことにしたそう。

直木賞受賞! 西條奈加著『心淋し川』 “時代”という緩衝材をおいて切なさを描く
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/B-exUAoepV.html

6編の連作短編で、千駄木にある「心町」の長屋に暮らす人々が主人公。どの人も、生きていくことで必死です。

不細工な妾だけが集まって暮らす家、別れた女性を思い出させる少女、息子へのゆがんだ愛に生きる母。各話に登場するのが、長屋の差配である茂十ですが、彼だってワケありの人です。最後の話にはウルッときました。

時代小説の舞台といえば、日本橋や芝神明町、吉原・浅草寺から本所・深川が多いと思います。ですが、この小説は舞台設定からして地味なんです(失礼)。

気温が上がると、よどんだ水が臭いを放つ心淋し川といい、忘れられたような町といい、小説全体に閉塞感が漂っている。タイトルどおり、「うらさびしい」空気があります。

この、出て行きたくても出て行けない事情を抱えた人々は、いまの「外出したくてもできない。人に会いたくても会えない」状況に重なるように思います。

「いつか、ここから逃げ出したい」と思ってきたけれど、「もう少し踏ん張ってみたい」と思えるようになったのは、年をとってからだったかもしれない。心町の人々も、「しかたなく」ではなく、「この町で」生きる意味を見出していきます。どんな暮らしにあっても、喜びを見いだすことができるのが人間なのかもしれないですね。

文章がとてもやわらかいので、時代小説は苦手という方にも読みやすいですよ。

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