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『星へ行く船』#998

「自身を変えるような運命の一本に出会えることは、幸せなこと」 映画研究者の伊藤弘了さんは、著書の『仕事と人生に効く教養としての映画』の中でそう語っておられました。 『仕事と人生に効く教養としての映画』#996   わたしの場合、映画は「運命の一本」がいっぱいありすぎなんですが、小説なら絶対これ!というのがあります。 それが、新井素子さんの『星へ行く船』。 ひとりの女性の成長物語としても、かっこいい大人のあり方としても、大きな刺激を受けたシリーズです。 新井素子さんの小説を通して、SFやハードボイルドという分野を知り、ファンタジーや世界文学全集みたいな本ばかり読んでいたわたしは、一気に世界が広がりました。 ☆☆☆☆☆ 『星へ行く船』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 「マンガ『ルパン三世』の活字版を書きたかったんです」とインタビューで語っておられるとおり、独特の文体を活かした小説で、ライトノベルの草分け的存在として知られている新井素子さん。 高校2年のときに第1回奇想天外SF新人賞に応募して、星新一に見出され、デビューを飾ります。 あの、星新一に、ですよ!? 初期の頃の作品は、「幼稚園のときから小説家になりたい」と考えていた新井素子さんの脳内を再現するような、ハチャメチャで、ドタバタで、それでいてヒューマニズムにあふれるものでした。 デビュー2作目となった『星へ行く船』は、19歳の森村あゆみが、家出ついでに地球を捨てちゃおう……と宇宙船に乗り込むところから始まります。 この時代、人口過多となった地球は積極的に他の星への移住を勧めていて、とりあえず最初に開拓され、住環境が整っていそうな火星に向かうことにする。 イーロン・マスクに聞かせてあげたいですね……。 1981年に集英社のコバルト文庫から発行された『星へ行く船』。評判がよかったので続編を書くことが決まり、物語はシリーズ化されることに。全5巻のシリーズは、2016年に「新装・完全版」が発売されました。 (画像はAmazonより) 宇宙船の個室を予約したはずなのに、見知らぬオッサンと相部屋となり、やっかいごとに巻き込まれ、事件を見事に解決してしまう、あゆみちゃん。 ここで知り合ったのが、山崎太一郎という男性です。 実は「星へ行く船」シリーズは、新井素子さんの脳内に太一郎さんのセリフがフッと浮かんで出来上がったものなんです

映画「2階の悪党」#980

韓国に留学していたころ、とても驚いたことがありました。 なんで韓国で売っている「ブラジャー」は、こんなに小さいの!? 当時、日本では「上げて、寄せる」タイプが主流だったと思いますが、韓国で売っているのは「小胸」に見せるタイプばかり。「上げて、寄せる」希望がないわたしにはちょうどよかったのですが、考え方の違いが気になって友人に聞いてみました。 「もともと身体のラインを強調するような服は、あんまりないかもねー」 テレビでは、オム・ジョンファが身体のラインをめっちゃ強調しながら歌い踊っておりましたが、普通の市民はそういう発想をもっていない時期だったのかもしれません。 そして、むかしのドラマにもグラマラスな俳優は、あんまりいなかったような気がします。 いまでは韓国にも「盛る」タイプの下着が出ていて、身体のラインを見せつける演出も出てきましたね。 中でもキム・ヘスには圧倒されます。 映画「10人の泥棒たち」では、“大人のオンナ”を強調した姿を見せていました。 「オーシャンズ」好きならこれ! 映画「10人の泥棒たち」 #139   ハン・ソッキュと共演した「2階の悪党」では、夫を亡くして茫然自失……のはずが、やけに色っぽいママを演じています。 ☆☆☆☆☆ 映画「2階の悪党」 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 夫が急に亡くなり、経済的に困窮したヨンジュ。2階の空き部屋を「作家」と名乗る男チャンインに貸し出すことにする。しかし、ことあるごとに1階をのぞき込もうとするチャンインに不信感を抱くように。ある日、執筆のためにヨンジュにインタビューしたいと言いだして……。 サスペンスとドタバタコメディの掛け合わせを狙っていたのでしょうけれど、正直に言ってどちらにも振り切れずに終わった……感はあります。 韓国で公開された時にも、興行が振るわなかった模様。ただ、後になって評価する声が上がるようになったのだとか。 監督は「シークレット・ジョブ」のソン・ジェゴン監督。こちらがひたすらコミカルに振り切った脚本だったので、やはり「2階の悪党」から一皮むけた感じはしますね。 映画「シークレット・ジョブ」#842   わたしとしては、とにかくキム・ヘス姐さんのズレっぷりに笑いました。 夫に先立たれ、娘は反抗期真っ最中。周囲の男たちは、みんな自分に「説教」しようとしているように感じているんです。

『和菓子のアン』#976

“お菓子は、生きるための必須の要素ではありません。でも人はいつの時代もどこの国でもお菓子を作り、食べてきました。それはおそらく、お菓子が「心を生かすもの」だから。” お菓子、中でも「あんこ」が大好きなわたしとしては、大きくうなずいてしまう坂木司さんの言葉です。 坂木司さんの小説『和菓子のアン』でも、「心を生かすもの」としてお菓子が登場します。デパ地下の和菓子屋「みつ屋」を舞台とした、お菓子を巡るミステリーです。 ☆☆☆☆☆ 『和菓子のアン』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 高校を卒業したばかりの梅本杏子・通称あんちゃんは、特に将来の進路を考えたこともなく、これならできそうかも……という、わりと消極的な理由で「みつ屋」でアルバイトをすることに。 お店にいるのは、元ヤンの桜井さん、和菓子職人を目指す立花さん、店長の椿さん。見た目とは裏腹に雄叫びの上がるバックヤードの描写にクスリとさせられ、閉店後のデパ地下の様子にうなってしまう。 和菓子はもちろん、料理の世界は「季節感」が強く打ち出されます。梅雨の時期の涼しげな和菓子、秋の初めに並ぶこっくりした味、どれもおいしそうで、たまらん物語でした。 現在までに3巻が出ています。 第1巻:和菓子のアン 第2巻:アンと青春 第3巻:アンと愛情 タイトルを見てお分かりのように、思いっきり『赤毛のアン』を意識した展開ですね。 季節の移ろいと一緒に、あんちゃんの成長を感じられるストーリー。 わたしにとって和菓子は、ホッとしたいときに選ぶお菓子のように思います。クリームたっぷりの洋菓子や、歯ごたえも楽しみたい焼き菓子は、気分を上げたいときかも。 その、和菓子に込められた意味と一緒に、ゆっくり読みたい小説です。もちろん「心を生かすもの」であるお菓子とお茶もお手元に。

『むかしむかしあるところに、死体がありました。』#950

子どものころから慣れ親しんできた昔話。いまではCMキャラクターにもなっている昔話の世界。 それが、ミステリーになってしまったら? 青柳碧人さんの『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は、「浦島太郎」や「鶴の恩返し」といった昔話を、ミステリーの定型にあてはめて再解釈した小説です。 いやー、こわいおもしろいだわ。この世界。 ☆☆☆☆☆ 『むかしむかしあるところに、死体がありました。』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 新井久幸さんの『書きたい人のためのミステリ入門』には、「三種の神器」について紹介されています。 ・謎 ・伏線 ・論理的解決 書きたい人も、読みたい人も手に取りたい超一級のブックガイド 『書きたい人のためのミステリ入門』 #536   この「三種の神器」を駆使して、フーダニット(犯人は誰か)、ハウダニット(どうして・どうやって)、ホワイダニット(なぜそんなことをしたのか)の小説が紡がれていくわけです。 これを踏襲している『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は、ほのぼのした昔話の世界を、ゾワッと血の臭いがする舞台に変えてしまう。 たとえば、「鶴の恩返し」。本では「つるの倒叙がえし」というタイトルになっています。 この「倒叙」とは、物語の出だしで犯人や犯行の様子が明かされ、時間的な流れをさかのぼって記述すること。 「つるの倒叙がえし」の場合、冒頭で“庄屋さん殺人事件”が発生します。その裏側が明かされていくのですが、途中までは「鶴の恩返し」とほぼ同様。モラハラでDVな弥兵衛と、つうの生活が描かれます。 機を織っているときは、決してのぞかないでくださいと言う、つう。 これに対して機織り部屋の奥にある襖を、決して開けてはいけないと言う、弥兵衛。 この先がまさかの展開で、ミステリーらしい復讐劇になっています。 ちなみに、石原健次さんによる『10歳からの 考える力が育つ20の物語』でも、童話探偵ブルースが「鶴の恩返し」の読み解きをしています。 ブルースによると、「鶴の恩返し」はハッピーエンドなのだそう! 『10歳からの 考える力が育つ20の物語 童話探偵ブルースの「ちょっとちがう」読み解き方』#949   “みんな知ってる”世界だからこそ、こうしていろいろ遊べるのかも。それを受け入れる昔話って、奥が深いですね。

『黄金の羅針盤』#945

来週の金曜日2月18日の「金曜ロードショー」で、ティム・バートン監督の「チャーリーとチョコレート工場」が放送されるそうです。 ジョニー・デップとのゴールデン・コンビは、今作でも健在。あのキッチュな世界観がたまらない映画ですよね。 宮野真守がジョニデの吹き替え!金曜ロードショーで『チャーリーとチョコレート工場』放送決定|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS   昨年の「ブックサンタ」で、原作となったロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』を選ぶくらい好きなお話です。 『チョコレート工場の秘密』#885   でも、正直ちょっと子ども向けなお話といえるかも。大人も楽しめるファンタジー作品なら、だんぜん『黄金の羅針盤』シリーズがおすすめです。 現実の世界と地続きのパラレルワールド、魂が形となった守護精霊(ダイモン)など、ファンタジーならではの世界観はありつつ、ストーリーは科学と宗教による抑圧を描いた骨太なもの。 2007年に、イギリス児童文学書のための「カーネギー・オブ・カーネギー」を受賞した小説です。 ☆☆☆☆☆ 『黄金の羅針盤』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 両親を事故で亡くし、オックスフォード大学寮に暮らすライラと、ダイモンの「パンタライモン(パン)」が主人公。全3巻で、第1巻の『黄金の羅針盤』は、拉致された友人と北極探検家のおじを救うべく、北極へと旅をするお話です。 2007年には、クリス・ワイツ監督によって映画化されました。ダニエル・クレイグのイケメンっぷり、ニコール・キッドマンの輝くような美しさが際立ってましたよね。 現在、Amazonプライムで配信されているようです。 (画像リンクです) ライラの活発ぶりも夢中にさせてくれた要因でしたが、やっぱり「ダイモン」という存在がおもしろかったです。 ダイモンは大人になると形(動物)が決まってしまいます。コールター夫人の場合は猿、アスリエル卿はヒョウと、人物のキャラクターによって決まるんです。でも、子どもの頃は変幻自在。ライラのダイモンも、イタチの時が多いですが、鳥になって飛んだりもしています。 この、子どもの「自由さ」をとても感じられる物語です。 ダイモンとは一定以上離れることができない。他人のダイモンに触れてはいけない。そんなルールから、自分のアイデンティティを大事にすることは、人格形成に

『光の帝国 常野物語』#935

「才能」があることは、幸せなことなのか、迫害の理由となるのか。 恩田陸さんの小説「常野物語」シリーズには、「常野(とこの)」から来たという不思議な力を持った一族が登場します。 膨大な書物を暗記するちからや、遠くの出来事を知るちからを持ち、一人でいてもお互いにつながりを感じることができるのだそう。 生まれ持った能力でもあるし、そこに磨きをかけた才能ともいえるちからは、でも、持たざる者にとっては畏怖の対象です。 シリーズ第1作目の『光の帝国 常野物語』は、幼いきょうだいや会社員たちが登場。バラバラの場所で生きる人々の“ちから”の正体が、徐々に明らかになっていく……という連作短編集です。 ☆☆☆☆☆ 『光の帝国 常野物語』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 恩田陸さんの小説は、青春×ホラーな気がしているのですけれど、「常野物語」シリーズもやはりその系譜にあります。 ただ、タイトルが「光」で「帝国」なんですよ。 「スター・ウォーズ」か、『銀河英雄伝説』かってくらいの壮大さ。実際には、もっと日本土着の香りがする物語でした。 常野一族は、総じて穏やかで知的な人々です。ただし、一族特有の能力を受け入れられるかどうかは別の話。迫害や軍部に狙われた過去から、一族の歴史が「平和」なものではなかったことが分かってきます。 それでも。 常野の人は、自分が“ひとり”じゃないことを知っている。 このあたりが、恩田さんが14年も書き続けてきたという『愚かな薔薇』とのつながりを感じさせました。 『愚かな薔薇』#934   「ひとりじゃない」って、とても勇気づけられるものです。だから優しくいられるのかもしれません。周囲の人にも、自分にも。 不穏な空気を感じさせつつ、とても心温まる物語です。 シリーズ2作目は『蒲公英草紙』。 (画像リンクです) そして常野一族最強と呼ばれたちからを持つ父の影を追う、第3弾が『エンド・ゲーム』。 (画像リンクです) わたしは長編小説が好きなので、実は『エンド・ゲーム』が一番読み応えがありました。「光」から始まったシリーズは、ここへ来て「己」との闘いへと変わっていきます。そのダークさが好みでした。 映画「マトリックス」を彷彿させる(混乱させられる?)世界観。続きは……いつになるんだろう。

『愚かな薔薇』#934

「吸血鬼ってなんなんだろう」 作家・恩田陸さんが子どものころから持っていたという疑問が、美しくも哀しく、妖しくも爽やかに結実しているのが『愚かな薔薇』でした。 ☆☆☆☆☆ 『愚かな薔薇』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ よく分からないまま、キャンプに参加するために「磐座(いわくら)」へとやって来た、14歳の少女・高田奈智を中心に話は進んでいきます。 キャンプは「虚ろ舟乗り」になれるかどうかを見極めるためのもので、身体の変質を促す謎の磁場がある「磐座」で開催されるのです。 「虚ろ舟乗り」は、みんなが憧れる職業なのに、蔑みの対象でもあるという、矛盾を抱えていました。その理由は。 変質が進むと、他人の血を求めるようになるから。 「虚ろ舟乗り」になることは、名誉なのか、獣に落ちることなのか。亡くなった両親のこと、キャンプの正体など、何も知らずに放り込まれた奈智は、当然、激しく抵抗します。でも、変質の進む身体は同じくらい激しく血を求めてしまう。 「血」がモチーフになっていることから、初潮や性交のイメージも重なってきます。大人への扉を開くイニシエーションを拒否する奈智の葛藤と、暴走する身体。SFミステリーという恩田ワールド全開な展開です。 近未来の地球が舞台なんですが、説明は少なめなので、いきなりドボンと物語の世界に引きずり込まれてしまいました。磐座は「虚ろ舟の聖地」ということで、「虚ろ舟乗り」は真っ暗な「外海」を長い時間旅する人である、くらい。 変質が進んで「虚ろ舟乗り」になると、感情がなくなり、意識もフラットになって他の人とつながってしまう……という世界観は、いま流行のメタバースな世界か!?と思わされました。 恩田陸さんの他のシリーズである『光の帝国 常野物語』の、アナザーワールドといえるかも。 (画像リンクです) 完成までに14年もかかったというこの小説。3月までの期間限定で萩尾望都さんが描いたカバーが並んでいます。もう「トワ」のイメージはこれしかない。 これまで、永遠に枯れない=愚かな花として、悲劇性が描かれてきた吸血鬼。でも、『愚かな薔薇』の中の、妖しく、哀しい吸血シーンには、思わずウルウルしました。 思い切って開いてみると、可能性が見えるものなのかもね。大人への扉って。  

映画「コレクターズ ソウルに眠る宝刀を盗み出せ」#932

韓国版「インディ・ジョーンズ」は、痛快・爽快だった! イ・ジェフンやチョ・ウジンといった芸達者な俳優たちが、“盗掘”のスペシャリストを演じた映画「コレクターズ ソウルに眠る宝刀を盗み出せ」。 だまし合いとリベンジが、軽~いノリで展開されるので、気持ちよく笑える映画です。 ☆☆☆☆☆ 映画「コレクターズ ソウルに眠る宝刀を盗み出せ」 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 天才盗掘師のカン・ドングは、ある盗みをきっかけに古美術家でエリートキュレーターのユン室長に目をつけられる。彼女のボスの命令により、ドングは「韓国のインディアナ・ジョーンズ」と自称する古墳壁画盗掘専門家のジョーンズ博士とタッグを組み、高句麗の古墳壁画を盗むことに成功。ユン室長の信頼を得たドングは、韓国のど真ん中・宣陵に眠る「李成桂の刀」を盗む危険な取引を提案するが……。 カン・ドングを演じるのは、イ・ジェフン。 「金子文子と朴烈」 や 「シグナル」 とはまた違う、知恵も、熱さもモリモリな青年です。 その相方となる古墳の壁画盗掘専門家を演じるのは、チョ・ウジン。なんと、自称「韓国のインディアナ・ジョーンズ」。当然、帽子もかぶってます。そしてこれが上手いオチに使われています。 (画像は映画.comより) ドングの抱える過去は、わりと早い段階で明かされるので、あとはどうやってリベンジを果たすのかを楽しみに観ることができます。 お仲間もクセのある人ばかりなんですが、イム・ウォニが合流したところで、「キタキタキターーーッ!!」となりました。 画像の中、車の横を歩いているおっちゃんです。 (画像は映画.comより) ドラマ 「ムーブ・トゥ・ヘブン: 私は遺品整理士です」 では、義理堅く、懐の深い弁護士を演じていましたが、「神と共に」シリーズや 「補佐官」 シリーズでみせた、コミカルな演技も大好き。 (いつ、泣き真似をしてくれるんだろう……) と期待して待っていたら、期待通りの展開が待っていました。 悪を持って悪を制す部分はありつつ、最後は「みんないい人」で終わるところも、韓国映画らしさが漂っています。 韓国版・ジョーンズ博士の機知とキュートさが、最高に楽しめる映画。日本ではブルーレイが発売されているくらいで、シネマートの「のむコレ」で上映されていました。 アジア作品を中心とした選りすぐりのラインナップ!劇場

『暗幕のゲルニカ』#917

なんとなく、芸術家は政治に無関心なのだと思っていました。 原田マハさんの『暗幕のゲルニカ』を読むまでは。 崇高な精神を表すアートと、世知辛い世の中を映す政治にギャップがあったせいかもしれません。 でも。 芸術家こそ、自分の想いを形にして、政治にもの申すことができるんですよね。 『暗幕のゲルニカ』は、ピカソの名画「ゲルニカ」を巡り、過去と現在が交差するミステリーで、一気読み必至。そして、あらためて芸術の影響力を感じました。 ☆☆☆☆☆ 『暗幕のゲルニカ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 物語の主人公は、MoMAのキュレーター八神瑶子。ということは、原田さん自身の経歴とも重なります。エスカレーターの描写や、コーヒーショップのエピソードなど、「ニューヨーカー」のリアリティを感じました。 もうひとりの主人公は、1937年のパリで暮らす、ピカソの恋人で写真家のドラ・マール。ピカソの愛情をひとり占めしていることへの自信と、傲慢さが見え隠れするような人物です。 ふたりの住む世界が交互に描かれ、物語は進行していきます。 内戦に苦しむ母国・スペインを支援したいと悩むピカソと、ゲルニカへの空爆。 そして、ニューヨークで起きた同時多発テロと、イラクへの空爆。 いくつもの戦争と恋の結末が、「ゲルニカ」の絵へとつながっていく。 「ゲルニカは私たちのものだ」 何度も登場するこの言葉は、ラストシーンの強烈さに結びついていて、忘れられない。 アートに詳しくなくても楽しめるのが、原田さんの小説のよいところかも。 実は「ゲルニカ」のレプリカが、東京にあります。丸の内のオアゾ1階にある広場の壁に展示されているんです。セラミックとはいえ、原寸大。迫力あります。 本の表紙にも描かれてはいますが、この大きさにピカソの絶望を感じてしまう。

『サロメ』#915

相手の破滅を望むほどの感情を、愛と呼べるのだろうか? 原田マハさんの小説『サロメ』は、オスカー・ワイルドの戯曲と、その挿絵を描いたオーブリー・ビアズリー、そしてオーブリーの姉であるメイベルの物語です。 同性愛が「犯罪」として扱われていた時代、ワイルドは逮捕され、投獄されるのですが、その背景にいたのは誰なのかが明らかになっていきます。超・仲良しだった姉弟を襲った愛憎劇に、「愛」とはなんなのかを考えさせられました。 ☆☆☆☆☆ 『サロメ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 上は文庫本の表紙で、単行本の方は表紙が違います。こちらが、小説にも出てくる雑誌「The Studio」の創刊号(1893年4月)に掲載された「クライマックス」という作品なのだそう。 (画像はAmazonより) オスカー・ワイルドは、アイルランド出身の詩人・劇作家で、産業革命によって経済発展を遂げた時期のイギリスに、耽美的・退廃的な作品を発表して話題になりました。 わたしが読んだことがあったのは、『幸福な王子』くらいかも。「幸福な王子」と呼ばれる像が、自分の身体に埋め込まれた宝石を貧しい人たちに分け与えた結果、みすぼらしい姿になった王子の像も捨てられてしまう、というお話です。 (画像リンクです) 1893年に発表された『サロメ』は、当初はイギリスで舞台化するつもりでしたが、聖書に登場する聖人を扱った戯曲は禁止されていたそうで、フランス語で書かれました。 その英語版を作る際、挿絵を描いたのがオーブリー・ビアズリーです。 彼のイラストについては、中野京子さんの『怖い絵』でも触れられています。 (画像リンクです) 上野で行われた「怖い絵展」ではグッズも販売されていて、わたしも買いました。思わず見入ってしまうほどの妖しさを放っていたんですよね。 『サロメ』の物語自体は、史実を基にしたフィクションですが、イラストの禍々しいほどの魅力を感じていただけに、背筋がゾワワワッとするほどの恐怖を味わいました。 病弱な弟・オーブリーのために、母の愛も、自身の幸せも、すべてを投げ出してきたメイベル。女優として活動しようとしますが、芽が出ず、くすぶっているところに出会ったのが、オスカー・ワイルドでした。 それぞれに、それぞれの形でオスカーに惹かれていく姉と弟。 「超・仲良し」の意味するところは、ほんのりと示される程度ですが、実際に

ドラマ「静かなる海」#904

お月さまにいたのは、お餅をついているウサギじゃなかった。 水不足で危機に瀕した近未来の地球。未知の「サンプル」を回収するというミッションを受けて、選ばれし者たちが向かったのは、月にある廃墟と化した研究基地です。 そこで隊員たちを待ち受けていたものとは……。 Netflixから5億ドルの出資を受けて製作されたドラマ「静かなる海」。原作は2014年にチェ・ハンヨンが監督した、同名の短編映画で、SFサスペンスの意欲作です。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「静かなる海」 https://www.netflix.com/title/81098012 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 大干ばつによって砂漠化した地球。宇宙生物学者のソン・ジアンは、政府から月面にあるパレ基地でのミッションに参加するよう、依頼を受ける。5年前、放射能事故により廃棄された基地で、ジアンの姉であるソン・ウォンギョンが亡くなっていた。隊長ハン・ユンジェに止められるも、参加を決めたジアン。しかし、月面着陸の直前に、シャトルにトラブルが発生し……。 ペ・ドゥナとコン・ユという、K-ゾンビの名作を生み出したふたりを主演に迎え、チョン・ウソンがプロデューサー、脚本が「母なる証明」のパク・ウンギョと、前情報はかなり期待の高まるものでした。 もう、とにかく映像が美しい! そして、出だしの緊迫感と深まる謎には、ググンと引き込まれていきました。ただ、せっかく舞台が「月」なんだから、そこをもっと活かしてほしかったなーというのが、正直な感想です。 産業スパイの暗躍、家族との約束、家族との確執。舞台がどこであれ、「ザ・韓国ドラマ」なんですよね。良くも悪くも。 特に、主演のふたりがふたりなだけに、何かある度に、「来るぞー来るぞー」と身構えてしまう。 「何が」来るのかは見てのお楽しみとして、公開3日でNetflixTVショー部門3位にランキングされた本作。VFX技術の高さを感じさせるビジュアルで、月の荒涼感が伝わってきました。 コン・ユは、いつも何かを守ってきた役だったので、隊長役もホントに安心感があります。突発事態に対して、文句しか言わない人、ネガティブな人、狂信的に任務に邁進する人と、さまざまな反応を見せる隊員たちをまとめあげています。 (画像はNetflixより) 水資源がなくなり、階級によって水の配給量も変わるという世界設定は、近い将来を予感

『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』#884

空海(弘法大師)は、日本で一番名前を知られているお坊さんかもしれません。 803年に、遣唐使のひとりとして唐に渡りますが、この時の空海は、まだまったく無名の僧侶だったのだとか。 恵果和尚に師事し、密教の奥義を伝授されたと伝えられています。 行きも帰りも嵐に遭っている空海。 そこでは何が起きていたのか。 夢枕獏さんの『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は、史実を基に想像力の羽を大きく広げた小説です。 ☆☆☆☆☆ 『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 『陰陽師』 や 『JAGAE 織田信長伝奇行』 など、史実がベースとなっている小説の中でも、この『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は特別でした。 なんというか、空海がかっこいい! まだまだ「小坊主」クラスであるにも関わらず、密教の真髄を「盗みにきた」と豪語する空海。現代なら「ビッグマウス」と揶揄されてしまいそうなんですが、彼の内から湧き出る自信に圧倒されてしまうんですよね。 当時の長安は世界最大の都市だったそうで、人種的にも文化的にもグローバルな町でした。そんな異国の町で翻弄されつつ、空海は信心を崩さない。 長安の町を襲った怪異に立ち向かう空海&橘逸勢コンビは、さながら安倍晴明&源博雅コンビのようなもの。ナイスな掛け合いも楽しめます。 空海は曼荼羅や密教法具、経典などを日本に持ち帰りました。これを整理して学校をつくり、真言宗を開きます。 高野山総本山のホームページ によると、真言宗の特徴はこちら。 真言宗とは、仏と法界が衆生(しゅじょう)に加えている不可思議な力(加持力・かじりき)を前提とする修法を基本とし、それによって仏(本尊)の智慧をさとり、自分に功徳を積み、衆生を救済し幸せにすること(利他行・りたぎょう)を考える実践的な宗派と言えます。 空海の行動は利己的にも見えるけれど、その奥には彼なりの計算があったのかもしれない。そんな深読みをしながら読むと、さらに楽しめると思います。