スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

9月, 2020の投稿を表示しています

悪意の芽はゼリー状!? 養護教師のぶっとんだもうひとつの顔 『保健室のアン・ウニョン先生』 #444

韓国文学というと重厚な歴史小説のイメージがありましたが、最近ではファンタジーやミステリーも邦訳されるようになってきました。 ほのぼのファンタジーがお好きなら、『保健室のアン・ウニョン先生』をおすすめします。タイトルからは想像もできない、ちょっとぶっ飛んだ楽しさのある小説です。 ☆☆☆☆☆ 『保健室のアン・ウニョン先生』 https://amzn.to/3r5UlL1 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> “ゼリー”状になった人の欲望が見えてしまうアン・ウニョン。養護教諭となり、私立M高校に赴任してきます。この学校には、原因不明の怪奇現象や不思議な出来事が次々と起きているのです。BB弾の銃とレインボーカラーの剣を手に、同僚の漢文教師ホン・インピョとさまざまな謎や邪悪なものたちに立ち向かっていく。はたしてM高校にはどんな秘密が隠されているのか……。 霊が見える、というとおどろおどろしい感じがしますが、アン・ウニョン先生の目に映っているのは「カタツムリが這った後の粘液」のようなゼリーです。それをオモチャの剣でピシパシ切り捨てていく、という描写が、とにかくコミカルです。 ちょうど9月25日から、Netflixでドラマの配信も始まりました。主演はチョン・ユミ。もうすぐ映画「82年生まれ、キム・ジヨン」が公開されるので、そちらも楽しみです。 「82年生まれ、キム・ジヨン」のコン・ユが象徴するものについて考えてみた 「82年生まれ、キム・ジヨン」は、「なんか言いたくなる」小説であり、映画でした。心が反応しちゃうんです。キム・ジヨンというひとりの女性が生きていく中で、「ただ女性であるがゆえに」経験した差別と不合理の物語。できれば小中学校の授業はもちろん、企業の人事の方や、女性商材を扱う部署の人には必須で観てほしいくらいです。   学校に起きる奇異の原因は、どうやら地下室にあるらしい。ということで、アン・ウニョン先生は勇敢にも、武器を手に地下に降りていくのですが。 はたからみたら、オモチャの剣を振り回して遊んでるようにしか見えない!!! アン・ウニョン先生の怪しい言動を受け入れ、協力することになるのがホン・インピョ先生。学校の創立者の孫にあたります。そのせいか、強力な守護霊に守られているそうで、アン・ウニョン先生はパワーが落ちるとホン・インピョ先生の手を握って「充電」します。 このふたりが意外に

仕事に、恋に、母親に。ぶつかりながらアラサー女性の生きる道 『マイスウィートソウル』 #443

ここ数年、韓国文学はブックフェアが開かれるほど人気のようです。 それほどたくさんの本を読んだわけではないですが、「手始めに何から読めばいい?」と聞かれたら(誰にも聞かれないけど)、断然おすすめするのがチョン・イヒョンさんの『マイスウィートソウル』です。 ☆☆☆☆☆ 『マイスウィートソウル』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 編集者として働くオ・ウンス、30歳、ひとり暮らし。元カレの結婚報告、親友の結婚宣言、上司のセクハラ発言、母のイヤミと闘いながら毎日を送っている。ある日、年下の映画監督志望の男の子テオと知り合い、一夜をともにしてしまう。そして、上司から経営者であり大人の男性であるヨンスを紹介され……。 韓国版『ブリジット・ジョーンズの日記』で、「セックス・アンド・ザ・シティ」で、『東京タラレバ娘』ともいえる、アラサー女性の日々が赤裸々に綴られている本作。 著者のチョン・イヒョンさんは「記録者」とも呼ばれているそうで、なるほど、この年代に起こりえる、あらゆる問題にウンスは直面しているなと感じます。どの街でも、女性たちの生きる道はラクではないみたいですね。 もとは「朝鮮日報」という保守系の新聞に連載されていたのですが、2018年には韓国SBSでドラマ化もされていました。 わたしが「初めての韓国文学」にこの本をおすすめする理由は、ふたつ。 ひとつは、圧倒的な読みやすさです。地の文も口語体なので、とてもポップですし、翻訳のうまさもあってスラスラいけます。 ふたつめは、ウンスの悩みはたぶん世界共通だから。 会社員としての不満や、女性ならではの悩み。そして、恋心か経済力かで揺れる思い。「セックス・アンド・ザ・シティ」でも、キャリーやミランダが迷っていましたよね。 これが韓国女性になると、「両親」という悩みのタネも抱えることになるのだなーということが、よく分かります。 『マイスウィートソウル』を読んでしばらくしてから、同じチョン・イヒョンさんの『優しい暴力の時代』を読んだので、ちょっとギャップが大きかった。こちらは胸にチクチクと突き刺さる短編集です。 わたしの中にある“無意識の悪意”に気づくとき 『優しい暴力の時代』 #442   『優しい暴力の時代』にも出てくるように、現代の韓国女性にとって母との関係は、就職や結婚以上に乗り越えなくてはならない高い壁なのかもしれま

わたしの中にある“無意識の悪意”に気づくとき 『優しい暴力の時代』 #442

わたしは、なんて生きにくい時代に生きているんだろう。 本を読み終えて、いえ、読んでいる間中、そう感じていました。この「生きづらさ」の根本はどこにあるんだろう。 チョン・イヒョンさんの『優しい暴力の時代』は、母と子、妻と夫、恋人、同僚、同級生たちの“日常”を描いた短編集です。その“日常”に流れる“優しい暴力”は、思わず目を背けたくなるほど自然に“そこ”にあるものでした。 ☆☆☆☆☆ 『優しい暴力の時代』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 翻訳者の斎藤真理子さんの「あとがき」によると、『優しい暴力の時代』という本のタイトルは、偶然思い浮かんだものだそうです。 “その背景をチョン・イヒョンは「登場人物たちが、優しさとともに隠された暴力性を備えているように思えて」と語っている。また、各話の共通点については「苦痛の中にある人たちの物語、そして、彼らがその苦痛をそれぞれどう受け止めていくかを観察した物語」、また「何かをあきらめた後の物語」としている。” 収められている作品の中に同名のタイトルはないのですが、確かに全作品に共通しているのは、“優しい暴力”だったなと感じます。 “優しい暴力”という言葉を聞いて、思い出したのが「ソウル市民」という舞台でした。 (画像リンクです) 「ソウル市民」は、1990年に、 平田オリザさんが主宰する劇団「青年団」が上演した舞台劇。日本の韓国併合前夜、ソウル(当時の漢城)に暮らす日本人一家の一日の物語です。 平田さんはこの作品で、支配者として暮らす人々の“無意識の悪意”を描いたと語っていました。 「差別なんてとんでもない。ぼくたちは朝鮮人を人間と認めていますよ」なんていう数々のセリフからにじみでる“無意識の悪意”に、舞台が終わっても立ち上がれないくらいの衝撃を受けたんですよね。 “無意識の悪意”は、韓国映画としてカンヌ国際映画祭で初めてパルムドールを受賞し、アカデミー賞の各賞を総なめにした映画「パラサイト 半地下の家族」にもみてとれます。 “無意識の悪意”が階級を分断する 映画「パラサイト 半地下の家族」 #171   (このnoteは12月27日に行われた特別上映のことを書いていて、この時はまだアカデミー賞の行方は分かっていませんでした) 善良な市民の仮面に隠されていた本心は、21世紀になって堂々と歩き出したかのようにみえます。 「パラサイト」では

差別と階級。嫉妬と謀略。苦難のパッケージングは胸を熱くする ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」#441

「悲しんではだめ、泣いてもだめ、簡単に諦めてもいけません」 母の教えを守り、決してへこたれず、身分社会の壁を超えた女性・チャングム。その母の言葉です。 イ・ビョンフン監督の「宮廷女官チャングムの誓い」は、韓国だけでなく、日本でも大ヒット。歴史書にたった一行だけ書かれていた記録をもとに、壮大な歴史ドラマを作り上げる想像力がすごいですよね。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」 DVD (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 幼い頃に母を亡くしたチャングムは、宮廷の調理場である「水剌間」の女官となり、母代わりになってくれる上司と出会います。謀略により、またまた“母”を亡くして、自身も島流しに。母たちの復讐を考えるチャングムは、内医院の医女となり、再び宮廷に戻ることにしますが……。 当初は全50話で放送予定だったものの、ドラマがスタートすると大人気に。そこで話数を伸ばして全54話にしたとのこと。ですが、最後は大慌てで話が畳まれていく、というか、畳みきれずに終わってしまいます。笑 演出家のイ・ビョンフンは、韓国のMBCでドラマ監督として活躍した方です。 時代劇にPOPSの挿入歌を取り入れたり、セリフを現代語にしたりと、現代人が親しみやすいドラマへの改革に取り組みました。 「時代劇の巨匠」とも呼ばれる彼のおかげで、たくさんのドラマに出会うことができたなーと感じます。 「チャングム」の企画が立ち上がったときも、局からは「宮廷の料理なんてマネできるもんでもないし、視聴者がくいつかないんでは?」と、一度ストップがかかったそうです。それでも、「不死鳥のような、彼女のへこたれない人生は、現代人の心を打つはず」と信じて制作。 おまけに、主演女優のキャスティングにも苦労したと著書で語っています。 (画像リンクです) 「チャングム」を演じたイ・ヨンエに声をかけたのは、多くの俳優にフラれた後でしたが、そんなことはおくびにも出さず、「あなたしかいない!!」と口説いたのだとか。 人に何かを依頼するときの礼儀を学べるエピソードだなと感じます。 すでに映画スターだったイ・ヨンエが、いまさらドラマに……?と言われても仕方がない中、不屈の女性を演じきった根性もすごかったなと思います。 初々しい研修生時代から、同僚の嫉妬と謀略、絶望と別れを経験して「大長今」という最高の称号を手に入れるまでの

行方不明の息子を探す母。その心を殺すもの 映画「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」 #440

「イ・ヨンエ」という名前を聞いて、思い浮かぶ作品は年代によって違うかもしれないですね。 アラカンの方ならたぶんドラマ 「宮廷女官 チャングムの誓い」 。2004年にNHK-BS2で放送されたのですが、NHKが初めて放送した韓国時代劇が「チャングム」なんだそうです。うちの父もこれでハマりました。 アラフォー・アラフィフなら映画「JSA」ですかね。美しすぎる将校姿は、いまでも目に焼き付いています。 「春の日は過ぎゆく」などでもみせてくれた、はかなく美しすぎる姿は、「親切なクムジャさん」で見事に打ち破られました。 そして、新たな一面をみせてくれた映画が「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」。「イ・ヨンエ」という俳優の中に隠された仮面。いったいどれくらいあるのだろうと感じた映画でした。 ☆☆☆☆☆ 映画「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」 DVD (画像リンクです) Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> ジョンヨンとミョングク夫婦は、6年前に行方不明となった息子のユンスを探し続けている。寄せられた情報を元に現場に向かう途中、夫ミョングクは事故で亡くなってしまう。憔悴する妻ジョンヨンだが、あらたに情報が寄せられ、漁村へと向かうことにするが……。 イ・ヨンエ14年ぶりのスクリーン復帰!と宣伝にありましたが、ブランクを感じさせない存在感と凄みがありました。まさかの立ち回りまであって、ガラスの扉につっこむイ・ヨンエにびっくりするシーンも。 「子どもの行方が分からなくなる」という事態は、「亡くす」よりも残酷な面があるのかもしれません。アンジェリーナ・ジョリー主演、クリント・イーストウッド監督の映画「チェンジリング」でも、母は息子の無事を決して疑わなかった。それが狂気へ至る道だとしても。 https://note.com/33_33/n/n924c6cf712e0 「チェンジリング」では最初、警察に届けるんですよね。「みつかった」という連絡も警察を通して受け取ることになります。この期間、5か月です。 「ブリング・ミー・ホーム」では6年もの間、夫婦で全国を探して回っています。民間の支援団体の手を借り、広く一般の人からも情報を集める。そのため、ガセネタに振り回されてしまうことも。 愉快犯、お金目当ての接近、いわれのないバッシング。それだけでも疲弊しそうなところに

すれ違う初恋の物語。奇跡って、特別なものじゃない。映画「ユ・ヨルの音楽アルバム」 #432

この子は来る!!! 映画やドラマを観ていて、新しい俳優を見かけると思わず注目してしまいます。そんな中でも、「この子は来る!」と思った俳優が、実際に人気スターになっていくのはうれしいもの。 最近ではチョン・ヘインがそうでした。すっきりしょう油系のイケメンです。 (画像はKMDbより) たぶん最初に観たのは映画「チャンス商会~初恋を探して~」でしたが、ドラマ「刑務所のルールブック」の方が印象に残っています。汚名を着せられ、怒りがマグマのように燃えている、でも世の中をあきらめてしまった元陸軍大尉役でした。 “壁の向こう”の人たち学ぶ、生きる知恵 ドラマ「刑務所のルールブック」 #429   他の役はどんなだろうと観てみたのが、映画「ユ・ヨルの音楽アルバム」です。現在、DVD化されておらず、Netflixでだけ観ることができます。 ☆☆☆☆☆ 映画「ユ・ヨルの音楽アルバム」 https://www.netflix.com/title/81165326 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 義姉と共に、母から受け継いだ小さなパン屋を営む高校生のミス。「豆腐をください」と入ってきたヒョヌと出会います。学校を辞め、パン屋でアルバイトをすることになったヒョヌですが、悪い友だちと出かけてしまい、連絡がとれなくなってしまう。3年後、偶然出会ったふたりですが、またすれ違ってしまい……。 初恋のせつなさを、そのまま映画にしたような映画です。チョン・ヘインが演じているのは無口な青年のヒョヌ。彼が「豆腐をください」と言ったことから、ミスは彼が「刑務所帰り」であることを察します。 韓国映画でよく出てくる「お豆腐の丸かじり」ですが、これは刑務所を出所した後の儀式なのだそうです。一種の厄落としのようなものでしょうか。 ワルの友だちとの縁を切りたくても切れないヒョヌ。新しくアルバイトを見つけてもパワハラ騒ぎに巻き込まれたりして、とことんついてないんです。 ふたりをつなぐモチーフとして使われているのが、ラジオです。 映画タイトルの「ユ・ヨルの音楽アルバム」は、実在のラジオ番組の名前。実はテレビの音楽番組に「ユ・ヒヨルの音楽アルバム」というのがあって、映画が公開された頃はよく間違えられていたそう。 1994年から始まる物語は、だいたい3年おきのすれ違いを経て、2005年の再会まで続きます。近づいては遠ざかり、遠ざかっ

傍若無人にキミを愛する ドラマ「サイコだけど大丈夫」 #430

「お兄ちゃんの面倒をみるために、あんたを生んだんだから」 母のなにげないひと言が、子どもの心にずっと残ることがあります。 現在Netflixで配信中のドラマ「サイコだけど大丈夫」でも、主人公のガンテは母の言葉と、その後の自分の行動にずっと苦しめられていました。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「サイコだけど大丈夫」 Netflixサイト: https://www.netflix.com/title/81243992 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 病院で保護士をしながら、自閉症の兄・サンテとふたりで暮らすガンテ。ある日、童話作家のムニョンが朗読会の講師としてやって来るが、問題を起こしてガンテを怪我させてしまう。病院を辞めることになったガンテは、友人の誘いを受けて故郷の町にある病院に勤めることに。そこに再びムニョンが現われて……。 グリム童話などをモチーフにした世界の中、ガンテ、サンテ、ムニョンそれぞれの“闇”が明らかになっていきます。 ガンテを演じたキム・スヒョンの除隊後復帰作であり、5年ぶりのドラマ主演とあって、注目度の高かったこのドラマ。美しすぎる童話作家ソ・イェジとの美しすぎる絵が、別世界のようでした。 ガンテを一途に……、というか、傍若無人に追いかけるムニョンの愛し方もかわいらしい。 ただ、物語としては胸にズシンとくるものです。特に、母との関係にわだかまりがある人にとっては、えぐられるような感じがあるかも。わたしがそうでした。 登場人物は、三人三様に、幼いときのトラウマを抱えています。 ガンテは、冒頭で紹介した母のひと言。そして、兄を傷つけてしまったこと。サンテは、そのことをちゃんと記憶していたんです。それがドラマの後半、思わぬところで爆発します。 そして、横暴でわがままで、配慮という言葉を知らないムニョンは、支配欲の強い母の呪縛にとらわれてきました。 「子どものためならなんだってやる」 それが韓国オンマ(お母さん)の特徴であり、その究極の「なんだって」を描いたのがポン・ジュノ監督の「母なる証明」でした。 また、「家制度」の中で「妻」の立場を守るため、「息子」を利用する母を描いたドラマもありました。「製パン王キム・タック」です。 “正直者が勝つ!”不遇な少年の成長物語 ドラマ「製パン王キム・タック」 #338   『82年生まれ、キム・ジヨン』にも、「母ができなかったことを娘に

“壁の向こう”の人たちに学ぶ、生きる知恵 ドラマ「刑務所のルールブック」 #429

敵は遠くに置かず、近くに置け。 世間知らずな“野球バカ”の選択が、頑なな男の心をとかしてしまうシーンに思わず涙しちゃう。親子の対立、復讐劇、ロミジュリ的な恋愛模様と、テーマが多彩な韓国ドラマですが、もちろん人情劇だってあります。 韓国では2017年に放送されたドラマ「刑務所のルールブック」は、刑務所の中で暮らす人々の交流と再生を描いた人情劇。重そうなタイトルですが、心温まるコメディなんですよね。いまNetflixで配信されています。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「刑務所のルールブック」 https://www.netflix.com/title/80214406 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> メジャーリーグへの進出を目前にしたキム・ジェヒョク。妹を暴漢から守ろうとした行為が過剰防衛とみなされ、実刑判決を受けてしまう。野球しか知らず、“不死鳥”と呼ばれてきたエースピッチャーは、塀の中という未知の世界を、生き抜くことができるのか……。 主演のキム・ジェヒョクを演じたのはパク・ヘス。これまで主に舞台で活躍してきた俳優だそうです。 「六龍が飛ぶ」 で、李成桂の弟である李之蘭将軍を演じていた人だと、しばらく気がつかなかったくらい。演技に対して、愚直で誠実ならしく、今後も期待できる俳優です。 ドラマの最初の頃は、彼のモッサリとした現実と合わない感じに違和感があったのですが、それがキム・ジェヒョクの「野球バカ」とつながり始めてから、俄然おもしろくなっていきました。 刑務所に送られても、彼はどこまでも「スター選手」なんです。 夜なべして色紙にサインを頼まれたり、世間知らずなところを助けてもらったり。小学生の頃からの友人が刑務官で、ジェヒョクのいる刑務所へ異動して来てくれたこともあって、トレーニングの場を整えてもらったりもしています。 もちろん、そんな特別待遇は、「お肌にカラフルなイラストがある」人たちにとってはおもしろくない存在です。 危険な目にも遭いながら、少しずつ刑務所で“賢く”生活する方法を身につけていきます。 同房となる受刑者たちもくせ者揃い。罪を深く反省している人、身代わりになった人、えん罪を晴らしたい人。彼らとの交流が、ユーモアたっぷりに描かれます。シラけた場面で流れる「ピヨピヨ」という効果音は、「応答せよ」シリーズの演出家シン・ウォンホの特徴かも。 “壁の向こう”なんて、誰も来たく

跡継ぎ候補に“女”が入ってなかった時代のコペルニクス的転換 ドラマ「善徳女王」#427

家を継ぐのは男であるべし。 そんな固定観念を覆し、初の女王となった新羅の「善徳女王」という人物がいます。彼女の波乱の人生を描いたドラマこそ、韓国フェミニズムのはじまりだったのではないかと思います。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「善徳女王」 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 韓国で放送されたのが2009年。最高視聴率は40%以上を記録し、話数を延長して放送したほどの人気でした。 7世紀ごろの朝鮮半島は、百済と高句麗、そして新羅の3国に分かれていました。新羅の中でも王位を巡ってゴタゴタがあったのですが、それらを抑えて先王の長女であるトンマンが女王に就任。半島を統一することになります。 家を継ぐのは誰か。 これは韓国ドラマでよく描かれるテーマです。正妻の子か、妾腹の子か。ボンクラの長男か、ずる賢い次男か。チンピラの息子か、マジメな長女か。「我が子推し!」な母たちの戦いも見どころのドラマが多いんですよね。 Netflixで配信されている「愛の不時着」でも、妾腹の子で、おまけに女であるセリが父の後継者に指名されて、息子たちが憤慨するシーンがありました。 韓流ドラマの法則を押さえた韓国版ロミジュリ ドラマ「愛の不時着」 #335   「製パン王キム・タック」の場合はもっと複雑で、露骨です。娘ばかり続けて生まれたことにガッカリした父は、初恋の相手と子をなし、母は秘書と関係を持って息子を産む。父は初恋の人が産んでくれた子=タックをかわいがるけれど、母は絶対受け入れられない。その対立を目にするお姉ちゃんたちがせつないんです。 “正直者が勝つ!”不遇な少年の成長物語 ドラマ「製パン王キム・タック」 #338   朝鮮王朝の建国を描いたドラマ「龍の涙」は、王位を巡る家族の戦いでもありました。「王にされたら、弟に殺される!」と逃げちゃうお兄ちゃんもいたくらいです。 で、結局。 「女」は候補に入ってないんですよね。 ドラマ「善徳女王」の舞台は7世紀の新羅です。「王家に双子が誕生したら、王族の男子が絶える」という言い伝えがある中、誕生した双子の姉妹。 双子であることを隠すため、長女のトンマンは捨てられてしまうのです。 新羅に戻ってきて、自分の出生のヒミツを知ったトンマン。王家の存続をかけて闘うライバルとなるのが、先王の側室だった美室(ミシル)です。 この、美室とトンマンの発想の違いが一番の見どころ。 美室

目指すは理想の国家!信念をかけて共闘する6人の運命 ドラマ「六龍が飛ぶ」 #425

「魚は頭から腐る」という、ロシアのことわざがあります。ホントに魚がそうなのかは分かりませんが、意味するところは、「組織はトップから駄目になっていく」ということ。 もうコイツらダメやん。いっそのこと、一からやり直したい! いま、そんな声があちこちから聞こえてくるような気がしますが、ここでお話しするのは14世紀の出来事。 高官の堕落ぶりに絶望した青年が出会ったのは、世紀の策士・鄭道伝(チョン・ドジョン)でした。理想の国家を目指して立ち上がった、6人の英雄。彼らが、朝鮮王朝建国のために奮闘する姿を描いたドラマが「六龍が飛ぶ」です。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「六龍が飛ぶ」 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ドラマ「根の深い木」の前日譚で、映画「世宗大王 星を追う者たち」につながっていく物語なんです。 ハングル創製をめぐるミステリー ドラマ「根の深い木」 #424   夢か、友か。絶対的な孤独を癒やした男の究極の選択 映画「世宗大王 星を追う者たち」 #423   ここでちょっと、朝鮮半島の王朝の歴史を振り返ってみます。 まず、918年に王建(太祖)が建国した高麗という王朝国家がありました。半島を統一し、鴨緑江まで勢力を広げていたほどの強国で、英語の「KOREA」のもとになっている国です。1392年に高麗を倒し、朝鮮王朝を築いたのが李成桂でした。 その李成桂をはじめ、6人の「龍」を集めた中心人物が、五男の李芳遠。後の第3代国王で、第4代国王となった「世宗大王」のお父さんです。 ドラマでは李芳遠をユ・アインが演じているのですが、彼の“やんちゃ”な感じが李芳遠の横暴さにつながっていて、とてもかっこよかったです。 李芳遠が心酔する策士・鄭道伝はキム・ミョンミンが演じています。「韓国のロバート・デ・ニーロ」といわれるほど、ストイックな役作りをする俳優で、これまた大好きな役者なんです。 鄭道伝の甥っ子が「根の深い木」の鄭基準で、ふたつのドラマは深くつながっています。 ハングル創製をめぐるミステリー ドラマ「根の深い木」 #424   衝撃なのは、鄭道伝の用心棒であるイ・バンジです。 朝鮮建国後、他のメンバーが功臣として取り立てられる中、イ・バンジはある事件に絶望して在野することにします。 「六龍が飛ぶ」でイ・バンジを演じたのはピョン・ヨハン。甘い系のイケメンです。 (画像はSBSより) それが

ハングル創製をめぐるミステリー ドラマ「根の深い木」 #424

「朝鮮時代、最高の名君」と称される「世宗大王」は、次々と事業を起ち上げ、民衆のよりよい暮らしのために尽くした人物です。そのため、身分を問わずに秀才や科学者を集めました。 ただ、そのほとんどが覇権国である明を刺激するものだったんです。 むかしの東洋社会には「中国皇帝が世界の中心」という中華思想があって、「暦」や「天文学」などは、天命を受けた皇帝だけに権限があると考えられていたからです。 その戒めに反して、日本初の暦作りに取り組んだのが渋川春海。冲方丁さんの『天地明察』は、彼の人生を追った小説です。 日本初の暦作りに命をかける 『天地明察』 #422   韓国では先に紹介した「世宗大王」が、天体観測機器などを発明したチャン・ヨンシルと共に、朝鮮独自の暦を制作しました。映画「世宗大王 星を追う者たち」は、ふたりの絆を描いた時代劇です。 夢か、友か。絶対的な孤独を癒やした男の究極の選択 映画「世宗大王 星を追う者たち」 #423   『天地明察』と「世宗大王 星を追う者たち」は、「暦」をめぐる物語でした。「世宗大王」の時代にはもうひとつ、中国を刺激する材料がありました。それが、朝鮮独自の文字である「ハングル」です。 中国から伝わった「漢字」を使っていた朝鮮ですが、発音と合わない、覚えるべき文字が多すぎるという問題を抱えていました。専門的に学問をするつもりでないと覚えきれないですよね、漢字って。なので、女性や子どもは自身の考えを表したりすることはできなかったんです。 学問は男性だけがするもの。科挙を受けて官僚となり、国のために尽くして大成することこそ、親孝行と考えられていたようです。 そんな状況に疑問を感じた第4代朝鮮国王「世宗大王」は、朝鮮独自の文字を作ろうと決めます。ですが、明の意向を忖度する勢力、官僚の力を守りたい勢力によって、公布はことごとく邪魔されてしまう。 「世宗大王」の若き頃から、ハングルの創製を民衆に伝えた『訓民正音』の発表までを舞台にしたドラマが「根の深い木」です。イ・ジョンミョンのミステリー小説を原作に、ハン・ソッキュが「世宗大王」を演じています。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「根の深い木」 DVD (画像リンクです) Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ある日、王の住まいである景福宮で殺人事件が発生します。捜査を担当することになったカン・チェ

夢か、友か。絶対的な孤独を癒やした男の究極の選択 映画「世宗大王 星を追う者たち」 #423

新規事業を任された時、なによりも支えになるのは事業を支持してくれるトップなのではないでしょうか。でも、もしトップの考えが変ってしまったら? 朝鮮時代の王様「世宗大王」は、さまざまな新規事業を起ち上げて、民衆の生活基盤を整えた人物です。王のバックアップがあるとはいえ、前代未聞の事業に取り組んだメンバーたちは、さぞ苦労したことでしょうね……。 科学的な発明を積極的に取り入れた他にも、韓国で現在も使われている文字「ハングル」の制作と公布に尽力しました。「朝鮮時代を通して、最高の名君」と称され、お札の顔にもなっています。 裏面には「世宗大王」の時代に発明された天球儀と天体望遠鏡が。 (画像はどちらも「文鉄・お札とコインの資料館」より) これらの機械をつくったのがチャン・ヨンシル。お役所付きの奴婢から武官にまで上りつめたというミラクルな技術者です。 彼と、「世宗大王」との絆を描いた映画「世宗大王 星を追う者たち」は、夢か、友かの究極の選択を迫られる物語。韓国映画界が誇る名優ふたりの演技対決は、しびれるくらいの迫力でした。 ☆☆☆☆☆ 映画「世宗大王 星を追う者たち」 https://amzn.to/3whjqUn ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 朝鮮王朝が明国の影響下にあった時代。第4代王・世宗は、奴婢の身分ながら科学者として才能にあふれたチャン・ヨンシルを武官に任命。ヨンシルは、豊富な科学知識と高い技術力で水時計や天体観測機器を次々と発明し、庶民の生活向上に大いに貢献する。また、朝鮮の自立を成し遂げたい世宗は、朝鮮独自の文字であるハングルを作ろうと考えていた。2人は身分の差を超え、特別な絆を結んでいくが、朝鮮の独立を許さない明からの攻撃を恐れた臣下たちは、秘密裏に2人を引き離そうとする。 「世宗大王」を演じたのはハン・ソッキュ。技術者「チャン・ヨンシル」はチェ・ミンシクが演じています。日本でも大ヒットした映画「シュリ」以来、20年振りの共演です。大学の先輩後輩でもあるというふたり。監督から脚本を渡された際、「どちらがどちらの役をやるか、ふたりで決めて欲しい」と言われたそう。 かつては北朝鮮のスパイと韓国の情報員として熾烈な対決をしたふたりですが、今回は生涯の友として、ひとつの夢を実現するために格闘することになります。 ふたりの共演だけを決めて制作にとりかかったというホ・ジノ監督は