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夢か、友か。絶対的な孤独を癒やした男の究極の選択 映画「世宗大王 星を追う者たち」 #423


新規事業を任された時、なによりも支えになるのは事業を支持してくれるトップなのではないでしょうか。でも、もしトップの考えが変ってしまったら?

朝鮮時代の王様「世宗大王」は、さまざまな新規事業を起ち上げて、民衆の生活基盤を整えた人物です。王のバックアップがあるとはいえ、前代未聞の事業に取り組んだメンバーたちは、さぞ苦労したことでしょうね……。

科学的な発明を積極的に取り入れた他にも、韓国で現在も使われている文字「ハングル」の制作と公布に尽力しました。「朝鮮時代を通して、最高の名君」と称され、お札の顔にもなっています。

裏面には「世宗大王」の時代に発明された天球儀と天体望遠鏡が。

(画像はどちらも「文鉄・お札とコインの資料館」より)

これらの機械をつくったのがチャン・ヨンシル。お役所付きの奴婢から武官にまで上りつめたというミラクルな技術者です。

彼と、「世宗大王」との絆を描いた映画「世宗大王 星を追う者たち」は、夢か、友かの究極の選択を迫られる物語。韓国映画界が誇る名優ふたりの演技対決は、しびれるくらいの迫力でした。

☆☆☆☆☆

映画「世宗大王 星を追う者たち」
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<あらすじ>
朝鮮王朝が明国の影響下にあった時代。第4代王・世宗は、奴婢の身分ながら科学者として才能にあふれたチャン・ヨンシルを武官に任命。ヨンシルは、豊富な科学知識と高い技術力で水時計や天体観測機器を次々と発明し、庶民の生活向上に大いに貢献する。また、朝鮮の自立を成し遂げたい世宗は、朝鮮独自の文字であるハングルを作ろうと考えていた。2人は身分の差を超え、特別な絆を結んでいくが、朝鮮の独立を許さない明からの攻撃を恐れた臣下たちは、秘密裏に2人を引き離そうとする。


「世宗大王」を演じたのはハン・ソッキュ。技術者「チャン・ヨンシル」はチェ・ミンシクが演じています。日本でも大ヒットした映画「シュリ」以来、20年振りの共演です。大学の先輩後輩でもあるというふたり。監督から脚本を渡された際、「どちらがどちらの役をやるか、ふたりで決めて欲しい」と言われたそう。

かつては北朝鮮のスパイと韓国の情報員として熾烈な対決をしたふたりですが、今回は生涯の友として、ひとつの夢を実現するために格闘することになります。

ふたりの共演だけを決めて制作にとりかかったというホ・ジノ監督は、「八月のクリスマス」でもハン・ソッキュを起用しています。

ハン・ソッキュとチェ・ミンシク。

韓国映画界の宝ともいえる名優同士の演技対決。真剣勝負。ガチのタイマン。もー、めっちゃ心震えました。

ただ、韓国で公開された時には「あまりにもフィクションすぎる」と批判もあったようです。特に、映画公開前に展開されたポスターの致命的な間違いが大きな火種になりました。

天体を観測して、朝鮮独自の暦をつくるというプロジェクトを請け負った技術者と、それを命じた王の物語なのに。最初に公開されたポスターでは、北斗七星が反転してるやないかい!!!


これがブロガーさんに指摘されて、映画は望まない形で注目を浴びることになってしまいました。修正されたポスターはこちら。左右反転しています。


また、ふたりの外見もちょっと考えものではありました。

天才技術者「チャン・ヨンシル」のガタイのでかさ! 「奴婢」とは貴族の家やお役所の下働きをする身分の人のことなんですが、チェ・ミンシクってば周囲の人の3倍は厚みがある……。まぁ、外に出なくなって体重が増え、丸々した生活を送っているわたしが言うのもなんなんですけどね。

(画像はKMDbより)

ハン・ソッキュとチェ・ミンシクは2000年に公開され、大ヒットした映画「シュリ」で共演しているのですが、この時、重要な役にチェ・ミンシクを推してくれたのがハン・ソッキュなのだそうです。

当時、体重が85kg以上あったため、「スパイの役なんてムリだろう」と思っていたものの、彼のおかげで映画俳優として地位を築けたのだと、インタビューで感謝の言葉を述べています。

そんなハン・ソッキュが演じた「世宗大王」は、1397年に生まれて1450年に53歳で亡くなっています。「チャン・ヨンシル」が天体観測器や世界初のからくり時計、雨量計を生み出したのは1430年から40年ごろなので、「世宗大王」は30代半ばです。

(その割に、ハン・ソッキュはよれよれのジジイすぎないか……)

という疑問も浮上。ハングルの創製を民衆に伝えた『訓民正音』が発表されたのは1446年なので、この映画の時代より後なんですよね。『訓民正音』を巡るミステリー小説をドラマ化した「根の深い木」でも、ハン・ソッキュが「世宗大王」を演じています。ぜひ、この映画とセットで観てほしいドラマです。

気になるところはいろいろあるけれど、そんなの小さなことです。どーでもいい雑音です。

すべてを吹き飛ばすロマンティックな演出と、俳優たちの演技に、とにかく魅了されました。人の心の機微を描いてきたホ・ジノ監督ならではの映画だったのではないかと思います。

なにより「世宗大王」です。

ドラマでは、お遊びが好きで、言葉に並々ならぬ関心を見せる王。映画では、民衆のよりよい暮らしのために、朝鮮に合う暦を作りたいと願う王。

ひとりの為政者が負うには、大きすぎるプロジェクトを同時に進めていたのです。そして、事業に反対する者たちにつけ込まれてしまう。

また、ドラマの時には父から受けた恐怖の影響を抜け出そうと苦しんでいました。一方の映画でみる「世宗大王」は、母から学んだ民を愛する心を実践するためにもがいていたように感じました。

絶対的な孤独の中に生きるしかないトップの思い。身分の違いを超えて、共に事業を成功させようと手を取り合ったふたりは、究極の選択を迫られます。

夢か、友か。

この時、一世一代のウソをつく役者の瞳にあふれる愛情が、「フィクションすぎる」といわれた映画の中で、とてつもないリアルを放っていました。

ハン・ソッキュとチェ・ミンシクの共演がなければ、こんなすごい演技は見られなかった。最高に熱い涙があふれますよ!


映画情報「世宗大王 星を追う者たち」133分(2019年)

監督:ホ・ジノ

脚本:チョン・ボムシク、イ・ジミン

出演:ハン・ソッキュ、チェ・ミンシク、シン・グ、キム・ホンパ、ホ・ジュノ、キム・テウ

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