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『星落ちて、なお』#808


この家族をつなぐのは、父への「わだかまり」だけ。赤い“血”の代わりに、黒い“墨”でつながったきょうだいの確執に、何度も戦慄しました。

第165回直木賞を受賞した澤田瞳子さんの『星落ちて、なお』は、偉大すぎる父を持った娘とよ(河鍋暁翠)の物語です。

偉大すぎる父とは、自ら「画鬼」と名乗った天才絵師・河鍋暁斎。

幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師ですが、自ら絵を仕込んだ子どもたちは、時代の変化と父の名前の重さに、さらされていく。

歪な家族の愛情と、絵師のプライドが、バチバチと燃える星のようでした。

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『星落ちて、なお』

(画像リンクです)

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<あらすじ>
天才絵師・河鍋暁斎が亡くなり、娘のとよが一門を引き継ぐことに。兄とはそりが合わず、だらしない弟、病弱な妹を抱え、とよは「河鍋暁翠」の名で絵を描き続けようとするが、時代は大きな変化を迎えていた……。


“女性”絵師は、それほど珍しい存在ではなかったそうで、葛飾北斎の娘も「葛飾応為」として活動していました。

ただ、とよが生きたのは、明治という時代が大きく変化していた時期です。幕府のお抱え絵師だった狩野派の絵は「古い」と嫌われ、西洋画の技法を取り入れた絵がもてはやされるように。

技量は及ばずとも、父の技術を守りたい。

でも、生活していかなければならない。

父の下で修行したからこそ鍛えられた審美眼が、かえって自分の首を絞めてしまうんですから、これほどつらいことはないでしょう。

家族のいさかい、食べていくための仕事、そして高い壁としてそびえたつ父の絵。いくつものジレンマを抱え、ひとり奮闘するしかないとよの姿は、孤独な経営者のようでした。

とはいえ、セリフはすべて江戸弁なので、「気っ風のいい姐さん」な雰囲気が漂っています。


クリエイターという職業は、華やかにみえて、とても孤独なものだといわれています。なにかを作り出したい気持ちと、出来上がったものへの失望の間で落ち込み、作れば作るほど絶望してしまう。

ましてやとよの場合、「守破離」の「破」に移る段階で時代の波が押し寄せ、うまくステップアップすることができなくなってしまったのではないかと思います。

「守破離」とは、茶道や能、武道などの修行の段階を指す言葉です。

「守」:教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階

「破」:他の師や流派の教えの良いものを取り入れ、心技を発展させる段階

「離」:一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階


壁にぶつかるたび、運命のように絵筆を握らされただけのとよは、兄が放った呪いの言葉に苦しむことになります。

自分にとっての「絵」とはなんなのだろうか?

悩むとよに、かつて今大尽と呼ばれ、経済的に支援してくれた清兵衛が語る言葉は、しんみりと響いてきました。

「この世を喜ぶ術をたった一つでも知っていれば、どんな苦しみも哀しみも帳消しにできる。生きるってのはきっと、そんなもんじゃないでしょうか」

家を捨てる。父の名を捨てる。自分が生きるためには、それもひとつの方法だったかもしれないけれど。

苦しみながらも、すべてを背負う覚悟を決めたとよ姐さんが、かっこいいです。


とよ、こと河鍋暁翠の絵は、埼玉県にある「河鍋暁斎記念美術館」に保存されているそう。現在、「暁翠作品展 ―花鳥風月、そして美人―」が開催されています。

https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/6486


数年前、自分の好みを見極めたくて、和洋さまざまな展示会に出かけていました。有名どころはもちろん、まったく名前を知らなかった画家の絵など、たくさん見たことで、自分の好みが分かってきたのです。

そのひとりが河鍋暁斎でした。

精密でありながら、意外。禍々しくて、妖しい。暁斎はひじょうに多作な人でしたが、下絵はあるのに完成品が見当たらないものも多いのだそう。その理由が、『星落ちて、なお』を読んで分かりました。

芸術家とスポンサーのあり方についても、考えさせられる小説でした。

「河鍋暁斎記念美術館」のHPはこちら。宣言が解除されたら、また行きたいな。

http://kyosai-museum.jp/hp/top.html

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