「すっげー!!」という人と出会ったとき、心にどんな反応が起きるのかは、自分の成熟度をはかるカギになるのかもしれません。
瀬尾まいこさんの新作小説『その扉をたたく音』は、ブラブラとニートな生活を送っていた青年・宮路が老人ホームに通うことになってしまう、というお話。人生を終えようとする人たちの中で、宮路が出合ったものとは……。
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『その扉をたたく音』
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脳科学者の中野信子さんの著書『シャーデンフロイデ』によると、心理学上、嫉妬と妬みは区別されるのだそうです。
嫉妬:自分が持っている何かを奪いにやってくるかもしれない可能性を持つ人を排除したい、というネガティブな感情
妬み:自分よりも上位の何かを持っている人に対して、その差異を解消したいというネガティブな感情
「妬み」はさらに良性と悪性に区別され、良性なら自分が成長する原動力となりえますが、悪性の場合は相手を引きずり下ろそうという方向に働いてしまう。
成功している人や、才能ある人に会ったとき、嫉妬しているのか、妬んでいるのか、それとも憧れているのか、自分の心を分析してみることは、とても大切なのではないかと思います。
次に自分が取る行動の理由がハッキリするからです。
ミュージシャン志望といいつつ、才能もなく、たいした努力もせず、バンド仲間が就職してしまったため、ひとりでブラブラしている青年・宮路。彼の場合、反応はとてもシンプルです。
「神様!!!」と追っかけを始めてしまうのですから。
老人ホームでライブをやった宮路ですが、お年寄りの反応は冷ややか。時間が余ってしまったため、介護士のひとりである渡部がサックスを演奏することになります。神がかった演奏を聴いて、惚れちゃうんですね。
渡部の演奏が聴きたくてホームに通ううち、入居者と親しくなり、楽器を教えたりもして、なんだか充実感を覚える宮路。介護士という仕事への偏見や、老人との付き合い方など、ひとつひとつ経験しながら変化していく。その様子が、とてもさわやかです。
神がかった演奏をする渡部くん。おばあちゃんとふたり暮らしで、お酒も好きそうだし、介護の仕事も好きそうだし、でも音楽は「趣味」と割り切ってるし。なんだか飄々としている人物なのですが。
あの、渡部くんが!!! 大人になっちゃって!!!
読みながら、何度か心の中で叫びました。「渡部くん」は、中学駅伝チームを描いた『あと少し、もう少し』の登場人物なんです。芸術家肌でプライドの高い選手だったのに、こんなに穏やかに成長するなんて。
瀬尾まいこさんの小説は、2019年に本屋大賞を受賞した『そして、バトンは渡された』や『幸福な食卓』など、いろいろ読んできました。それぞれに少しずつ重なり合う登場人物がいたりして、楽しいが増えていく作家さんだと思います。
ニートの青年・宮路も、大人の階段を上れるだろうか。その扉をたたく音に、静かに感動する物語です。
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