「ちょっとムリかも」というおじーちゃんに、「任せときなさい!」とドヤ顔を見せるユン・ヨジョン。60代で売春婦役を、しかも飄々と演じきれるのは、この人しかいない! でも、「昇天させてくれる」技術が、思わぬ展開を生んでしまうというストーリーです。
「ミナリ」で第93回アカデミー賞助演女優賞を受賞し、チクリと刺すコメントで一躍時の人となったユン・ヨジョン。73歳にして何回目か分からないほどの全盛期。
そんなユン・ヨジョンが、高齢者相手の売春婦を演じている映画が「バッカス・レディ」です。
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人生100年時代と言われるいま、老年期をどう生き、そしてどう死ぬかについて、時々考えます。
三毛作どころか四毛作でも五毛作でも生きていけるくらい、“できること”を増やすのがいいのか。今のうちに資産を築くのがいいのか。心許せる友人もいてほしい。
高齢男性たちの間で「死ぬほど上手」と評判の売春婦人ソヨンの周囲にいるのは、“人生戦略”とは無縁な人ばかり。
家主はトランスジェンダーで、下宿人は義足の青年。カツカツの生活をしているのに、韓国人男性に捨てられたフィリピン人女性の子どもの世話までしてしまうんです。お金のない社会的弱者たちにとって、現代社会はジャングルそのものだなと感じます。
ユン・ヨジョン演じるソヨンは、そんなジャングルで狩りをするハンターともいえますが、どっちかというと屍肉を喰らうジャッカルのような雰囲気。諦念と虚無を抱えつつ、食えないハルモニ(おばあちゃん)でもあります。
原題は「殺してくれる女」で、ダブル・ミーニングになっています。「死ぬほど上手=昇天させてくれる」というソヨンのテクニックと、言葉どおり「殺してくれる」の掛詞なんです。
ただ、ユン・ヨジョンは「“売春婦の役”とは聞いてたけど、あそこまでやらされるなら受けなかった」と語っていたそう。インタビューしたいと近づいてきた青年に、「ハルモニって呼ぶな! あたしのアソコはまだ若いんだよ!」と毒づくほどの役ですからね……。
60代後半で挑戦するには、あまりにもヘビーな役だったと思いますが、引き受けたからにはやりきるのもユン・ヨジョン。多くの痛みを抱えながら、淡々と堂々と生きる売春婦として、映画を引っ張っています。
監督は、ペ・ヨンジュンの初映画主演作として話題になった「スキャンダル」のイ・ジェヨン。時代劇のプレイボーイという設定なのですが、もう少し女心を大事にして……と思ったんですよね。
でも「バッカス・レディ」では、繊細な脚本で下層階級の悲哀を描き、2016年モントリオール・ファンタジア国際映画祭で主演女優賞と脚本賞をダブル受賞しています。ユン・ヨジョンが「主演女優賞」を受賞するのは、「火女」以来、45年振りでした。
邦題にある「バッカス」とは、滋養強壮ドリンクのことで、生計のために性を売る壮年層女性のことを「バッカスおばあさん」と呼ぶのだそうです。元々は1990年代、南山一帯でタクシー運転手にバッカスを売ると称して、車の中で性行為をした「バッカスおばさん」に由来した言葉です。
ソヨンは映画監督になりたいという青年に、こんな言葉をかけています。
「ちゃんと稼げることをしなさい。老いてから、わたしみたいにアホみたいな苦労しないで済むように」
どう生き、どう死ぬか。後味がとてもビターな映画です。
映画情報「バッカス・レディ」111分(2016年)
演出:イ・ジェヨン
脚本:イ・ジェヨン
出演:ユン・ヨジョン、ユン・ゲサン、チョン・ムソン、
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