スキップしてメイン コンテンツに移動

“最も個人的なこと”を普遍的な物語に仕上げた手腕にカンパイ! 映画「ミナリ」 #624


「葉っぱより先に花を咲かせるのは、樹にとって負担なんだよ」

「花を咲かせる」という一大事業に使うパワーは相当なもの。植物は葉っぱで光合成をし、エネルギーを溜め込むので、「花が先」なのは消耗も大きいのだと聞いたことがあります。

暖かい春の訪れを感じさせた昨日の土曜日、我が家の近くにある小学校の桜は満開になりました。


今年も美しい姿を見せてくれてありがとう。毎年、この桜を見る度、思うのですが、桜の木にとってみれば、わたしの方が後からやってきた人間で、しかもわたしのために咲いているわけでもない。

さらに言うと、花が咲いてる時季だけ、殊勝なこと言ってんじゃないよと思っているかもしれません。道路にはみ出し、電線にかかった枝がバッサリ切られているんです。整えるでもなく、枝打ちするのでもなく、ただ「邪魔」になったものを切り落とした風で、切り口を見るたび胸が痛みます。

邪魔なもの、役に立たないものを、あっさりと切り捨てるのは、とても貧しいやり方なのではないかと思ってしまう。ちょっと違うけれど、「人脈づくり」という言葉もあまり好きになれなくて、人間を「自分にとって」役に立つかどうかで振り分けるような考え方にずっと違和感がありました。

自分が、「役に立たない」側になったとき。切り捨てられてしまうかもしれないのに。

前置きが長くなってしまいました。今日は、第78回ゴールデングローブ賞で外国語映画賞を受賞し、第93回アカデミー賞でも6部門にノミネートされている映画「ミナリ」について書いてみます。

☆☆☆☆☆

映画「ミナリ」公式サイト
https://gaga.ne.jp/minari/

☆☆☆☆☆

<あらすじ>
農業での成功を目指し、家族を連れてアーカンソー州の高原に移住して来た韓国系移民ジェイコブ。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカは不安を抱くが、しっかり者の長女アンと心臓を患う好奇心旺盛な弟デビッドは、新天地に希望を見いだす。やがて毒舌で破天荒な祖母スンジャも加わり、デビッドと奇妙な絆で結ばれていく。しかし、農業が思うように上手くいかず追い詰められた一家に、思わぬ事態が降りかかり……。


この映画は制作がアメリカの会社なため、アカデミー賞の「国際映画賞」にはノミネートされていません。そこが昨年、作品賞・監督賞・脚本賞・国際映画賞を受賞した「パラサイト 半地下の家族」と大きく違うところです。


「パラサイト」が、韓国的な物語を、ハリウッド的なエンターテイメントに仕立てた映画だとすると、「ミナリ」は韓国人が登場するアメリカの映画です。「パラサイト」のようなエンタメ感を期待していくと肩すかしをくらうかもしれません。

でも、物語としては地味だけど、滋味深い映画なんです。“世界中のおばあちゃん”に捧げられた映画です。

アーカンソーは、リー・アイザック・チョン監督が育った町で、「アジア人の移民」であることよりも、「田舎」であることの方が、より意識されたとインタビューで語っています。

農場で韓国の野菜を育て、アメリカン・ドリームを掴もうと野望を燃やすジェイコブを演じるのは、スティーブン・ユァン。アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされています。

イ・チャンドン監督の「バーニング 劇場版」では、お金持ちのシニカルな青年を演じていて、そのにこやかな冷たさにゾッとしました。わたしは1話でリタイアしちゃったので知らなかったのですが、テレビドラマの「ウォーキング・デッド」にも出演し、スタッフからノミネートを祝福されていました。


妻のモニカを演じるハン・イェリの現実感も、すごくよかった。病のある息子も気がかりだし、稼がなきゃいけないし、なのに夫のわけ分からん夢に付き合わされて、キリキリしてしまうんです。

(画像はKMDbより)

そして、賞レースの前評判どおり、映画に笑いをもたらし、グッと引き締め、話を展開させるキーパーソンとなる、“おばあちゃん”役のユン・ヨジョン。

孫のデビッドから「普通のおばあちゃんぽくない」と言われてしまうくらい破天荒な存在です。たしかにそうなんですよね。子守りのために韓国から呼ばれたのに、料理はできないし、日中は韓国のテレビを見て笑ってるだけだし。花札が好きで、子どもの前なのに悪い言葉もいっぱい使うし。

(画像はKMDbより)

「走ったらダメ」「ジャンプしたらダメ」

心臓に障がいのあるデビッドは、「ダメ」をいっぱい聞いて育ってきた少年です。でもおばあちゃんは一度も「ダメ」を言わない。「ちょっとだけ走ってみる?」なんて提案までしちゃう。やるか、やらないか。判断を自分に委ねてくれるおばあちゃんに、だんだんと心を開いていくデビッドがかわいくてたまらないです。

おばあちゃんはカタコトの英語しか話せない設定ですが、ユン・ヨジョン自身は一時期アメリカに住んでいたこともあって、英語が堪能です。バラエティ番組「ユンステイ」でゲストハウスの主人になった時は、英語で冗談も言っていました。


2010年の米国国勢調査によると、韓国系アメリカ人は約170万人で、その多くは1980年代にアメリカに渡った人たちだそう。ジェイコブ一家がアメリカに渡った理由は出てきませんが、時期的に国の政情不安から逃れてきたのでは、と考えられます。

「ディアスポラ」とは、故郷を追われたユダヤ人のことを指す言葉ですが、転じて、故郷を失った人びとを指すこともあります。韓国人という民族もやはり、ディアスポラとなる人が多い。それだけ国が不安定だったということなのでしょう。

その不安定さが傑作映画を生むのだから、皮肉なものですね。

80年代のアメリカには、ヤング・チョン監督がいて、バブー状態のスティーブン・ユァンがいて、ユン・ヨジョンもいたことになります。そのチョン監督は、韓国の劇場で公開される動画の中で、「ユン・ヨジョンが映画作りを支えてくれた」と感謝の言葉を述べています。

(動画は韓国語オンリーで日本語字幕がないんです。時間ができたら翻訳してみます)→ 追記:下のツイートにあります。



野望に燃えるジェイコブは、家族の不安にも、隣人のアドバイスにも耳を貸しません。その辺りは、「フィールド・オブ・ドリームス」そのもの。男の夢に付き合わされる家族はたまったもんじゃない。

☆☆☆☆☆

映画「フィールド・オブ・ドリームス」
https://amzn.to/34LVH30

☆☆☆☆☆


おまけにジェイコブが買った農地は水のない場所。そんなところで農業なんてできるわけがない。

「鳴かぬなら 何が何でも鳴かせてみせるぜ ほととぎす」

といわんばかりに、悪戦苦闘するジェイコブ。一方で、おばあちゃんは、水辺に韓国から持ってきた芹=ミナリを植えます。

(画像はKMDbより)

「鳴かぬなら 鳴ける環境に連れて行ってあげるよ ほととぎす」

これがおばあちゃん式です。この、大地に対する向き合い方の違いが、ラストシーンへとつながっていきます。

ないものを嘆くのではなく、強引に持ち込もうとするのでもなく。ただ、置かれた場所で咲くこと。周囲の声に耳を傾け、大地のささやきを聞くこと。ミナリが大地に根を張るように、不慣れな環境に馴染んでいく一家の物語は、「共生のぬくもり」を感じさせるものでした。

(画像はKMDbより)

実は、映画を見終わって、映画館を出たところでドバッと涙が……。映画のメッセージでジワジワと満たされたような、そんな経験をしました。何かになろうとか、何かを成そうとか、考えてしまうと肩に力が入ってしまうけれど、家族が一緒に安寧でいられることの方がはるかに難しいんですよね。弱き者が弱いまま受け入れられる。

何かになろうとしなくていい。強くなろうとしなくていい。

これほど勇気づけられるメッセージはありません。

約一年前、アカデミー賞監督賞の受賞スピーチで、ポン・ジュノ監督は、スコセッシ監督の言葉を引いて、「最も個人的なことが、最もクリエイティブなことだ」と語りました。

ポン・ジュノ監督スピーチの翻訳

夢のような出来事だった授賞式から一年。「最も個人的なこと」を普遍的な家族の物語に昇華してみせたチョン監督もまた、作品賞と監督賞、脚本賞にノミネートされています。

そして、韓国人の俳優として初めて演技部門でノミネートされたユン・ヨジョン。助演女優賞の行方が気になってしまいますが、本人は賞レースは好きじゃないし、その話をする人とは会わないのだそう。

映画制作という一大事業に、大きな花を咲かせたチョン監督の次回作は、「君の名は。」の実写版リメイクです。

これはこれでドキドキだけど、いまはアカデミー賞の行方の方がドキドキやな。授賞式は現地時間の4月25日です。


映画情報「ミナリ」115分(2020年)

監督:リー・アイザック・チョン

製作:デデ・ガードナー、ジェレミー・クレイマー、クリスティーナ・オー

製作総指揮:ブラッド・ピット、ジョシュ・バーチョフ、スティーブン・ユァン

脚本:リー・アイザック・チョン

出演:スティーブン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン


コメント

このブログの人気の投稿

まったく新しい映画体験に思うこと 4D映画「ハリー・ポッターと賢者の石」 #484

映画の公開20周年を記念して、「ハリー・ポッターと賢者の石」が初の3D化されました。体感型の4DXやMX4Dで上映されています。 映画を「配信」するサービスが増え、パソコンやスマホでも映画が観られるようになったいま、「劇場で観る楽しみ」を、最大限与えてくれる上映方法だと思います。 でも、なぜか、4D映画ってモヤッとしてしまう……。 クィディッチゲームの疾走感や、チェスの駒が破壊されるシーンの緊迫感は倍増されていたので、こうした場面の再現率、体感度は以前に比べてかなり上がってきたように感じます。 (画像はIMDbより) それでも、稲光、爆風や水滴など、ストーリーとのズレを感じてしまう。 むかし観た4D映画では主人公が「GO! GO!」と走り出すシーンで、スポットライトがピカピカと点滅していたんですよね。わたしの頭の中で、「パラリラ パラリラ~」という暴走族のバイクの音が再生されてしまいました。 そうしたストーリーとは関係のない効果は減り、洗練されてきた感じはするものの、やっぱりスッキリしないものは残るのです。 4D映画はなぜモヤるのだろうと考えていて、「誰の目線で映画を観ればいいのか混乱する」からかもしれないと気がつきました。 ここで、あらためて4D映画について説明しておきます。 4D映画とは、映画に合わせて光や風などの演出が施された、アトラクション型の「映画鑑賞設備」のことです。 2D映画でも、4D映画の設備で上映されなら、4D映画になります。今回わたしが観た「ハリー・ポッターと賢者の石」は、3D映画の4D上映でした。 日本で導入されている4Dシアターは2種類。韓国のCJ 4DPLEX社が開発した4DXと、アメリカのMediaMation社が開発したMX4Dです。わたしは今回、TOHOシネマズで観たのですが、導入しているのはMX4Dのほうでした。サイトによると、体感できる環境効果はこちら。 特殊効果 ・シートが上下前後左右に動く ・首元、背後、足元への感触 ・香り ・風 ・水しぶき ・地響き ・霧 ・閃光 なるほど、のっけからシートがジェットコースターのように揺れ、風が吹きつけ、地響きも、ふくらはぎに礫が当たるような感触も体験できました。 人間社会で虐待されながら育ったハリー・ポッターは、ハグリットと出会うことで初めて魔法の世界に触れることになります。 ホグワーツ魔

キャラクター名“画数グランプリ” 優勝したのは!?「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」 #515

劇場版「鬼滅の刃」が話題ですね。 校閲ガールであるわたしにとって、気になるのはストーリーでも、煉󠄁獄さんのかっこよさでも、興行収入でもありません。 漢字が多すぎ!!! ってことです。 たぶん、すべての校閲ガールや校閲ボーイは、トラウマとなる漢字を持っています。変換ミスや同音異義語を見落とした経験を持っているから……。一度やってしまうと、その漢字を見ただけで「ヒッ!」となります。特に画数の多い漢字はつらいんです。 なのに、 「鬼滅の刃」の登場人物は、全員画数多過ぎでしょ!!! 劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編公式サイト 「その刃で、悪夢を断ち斬れ」劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編 絶賛公開中!   主人公は竈門炭治郎。その妹は禰豆子。鬼殺隊仲間は、我妻善逸、嘴平伊之助。「鬼殺隊」という名前からすでに怖そうですよね……。ちなみに一度で変換できなくて、「おに」「ころし」「たいちょう」と入力したので、あの日本酒を思い出しました。 清洲城信長 鬼ころしパックが【全国燗酒コンテスト2020】お値打ち熱燗部門 金賞受賞(2年連続受賞)   そんな「鬼殺隊」最強の剣士・煉󠄁獄杏寿郎さんはやはり、漢字の難しさも最高レベル。さすがは炎の呼吸を使う炎柱です。たぶん「隊長」みたいな役職の人です。 今回の映画の敵は魘夢と猗窩座というヤツで、これまで炭治郎たちが戦ってきた鬼よりはるかに強いヤツらしい。文字だけ見ても強そうですもんね。その鬼を束ねている悪の総帥が鬼舞辻無惨。 読み方分かりませんね……? 手書きできませんね……? 「鬼滅の刃」漢字検定1級をとれたらすごいと思います。このアニメとのコラボグッズは、校正するの、大変そう……。 そこで、緊急企画 「画数グランプリ」を開催 したいと思います! 「漢字辞典online」というサイトにて、各キャラクターの名前の画数を確認してみました。 kanji.jitenon.jp 「竈」という漢字を検索すると、こんな感じで表示されます。 この「画数」を足し上げていくのです。さて、優勝したのは!? (表記は公式サイトを基にしています) * * * 第3位:鬼舞辻無惨 54画 第2位:竈門炭治郎 55画 僅差です! 「魘夢」なんて、「魘」だけで24画もありました。これはぶっちぎるのでは……と思いきや、2文字という名前が仇に。けっこうしぶとい強いヤツでしたが、こ

時を越えた武将の恋と悲劇 「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」 #265

1990年代前後に放送されたトレンディドラマといえば、浅野温子、浅野ゆう子の「W(ダブル)浅野」や、三上博史、柳葉敏郎、陣内孝則、江口洋介、織田裕二、吉田栄作ら、美男美女による恋物語です。 流行の最先端の職業、オシャレな街や、素敵なインテリアの部屋に暮らす主人公たちには憧れました。東京って日本じゃないんだと思ってましたよ。 韓流ブーム全盛期の頃の韓国ドラマは、もうちょっと泥臭い設定でした。 親に捨てられるとか、貧乏のどん底生活とか、家の奴隷のような嫁、強父に逆らえない息子、裏切りを乗り越えて復讐することが生きる目的になっているような、そんな設定が多かったんですよね。 韓国社会自体が成熟したせいか、設定は大きく様変わり。日本のトレンディドラマのような等身大といえばそうだけど、どちらかというと非現実的な設定やお仕事ドラマが増え、それと共に高視聴率の番組も減ってしまったように思います。 そんな中で2016年から放送が始まった「トッケビ~君がくれた愛しい日々~ 」は、ケーブルテレビとしては異例の高視聴率を記録。主演のコン・ユは、百想芸術大賞などの賞を総なめにしました。 900年の時を行ったり来たりしつつ、高麗時代の武将の恋と悲劇を描いたラブコメディです。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」 DVD (画像リンクです) Netflix https://www.netflix.com/title/81012510 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 高麗最強の武士キム・シン(コン・ユ)は、王の嫉妬から逆賊とされ、命を落とす。しかし、不滅の人生を生きる呪いをかけられて蘇ることに。約900年後、女子高生のウンタク(キム・ゴウン)と知り合う。幽霊が見える彼女は、キム・シンをトッケビだと見破り、自分は「トッケビの花嫁」だと主張するのだが……。 「トッケビ」とは、朝鮮半島に伝わる精霊や妖怪のことです。辞書には「小鬼、お化け」と出ているのですが、「鬼」と何が違うねん、「幽霊」との違いはなんや?というツッコミはなしで読んで欲しいのですけど。 「トッケビ」は大衆文化の象徴としてキャラクター路線が進んだそうです。これをモチーフに、壮大なドラマを作り上げたのが、脚本家のキム・ウンスクです。 日本のトレンディドラマのブームを築いた脚本家として名前が挙がるのが、坂元裕二や野島伸司でしょう。同