「花を咲かせる」という一大事業に使うパワーは相当なもの。植物は葉っぱで光合成をし、エネルギーを溜め込むので、「花が先」なのは消耗も大きいのだと聞いたことがあります。
暖かい春の訪れを感じさせた昨日の土曜日、我が家の近くにある小学校の桜は満開になりました。
今年も美しい姿を見せてくれてありがとう。毎年、この桜を見る度、思うのですが、桜の木にとってみれば、わたしの方が後からやってきた人間で、しかもわたしのために咲いているわけでもない。
さらに言うと、花が咲いてる時季だけ、殊勝なこと言ってんじゃないよと思っているかもしれません。道路にはみ出し、電線にかかった枝がバッサリ切られているんです。整えるでもなく、枝打ちするのでもなく、ただ「邪魔」になったものを切り落とした風で、切り口を見るたび胸が痛みます。
邪魔なもの、役に立たないものを、あっさりと切り捨てるのは、とても貧しいやり方なのではないかと思ってしまう。ちょっと違うけれど、「人脈づくり」という言葉もあまり好きになれなくて、人間を「自分にとって」役に立つかどうかで振り分けるような考え方にずっと違和感がありました。
自分が、「役に立たない」側になったとき。切り捨てられてしまうかもしれないのに。
前置きが長くなってしまいました。今日は、第78回ゴールデングローブ賞で外国語映画賞を受賞し、第93回アカデミー賞でも6部門にノミネートされている映画「ミナリ」について書いてみます。
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映画「ミナリ」公式サイト
https://gaga.ne.jp/minari/
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農業での成功を目指し、家族を連れてアーカンソー州の高原に移住して来た韓国系移民ジェイコブ。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカは不安を抱くが、しっかり者の長女アンと心臓を患う好奇心旺盛な弟デビッドは、新天地に希望を見いだす。やがて毒舌で破天荒な祖母スンジャも加わり、デビッドと奇妙な絆で結ばれていく。しかし、農業が思うように上手くいかず追い詰められた一家に、思わぬ事態が降りかかり……。
この映画は制作がアメリカの会社なため、アカデミー賞の「国際映画賞」にはノミネートされていません。そこが昨年、作品賞・監督賞・脚本賞・国際映画賞を受賞した「パラサイト 半地下の家族」と大きく違うところです。
「パラサイト」が、韓国的な物語を、ハリウッド的なエンターテイメントに仕立てた映画だとすると、「ミナリ」は韓国人が登場するアメリカの映画です。「パラサイト」のようなエンタメ感を期待していくと肩すかしをくらうかもしれません。
でも、物語としては地味だけど、滋味深い映画なんです。“世界中のおばあちゃん”に捧げられた映画です。
アーカンソーは、リー・アイザック・チョン監督が育った町で、「アジア人の移民」であることよりも、「田舎」であることの方が、より意識されたとインタビューで語っています。
農場で韓国の野菜を育て、アメリカン・ドリームを掴もうと野望を燃やすジェイコブを演じるのは、スティーブン・ユァン。アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされています。
イ・チャンドン監督の「バーニング 劇場版」では、お金持ちのシニカルな青年を演じていて、そのにこやかな冷たさにゾッとしました。わたしは1話でリタイアしちゃったので知らなかったのですが、テレビドラマの「ウォーキング・デッド」にも出演し、スタッフからノミネートを祝福されていました。
妻のモニカを演じるハン・イェリの現実感も、すごくよかった。病のある息子も気がかりだし、稼がなきゃいけないし、なのに夫のわけ分からん夢に付き合わされて、キリキリしてしまうんです。
孫のデビッドから「普通のおばあちゃんぽくない」と言われてしまうくらい破天荒な存在です。たしかにそうなんですよね。子守りのために韓国から呼ばれたのに、料理はできないし、日中は韓国のテレビを見て笑ってるだけだし。花札が好きで、子どもの前なのに悪い言葉もいっぱい使うし。
「走ったらダメ」「ジャンプしたらダメ」
心臓に障がいのあるデビッドは、「ダメ」をいっぱい聞いて育ってきた少年です。でもおばあちゃんは一度も「ダメ」を言わない。「ちょっとだけ走ってみる?」なんて提案までしちゃう。やるか、やらないか。判断を自分に委ねてくれるおばあちゃんに、だんだんと心を開いていくデビッドがかわいくてたまらないです。
おばあちゃんはカタコトの英語しか話せない設定ですが、ユン・ヨジョン自身は一時期アメリカに住んでいたこともあって、英語が堪能です。バラエティ番組「ユンステイ」でゲストハウスの主人になった時は、英語で冗談も言っていました。
2010年の米国国勢調査によると、韓国系アメリカ人は約170万人で、その多くは1980年代にアメリカに渡った人たちだそう。ジェイコブ一家がアメリカに渡った理由は出てきませんが、時期的に国の政情不安から逃れてきたのでは、と考えられます。
「ディアスポラ」とは、故郷を追われたユダヤ人のことを指す言葉ですが、転じて、故郷を失った人びとを指すこともあります。韓国人という民族もやはり、ディアスポラとなる人が多い。それだけ国が不安定だったということなのでしょう。
その不安定さが傑作映画を生むのだから、皮肉なものですね。
80年代のアメリカには、ヤング・チョン監督がいて、バブー状態のスティーブン・ユァンがいて、ユン・ヨジョンもいたことになります。そのチョン監督は、韓国の劇場で公開される動画の中で、「ユン・ヨジョンが映画作りを支えてくれた」と感謝の言葉を述べています。
(動画は韓国語オンリーで日本語字幕がないんです。時間ができたら翻訳してみます)→ 追記:下のツイートにあります。
— mame3@韓国映画ファン (@yymame33) March 29, 2021
韓国の劇場で公開された「 #ミナリ 」監督と出演者によるあいさつ。拙い訳ですが、参考まで。https://t.co/yhveLZU1DU
リー・アイザック・チョン監督
「韓国の皆さんに映画をご覧いただくことができ、本当に光栄です。「ミナリ」はある家族のシンプルな話で、個人的な話をしたくてスタートしました」
野望に燃えるジェイコブは、家族の不安にも、隣人のアドバイスにも耳を貸しません。その辺りは、「フィールド・オブ・ドリームス」そのもの。男の夢に付き合わされる家族はたまったもんじゃない。
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映画「フィールド・オブ・ドリームス」
https://amzn.to/34LVH30
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おまけにジェイコブが買った農地は水のない場所。そんなところで農業なんてできるわけがない。
「鳴かぬなら 何が何でも鳴かせてみせるぜ ほととぎす」
といわんばかりに、悪戦苦闘するジェイコブ。一方で、おばあちゃんは、水辺に韓国から持ってきた芹=ミナリを植えます。
(画像はKMDbより)
「鳴かぬなら 鳴ける環境に連れて行ってあげるよ ほととぎす」
これがおばあちゃん式です。この、大地に対する向き合い方の違いが、ラストシーンへとつながっていきます。
ないものを嘆くのではなく、強引に持ち込もうとするのでもなく。ただ、置かれた場所で咲くこと。周囲の声に耳を傾け、大地のささやきを聞くこと。ミナリが大地に根を張るように、不慣れな環境に馴染んでいく一家の物語は、「共生のぬくもり」を感じさせるものでした。
(画像はKMDbより)
実は、映画を見終わって、映画館を出たところでドバッと涙が……。映画のメッセージでジワジワと満たされたような、そんな経験をしました。何かになろうとか、何かを成そうとか、考えてしまうと肩に力が入ってしまうけれど、家族が一緒に安寧でいられることの方がはるかに難しいんですよね。弱き者が弱いまま受け入れられる。
何かになろうとしなくていい。強くなろうとしなくていい。
これほど勇気づけられるメッセージはありません。
約一年前、アカデミー賞監督賞の受賞スピーチで、ポン・ジュノ監督は、スコセッシ監督の言葉を引いて、「最も個人的なことが、最もクリエイティブなことだ」と語りました。
ポン・ジュノ監督スピーチの翻訳
#ポン・ジュノ 監督インタビュー
— mame3@韓国映画ファン (@yymame33) February 10, 2020
さっき「国際長編映画賞」をいただいて、あぁ、今日の仕事は全部終わったなーと思ってリラックスしてたんですが。すごく感謝しています。子どものころに、胸に刻んだ言葉があります。#アカデミー賞 #パラサイト半地下の家族 https://t.co/X0hTCOamGJ
夢のような出来事だった授賞式から一年。「最も個人的なこと」を普遍的な家族の物語に昇華してみせたチョン監督もまた、作品賞と監督賞、脚本賞にノミネートされています。
そして、韓国人の俳優として初めて演技部門でノミネートされたユン・ヨジョン。助演女優賞の行方が気になってしまいますが、本人は賞レースは好きじゃないし、その話をする人とは会わないのだそう。
映画制作という一大事業に、大きな花を咲かせたチョン監督の次回作は、「君の名は。」の実写版リメイクです。
これはこれでドキドキだけど、いまはアカデミー賞の行方の方がドキドキやな。授賞式は現地時間の4月25日です。
映画情報「ミナリ」115分(2020年)
監督:リー・アイザック・チョン
製作:デデ・ガードナー、ジェレミー・クレイマー、クリスティーナ・オー
製作総指揮:ブラッド・ピット、ジョシュ・バーチョフ、スティーブン・ユァン
脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーブン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン
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