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『村田エフェンディ滞土録』#960

「宗教が原因で戦争が起きているのに、宗教に人を救う力はあるんでしょうか?」 大学時代、宗教学の時間にクラスメイトが質問したことがありました。宗教だけでなく、国家のメンツ、資本主義の利権は、多くの争いの元になっています。 「平和」とは、画に描いた餅、決して届かない空の星のようなものなのでしょうか。 梨木香歩さんの『村田エフェンディ滞土録』の舞台は、出身も、宗教も異なる若者が集まるアパートです。 場所は、1890年代のトルコのイスタンブール。 違いを抱えていても、対立するものでも、どちらかがどちらかを飲み込むものでもなく、違ったまま両立することができることを教えてくれる小説です。 ☆☆☆☆☆ 『村田エフェンディ滞土録』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 遺跡発掘のため、トルコに留学した村田くん。下宿先ではイギリス人の女主人・ディクソン夫人、ドイツ人考古学者・オットー、ギリシャ人の研究家・ディミィトリス、トルコ人の下働き・ムハンマドと一緒に生活している。ある日、ムハンマドが鸚鵡(おうむ)を拾ってきて……。 梨木香歩さんらしい、ファンタジーと現実が融合した、しかも異国のスパイスの香りが漂う小説です。代表作のひとつである『家守綺譚』の世界ともつながっています。 (画像リンクです) 西洋と東洋、キリスト教とイスラームと神道、男と女などなど、多くの「違い」を抱えた下宿は、神さま同士もおっかけっこして調和を探るような場所なんです。 ムハンマドが拾ってきた鸚鵡の傍若無人ぶりも、クスッとさせてくれます。「こいつ、なめてんのか!?」と言いたくなるような鸚鵡なんですが、コイツが話せる言葉は、ラストシーンにつながっていきます。 “見えないもの”をないものとし、自分の信じたいものだけを正しいと主張することが、どれだけ貧しいことなのか。見たいものだけ見る世界が、どれだけ歪んでいるのか。 ディミィトリスが村田くんに教えてくれる言葉があります。 “我々は、自然の命ずる声に従って、助けの必要なものに手を差し出そうではないか。 この一句を常に心に刻み、声に出そうではないか。 『私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』と。” 背景が違うからこそ、議論を尽くし、分かり合おうとする異国の青年たち。村田くんが帰国した後、戦争が勃発。 日本で友の無事を祈るしかない村田くんの

『鹿の王』#948

いま、とても観たい映画があります。 小説の映画化あるあるな悩みなんですが、わたしが読んで感じていたお話と違うような気がして、観るのが怖くてなりません。観たいけど、観たくない。 アニメ映画化された、上橋菜穂子さんの小説『鹿の王』です。 映画「鹿の王 ユナと約束の旅」 公式サイト: https://shikanoou-movie.jp/ もともとの違和感は、映画館で予告編をみたときに起きました。 (こんな話だっけ……!?) 発刊は2014年。2015年の本屋大賞を受賞した小説です。8年も前に読んだ本だから記憶があやふやなのかもしれない。 わたしの中では、「故郷を失った男」の再生の物語でした。 ☆☆☆☆☆ 『鹿の王』上巻 (画像リンクです) 『鹿の王』下巻 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 強大な帝国から故郷を守るため、死兵となった戦士団<独角>。その頭であったヴァンは、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、犬たちが岩塩鉱を襲い、犬に噛まれた者たちの間で謎の病が発生する。高熱を出すも生き延びたヴァンは、幼い少女ユナを拾い、脱出する。 一方、岩塩鉱を調査した若き医術師ホッサルは、伝説の病「黒狼熱」ではないかと考え、治療法を探すことに。唯一の生き残りである、ヴァンを探そうとするが……。 飛鹿(ピュイカ)や火馬などの空想の動物と、現実にも存在するトナカイや狼など、たくさんの動物が登場しますが、宗教や食べ物は上橋さん独自の世界。これは文化人類学者としてアボリジニの研究をされた成果といえるかもしれません。 「もののけ姫」のアニメーター安藤雅司さんの監督デビュー作。制作は「攻殻機動隊」のPRODUCTION I.Gと、映画化にあたっての華やかな宣伝に触れる度、興味と不安だけがつのっていきました。 あの、壮大で膨大で繊細な物語が、どんな映画になっているのか。 いま、書きながら気が付きました。 副題が違うんです!!! 小説版の上巻は「生き残った者」、下巻には「還って行く者」の副題が付いています。一方、映画の方は「ユナと約束の旅」。 違う物語として観ればいいのかも!? 先に書いたように、この小説が発表されたのは2014年で、まだまだ東日本大震災と原発事故の痛みが残っている時でした。だからこそ、「生き残った者」という副題の重みに、ウッと刺さるような想いを抱いたこ

『黄金の羅針盤』#945

来週の金曜日2月18日の「金曜ロードショー」で、ティム・バートン監督の「チャーリーとチョコレート工場」が放送されるそうです。 ジョニー・デップとのゴールデン・コンビは、今作でも健在。あのキッチュな世界観がたまらない映画ですよね。 宮野真守がジョニデの吹き替え!金曜ロードショーで『チャーリーとチョコレート工場』放送決定|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS   昨年の「ブックサンタ」で、原作となったロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』を選ぶくらい好きなお話です。 『チョコレート工場の秘密』#885   でも、正直ちょっと子ども向けなお話といえるかも。大人も楽しめるファンタジー作品なら、だんぜん『黄金の羅針盤』シリーズがおすすめです。 現実の世界と地続きのパラレルワールド、魂が形となった守護精霊(ダイモン)など、ファンタジーならではの世界観はありつつ、ストーリーは科学と宗教による抑圧を描いた骨太なもの。 2007年に、イギリス児童文学書のための「カーネギー・オブ・カーネギー」を受賞した小説です。 ☆☆☆☆☆ 『黄金の羅針盤』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 両親を事故で亡くし、オックスフォード大学寮に暮らすライラと、ダイモンの「パンタライモン(パン)」が主人公。全3巻で、第1巻の『黄金の羅針盤』は、拉致された友人と北極探検家のおじを救うべく、北極へと旅をするお話です。 2007年には、クリス・ワイツ監督によって映画化されました。ダニエル・クレイグのイケメンっぷり、ニコール・キッドマンの輝くような美しさが際立ってましたよね。 現在、Amazonプライムで配信されているようです。 (画像リンクです) ライラの活発ぶりも夢中にさせてくれた要因でしたが、やっぱり「ダイモン」という存在がおもしろかったです。 ダイモンは大人になると形(動物)が決まってしまいます。コールター夫人の場合は猿、アスリエル卿はヒョウと、人物のキャラクターによって決まるんです。でも、子どもの頃は変幻自在。ライラのダイモンも、イタチの時が多いですが、鳥になって飛んだりもしています。 この、子どもの「自由さ」をとても感じられる物語です。 ダイモンとは一定以上離れることができない。他人のダイモンに触れてはいけない。そんなルールから、自分のアイデンティティを大事にすることは、人格形成に

『さるのこしかけ』#928

天才の頭の中は、こうなっていたのか!!! 『ちびまる子ちゃん』の作者・さくらももこさんのエッセイは、これまた“電車で読んではいけない”系の本。 『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』が、三部作として知られています。今日はここから『さるのこしかけ』を紹介します。 ☆☆☆☆☆ 『さるのこしかけ』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 『ちびまる子ちゃん』や『コジコジ』で人気マンガ家となったさくらももこさん。2018年に亡くなられましたが、その後もさくらさんの残したものは広がり続けています。 アシスタントさんが新作マンガを描かれたり、オーディオブックが発売されたり。朗読はもちろん、まる子役のTARAKOさんです。 さくらももこ「もものかんづめ」がオーディオブック化、TARAKOが全編朗読(コメントあり)   どのエッセイを読んでいても、まるちゃんの「ぐふふふ」という笑いが聞こえてきそうな、ポップさとイケズ感がありました。 『さるのこしかけ』の巻末には、周防正行監督との対談が収録されています。 ここで出た話によると……。 マンガ家になりたいけど、絵が上手くないから難しいかも ↓ じゃあエッセイストを目指そうか ↓ エッセイを書いてるのは俳優とか小説家とかマンガ家だな ↓ じゃあやっぱりマンガ家になっとこうか という流れで、マンガ家になったのだとか。 (!!!!!!!!!!) インド旅行や痔、骨折に離婚と、人生のすべてを「ネタ」にするためには、目の前に起きている事象と自分の心の間に「距離」が必要なわけで、さくらさんは「観察の天才」だったのですね。 自分のことも、周囲のことも、すべてを笑いに転換する力。見習いたい。

映画「ユンヒへ」#920

「雪が溶けたら、なんになる?」 学校の問題なら答えは「水」で、そう答えるのが合理的なのでしょうけれど。ここはやっぱり「春になる!」と答えたい。 堂々と、胸を張って。 イム・デヒョン監督の長編2作目となる「ユンヒへ」には、印象的な台詞がいくつか出てきます。 わたしがとても心に残っているのは、  「雪はいつ止むのかしら」 でした。 最初と半ばと最後に登場するこの言葉。性的マイノリティであることを、隠さずに生きられるようになった社会を象徴しているように感じました。 ☆☆☆☆☆ 映画「ユンヒへ」 https://transformer.co.jp/m/dearyunhee/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 韓国の地方都市で高校生の娘と暮らすシングルマザーのユンヒの元に、小樽で暮らす友人ジュンから1通の手紙が届く。20年以上も連絡を絶っていたユンヒとジュンには、互いの家族にも明かしていない秘密があった。手紙を盗み見てしまったユンヒの娘セボムは、そこに自分の知らない母の姿を見つけ、ジュンに会うことを決意。ユンヒはセボムに強引に誘われ、小樽へと旅立つことにするが……。 ユンヒを演じたキム・ヒエさんは、ドラマ「密会」や映画「優しい嘘」に出演されている方です。 (画像リンクです) 「優しい嘘」の方は、Amazonのレンタルで配信されています。 (画像リンクです) とにかくキレイで、清楚で、おっとりしていて、ステキな女性なんですよね。「ユンヒへ」では、シングルマザーとして働きながら娘のセボムと暮らしています。 そのセボムが、ジュンからの手紙を読んでしまったことから物語は動き出します。いや、そもそも出すつもりのなかった手紙を、ジュンのおばさんが“気を利かせて”投函してしまったことから、かな。 ふたりの「おせっかい」によって、ユンヒとジュンの再会がお膳立てされるのですが。 この映画の一番よかったところは、回想シーンがなかったことかもしれない、と思うのです。過去に何があったのかは、交わされる手紙の文面で想像するしかない。 それだけでも伝わってくる、痛ましい別れの記憶。 「わたしは、この手紙を書いている自分が恥ずかしくない」と語るジュンも、自分について語らないユンヒも、20年もの間、「雪が止む」のを待っていたのかも。 雪の下に埋められ、なかったことにされてしまった想いを、掘り出すことはできるのか。

映画「クライ・マッチョ」#919

カウボーイハットをかぶって、馬にまたがる。 それだけで拍手が沸き起こるのは、世界でもクリント・イーストウッドだけかもしれない。「許されざる者」以来、30年ぶりに馬に乗った撮影で、スタッフは興奮したそうです。 西部劇で名を上げた俳優が、老いては元ロデオスターを演じるなんて、出来すぎなんじゃないかと思っていたけれど。 やっぱ、いいんですよ。さまになる。 銃でもって「正義」を知らしめるアメリカ的なヒーローから、「正義」のネガティブな側面までを描いてきたイーストウッドの、監督デビュー50年、40作目の記念作という映画「クライ・マッチョ」。 自身を「クソジジイ」感たっぷりだけど、チャーミングな老人に仕立てた、継承と再生の物語です。ニワトリが演技できるなんて、意外しかなかった! ☆☆☆☆☆ 映画「クライ・マッチョ」 https://wwws.warnerbros.co.jp/crymacho-movie/ ☆☆☆☆☆ <あらすじ> かつて数々の賞を獲得し、ロデオ界のスターとして一世を風靡したマイク・マイロだったが、落馬事故をきっかけに落ちぶれていき、妻と息子を事故で亡くしてしまう。いまは競走馬の種付けで細々とひとり、暮らしていた。そんなある日、マイクは元の雇い主からメキシコにいる彼の息子ラフォを連れてくるよう依頼される。不良少年のラフォを探しだし、メキシコからアメリカ国境を目指すことになったマイクだったが、その旅路には予想外の困難や出会いが待ち受けていた。 映画の中で、イーストウッド演じるマイクがかぶっているカウボーイハット。たくさんのサンプルから一点を選ぶ時は、イーストウッドも加わったとのこと。 そんなカウボーイハットには、つばの広さや頭を入れる部分の高さなど、さまざまな種類があるそうです。 前田将多さんの『カウボーイ・サマー』には、カナダに到着してすぐに帽子を買いに行った話が出てきます。それくらいカウボーイにとっては命、なんでしょうね。  ☆☆☆☆☆ 『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ そんな大切な帽子を、友人の息子ラフォが「かぶってみたい」とおねだりするシーンがあります。最初はバッサリと断るマイク。でも、あれこれ御託を並べるラフォに「かぶってみろ」と渡すんです。 (画像は映画.comより) ええっ!? その展開?? そう思っ

『人生が輝くロンドン博物館めぐり 入場料は無料です!』#912

あああああぁぁぁあああぁぁぁ。旅行に行きたい。 最近は旅行ガイドを見て、あちこちの町をあるく妄想をして楽しんでいます。かつて行ったところでも、見学していないところは多いものなんですよね。 ロンドンに行って驚いたことはというと、美術館などが「無料」なことでした。 入り口に寄付用のボックスはあるけれど、入れている人はほぼいない……。平日は学校の遠足っぽい子どもたちがウロウロしていたりもしますが、広ーーーいので、あんまり気になりませんでした。 もし行くなら、井形慶子さんの『人生が輝くロンドン博物館めぐり』で、戦略的に回るのがおすすめです。 ☆☆☆☆☆ 『人生が輝くロンドン博物館めぐり 入場料は無料です!』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ わたしがロンドンに行ったのは、合気道のセミナーがある時でした。師範のお供で来ているので、体育館とホテルを行ったり来たりしているだけ。セミナー終了後に半日だけフリータイムをもらって、ブラッと町歩きをするという、超超超貴重な時間なんです。 ある時はスコーンの食べ歩きをして、ある時は「ハリーポッター・スタジオ・ツアー」を満喫してご機嫌に。キングス・クロス駅の「ハリーポッター・ショップ・アット・プラットフォーム9 3/4」にも行きました。 他にも、テート・ブリテン美術館で、ミレーの「オフィーリア」をひとりじめで鑑賞したり、ヴィクトリア&アルバート博物館で、女王のティアラをかぶっているように撮影したり。 いかにも「観光客」な時間が楽しくて、稽古で足がガクガクしているにも関わらず、たくさん歩いたものでした。 『人生が輝くロンドン博物館めぐり』のよいところは、見どころが整理されていることでしょうか。もちろん、「何を」見るかは好みもありますけど、「この美術館に行くならこれを押さえておけ!」が載っているので、迷子にならずに済みます。 とはいえ、テートに行った時は、広すぎて仲間たちとはぐれてしまい、おまけに非常ベルが鳴り出して追い出される……という経験もしました。あの時は怖かった……。 次にロンドンに行けるのは、いつのことだろうか。

『ソウル案内 韓国のいいものを探して』#911

あああああぁぁぁあああぁぁぁ。旅行に行きたい。 昨日、旅行から帰ってきたところなのに、また行きたくなっています。特に、韓国に行きたいな……。 韓国旅行に関しては、格安旅行、ドラマ聖地巡り、カフェガイド、いろいろな本が出ていますが、わたしが愛用しているのは平井かずみさんの『ソウル案内 韓国のいいものを探して』です。 ☆☆☆☆☆ 『ソウル案内 韓国のいいものを探して』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 著者の平井かずみさんは、「ikanika」を主宰するフラワースタイリストだそう。 「ikanika」 http://ikanika.com/ 骨董市で出会った、韓国の白磁の器に惹かれ、韓国の生活用品や食に興味をもったのだとか。 安国や仁寺洞といったアンティークの町はもちろん、梨泰院や狎鴎亭のザワザワした町にある癒やしスポットが紹介されています。 詩人の茨木のり子さんは、韓国で買った器の「ゆがみ」を、「味わい味わい」と言い聞かせていたとエッセイで語っておられました。 韓国の雑貨やキッチン用品、陶器やかごって、いまはすっきりかわいいものも増えましたけど、日本のものより「ざっくり、大味」なものも少なくありません。 それを「らしさ」ととらえる心の余裕が、旅に一番必要なものなのかも。 オトナのぶらぶら歩きにぴったりのガイドブックです。

『丘の上の賢人 旅屋おかえり』#910

「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」 室生犀星のこの詩は、帰りたくても帰れない故郷への思いを綴ったものだと思っていました。実は、犀星が郷里の金沢に帰郷した時に作られた詩だそう。 東京暮らしのつらさを抱える身なのに、温かく迎えてくれない故郷の人々。その愛憎が作らせた詩と聞いて、故郷への複雑な思いを感じました。 帰りたい。帰れない。 依頼を受けて旅をする「旅の代理人」となった丘えりかも、そんな想いを抱えたひとりです。 『旅屋おかえり』から5年ぶりとなった続編『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は、「おかえり」の故郷である北海道へと向かうお話です。 ☆☆☆☆☆ 『丘の上の賢人 旅屋おかえり』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 北海道の離島出身の「おかえり」は、現在も所属する事務所の社長にスカウトされてアイドルになるも、パッとせず。タレントとして旅番組を持つも、打ち切りに。それでも旅は好きだからと始めたのが、事情を抱えた人から依頼を受け、その人が行きたかった場所を旅する「旅屋」です。 ただ、「おかえり」には、絶対に行きたくない旅先がありました。 それが、北海道です。 北海道の一番北よりさらに北にある、礼文島で生まれ育った「おかえり」。イマも「パッとしない」仕事をしているため、家族に会う勇気がない。だから、北海道に行くのは無理。 そう決めていたのですが、久しぶりに舞い込んだ依頼の行き先は、北海道の小樽でした。 さあ、どうする、「おかえり」!? 大人の純愛物語ともいえるストーリーなんですが、テーマは「待つこと」です。信じているから待てることもあれば、それが習い性のようになってしまった待つもあるでしょう。 さまざまな事情で行き違いながらも、待ち続けた人たちのご縁を、再び「おかえり」がつないでいく。 勝田文さんの描き下ろし漫画も楽しめる一冊。 わたしたちはまだ旅の途中で、袖振り合った人とは何年経っても切れないのが、人の縁なのかも。

『旅屋おかえり』#909

「旅の過程にこそ価値がある」 そう語ったのは、スティーブ・ジョブズです。旅には「目的地」があるものですが、そこに行くまでの「過程」だって旅。 目にするもの、耳にするもの、味わうもの、すべてが、自分の一部になる。 そんな旅の醍醐味を人情劇として味わえる小説が、原田マハさんの『旅屋おかえり』です。 ☆☆☆☆☆ 『旅屋おかえり』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 北海道の離島から上京し、タレントとして活動していた丘えりか。唯一のレギュラー番組「ちょびっ旅」が打ち切りになり、代わりに始めたのが「旅屋」です。病気などの事情を抱えた人から依頼を受けて、その人が行きたかった場所を旅する「旅の代理人」になる、というお話。 丘えりかの愛称「おかえり」の旅は、決まったルートもなく、予定ギチギチでもなく、気分任せなところが大。初仕事として秋田に向かいますが、名所を回るわけでもない。 その分、ホントーーーに、「旅を楽しんでいる」姿がにじみ出てくるんです。 人はひとりでは生きていけない。誰かに支えられ、誰かを支え、ようやく生きていけるもの。だけど、自分から手を伸ばすのは勇気がなくて……。 そんな時に、「おかえり」が媒介となって、ご縁の糸を結び直していく。 なんだかとてもリラックスして、一緒に旅の「過程」を楽しむことができますよ。読むと、旅がしたくなってしまうところが大問題。 またまた気軽にお出かけでなくなりそうな気配ですが、せっかくだから1か月ずつ道府県を滞在しながら仕事する、なんて旅でもしてみようかしら。 旅人といえば、わたしはスナフキンが好きで、彼もこう言っています。 「『そのうち』なんて当てにならないな。いまがその時さ」

『47都道府県女ひとりで行ってみよう』#908

世界は広い。日本だって十分に広すぎる。だから少しずつでも訪れる機会をつくりたかったのに。 移動を制限されるって、こんなにも気持ちをしょんぼりさせるのかと知った、この1年。 せめて本の中で旅行気分を味わおうかと、益田ミリさんの『47都道府県女ひとりで行ってみよう』を手に取りました。 内気な人間のひとり旅あるあるが満載で、笑ってしまった。 ☆☆☆☆☆ 『47都道府県女ひとりで行ってみよう』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 日本には47都道府県もあるのに、行ったことがない場所があるのはもったいないなーと旅に出ることにした益田ミリさん。約4年にわたるひとり旅の記録が収められています。 せっかく来たんだからと、好きでもない名物料理を食べる? No! おしゃれなお店があるけど、気後れしそう。入ってみる? No! といった感じで、あくまでも自分のペースを貫く、無理をしない旅です。 実際、ひとりで旅をしていて困るのは食事なんですよね。わたしはお酒を飲まないので、居酒屋に入るのはちょっと申し訳なくなる。一人前で食べられる名物料理もあんまりない。 というわけで、一番安心するのがコンビニかファミレス……という益田ミリさんの選択は、とても共感しました。 わりと気の抜けた(失礼)記録なので、名所旧跡や地域の食べ物を期待して読むのは大間違い。それよりも、ちょっと・さらっと通り抜けただけでは、分からないことの方が多いのだと知ることの方が大切かもしれません。 とにかく「行く」ことが目的の旅なのです。 わたしも今日から温泉旅行に行く予定。お宿に私設図書館があるそうなので、どこにも出かけず、読書合宿になりそうな予感がしています。 非日常を体験してきます。

『ルワンダでタイ料理屋をひらく』#827

万事に大雑把で、計画性なんてナッシングで無鉄砲なわたしですが。 唐渡千紗さんのぶっ飛んだチャレンジには驚きました!!! 唐渡さんのエッセイ『ルワンダでタイ料理屋をひらく』は、タイトルどおり、ルワンダでタイ料理屋「ASIAN KITCHEN」を開業した際の、奮闘記です。 「段取り」とか、「気遣い」といった概念がない国の人々をマネジメントするわけなんですが、やらかすことが斜め上すぎて何度も笑ってしまいました。 ☆☆☆☆☆ 『ルワンダでタイ料理屋をひらく』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ ルワンダは、アフリカ大陸の中央部に位置する内陸の国です。四国を一回り大きくしたくらいの国土で、丘が多いのだそう。 わたしが知っていることなんて、1994年のルワンダ虐殺を題材にした映画「ホテル・ルワンダ」くらいでした。 (画像リンクです) この映画はホテルの支配人が、民族の垣根を越えて避難者を受け入れるヒーロー物語なのですけど、映画のことを聞いたレストランスタッフのひとりは、 「あんなの嘘っぱちだから」 とバッサリ。 元ストリート・チルドレンだった人、シングルマザー、家族を失った人などなど、唐渡さんのレストランで働くスタッフたちも、虐殺を生き延びたものの、心に傷を負った人たちでした。 そんな歴史があるせいか、そもそもちゃんとした教育を受けていない人もいて、大学を出ても職がないくらい「仕事」が少ない国。英語ができる人ならナニー(子どものお守り)やレストランでの仕事に就くことができるようです。 旅行で訪れたルワンダに魅せられ、移住を決めた唐渡さん。友人に「タイ料理屋とかいいんじゃない?」と言われ、タイ料理屋さんをひらくことにします。 でも、レストラン経営なんてしたこともない、ただの会社員で、タイ料理なんて作ったこともない。 なのに、「Let's go~!」ばりに、5歳の息子さんと向かってしまうんです。 こんな大胆な行動力を持ち合わせていない、わたしって小心者だな……と思わせられることしきりです。 ルワンダでは、工事のお金をだまし取られたり、外国人料金をふっかけられたり。約束の時間は守られず、言うこともコロコロ変わる。 なんといっても、休日が、前日に大統領からラジオで知らされるようなところなんです!! ちょっとうらやましい……。 日本の“きっちり”した文化で生活していると、ある意味、「

ドキュメンタリー「チョン・ヘインの I ♥ NEW YORK」#789

ただいま(わたし的に)人気急上昇中の若手俳優、チョン・ヘイン。 ソン・イェジンとラブラブな演技をみせてくれたドラマ「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」でブレイク。韓国では「国民的年下彼氏」と呼ばれているそうです。 “世間”という名の荒波から抜け出す方法 ドラマ「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」 #450   「ある春の夜に」や「ユ・ヨルの音楽アルバム」では、影はあるものの、純粋で誠実な青年役を演じていました。 すれ違う初恋の物語。奇跡って、特別なものじゃない。映画「ユ・ヨルの音楽アルバム」 #432   ガラッと印象が変わったのは、Netflixで配信中の「D.P.」でしょうね……。激しいアクションもみせています。 ドラマ「D.P.―脱走兵追跡官―」#788   なんといっても、清潔感のある笑顔が、たまらない。そんな彼の姿をひたすら愛でる(だけの)ドキュメンタリーが、「チョン・ヘインの  I ♥ NEW YORK」です。 ☆☆☆☆☆ ドキュメンタリー「チョン・ヘインの I NEW YORK」 https://www.netflix.com/title/81280917 ☆☆☆☆☆ チョン・ヘインは、これまでほとんどリアリティ番組に出演したことがなかったそうで、「 I ♥ NEW YORK」では、死ぬまでに一度は行きたかったというNEW YORK旅を、自らプロデュースしています。 どこに行くか。 どうやって行くか。 何を食べるか。 自分で決めて、自分でコメントする。 という旅番組です。これって当たり前のようだけど、意外と難しいもので、 わ~~ < うわ~~ < すごい~~ くらいしか語彙がないの。笑 特に食レポ部分は注目。チョン・ヘインの好きなものが、牡蠣とタバスコであることが、よく分かりました。ビールも好き。そして、めちゃくちゃよく食べる! ハンバーガーを一気に4個も食べ、公園の注目を浴びていました。 初日こそ、ひとりでタイムズ・スクエアに行ったりしているんですが、翌日からは友人の俳優が合流。男3人で共同生活をしながら、秋のNEW YORKを満喫しています。 友人のひとりが、イム・ヒョンス。 (画像はKBSより) 彼には、すごいミラクルなエピソードがありました。 兵役の間に、ドラマでチョン・ヘインを見て憧れ、俳優を目指したのだそう。海兵隊にいたので、当時はムッキム

ブラックユーモアと生きるための知恵 『旅行者の朝食』 #255

いろんな国の国民性を端的に表した“エスニックジョーク”。有名なのは「沈没船ジョーク」でしょうか。 沈没しかけた船に乗り合わせた人たちに、海に飛び込むよう船長が呼びかけます。 アメリカ人には「飛び込めばヒーローになれます」 イギリス人には「飛び込めばジェントルマンになれます」 ドイツ人には「飛び込むのはルールです」 フランス人には「飛び込まないでください」 日本人には「皆さん飛び込んでます」 一方で、その国でしか通用しないジョークもありますよね。早くも今年の流行語大賞になるんではと言われている「時を戻そう」とか、「マヌケなことを言ったらタライが落ちてくる」とか、こういうのには名前がついていないみたい。 ロシア語通訳の米原万里さん曰く、「ジョークと小咄はロシア人の必須教養」だそう。でも、通訳の時にロシア人が爆笑する「旅行者の朝食」が何を意味しているのか分からず、困ったそうです。 ある男が森の中で熊に出くわした。 熊はさっそく男に質問する。 「お前さん、何者だい?」 「わたしは、旅行者ですが」 「いや、旅行者はこのオレさまだ、お前さんは、旅行者の朝食だよ」 こんな、フツーの小咄にしか思えない話に、ロシア人は爆笑するのです。「何がおかしいの?」と聞いても、笑うだけでみんな教えてくれない。辞書や慣用句辞典、寓話集を探しても載っていない。 「日本の商社が“旅行者の朝食”を大量にわが国から買い付けるらしいぜ」 「まさか。あんなまずいもん、ロシア人以外で食える国民がいるのかね」 「いや、何でも、缶詰の中身じゃなくて、缶に使われているブリキの品質が結構上等だっていうらしいんだ」 まさかのエスニックジョークを聞いて、ようやく“旅行者の朝食”の正体がつかめたのですが、その実態は……。 そんなロシアをはじめとする、さまざまなお国の民族性と食を巡るエッセイ集が『旅行者の朝食』です。 ☆☆☆☆☆ 『旅行者の朝食』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 9歳から14歳までの5年間を、プラハのソビエト大使館付属学校で過ごした米原さん。クラスメイトは50か国ほどの子どもたちで、それぞれの文化的背景や国情なんて違って当たり前。ロシア語というつながりしか持たない世界なんです。 まーったく言葉が分からないまま放り込まれた学校でコミュニケーションを学んでいく。 学校の試験はすべて論述試験だったこともあり、彼女のロ