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『村田エフェンディ滞土録』#960


「宗教が原因で戦争が起きているのに、宗教に人を救う力はあるんでしょうか?」

大学時代、宗教学の時間にクラスメイトが質問したことがありました。宗教だけでなく、国家のメンツ、資本主義の利権は、多くの争いの元になっています。

「平和」とは、画に描いた餅、決して届かない空の星のようなものなのでしょうか。

梨木香歩さんの『村田エフェンディ滞土録』の舞台は、出身も、宗教も異なる若者が集まるアパートです。

場所は、1890年代のトルコのイスタンブール。

違いを抱えていても、対立するものでも、どちらかがどちらかを飲み込むものでもなく、違ったまま両立することができることを教えてくれる小説です。

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『村田エフェンディ滞土録』

(画像リンクです)

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<あらすじ>
遺跡発掘のため、トルコに留学した村田くん。下宿先ではイギリス人の女主人・ディクソン夫人、ドイツ人考古学者・オットー、ギリシャ人の研究家・ディミィトリス、トルコ人の下働き・ムハンマドと一緒に生活している。ある日、ムハンマドが鸚鵡(おうむ)を拾ってきて……。


梨木香歩さんらしい、ファンタジーと現実が融合した、しかも異国のスパイスの香りが漂う小説です。代表作のひとつである『家守綺譚』の世界ともつながっています。

(画像リンクです)

西洋と東洋、キリスト教とイスラームと神道、男と女などなど、多くの「違い」を抱えた下宿は、神さま同士もおっかけっこして調和を探るような場所なんです。

ムハンマドが拾ってきた鸚鵡の傍若無人ぶりも、クスッとさせてくれます。「こいつ、なめてんのか!?」と言いたくなるような鸚鵡なんですが、コイツが話せる言葉は、ラストシーンにつながっていきます。

“見えないもの”をないものとし、自分の信じたいものだけを正しいと主張することが、どれだけ貧しいことなのか。見たいものだけ見る世界が、どれだけ歪んでいるのか。

ディミィトリスが村田くんに教えてくれる言葉があります。

“我々は、自然の命ずる声に従って、助けの必要なものに手を差し出そうではないか。
この一句を常に心に刻み、声に出そうではないか。
『私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』と。”

背景が違うからこそ、議論を尽くし、分かり合おうとする異国の青年たち。村田くんが帰国した後、戦争が勃発。

日本で友の無事を祈るしかない村田くんのもとに、鸚鵡が届けられます。久しぶりに会った村田くんに、放ったひと言が。

「友よ!」

このひと言のために、この小説ってあるよなー!!!と思わせる。愛のある言葉に泣きました。

対話によって開ける世界を味わえる小説です。そしてまた、違いは、お互いを尊重することで、違ったまま両立が可能であることも。

そこに必要なのは暴力ではなく、「言葉」なのです。


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