スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(言葉)が付いた投稿を表示しています

インフレ化した夢の後始末

「夢は追い求めているほうが幸福なのだ」 まったく売れないマンガ家だったやなせたかしさんは、先輩からちょっとほめられただけで、天にも昇るくらいうれしかったそうです。 『アンパンマンの遺書』の中で、逆境の中でも夢を見るのが人間なのだと語っておられます。また、夢を実現することだけが人生の目的なのではなく、夢に向かって進もうとする力が尊いのだ、とも。 (画像リンクです) 夢に向かって全力投球!!!  夢!夢!夢! ……と言われるたび、わたしはちょっとゲンナリしていました。 夢破れた過去があるから? いま、これといった夢がないから? いろいろ考えてみましたが、たぶん、「夢を見ろ! 夢を追え!」と煽られる空気がイヤなのだなと思います。 韓国でも、日本と同じくらい、いやそれ以上に「夢を見ろ! 夢を追え!」な社会のようで、最近邦訳の出ているエッセイには、そうした競争から下りることを勧めるものもありますね。 キム・テリさんとナム・ジュヒョクさん主演の「二十五、二十一」にも、鮮やかに夢をあきらめるシーンがありました。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「二十五、二十一」 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ IMF通貨危機によって、夢を絶たれてしまったふたりが出会い、支え合う前半パート。後半には、キム・テリ演じるナ・ヒドと、ボナ演じるコ・ユリムが通う高校の後輩が「フェンシングを辞めたい」と言うシーンが出てきます。 コーチは「次の大会で8強に入れたら、辞めてもいい」と条件を出す。 そこから猛特訓が始まるんです。ヒドとユリムは、世界でもトップクラスの選手という設定なので、後輩もメキメキ上手くなっていく。 ここで、スレたオトナであるわたしは、 「あぁ、いまは単なる伸び悩みの時期で、大会で見事8強に入って、フェンシングの楽しさを再確認できたから、辞めません!!」 って叫ぶんだろうなーと予測していたのですけれど。 後輩の選択は、まったく予想外のものでした。 夢を追いかけて必死だった自分を肯定しつつ、その夢に見切りをつける。大きな喪失を抱えつつ、爽やかに踏ん切りをつける後輩。その吹っ切れた明るさがあまりにも残酷で、思わず涙しました。 後輩はまだ高校生だったので、これからもっとやりたいこと、見たい世界が出てくる可能性もありそうですが。 30代になってしまうと、進むも地獄、引くも地獄なのかもしれないなーと、一穂ミチさんの『

『やさしい文学レッスン 「読み」を深める20の手法』#995

作品における「空白」は、なにを意味するのか。 特にラストシーンの「ご想像にお任せします」は、いろんな気持ちが刺激されちゃいますよね。 ジェフリー・アーチャーの『十二枚のだまし絵』には、「焼き加減はお好みで…」という短編があって、ここでは結末を「焼き加減」で選ぶことができます。こういうの、すごく楽しい。 (画像リンクです) 映画でも、どうともとれるラストシーンが話題になることがあります。 最近の映画だと、ユ・アインとユ・ジェミョンが“犯罪者”コンビを演じた映画「声もなく」が最高にウワウワしました。 映画「声もなく」#933   映画でも、マンガでも、小説でも、作品の中で登場する小道具、景色、セリフ、行動などなどには、すべて意味がある。 作品を味わいつくすために、まず読みを深めてみませんか?という本が、小林真大さんの『やさしい文学レッスン 「読み」を深める20の手法』です。 ☆☆☆☆☆ 『やさしい文学レッスン 「読み」を深める20の手法』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ フランスの思想家であるツヴェタン・トドロフによると、「読み方」には3つの手法があるそう。 1. 投影:作品が作られた背景を分析する方法 2. 論評:文章に登場するレトリックや心理描写を分析する方法 3. 読み:作品をひとつの大きなシステムと考え、構造を分析する方法 こうした「読み方」があることを踏まえて、本書では、書き出しや時間、空間、比喩や象徴といった切り口から、名作文学の「読み方」を紐解いていきます。 教科書で読んだくらいだわ……という小説なんかもあって、「そういう意味だったの!?」なんていう発見に、自分の読みの浅さを思い知りました。 小説をよく読む人や、映画好きの人の中には、あんまり難しいことを考えずに、ただ作品世界を味わいたいという方もいると思います。 でも。 こうした「読み方」を知っていると、人生に奥行きが出ていくような気がするんです。 ああ、人間って、けっきょく古今東西、同じようなことで悩んでいるんだなと思ったり。 この文化圏ではこういうことに幸せを感じるんだなと思ったり。 わたしはビジネス書も小説も読むけど、「学び」を求めてはいないかもしれません。どちらかというと、「刺激」かな。 見たことのない世界を知り、思いがけない発想に出会い、自分でも意識していなかった感情に気付く。 作品に「空白」を

『「言葉にできる」は武器になる。』#993

今日から新年度。 新しい仕事場に向かう人、社会人デビューをする人、昨日までと同じ仲間と仕事をしている人たちにも、絶賛おすすめしたい本が、梅田悟司さんの『「言葉にできる」は武器になる。』です。 特に社会人一日目を迎える方は、「言葉にできる」ことの可能性を感じてほしい。 ☆☆☆☆☆ 『「言葉にできる」は武器になる。』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 自分の考えていることがうまく言葉にできない、伝わらない、そしてモヤモヤしちゃう……って、よくありませんか? コピーライターの梅田悟司さんのお考えは、これ。 “言葉が意見を伝える道具ならば、まず、意見を育てる必要があるのではないか?” 言葉には、人に伝えるための「外に向かう言葉」と、自分の思考を深めるための「内なる言葉」の2種類があります。「外に向かう言葉」は、外に向かっている分、分かりやすいのでハウツーで学びやすいんですよね。 でも、大切なのは自分の考えを広げたり、奥行きをもたせたりするための「内なる言葉」。 この「内なる言葉」を深めるためのエクササイズが、「T字型思考法」です。 まずは頭の中に浮かんだ言葉をそのまま書き出し、それに対して「なぜ?」「それで?」「本当に?」と、3つの観点から問いかけていきます。 「なぜ?」:考えを掘り下げる → 下に 「それで?」:考えを進める → 右に 「本当に?」:考えを戻す → 左に こうして「T字型」に書き出すことで、モヤモヤしているものが明確になり、考えの土台をつくることができるとのこと。 「T字型思考法」で考えを進める。 | ウェブ電通報   黒猫の「大吉」との暮らしで学んだことを綴った 『捨て猫に拾われた男』 も大好きだったんですが、この『「言葉にできる」は武器になる。』は、大好きすぎて、いろんな人に勧めてきました。毎年、新人研修の課題図書にもしていたくらいです。 忙しさに追われたり、言いたいことを言えない環境だったりすると、自分が何を感じているのか分からなくなってしまうことがあります。 毎年多くの新人たちと出会い、仕事の醍醐味を感じながら、大人語の世界にアワアワし、チャレンジと理不尽の間に泣く姿を見てきました。 そんなときこそ、ぜひ自分の感情について振り返りましょう。 「T字型思考法」はアイディア出しにも使えるものですが、日々の振り返りにも使えるシンプルなエクササイズです。 A

『俺か、俺以外か。 ローランドという生き方』#987

恥ずかしながら、「ローランド」という方について知りませんでした。 2019年に出版された『俺か、俺以外か。 ローランドという生き方』という本のタイトルを見て、(またすごい系が来たな……)と思っていたくらいです。 ずっと積ん読になっていた本を読んでみたら。 おもしろい!!! いまさら?な話ですみません。でも、おもしろかったので紹介したかったのです。 ☆☆☆☆☆ 『俺か、俺以外か。 ローランドという生き方』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <発する言葉すべてが「名言」となる、現代ホスト界の帝王ローランド>と帯にありますが、現在はホストを引退されて、実業家に転身されたのだそう。 小学生の時のエピソードが秀逸でした。 小学生くらいの男の子が夢中になるものといえば、「戦隊もの」ではないでしょうか。わたしでさえ、近所の友だちと田んぼを駆け回りながら、ゴレンジャーごっこなんかをやりました。 でも、ローランドさんが夢中になっていたのは。 「ゴッドファーザー」!!! (画像リンクです) (現在、Amazonプライムで配信中です。パート1を観ちゃうと、もれなく全シリーズ観たくなってしまうのがミソ) ドン・コルレオーネみたいな男こそ、真の男!と思い定め、タキシードの似合う体型を目指したのだとか。 ゆるTとか、腰パンとかは幼く見えるからイヤだ。男はエレガントでなければ!!とタキシードの似合う所作を意識していたそうです。 渋すぎる……。 身近にこんな小学生がいたら、浮いていたかもしれません。 ローランドさんの場合、お父さんの影響もあって、自分の好きなものに忠実に生きてこられたとのこと。 読みながら感じたのは、自分の言葉を持っていることの強さでした。そして、「ビリギャル」こと小林さやかさんに負けないくらい自己肯定感が高い! 『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』#986   わたしは自己肯定感がゼロのまま、ずっとなんとか生きてきた……という状態だったんですが、そしてそこにあまり疑問も感じていなかったのですけれど。 さやかさんとローランドさんのふたりを見て、自己肯定感って、人間をこんなに強くするのかと、考えをあらためました。 ホスト界では珍しく、売り掛けをしない、お酒を飲まない、タバコを吸わないという、自分のやり方を通してきたローランドさん。愛・仕事・哲学など、す

『言葉のズレと共感幻想』#985

「言葉のやり取りはたくさんあるのに、意味のやり取りは行われていない」 『具体と抽象』の細谷功さんと、マンガ編集者の佐渡島庸平さんが対談した『言葉のズレと共感幻想』には、たくさんのドキリとする指摘があります。 冒頭の一文は、佐渡島さんの言葉で、深まることのないまま続いていく会話は、猿の毛づくろいみたいだとして、バッサリ……。 厳しい言葉もありますが、人間にしかできないコミュニケーションを、「on」にするためのヒントが見つかるかもしれません。 ☆☆☆☆☆ 『言葉のズレと共感幻想』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 観察力を上げるトレーニングをしている佐渡島さんから、日常の不思議、コミュニケーションへの疑問などが挙げられ、細谷さんがその事象を分析したり質問したりしながら話は進みます。 「誰かへの共感は、共感している自分に酔いしれているだけでは」 「人は目の前のものが見えていると思い込んでいて、立ち止まって考えずに済ませている」 などなど、厳しいなーと思ってしまうのは、自分に心当たりがあるから。 おもしろかったのは「共感エコノミーと共感格差」の章でした。 「いいね」をひとつのエコノミー指標と考えると、その偏りは富の分配よりもはるかに大きいかもしれないという指摘です。 現代では多くの人がSNSの「アカウントを持っている」状態ですが、実際に発信している人は少数、そこで「いいね」をもらえる人なんてもっと少数、ましてや「バズる」ことなんて、ごくごく少ない。 そのため、多くの「いいね」を集めるインフルエンサーの発言力・影響力は増しています。 この、「共感格差」はどこから生まれるのか。 “細谷:人そのものに共感しているかはわかりませんが、行為に集中しているように見えます。共感される人は、日々の行動の中に共感されるような要素があるわけで、日々の行動というのは繰り返されるはずだから、どんどんそこに共感が集まっていく構図になるんでしょう。” ただ、ここで共感を集める人は、普通の会社にいたら協調性がなくてはみ出してしまうような人かも、とも。 わたしは安易に「分かる」と言わないようにして、言葉に対する感度を上げようと意識しています。 本にも出てきますが、「まきこむ」という言葉も好きじゃないので使いません。ベンチャー界隈ではよく使われる言葉ですが、すごく違和感がある。「まきこまれる側」の主体性がな

『決断=実行』#984

落合博満さんほど、好き嫌いの分かれる選手・監督はいないと聞いたことがあります。 カリスマ性とダークヒーロー感漂う「オレ流」スタイル。 「落」合博満の「信」者を表す「オチシン」という言葉が生まれるほどの信頼感。 相反するイメージに、よく知らないまま“揶揄”する空気だけを受け取っていました。 42万部を突破するベストセラー『采配』の内容をアップデートした『決断=実行』を読んでみたら、ぜんぜん思っていたのと違った……。というか、なぜ“嫌う”人がいるのかが分かった気がしました。 ストイックな姿勢に対して、言い訳を封じられたように感じてしまう人が、反発してしまうのかなと感じたのです。 ☆☆☆☆☆ 『決断=実行』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 落合博満さん。 1953年に秋田県に生まれ、1979年にドラフト3位でロッテオリオンズに入団。その後、中日ドラゴンズや読売ジャイアンツなどで選手としてプレーされました。 「ロッテ時代に、史上4人目かつ日本プロ野球史上唯一となる3度の三冠王」と説明にありましたが、これがどれくらいすごいことなのか、野球に詳しくないわたしには分からない……のだけど。 日本のプロ野球が1920年に始まり、100年以上も続いてきた中で「唯一の3度の三冠王」ということは、飛び抜けた成績を持っていたのだろうことだけは理解できますね。 2004年に、中日ドラゴンズの監督に就任。多くを語らず、結果だけを残していくスタイルが注目されていました。 落合さん自身は、こうした自分の野球=仕事への取り組み方について、 「人目を気にせず、自分がこうだと思ったことをやり抜く」 ことだとしています。 “練習が好きな選手はいないだろう。私も例外ではない。できれば練習せずに寝ていても、試合になれば打てるようになりたかった。だが、それが無理だと分かっているから練習した。” ドラフト3位でプロ野球選手となった当時は、バッティングフォームを酷評されたりして、期待されていなかったそう。だからこそ、結果にこだわり、タイトルを目指し、より野球に打ち込むことに。 誰かに認めてもらいたいからではなく、見返すためでもなく、ただ野球という仕事に取り憑かれる姿勢。このストイックさが、「言い訳大王」として生きているわたしのようなフツーの人の劣等感を刺激するのかもしれませんね。 監督となってから意識していたことが、

『言葉を育てる―米原万里対談集』#982

文章を書き始めたころ、強く勧められて読んでみて大ファンになった方が、ふたりいました。 ひとりは、読売新聞で「編集手帳」を担当された竹内政明さん。「起承転結」の鮮やかな、コラムのお手本のような文章。ずっと仰ぎ見ている方です。 『竹内政明の「編集手帳」傑作選』#981   そしてもうひとりが、ロシア語通訳から作家へと転身された米原万里さんです。 ロシアをはじめとする、さまざまなお国の民族性と食を巡るエッセイ『旅行者の朝食』は、以前紹介していました。「米原万里といえば大食漢」と言われるほど、食いしん坊だったそうです。 いま見たら、ちょうど2年前に書いたのでした。 ブラックユーモアと生きるための知恵 『旅行者の朝食』 #255   2006年に亡くなられ、もう新作が読めないなんて、信じられない……と、ずっと感じています。ロシアのウクライナ侵攻を、彼女はどう評しただろうと思ってしまいますね。 おそらく、毒いっぱいのユーモアを入れつつ、剛速球のど真ん中へボールを投げ込んだんじゃないでしょうか。 傍若無人なヒューマニストと呼ばれた米原万里さん。最初で最後の対談集『言葉を育てる―米原万里対談集』でも、小森陽一さんや、林真理子さん、辻元清美さんに、糸井重里さんら、錚々たるお相手に、豪快な球を投げ込んでいました。 ☆☆☆☆☆ 『言葉を育てる―米原万里対談集』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 米原さんはご両親の仕事の都合により、小学生のころ、プラハにあるソビエト学校に通うことになります。多国籍で、多彩・多才な同級生に囲まれた日々。米原さんの鋭い分析力と俯瞰力、観察力、そして女王様力は、こうした環境に身をおいたことでついたものなのでしょう。 日本に戻って、ロシア語通訳として活躍。エッセイストとなってからは、プラハでの日々を綴った『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』で、第33回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。 こちらは米原さんの好奇心と包容力、負けん気と追求心が感じられるエッセイです。 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』 (画像リンクです) すでに確立された実績があるのに、新しいことを始め、奇想天外なアイディアを生み出し、猫と犬と暮らす。 奔放にも、豪快にも思える生き方は、これぞ他者に評価されることを潔しとせず、自分の価値観で自分の人生を生きるってことなんだなーと思います。 タイトルにある「言葉

『感情は、すぐに脳をジャックする』#978

「カラダは嘘をつかないけど、脳は嘘をつくんです!」 これはかつて師事していたアメリカ人映画監督の口癖で、彼女はいつも「カラダの声を聞け」と言っていました。 人間は感情の生き物といわれていますが、「こんな感情を持ってしまう自分はよくないかも……」と思ったとき、その感情に理性でフタをしようとしてしまいます。 そこで、ニコニコした表情を作っても、カラダは引いている……ということが起こる。 こんなことを繰り返していると、いつか自分の感情に鈍感になってしまうよ、という話だったと思います。そもそも感情に、善し悪しのラベルを貼ってしまうこと自体、意味のないことですし。 でも。 何かあるとすぐに不安になって、そのことが頭から離れなくなるのです。 下手をすると、一日グルグルしていたり、思い出し怒りをしていたり。ああ、こんなにも持て余してしまう自分の「感情」。上手な切り替え方法はないものでしょうか。 そんなときに読んだのが、佐渡島庸平さん、石川善樹さん、羽賀翔一さんが「感情」について語り合った『感情は、すぐに脳をジャックする』。 タイトルが、そのものズバリのドンピシャ。自分の中に湧き上がる「感情」を、ジッとみつめながら読みました。 ☆☆☆☆☆ 『感情は、すぐに脳をジャックする』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 第1章から第3章までは佐渡島さんによる、「感情」の考察論と、石川さんのコラム。第4章と第5章は、各「感情」を掘り下げて考察する鼎談です。 本の中で佐渡島さんが紹介されている、プルチック博士が考案した「感情の輪」を使ったキャラクターやストーリー作りの話がとても興味深かったです。 Wikipediaへのリンク↓ 感情の一覧 - Wikipedia   8つの基本感情と相関する「感情」を描いてから、本当に描きたかった「感情」を描けば、振り幅が大きくなって、より伝わるのではないか、という仮説です。また、少年マンガと青年マンガで描かれる「感情」の違いについての考察もありました。 人間は毎日、毎時間、毎秒、さまざまな刺激を受けて、たくさんの「感情」を抱いているはずなのですが、それはほとんど無意識のうちに流れてしまう。 特に強い「感情」だけが、一日の最後に残っているように思います。 悔しかったり、恥ずかしかったり、悲しかったり、うれしかったり。 こうした「感情」の、なにが、どこが、どうして、自

『ツキアカリ商店街―そこは夜にだけ開く商店街』#974

地球史上、この本ほど、「沼」に引き込む本はあっただろうか。 万年筆好きが必ず通るインク沼。 本好きなら素通りできない特殊フォント。 ファンタジー好きが憧れる妄想商店街。 さまざまな仕掛けで、その世界に引き込まれてしまう『ツキアカリ商店街―そこは夜にだけ開く商店街』。副題には「ガラスペンでなぞる」とありますが、もちろんどんなペンで書いてもOK。 これ、めちゃくちゃハマります……。 ☆☆☆☆☆ 『ツキアカリ商店街―そこは夜にだけ開く商店街』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 本の制作は、「少し不思議」な紙雑貨屋の「九ポ堂」さんです。もともとは活版印刷屋さんだったそう。 九ポ堂 powered by BASE   わたしの中で(勝手に)活版印刷屋さんといえば、ほしおさなえさんの 『活版印刷三日月堂』 でした。もちろん、九ポ堂さんとコラボした作品も制作されています。はぁ、もう、かわいいしかない世界。 印刷博物館×活版印刷三日月堂 コラボ企画展   『ツキアカリ商店街』は、過去のグループ展イベントがきっかけで誕生した、妄想の商店街シリーズをまとめたものです。 ・ツキアカリ商店街 ・雪乃上商店街 ・でんでん商店街 ・ゾクリ町商店街 ・七色珊瑚町商店街 5つの商店街にある、48のお店と57のおはなしが「なぞり書き」できるようになっています。 (画像はAmazonより) おはなしに合わせてインクを選ぶのも楽しいですし、書体や紙自体もたくさんの種類があるので、書き味の違いも楽しめます。 設定もとても細かくて、「雪乃上商店街」は上空2000メートルのところにあるらしい。「でんでん商店街」は雨の日だけオープン。理由は、カタツムリの殻が割れちゃうかもしれないから! 書き込みながら自分だけの一冊がつくれるオリジナリティと、インクやガラスペンへのオタク愛を刺激するポイント満載の本。 なにより、妄想の世界の広がりが心地いい。 休日のリラックスタイムにお試しいただくと……沼へGo!となりますよ。

『一切なりゆき 樹木希林のことば』#971

そういえば、最近「新書」を読んでないかもしれない。 珍しく外出する予定があったとき、気が付きました。理由は単純。家にいる時間が長くなったので、薄い本より分厚い本を読むようになったから。 ここ2年くらい「鈍器本」と呼ばれるほど分厚い本が多く出ていて、中にはベストセラーになっているものもあります。 厚くて高価な「鈍器本」が異例のベストセラー おうち時間の学びに…女性におすすめの一冊も   上の記事にある『独学大全』なんて、寝転んで読むには重すぎるくらい分厚いです……。 「新書」には「新書」の良さがあるんだけどなと思う程度には、「新書」好き。久しぶりに手に取ってみたのは、樹木希林さんの『一切なりゆき 樹木希林のことば』です。 ☆☆☆☆☆ 『一切なりゆき 樹木希林のことば』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 2018年に亡くなられた樹木希林さん。どんな姿を思い出すかは、世代によって違うかもしれません。 わたしは富士フイルムのCMのイメージが強いです。毎年お正月前になると、岸本加世子さんとの楽しいやり取りのCMが流れていたんですよね。 「美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに」というキャッチフレーズは、当初は「美しくない方も美しく」だったものを、希林さんの提案で修正したものだとか。 こうした他者への想像力や感性が、彼女の演技力を支えていたのかもしれないと、本を読んで感じました。 さまざまな雑誌に掲載されたエッセイから、154の言葉を紹介しています。 後ろを振り返るより、前に向かって歩いたほうがいいじゃない、という話に続いて、 「自分の変化を楽しんだほうが得ですよ」 なんて言葉があったり。 ほとんど服などを買わないという希林さんが、 「物を買う代わり、自分の感性に十分にお金をかけるほうがいい」 ということを娘の也哉子さんに伝えていたり。 人生のこと、俳優としてのこと、女として、病を抱えた者として、日々感じていたことからは、途方もなく“人間くさい”姿が感じられます。 巻末には、也哉子さんの「喪主代理の挨拶」も収録。 理解しがたい関係だった両親の、知らなかった一面をのぞいたエピソードには、ホロッとしてしまいました。 「おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」 母から贈られたという、このメッセージ。全人類に伝えたい。

『村田エフェンディ滞土録』#960

「宗教が原因で戦争が起きているのに、宗教に人を救う力はあるんでしょうか?」 大学時代、宗教学の時間にクラスメイトが質問したことがありました。宗教だけでなく、国家のメンツ、資本主義の利権は、多くの争いの元になっています。 「平和」とは、画に描いた餅、決して届かない空の星のようなものなのでしょうか。 梨木香歩さんの『村田エフェンディ滞土録』の舞台は、出身も、宗教も異なる若者が集まるアパートです。 場所は、1890年代のトルコのイスタンブール。 違いを抱えていても、対立するものでも、どちらかがどちらかを飲み込むものでもなく、違ったまま両立することができることを教えてくれる小説です。 ☆☆☆☆☆ 『村田エフェンディ滞土録』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 遺跡発掘のため、トルコに留学した村田くん。下宿先ではイギリス人の女主人・ディクソン夫人、ドイツ人考古学者・オットー、ギリシャ人の研究家・ディミィトリス、トルコ人の下働き・ムハンマドと一緒に生活している。ある日、ムハンマドが鸚鵡(おうむ)を拾ってきて……。 梨木香歩さんらしい、ファンタジーと現実が融合した、しかも異国のスパイスの香りが漂う小説です。代表作のひとつである『家守綺譚』の世界ともつながっています。 (画像リンクです) 西洋と東洋、キリスト教とイスラームと神道、男と女などなど、多くの「違い」を抱えた下宿は、神さま同士もおっかけっこして調和を探るような場所なんです。 ムハンマドが拾ってきた鸚鵡の傍若無人ぶりも、クスッとさせてくれます。「こいつ、なめてんのか!?」と言いたくなるような鸚鵡なんですが、コイツが話せる言葉は、ラストシーンにつながっていきます。 “見えないもの”をないものとし、自分の信じたいものだけを正しいと主張することが、どれだけ貧しいことなのか。見たいものだけ見る世界が、どれだけ歪んでいるのか。 ディミィトリスが村田くんに教えてくれる言葉があります。 “我々は、自然の命ずる声に従って、助けの必要なものに手を差し出そうではないか。 この一句を常に心に刻み、声に出そうではないか。 『私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』と。” 背景が違うからこそ、議論を尽くし、分かり合おうとする異国の青年たち。村田くんが帰国した後、戦争が勃発。 日本で友の無事を祈るしかない村田くんの

『おいしい味の表現術』#957

テレビの食レポを見るとき、どこに注目していますか? うちのダンナ氏は古い世代のせいか、お箸の持ち方が気になるそうです。食いしん坊のわたしはもちろん、どんな味なのか、です。 「ふわトロ~」や「ヤバいー」といった、味に関する言葉は広がっているように思いますが、はたして本当に「その味」を表現できているのだろうか。 そんな疑問から、味を表現する言葉を分析した本が『おいしい味の表現術』です。 ☆☆☆☆☆ 『おいしい味の表現術』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ こうして毎日ブログを書いていると、自分にとって使いやすい表現が出てきます。これをわたしは「逃げの言葉」と呼んでいて、一度書いた後に、「他の言葉で表現するとどうなる?」を考えることにしています。 もともと、この「1000日チャレンジ」を始めた時に決めていたのは、 ・すごい ・おもしろい ・かわいい という、とても使いやすいけど、何も言っていないに等しい言葉を使わないことでした。 決めたはいいですけどね。 大変やし!!! 同じレベルで語るのもあれですが、食レポをされる方も大変だろうなーと思います。 日本語には、基本五味(甘味・塩味・酸味・苦味・旨味)があり、ほかに五感を使った共感覚表現があります。「こんがりキツネ色に揚がったクリームコロッケ」の「こんがりキツネ色」が視覚を使った表現ですね。 こうした味にまつわる言葉を、ひとつひとつ分析した本なんです。 著者の「味ことば研究ラボラトリー」とは、「味にまつわる言葉を研究し、情報交換をしている言語研究者集団」とのことで、認知言語学やレトリックの専門家がおられます。 わたしの大好きなおやつ「ポッキー」という商品名に含まれる、「ポキッ」というオノマトペが、聴覚と触覚を刺激しているだなんて。 「おいしい」を表す言葉の数々にも規則性や傾向があって、どの要素を、どの順番で並べると「おいしい」が高まるのかなど、ヨダレが出そうな話がいっぱいでした。 言葉の森は奥深いけど、味の世界は歩いていて楽しい道ですね。 類書に、ソムリエの田崎真也さんが書かれた『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』があります。こちらは、「おいしい」をどれだけ違う言葉で表現するかに焦点を当てた内容。「逃げの言葉」を使わないようにしようと決めたのも、この本がきっかけでした。 自分に負荷をかけよう『言葉にして伝える技術――ソ

日常を変えるユーモア『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』 #80

「世界は誰かの仕事でできている。」 この缶コーヒーのコピーを見たとき、ジ~ンとしたんですよね。大きい金額が動く仕事、実現が難しい仕事、身体を酷使する仕事、ひとりではできない仕事……。 世の中にはいろんな仕事があって、内容は本当にさまざまで、そのどれかひとつが欠けたら世界は今の形になっていないかもしれない。 こういうモノの見方をしたいなーと感じたのです。 このコピーを書いたのは、梅田悟司さん。ご自身にお子さんが生まれたことで4か月の育児休暇を取得。その際に「名もなき家事多すぎ」というツイートをされていました。 育休を4ヶ月取得して感じたこと ・授乳以外は男性もできる ・子ども慣れしてないは甘え ・子育ては2人でやってちょうどいい ・名もなき家事多すぎ ・育児での凡ミスは死に直結 ・24時間、緊張状態が続く ・会話できる大人は命綱 ・職場の方が落ち着く ・仕事の方が楽 ・仕事の方が楽 ・仕事の方が楽 — 梅田悟司/『名もなき家事に名前をつけた』9/17発売! (@3104_umeda) April 11, 2019 そんな限りなく多い「名もなき家事」に梅田さんが命名され、一冊の本にまとめられたのが、『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』です。長い。笑 ☆☆☆☆☆ 『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ あ、それも家事なんだというささいな用事に、「タッパー神経衰弱」とか、「突然の濡れ場」など、思わずニヤリとしてしまうコピーが付いています。 「ティッシュ格差」や「鍵レーダー」には、(わたしだけじゃなかった!!)という安心感をもらいました。実は、これでいつもダンナに怒られているんです。 ほとんどのものは、3~5分で終わるような、小さな家事。でも、「あぁ、これが面倒だったんです!」という気持ちをすくい上げてもらうだけで、こんなに気持ちが晴れるなんて。ありがとうございます……という気持ちです。 ちなみに、各家事へのワンポイントアドバイスもあります。これがかなりお役立ちですよ。 この本は「家の中のこと」を扱っていますが、たとえば会社の中にもいっぱい「名もなきタスク」はありそうです。コピー用紙を補充したら、包み紙を捨てるとか、ね。 新たな「名もなき家事」も募集されているそうな

自分に負荷をかけよう『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』#75

昨日、ある韓国映画を観ていたら、ゴージャスなワインセラーの裏側に隠し部屋があって…というシーンがありました。しかも、扉を開けるカギは、高級ワインを棚から抜くことなんです。 「ワインボトルは揺らしてはいけない」と思っていたので、斬新な設定だなと笑ってしまいました。 わたしはお酒を飲まないのでワインの味はよく分からないのですが、ソムリエの方がめちゃくちゃ細かくワインの味を表現されているのは聞いたことがあって、素直に感動しました。記憶力と表現力にです。 日本のワインブームを作り出したソムリエといえば、田崎真也さん。テレビの食レポなどでカンタンに使われる言葉に「待った!」をかけた本が『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』です。 ☆☆☆☆☆ 『言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 1983年、第3回全国ソムリエ最高技術賞コンクールで優勝。 1995年、第8回世界最優秀ソムリエコンクールで、日本人として初優勝。 輝かしい経歴を支えたのは「表現する技術」です。たとえば、揚げたてのコロッケを表現する例として、「こんがりしたきつね色がおいしそうですね~」というセリフは、実はなんの“味”も伝えていません。 “きつね色がおいしいわけではないのに、きつね色がおいしさのバロメーターと勘違いしているのです。極端にいうと、高温で揚げれば、中に火が入っていようと、いまいと、表面はすぐきつね色に揚がりますから。” 「視覚」しか使っていないから、見た目を伝えることしかできないわけです。こんな食レポがあふれておる!という怒りの声が聞こえてきそうな本文です。笑 ソムリエとしてそれでは仕事にならないので、田崎さんが実践しているのが、五感すべてを使う「湖トレーニング」です。 まず、「きれいな湖」が目の前にあると考えてください。 ・視覚:湖畔を見渡すと、どんな景色が見えるか。湖面に映るものは何か。 ・聴覚:鳥のさえずりや風の音など、耳に入ってくる音を聴いてみる。 ・臭覚:花や植物、土や空気など、それぞれがどんな香りを放っているか。 ・触感:肌に触れる水や風の感触はどんなものか。周囲の木々や湖の水に触れてみる。 ・味覚:湖にすむ魚や、近くの山で採れるキノコはどんな味がするか。 こうして五感を総動員してものごとを表現する練習をすることで、記憶にも残りますし、誰かに説明する

「#1000日チャレンジ」1日目 山田ズーニー『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 #1

今日から「#1000日チャレンジ」を始めることにしました。 「#1000日チャレンジ」とは、さとなおさんのアニサキス・アレルギーとの闘いを楽しい活動にしようという取り組みのこと。チャレンジの内容は参加者それぞれ。より詳しく知りたい方は、さとなおさんのこちらの記事を参考にしてください。 1000日チャレンジ、始めます|さとなお(佐藤尚之)|note   チャレンジの成就を願う気持ちと、せっかくだからわたしも何かやってみようと思い、こちらのふたつにチャレンジすることに。 キツイこと:本か映画を1000本紹介する できそうなこと:毎日一万歩歩く 「負け続け」から「勝ち」にいく戦略へ。 さとなおさんの #1000日チャレンジ の成就を願って、わたしも始めます! キツイこと:書評1000本書く できそうなこと:毎日一万歩歩く スタート日は2019年7月14日。 2022年4月8日まで。 https://t.co/U4typ28Wh8 — mame3@韓国映画ファン (@yymame33) July 14, 2019 というわけで、初日の書評は山田ズーニーさんの『あなたの話はなぜ「通じない」のか』です。 言いたいことがうまくまとめられない。話が回りくどくいと言われる。「結論から言え」と言われて混乱する。 そんな経験を持つ人は多いと思う。この本は、そんな悩みを持つ人はもちろん、周囲に話しが分かりにくい人がいると感じている人におすすめだ。 ☆☆☆☆☆ 『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ わたしはいま、校閲の仕事をしながら社内研修を担当している。講師をすることもある。 まだ数年にしかならないが、身にしみて感じていることがある。 人は人の話を聞かない。 難易度や理解力もあるだろう。でも、それ以上に、講師とメンバーの間には薄い幕がかかっているような気がしていた。ちなみに、ほとんどの講義は社内の人間に講師を務めてもらっている。 マジメな話が続くと寝てしまう。そりゃそうだ。では、とエンタメ要素を増やしてみると、「楽しかった」という感想は増えるが、3日も経てば忘れてしまう。 この間、さまざまな本を読んだり、セミナーに参加したりして、「講師の話し方」に注目してきた。 そんな中で、山田ズーニーさんの『あなたの話はなぜ「通じない」のか』が一番分かりやすくまとまっ