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『ねじ曲げられた「イタリア料理」』#704


「イタリアンの料理人にとって、パスタはカップ麺を作るようなもんらしいですよ!」

知り合いの韓国人が、「息子がイタリアンレストランを開くんですよー」と言ったので、「いつでもおいしいパスタが食べられそうですね」と答えたら、そう諭されました。知らなかったよ、すんません。

まさか「カップ麺」てことはないんじゃないかと思いますが、わたしがイメージできる「イタリア料理」って、実はいろんな文化をミックスして出来上がっているらしいのです。

ファブリツィオ・グラッセッリさんの『ねじ曲げられた「イタリア料理」』は、そんなイメージとしての「イタリア料理」の誤解を解く本です。

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『ねじ曲げられた「イタリア料理」』
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著者のファブリツィオ・グラッセッリさんは、イタリア出身の建築家です。日本の大手ゼネコンで仕事をするために来日し、「イタリア風」と表記される「イタリアもどき」な料理に胸を痛めていたのだそう。

建築家としての仕事はもちろん、大学では西洋美術史の講座を持ち、ピアニスト志望だったためクラシック音楽への造詣も深く、ワインにも料理にも詳しい。

なんだかすごい経歴なのですが、読み始めてすぐのころは、「オーガニック絶対主義者!?」かと思った……。

トマト缶に保存料が入っているなんて!

ピッツァに焦げなんてとんでもない!

と、日本式イタリア料理に怒ること怒ること……。

とはいえ、料理とは、その土地の環境や、食材の保存技術によって進化を遂げてきたものです。「イタリア料理」に欠かせない食材と思われている「トマト」の歴史が、日本の歴史に沿った形で分かりやすく紹介されています。

「オリーブオイル」の歴史も刺激的でした。

以前、「バージンじゃないオリーブオイルを探してるんだけど、近所のスーパーになくてさー」という話をしたら、友人が「バージンじゃないオリーブオイルってなに?」と言っていました。「エクストラ・バージン・オイル」って、もう商品名として認知されているんですね。

「エクストラ・バージン・オイル」とは、いわゆる「一番搾り」のオイルです。風味があるけれど、加熱すると失われやすい成分が入っているので、生で使うのがおすすめだそう。我が家では加熱調理にオリーブオイルを使うことがあるので、「バージンじゃないオリーブオイル」が欲しかったのでした。

ところが、イタリアでは。

バージン・オイルの風味が強すぎて、嫌われていたのだそう。そして、混ぜ物をする業者が多かったため、バージンかどうかより、信頼できる生産者を選んで買うことの方が重要だったのです。

日本の食事情は豊かかもしれないけれど、わたしは無知でした。

「伝統○○」という地域の特産品が、まったくトラディショナルな製法から外れていたり、季節外れに芸術的な美しさをもつ果物が並んでいたりする姿は、持続可能性の視点から見てどうなのか。

「おいしい」「きれい」「正しい」というスローフードのモットーは、空虚なものになってはいないか。

ファブリツィオ・グラッセッリさんの叫びと嘆きは、本を飛び越えて迫ってくるようでした。たしかに、健康的な食べ物が「特権階級」しか手の届かないものなのだとしたら、そんな社会に幸せはないのではないかと思えます。

“大事なことは、本当に質のいい食べ物と、それを生み出すことを可能にする環境とを守るためにはどうすればいいのかということを、真剣に考えなければならない点だ”

かくも愛すべきイタリア料理が「ねじ曲げられた」のは、なぜなのか。鋭い指摘にハッとさせられること多数。そして、「ねじ曲げられた」のはイタリア料理だけではないことにも気が付きました。

息抜きコラムには、「ファブ流」自家製ケチャップの作り方や、アーリオ・オリオ・ペペロンチーノの作り方も紹介されています。

イタリア庶民の食べ物を知りたい方は、ヤマザキマリさんの『パスタぎらい』もおすすめです。

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