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話すとは“聞く”ことなのだ 『本日は、お日柄もよく』 #116


朝から快晴の東京です。「お日柄もよく」という言葉にぴったりの空だったので、原田マハさんの小説『本日は、お日柄もよく』について書こうと思います。

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『本日は、お日柄もよく』
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<あらすじ>
老舗お菓子会社に勤める二ノ宮こと葉は、幼なじみの結婚式で感動的なスピーチをする女性に出会います。彼女は伝説のスピーチライター久遠久美。空気を一変させる言葉に魅せられ、弟子入りすることを決意します。久美の教えを受けながら、初めて抜擢された仕事は、「政権交代」を叫ぶ野党候補者のスピーチライター。こと葉は、有権者の心を動かすスピーチを書くことができるのか!?


スピーチライターという仕事は、ジョン・F・ケネディ大統領の就任演説を書いたセオドア・C・ソレンセンの活躍で有名になったそう。近年、注目された人としては、オバマの大統領就任演説を執筆したジョン・ファブローがいます。

(スパイダーマンやアベンジャーズシリーズで俳優としても監督としても活躍しているファブローおじさんとは別人)


古くからヨーロッパでは、政治家には、スピーチが必須の教養と考えられていました。さまざまな立場、人種、そして不満を抱えている人たちを前に、自分の考えを話す必要があるからです。

でも苦手な王だっています。

スピーチに苦しんだ王を描いた映画が「英国王のスピーチ」です。

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映画「英国王のスピーチ」
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お兄ちゃんが王位より恋を選んでしまったために、英国王になってしまったジョージ6世の物語。彼は吃音に悩んでいて、スピーチが大の苦手。

この映画のいいところは、吃音を「治す」のではなく、「付き合い方」を身につけるところなんですよね。

映画は「話し方」に焦点をあてていますが、『本日は、お日柄もよく』の方は、これに加えて「言葉の選び方」を描いています。

けっこうお気楽なOL生活から一転、スピーチライターの修業をすることになったこと葉のライバルとなるのが、大手広告代理店のコピーライター・ワダカマです。

「言葉は操るものだ」が信条の男。

彼が「師匠」と仰ぐ人物は、「リスニングボランティア」をしている北原正子という人物です。

書く人でもなく、話す人でもなく、「聞く」人なんです。

黙って人の話を聞く、という行為は、その人をまるごと否定せずに受け止めるということ。たぶん話すよりもエネルギーが必要です。でも、「聞く」ことができなければ、コミュニケーションは成立しません。

この小説は、言葉をつむぐという業界のお仕事小説ですが、ドタバタ・アタフタしている主人公に求められるのは「聞く」ことと、「感じる」ことです。

「感動的なスピーチ」を構成する言葉は、聞いて、感じて、すべてを受け止めたお腹の底から生まれてくるのかもしれません。そんな中身の詰まった言葉こそ、人の心を打つのですよね。

誰かが書いた作文を読み上げる政治家。強いだけのフレーズを連呼するコメンテーター。ウケ狙いの品がなくて安っぽいジョーク。わたしの周りには、いかに薄っぺらな言葉があふれているか。あらめてゾッとしました。


最後に大好きなフレーズを。

“困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙は乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している。”

こと葉と一緒に失恋し、言葉に打たれ、再出発する、さわやかな物語。読むときは、ティッシュを片手にどうぞ。

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