「ただいま電話が大変混みあっております。しばらく経ってからおかけ直しください……」
自動応答のアナウンスに、イライラしたことがある人は多いのではないでしょうか。
イギリス北東部の町・ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイクもその一人。映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」の一幕です。
ケン・ローチ監督による、イギリスの緊縮財政政策への痛烈な批判が込められたこの映画は、第69回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。制度に振り回され、貧困に苦しみながらも“助け合う”お隣さんと、杓子定規な対応で弱者を追い込む公務員との対比が描かれます。
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映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」
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心臓を患い、医師から働くことを禁じられたダニエル。国からの援助を受け取るために審査を受けるが、不合格に。仕方なく向かった職業安定所で、担当者ともめているケイティ一家と出会う。複雑な支援制度と申し込み方法にイラついていたダニエルは、ケイティと2人の子どものために家を補修するなどの援助を申し出て、徐々に親しくなっていく。
映画は真っ暗な画面の中、男女が会話するところから始まります。
男:手足は悪くない。カルテを読めよ、悪いのは心臓だ。
女:電話のボタンなどは押せますか?
男:悪いのは指じゃない。心臓だって言ってるだろう。
女:簡単な事柄を人に伝えられないことは?
男:心臓が悪いのに伝わらない。
聞いてるだけでイライラする!!!
徐々に分かってきたのは、男性(ダニエル)は、心臓病のために「働く意志はあるけど、働けない」状態にあること。日本でいう失業手当のようなものを給付してもらうために審査を受けているのです。
ところが、女性(審査担当の職員)のチェック項目にあるのは上記にあるような項目だけ。「心臓が悪くてドクターストップ」という項目がないために、ダニエルは「働く意志はあるのに、働こうとしない」人になってしまうわけです。
態度が悪いと審査結果に影響しますよ、という脅しにも屈せず、「悪いのは心臓だ!」を訴え続けるダニエル。
当たり前やん!!!
結果は、あえなく「就労が可能で、手当は中止」。ありえねー!と思ってしまうのですが、この通知が、どんどんとダニエルを追い込んでいきます。
かつては“揺り籠からお墓まで”の福祉国家として知られていたイギリスですが、現在では年に10万人に上る年金受給者が施設サービスを必要とし、少なくとも4万5千の人たちがケアのために自分の家を売らなければならないという事態に陥っているそう。
日本も他人事ではないですよね。この映画の白眉な点は、誰もが一度は経験したことがありそうな日常のささいな出来事から、助け合い vs. 規則通りの仕事の違いをはっきり描いているところです。
職安で出会ったケイティ親子に同情したダニエルは、家の補修、電気代のカンパ、フードバンクへの案内と、積極的に手を差し伸べます。隣の部屋に住む若者に小言を言いつつ、彼らの商売を応援もする。
ダニエルだけでなく、万引きの事情を忖度して解放するガードマンや、パソコンの使い方を教えてくれる若者がいて、「困ったときはお互いさま」の精神が息づいていることを感じます。
監督のケン・ローチは、徹底したリサーチからキャラクターを作り上げ、わたしたちの隣にもいそうな人の苦難を映画にしました。終盤、ダニエルは立ち上がります。
人間としての尊厳を守るために。
(画像はIMDbより)
政治とは人を幸せにするシステムではなかったのかと、ぢっと手を見るしかなくなるラストシーン。ダニエルやケイティに共感を寄せつつ、わたし自身、「規則だから」を言い訳にしていないだろうかと考えてしまう。ケン・ローチ監督の映画は常に、ただの「現実」を突きつけてきます。
生きやすい社会をつくるのは、わたしたち一人ひとりの仕事だと言わんばかりに。
ケン・ローチ監督の新作「家族を想うとき」は、まだ上映館があります。引退宣言を撤回してまで撮りたいと立ち上がった作品。こちらもぜひ! 胸をつかれる家族の物語です。
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