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『魯肉飯のさえずり』#744


最近では日本でも見かけるようになった「魯肉飯」は、台湾の庶民フードです。甘辛く煮込んだ豚肉をご飯にのっけた丼で、わたしもよくデリバリーしています。

醤油ベースの味付けですが、味の決め手になっているのは香辛料。特に、八角の味と香りが強いんですよね。

んん~台湾!

そう感じるその味を、自分のアイデンティティとして認められるようになるまでの痛みを描いた小説が、温又柔さんの『魯肉飯のさえずり』です。

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『魯肉飯のさえずり』
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<あらすじ>
就活に失敗し、逃げるように結婚を選んだ桃嘉。だが、少しずつ夫との生活にズレが生じてしまう。台湾人の母・雪穂は、なにも言わない娘が心配でならない。日本人の夫と出会い、結婚して日本にやって来たものの、日本語が上手ではないため、思いを十分に伝えることができないでいた。夫とケンカをした桃嘉は、友人に誘われ、台湾の親戚宅を訪れることになり……。


「魯肉飯」は、お店のメニューには「ルーローファン」と表記されていることが多いのですが、これは中国語の読み方。台湾語では「ロバプン」というのだそうです。

タイトルに現われているように、日本語も、中国語と台湾語も、チャンポンになって出てきて、いくつもの文化が折り重なる、風味豊かなお話。でも、序盤は痛みが重なって胸をえぐられるようでした。

「理想的な夫」と結婚したものの、自分の気持ちを正直に言うことができない桃嘉。夫の両親やきょうだいたちも、気を使っているようでいて無神経やろと感じる発言をしています。その中で、孤独を深めてしまうんです。

台湾から日本へやって来て、慣れない環境で子育てをする母・雪穂の孤独も深い。

父の茂吉は、台湾で仕事をしている時に雪穂と出会い、結婚することになりました。初めて家にあいさつに行った時、雪穂の母が作ってくれた魯肉飯を三杯も食べたという人物です。

雪穂にとっては「おふくろの味」である台湾フードを、思春期の桃嘉に拒絶され、傷つく雪穂。

妻となった桃嘉もまた、夫に台湾フードを作って「もっとふつうのご飯がいいな」と言われてしまう。

そんな「魯肉飯」というソウルフードを軸にした、ルーツをたどる旅の小説ともいえます。


小学校の高学年から中学生って、誰かと「同じ」であることに一番敏感になる時かもしれません。少しでも「違う」ことに、脅えてしまう時期ではないでしょうか。

桃嘉もそうでした。

日本語が上手でない母。

具が日本のものではないおにぎり。

台湾人である母が恥ずかしくて、台湾フードも受け入れられなくなってしまうんです。八角というスパイスが、こんなに「涙の味」だとは、思わなかったよってくらい。

「違う」って、豊かなことじゃんと思えるのは、大人の感覚。ティーンエイジャーにとっては、絶望的にセンシティブなことなのです。

著者の温又柔さんは、インタビューで、「普通」とか、「ちゃんとした」といった言葉の抑圧が、小説を書く原点になったと語っています。


タイトルの「魯肉飯」がルーツを象徴するものだとすると、「さえずり」は多文化の豊かさを象徴するものでした。

子どものころから何度も母の実家を尋ねていた桃嘉は、流ちょうではないものの、台湾語も中国語も理解することができます。

でも、母の姉である伯母たちの語らいは、さすがに「さえずり」にしか聞こえない。それを心地いいと感じられた瞬間が、最高に好きでした。

桃嘉に生えてきた、小さな根っこ。いつかきっと、スクスクと育った芽が、桃嘉を内側から支えてくれるのでしょう。

ふと思ったのだけど、日本で暮らすために自分を殺したり、一世の両親に抵抗したりといった小説は、梁石日さんや鷺沢萠さん、崔実さんら、在日文学の特徴でした。『魯肉飯のさえずり』で描かれるのも、やはり「日本人らしさ」への圧力と抵抗です。

つまり、21世紀になっても、まだ「共生」は理想の形を見つけられないのですね……。


わたしはふだん、日本語で会話し、仕事をしていますが、それでも十分に伝えられないな……と感じることは、よくあります。言葉は、思っているとおりには伝わらないし、発した言葉が自分の考えをすべて表せたとも限らない。

だから常に、自分の中に言葉を探し続けています。

同じ言葉を話しているから、すべて分かり合えるなんて幻想です。不自由な日本語の語彙を駆使して自分の思いを伝えようと苦心する雪穂の姿は、「先生!!」と呼びたくなるものでした。

チリチリと針でさされるような世界から、自分のアイデンティティを認める解放の日へ。ほんのり胸があたたかくなって、ほかほかの「魯肉飯」が食べたくなる。

八角はきっと、涙の味がするんだろうな。


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