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『頭の中がカユいんだ』#929


「無頼漢にあこがれてるんです」

新人ライター用の研修を実施した際、慣用句の間違いを指摘したわたしに、こう言った方がいました。

日本語の間違いを修正することと、無頼漢への憧れがどうつながるのか分からず、思わず無言になってしまったことを覚えています。

当の本人は数年後、「あのころは、無頼漢がどんなものなのか分かってなかったみたいっすね~」と言っておりました。

無頼漢ね……と思わずにいられない。

戦前くらいなら、太宰治や坂口安吾が“お手本”なのかな。たしか、伊集院静さんは”最後の無頼派”と呼ばれていたはず。

わたしの中では、天才的「無頼漢」はダントツで中島らもさんでした。

広告プランナーからコピーライターへ、バンドマンをやり、劇団を主宰し、小説も書く。その一方で、鬱に悩まされながら、クスリと酒で身を滅ぼした……という多才な方です。

『頭の中がカユいんだ』は、最初の小説といわれていますが、読んでいる間ずっとエッセイだと思っていました。なんでも泥酔状態で書いたのだとか。

最強の無頼派ここにあり、です。

☆☆☆☆☆

『頭の中がカユいんだ』

(画像リンクです)

☆☆☆☆☆

妻子を残して家出した僕。現実と妄想の間で、つむじのように過ぎていく日々を綴った小説です。けど、体裁は「日記」になっています。

笑いと渋みの強さが強烈で、えぐみとして残るのは、社会の不条理。徹底的に突きつけられるのは、誰かが決めた尺度としての理論。

生きるって、大変だな……と思ってしまいます。久しぶりに読んだら、ダリの美術展に行った後、同じことを考えたのを思い出しました。

むかーしのこと。わかぎえふさんのファンだった友人に連れられ、「リリパットアーミー」の舞台を見に行ったことがあるのですが、帰り道、ふたりで「凡人でよかったね……」と語り合ったものでした。

なんというか、世界の見え方がこんだけ違うと、「苦しい」なんてもんじゃない。文庫版の解説でモブ・ノリオさんが書いておられる言葉が、一番ピッタリくるかもしれません。

“詩に呪われた者が、詩をドブに捨て、開き直って恥をかく営業マンへと生まれ変わった果てに獲得された、語り手<僕>の声の朗らかさ、いさぎよさは、ニヒリズムとロマンティシズムを千鳥足で掠めつつも、双方に砂をかけて立ち去るおっさんの頼もしい脚力に運ばれている。”

「無頼漢」に憧れるなんて、人生を大火傷して生きる覚悟がないとできないもの。だって、天才の頭の中は、かゆいのですから……。




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