「お宅のお子さんは優秀でいいわねー」「いえいえ、甘えてばかりの愚息です」
こんな謙遜の言葉に
「ホント、そうですわねー」
なんて答えたら、一生口を利いてもらえないかもしれない。ではなんて答えるのが正解なんでしょう。
「あらら、そこがかわいいんじゃないですかー」
「将来が楽しみですね」
いい年をしたオトナとして言える言葉はいくつかあるけれど、「それって本心?」と聞かれたら、テヘヘと笑ってしまいそう。
心の中にある感情と、表面に表れる表情やしぐさ、発する言葉は、驚くほど多くのパターンを持っていて、高性能なコンピューターでもまだ追いつけないのです。
そんな難しい組み合わせを、ひとつひとつ覚えなければならなかった少年がいます。
ソン・ウォンピョンさんの小説『アーモンド』の主人公ユンジェは、情動反応の処理と記憶を担っている「扁桃体」が人より小さく、人の感情を理解することができません。怒りや恐怖を感じることができないので、身を守る行動もできない。
『アーモンド』は、おばあちゃんから“かわいい怪物”と呼ばれるユンジェと、もう一人の“怪物”ゴニの物語です。
☆☆☆☆☆
『アーモンド』
☆☆☆☆☆
2020年本屋大賞の翻訳小説部門で第1位に輝いた『アーモンド』。高知県にある本屋さんからも「山中賞」を贈られています。
わたくし高知の本好き書店員、山中です。
— なかましんぶん編集長 (@NAKAMAshinbun) March 11, 2020
半年にいちど、私がみなさんにどうしても届けたい本に〈山中賞〉という個人的な賞を贈ります。
これを機にたくさんの人に知ってもらえますように。
第2回〈山中賞〉はソン・ウォンピョンさんの『アーモンド』です!
発表のようすはこちら!!! https://t.co/UCyerIazvh pic.twitter.com/LMKOjjzgdC
口角が上がっている → うれしいと感じている
表情と感情をパズルのように組み合わせ、「喜」「怒」「哀」「楽」「愛」「悪」「欲」を丸暗記させたお母さん。普通に、平凡に、目立たないようにあることを望みますが、そんなお母さんとおばあちゃんが、通り魔に襲われてしまいます。
血まみれのふたりを見ても、表情を変えることのないユンジェ。
おばあちゃんは亡くなり、お母さんは植物状態に。16歳にして保護者を失ったユンジェの前に現れたのが、もう一人の“怪物”ゴニです。
ゴニは、ユンジェとは対照的に感情的な反応しかできない少年。子どもの頃に迷子になって、肉親と離れて暮らした過去があり、絵に描いたような不良少年に育ちました。
最初はなんとかユンジェを怒らせよう、反応を引き出そうとするゴニですが、それが本当に「できない」と理解してから、因縁めいたふたりの関係が始まります。
映画の脚本を書いていたソン・ウォンピョンさんにとっては、これが初めての長編小説なのだそうです。ご自身の出産と子育て体験で感じたことから構想したのだとか。
人間は人との付き合いを避けて通れない生き物のため、相手の立場を想像することが求められます。いわゆる「社会性」というやつですね。でも、その「社会性」や「想像力」は、はたして人を幸せにするのでしょうか。
だって人は本当のことは言わない。口角が上がっているからといっても笑っているとはかぎらない。“怪物”なんて言葉を使うけれど、孫のことは大事にしているおばあちゃんみたいな人もいる。
人間は普段、どれほどの情報を処理しているのか。
すごく高度なテクニックを駆使しないと社会では生きられないのか。読みながらハッとしました。ユンジェのストレートな物言いは、悪意がないだけに、わたしにとって「当たり前」のコミュニケーションを揺さぶってきます。
そして。
「想像力」によってしか得ることができないものに触れて、心底震えた。
目立たないことを求めたお母さんと、普通の鋳型にはおさまらないユンジェ。愛を知らないゴニもまた、普通の鋳型を拒否しています。
「想像力」のない世界で、「愛」にできることはまだあるのかも。
自分にとっての「当たり前」を捨てることが必要であることは分かっていたはずなのに、ぜんぜん分かっていなかった。コミュニケーションのあり方を一から考え直すきっかけになった本でした。
『アーモンド』は特設サイトが開設されています。著者の言葉や、この本の翻訳者である矢島暁子さんのコメントも掲載されているので、チェックしてみてください。
コメント
コメントを投稿