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世の中は不合理にあふれているけれど、それでも、世界は不思議で美しい 映画「はちどり」 #353


中学2年のとき、わたしは初めて恋をした。

いま考えると、あれは「恋」といえるほどのものだったのかという気もするけれど、初めて「好きな人」という存在が自分の中に生まれたときだったなと思います。

一度だけ一緒に帰ったことがあったんですよね。自転車に乗っておしゃべりをしながら、運動公園の中をグルグル走りました。家の方向が逆だったので、学校の隣にある公園に向かったのですが、なぜ座って話をしなかったんだろう……。

たぶん、ふたりとも照れ屋だったから、かな。

世の中には、景気のよさに浮かれた気分、将来を信じる力のようなものが漂っていて、でもそんなものは、田舎の中学生にはほとんど関係がありませんでした。

なにより我が家は貧乏でした。

冷蔵庫を開けたら、うどんとラーメンが1玉ずつしかなかったことがありました。他にはマーガリンと、マヨネーズだけ。冷蔵庫の明かりが透明のパネルに反射して、とても明るかった。その光景はいまでもはっきり覚えています。

「あぁ、うちにはお金がないんだ」という事実と、冷蔵庫の中の状態がはっきりと結びついた瞬間でした。

原因は父親です。姿を見るのは、1か月に数回。もちろん「仕事」で不在だったわけではないので、たまに家に帰ってきて母と戦闘態勢に入ると、子どもたちは2階の自室にいるように言われました。ケンカしているところを子どもに見せないという、唯一くらいである母のポリシーには助けられた気がします。それでも母の大きな泣き声は聞こえていたのですが。

学校には仲のよい友だちもいました。友だちとケンカをするのは怖かったので、言いたいことがあってもガマンして飲み込むことが多かったように思います。

高校受験までにはまだ時間があるし、小学生みたいなガキンチョ扱いはされない、でもオトナ扱いはされなくて、宙ぶらりんだったかもしれない。

そんな「中学2年生」の風景を、しみじみと思い出してしまう映画が「はちどり」でした。

☆☆☆☆☆

映画「はちどり」

公式サイト:https://animoproduce.co.jp/hachidori/

Amazon:https://amzn.to/3A5RJRc

☆☆☆☆☆

<あらすじ>
1994年、空前の経済成長を迎えた韓国。14歳の少女ウニは、両親や姉兄とソウルの集合団地で暮らしている。学校になじめない彼女は、別の学校に通う親友と悪さをしたり、彼氏とデートをしたり。商売に忙しい両親は、子どもと向き合う余裕がなく、兄はそんな両親の目を盗んでウニに暴力を振るっていた。ある日、ウニが通う漢文塾に、女性教師ヨンジがやって来る。自分の話に耳を傾けてくれる彼女に、ウニは心を開いていくが……。


1994年は、ソウルオリンピックを成功させた韓国が、先進国入りを目指してひた走っていたころです。必死に走り続けるオトナの中で、ただの「中学2年生」でしかないウニは、自分に無関心な人たちに囲まれていました。

家では受験を控えた兄への気遣いでピリピリ。夜遅くまで遊び歩いている姉を叱る声。浮気症の父と母の怒鳴り声。

(画像は映画.comより)

学校ではとても本気になれないスローガンを叫ばされ、クラスメイトからは悪口を言われる。

そして、絶対的な存在と思われていたモノの崩壊。

この事故を入れるために「1994年」という時代設定になったのかなと感じました。日本でいうなら「1995年」や「2011年」のような、当時の価値観を大きく揺さぶる事故が起きた年なのです。

学校でも、家でも、どこにもなじめるところのないウニは、たぶん中学2年のころのわたしの姿に重なります。友だちとトランポリンで遊ぶウニを見ていると、このまま空を飛べればいいのにと思ってしまう。

(画像は映画.comより)

この映画が初の長編となるキム・ボラ監督。アメリカの大学院に通っていたときに昔の夢を見て、幼年期の記憶を集めて作ったのがデビュー作の「リコーダーのテスト」です。「はちどり」は、この映画の主人公ウニが成長して中学生になったという設定。

最初の草稿から3~4年の時間をかけて練り上げ、原稿は10稿まで進んだそうです。「フライド・グリーン・トマト」や「バグダッド・カフェ」のような、女性同士の絆を描きたかったとのこと。

どっちも好きな映画だけど、もしわたしがベストムービーを選ぶなら絶対入れたいと思うほど好きなのが「フライド・グリーン・トマト」。生活に疲れ、グチばかりの主婦だったエヴリンが、老人ホームで出会ったニニーとの交流を通して生きる力を取り戻していく物語です。

「はちどり」にも通じるものがありますが、14歳の絆は、もっと弱くてもろい。

鳥類の中で最も体が小さいグループに属するハチドリという鳥。ウニもまた、社会の中で最も弱い位置にいます。ささいな言葉で、視線で、少しずつ傷ついていく心。暴力的な社会構造の中で、でも、この人は悪魔で、あの人は天使なんて切り分けはできません。

世の中は不合理にあふれているけれど。

それでも、世界は不思議で美しい。

かつて「中学2年生」だったすべての人に観てほしい。


映画情報「はちどり」138分(2018年)

監督:キム・ボラ

脚本:キム・ボラ

出演:パク・ジフ、キム・セビョク、チョン・インギ、イ・スンヨン

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