スキップしてメイン コンテンツに移動

人生を狂わすひき逃げ事件が暴き出したもの 映画「悪の偶像」 #374


甘い×しょっぱいは、無限ループにはまる禁断の組み合わせかもしれません。

ポテチ×チョコ×ポテチとか。

あんこ×バター×あんことか。

そんな禁断の組み合わせを映画で実現したのが映画「悪の偶像」です。

ハン・ソッキュ×ソル・ギョングという、トップスターふたりによる競演に、期待しかない映画を観に行って、期待通りのサスペンスな展開にゾクゾク。そこにオリャーっと切り込んできたチョン・ウヒの迫力。

俳優たちの際だった演技をまとめるイ・スジン監督の演出力に、また新しい才能が来たなー!と感じました。

☆☆☆☆☆

映画「悪の偶像」

DVD

(画像リンクです)

Amazonプライム配信

(画像リンクです)

☆☆☆☆☆

<あらすじ>
息子のヨハンが飲酒運転で人をひき殺してしまったことを知った政治家のミョンヒは、事件をもみ消そうとする。被害者の父親であるジュンシクは、被害者の新妻であるリョナが行方不明であることに不信を持つ。リョナの行方を追ううちに彼女が妊娠していることを知り、なんとかして捜し出そうとするのだが……。


2000年に公開されてヒットした「シュリ」は、日本での韓流ブームを開くきっかけになった映画といわれています。

その映画に主演し、日本でも人気スターとなったハン・ソッキュ。ヤクザな男から情報員まで、幅広い役柄を演じつつ、一貫して「善人」であろうとしていたように感じます。

そしてソル・ギョング。イ・チャンドン監督の社会派ドラマ「ペパーミント・キャンディー」で注目され、そのイ・チャンドン監督が第59回ベネチア国際映画祭で監督賞などを受賞した「オアシス」、「シルミド」などで演技派俳優としての地位を確立しました。

「殺人者の記憶法」もそうでしたが、「社会の落後者」がとても似合う俳優です。そんな言い方あるかよと思いますけど、実際そんな役ばかり演じています。

「善人」ハン・ソッキュを追い詰める、「社会の落後者」ソル・ギョング。ふたりは加害者の父と被害者の父として対立します。

ソル・ギョング演じるジュンシクの息子は精神障害を持っていて、父親がひとりで面倒を見ていました。息子の望むものはなんでも叶えてあげようとする父親なんですよね。

彼が風俗店で働くリョナを気に入ったため、結婚させたり。思春期の頃の、ちょっと衝撃的な親子関係について語る演説が映画の冒頭に流れ、のっけから持っていかれてしまいました。

意思疎通の不在と断絶が繰り返し描かれる中、登場人物たちの執着があぶり出されます。

ハン・ソッキュ演じるミョンフェにとっては、政治家としての「名誉」。

ソル・ギョング演じるジュンシクにとっては、「血筋」。

そしてチョン・ウヒ演じる息子の妻リョナにとっては、「生存」。

それぞれの執着が、この映画の原題である「偶像」という言葉につながっていきます。ラストの演説シーンで使われる言葉は、あえて「正体不明の言語」にしているそう。

韓国にとって一番の英雄であるイ・スンシン将軍の銅像が壊されたことには怒りの声が上がるのに、個人の尊厳はいとも簡単に踏みにじられる。移民への目線、権力者の横暴など、現代社会の格差をアイロニカルに映し出す映画です。

信じるもののために、自らの魂を差し出せるか?

そう問われているような気がしました。

盲目的信頼の対象でしかない「偶像」のために。

闇が闇を呼び、悪がさらなる悪へと引きずり込む。映画としてはちょっと分かりにくいストーリーなこともあって、一度観ただけでは全体がつかめないんですよね。

甘い×しょっぱいの無限ループにはまるように、何度も観たくなってしまう映画です。


映画「悪の偶像」 144分(2019年)

監督:イ・スジン

脚本:イ・スジン

出演:ハン・ソッキュ、ソル・ギョング、チョン・ウヒ、ユ・スンモク、チョ・ビョンギュ、キム・ジェファ

コメント

このブログの人気の投稿

『コロナ時代の選挙漫遊記』#839

学生時代、選挙カーに乗っていました。 もちろん、なにかの「候補者」として立候補したわけではありません。「ウグイス嬢」のアルバイトをしていたんです。候補者による街頭演説は、午前8時から午後8時までと決まっているため、選挙事務所から離れた地域で演説をスタートする日は、朝の6時くらいに出発することもあり、なかなかのハードワークでした。 選挙の現場なんて、見るのも初めて。派遣される党によって、お弁当の“豪華さ”が違うんだなーとか、候補者の年齢によって休憩時間が違うんだなーとか、分かりやすい部分で差を感じていました。 それでも、情勢のニュースが出た翌日なんかは事務所の中がピリピリしていることもあり、真剣勝負の怖さを感じたものでした。 「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちれば“ただの人”だ」とは、大野伴睦の言葉だそうですが、誰だって“ただの人”にはなりたくないですもんね……。 そんな代議士を選ぶ第49回衆議院議員総選挙の投票日が、今週末10月31日に迫っています。   与党で過半数を獲得できるのかが注目されていますが、わたしが毎回気になっているのは投票率です。今回は、どれくらい“上がる”のかを、いつも期待して見ているのですが、なかなか爆上がりはしませんね……。 ちなみに、2017年10月に行われた第48回衆議院議員総選挙の投票率は、53.68%でした。 『コロナ時代の選挙漫遊記』の著者であり、フリーライターの畠山理仁さんは、選挙に行かないことに対して、こう語っています。 “選挙に行かないことは、決して格好いいことではない。” 全国15の選挙を取材したルポルタージュ『コロナ時代の選挙漫遊記』を読むと、なるほど、こんなエキサイティングな「大会」に積極的に参加しないのはもったいないことがよく分かります。 ☆☆☆☆☆ 『コロナ時代の選挙漫遊記』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 昨年行われた東京都知事選で、「スーパークレイジー君」という党があったのをご存じでしょうか? またオモシロ系が出てきたのかしら……と、スルーしてしまったのですけれど、本を読んで、とても真剣に勝負していたことを知りました。300万円もの供託金を払ってまで挑戦するんですもん。そりゃそうですよね。 この方の演説を、生で見てみたかった。もったいないことをしてしまった。 こんな風に後悔しないで済むように、畠...

人生をやり直したい男の誤算が招くコメディ 映画「LUCK-KEY」 #298

名バイプレーヤーとして知られる俳優が、主演を務めるとき。その心中はドッキドキでしょうね……。 映画「ベテラン」や「タクシー運転手 約束は海を越えて」で味のある演技を披露していたユ・ヘジンにとって、初めての単独主演映画が「LUCK-KEY ラッキー」でした。 ☆☆☆☆☆ 映画「LUCK-KEY」 https://amzn.to/3watGNT ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 売れない貧乏役者のジェソンは、将来に絶望して自殺を試みます。が、大家の侵入によって失敗。せめて身ぎれいになってからにしようと銭湯に行くことに。石けんを踏んで転倒した男の鍵をすり替え、男のフリをして暮らそうとしますが……。 原作は内田けんじ監督のコメディ「鍵泥棒のメソッド」。リメイク版の試写会で、観客が提案したタイトルが「LUCK-KEY」で、それがそのまま使われることに決まったのだそう。 ☆☆☆☆☆ 映画「鍵泥棒のメソッド」 https://amzn.to/3jEEotv ☆☆☆☆☆ ユ・ヘジンが演じるのは記憶喪失になった男「ヒョヌク」なのですが、ロッカーの鍵をすり替えられてしまったため、周囲には貧乏役者だと思われています。助けてくれた救急隊員の実家である食堂で働くことになりますが、刀さばきはすごいし、客さばきもうまい。だけど彼自身は俳優として成功し、親孝行しなければとマジメに努力します。 (画像はKMDbより) 一方、鍵をすり替えて逃げ出したジェソンの方は、豪勢な「ヒョヌク」の家にビックリ。贅沢三昧に自堕落に暮らし始めますが、隠し部屋で多くの銃を発見してしまいます。 実は「ヒョヌク」は、100%の成功率を誇る伝説の殺し屋だったのです!!! というお話。とにかくおかしな方へ、おかしな方へと話が転がっていく、コメディです。 (画像はKMDbより) 驚くのはユ・ヘジンの身体能力の高さ。趣味は登山と日曜大工だそうですが、いや、すごすぎやろというくらい、見事なアクションをみせています。 映画では、どう見てもおっちゃんなのに身分証は20代だったり、大部屋俳優から出世しちゃったり。 記憶は失っても、努力の仕方は覚えてるんですよね。 逆に、鍵をすり替えたジェソンは、夢はでっかく、だけど行動力はゼロという青年です。ふたりの対照的な生き方は、入れ替わっても続いてしまう。「幸運の鍵」をつかむには、という部分で、ちょっと身に...

映画「新しき世界」#293

「アメリカに“ハリウッド”があるように、韓国には“忠武路”という町があります」 第92回アカデミー賞で 「パラサイト 半地下の家族」 が脚本賞を受賞した時、ポン・ジュノ監督と共同で脚本にあたったハン・ジュヌォンは、そう挨拶していました。「この栄光を“忠武路”(チュンムノ)の仲間たちと分かち合いたい」。泣けるなー! ハン・ジュヌォンのスピーチ(1:50くらいから) アメリカにハリウッドがあるように、韓国には忠武路というところがあります。わたしはこの栄光を忠武路の仲間たちと分かち合いたいと思います。ありがとう! #アカデミー賞 https://t.co/LLK7rUPTDI — mame3@韓国映画ファン (@yymame33) February 10, 2020 1955年に「大韓劇場」という大規模映画館ができたことをきっかけに、映画会社が多く集まり、“忠武路”(チュンムノ)は映画の町と呼ばれるようになりました。 一夜にしてスターに躍り出る人や、その浮き沈みも見つめてきた町です。 リュ・スンワン監督×ファン・ジョンミンの映画「生き残るための3つの取引」での脚本が評価されたパク・フンジョン。韓国最大の映画の祭典で、最も権威のある映画賞である「青龍映画賞」で、彼自身は脚本賞を受賞。映画も作品賞を受賞し、一躍“忠武路”の注目を浴びることに。 そうして、自らメガホンを取った作品が「新しき世界」です。 ☆☆☆☆☆ 映画「新しき世界」 Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 韓国最大の犯罪組織のトップが事故死し、跡目争いに突入。組織のナンバー2であるチョン・チョンは、部下のジャソンに全幅の信頼を寄せていますが、彼は組織に潜入した警察官でした。この機会にスパイ生活を止めたいと願い出ますが、上司のカン課長の返事はNO。組織壊滅を狙った「新世界」作戦を命じられ……。 あらすじを読んでお分かりのように、思いっきり「ゴッドファーザー」と「インファナル・アフェア」のミックスジュース特盛り「仁義なき戦い」スパイス風味入りです。 無節操といえばそうですけれど、名作のオマージュはヘタをすると二番煎じの域を出なくなっちゃうと思うんです。よいところが薄まっちゃうというか。人気作の続編が、「あれれ?」となるのもそうですよね。ですが。 名作と名作を合わせたら、一大名作が...