「人類滅亡の危機」をテーマにした映画や小説は、そのパニックぶりが見どころです。
映画なら「アルマゲドン」や「ディープ・インパクト」など。小説なら小松左京の『こちらニッポン…』『日本沈没』もありましたね。
昨日ご紹介した凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』を読んで、新井素子さんの『ひとめあなたに…』にも似た光景が出てきたことを思い出しました。
このふたつの小説には派手な(?)パニックシーンがありません。それよりも、もっと普遍的な、人としてのあり方を描いています。
なのに、読ませる。
パニックより怖い。凪良さん自身、「新井素子さんの『ひとめあなたに…』からも影響を受けたと思います」と語っています。
「Web版 有鄰」の凪良さんインタビュー:https://www.yurindo.co.jp/yurin/23907/4
「新井素子さん」といっても、もしかしたら知らない人もいるかもしれませんね。日本SF作家クラブ元会長で、ライトノベルの草分け的存在です。
1981年に出版された『ひとめあなたに…』は、「一週間後、地球に隕石が激突する。人類に逃げ延びる道はない」と知らされた主人公が、歩いて恋人に会いに行く、というお話です。
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『ひとめあなたに…』
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女子大生の圭子は、恋人・朗から突然の別れを告げられた。自分は癌にかかって余命いくばくもない、と言うのだ。翌日、「一週間後、地球に隕石が激突する。人類に逃げ延びる道はない」というニュースが届く。圭子は最後にもう一度、朗に会いに行こうと決意。練馬の家から、彼の住む鎌倉を目指し、徒歩で旅をはじめるが……。
テクテクテクという徒歩の旅で、携帯電話もネットもない時代なので、情報も入らない。話の展開も「徒歩のリズム」な感じです。
鎌倉に向かう途中、圭子はイタかったり、ホラーだったりな4人の女性に出会います。死を前にした人びとの、最後の時間の過ごし方は、「突然別れを告げてきた、めっちゃムカつく恋人」への想いにも影響していきます。
『滅びの前のシャングリラ』では、人類滅亡のニュースが流れた翌日も、通常通り学校に行ったり、会社に行ったりする人びとが登場。「日本的やな……」と笑ってしまった。
役所もちゃんとやっていて、受付では「うちの子は今年受験なのにー! 将来をどうしてくれるのよー!」と叫んでいるママも。
いや、あと一か月しか「将来」がないのよ。
人の脳って、分からないことを受け入れられないという、秀逸な描写でした。
一方、『ひとめあなたに…』には、受験を控えて勉強をがんばっている女の子が登場します。こちらは滅亡までの時間が一週間しかない。なのに、「まだこれだけしかやってない! がんばらなきゃ!」と、あくまで通常運転なんです。
「化け物」とも呼ばれてしまう姿に狂気を感じるのですが、さらにホラーな展開も待っています。
ぜひ、松任谷由実の「チャイニーズ・スープ」を聴いてから読んでください。
もうすぐ出来上がり
あなたのために Chinese soup
今夜のスープは Chinese soup
パニックよりも、恐ろしい人間の狂気。正気を保つために、必死に踏ん張らなければならない危うい世界で、ひたすら問い直される「生きていてよかったのか」という問い。
はたして、圭子は鎌倉で恋人に会うことができるのか。
愛を信じたくなったときに読み返す一冊です。
そう思いたいから。
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