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前だけを見て走ってきたふたりのディスコミュニケーション ドラマ「それでも僕らは走り続ける」 #584


「君の瞳に乾杯」

映画「カサブランカ」の名セリフですが、ハンフリー・ボガートは「Here's looking at you, kid.」と言っているんですね。キザで、不器用で、深い愛を感じるセリフ。歴史に残る「意訳」です。

映像の字幕翻訳は、

正しい翻訳<<<文字数

の世界です。以前、テレビ番組の字幕翻訳をしていた経験からいうと、長セリフなんてあった日には絶望的な気分になります……。『指輪物語』が「ロード・オブ・ザ・リング」として映画化されたとき、字幕がかなりカットされていることが問題になりました。ファンの心理として許せないのは分かる。

でも、入らないんだよー!

“全部”訳すためには、画面全体に字幕を表示してもいいのか!?ということになります。そのため、字幕翻訳家の方は、「意味を読む」ことに長けているのではないかと思います(わたしは三流なのでそのレベルに達してないです)。

ドラマ「それでも僕らは走り続ける」では、そんな字幕翻訳家の仕事をしているオ・ミジュが、陸上短距離選手のキ・ソンギョムと出会います。

「翻訳するより難しいな」

と言ってしまうくらい、言葉の通じないふたり。はたして心を通わせることができるのか、というドラマです。

☆☆☆☆☆

ドラマ「それでも僕らは走り続ける」https://www.netflix.com/title/81318872

☆☆☆☆☆

<あらすじ>
字幕翻訳家のオ・ミジュは、女性蔑視発言をしたファン教授を怒らせてしまい、陸上選手の通訳を無料ですることに。ネット取引でだまされ、品物を持ち逃げされそうになったところを助けてくれたのが、通訳することになっていたソンギョム選手と美大生のイ・ヨンファだった。ミジュはソンギョムに好印象を持つが、マネジメントをするソ・ダナ代表からはイヤミを言われ、国会議員の父からは監視料を渡されてしまう……。


若さのドラマという感じですが、映画好きの人にとってはニヤニヤポイントがいっぱいです。冒頭に書いた「君の瞳に乾杯」はもちろん、ジェームズ・ボンドのマネが出てきたり、浴室の扉に「サイコ」のポスターが貼ってあったり。何度か見て発見するたびにちょこっとうれしい。一度で何粒もおいしいドラマといえます。

驚いたのは、オ・ミジュ(“オマージュ”のもじり)を演じるシン・セギョンの英語力です。子どものころから字幕なしで映画を観て、英語の勉強をしたのだそう。

シン・セギョンはYouTubeチャンネルを開設していて、韓国女優として初めてチャンネル登録者100万人を達成しています。お菓子作りが趣味らしく、マカロンを作っている動画の中で、「英語の勉強を再開しました~」と語っていました。

ちなみに、この動画にも英語の字幕が付いています。もう勉強なんてするレベルじゃないんじゃ……と思ってしまいますね。


短距離走は、わずか10秒ほどの勝負にすべてをかける競技です。キ・ソンギョム(イム・シワン)も前だけを見て走ってきたと語っていました。一方のオ・ミジュは、同じシーンを何回も何回も何回も何回も何回も何回も巻き戻す世界に生きているんです。

コミュニケーションの方法がぜんぜん合わない……。

おまけにソンギョム選手は国会議員の父と女優の母、プロゴルファーの姉という一家に生まれたサラブレッド。オ・ミジュはというと、施設育ちの孤児で、腕一本で生きてきました。きっとミジュも、前だけを見て走ってきたはず。

なのになぜ、タイトルは“僕ら”なんだろう……。原題は「Run on」(=走り続ける)なのに。

ファン・ジョンウンさんの小説『何も言う必要がない』(『ディディの傘』収録)では、意識的に「彼女」と「彼」が混ぜて使われています。翻訳された斎藤真理子さんの解説によると、韓国では「彼女」という言葉を使わない作家が増えているそう。

“韓国語にも「彼」と「彼女」にあたる言葉があり、小説などでは「彼女」を使うのが普通だ。(中略)「何も言う必要がない」で初めて女性に「彼」を用いた。最近、英語圏で見られる、theyを三人称単数として使うケースとも呼応していると見ていいだろう。”

韓国ドラマが海を渡ってDVD化されたとき、ピンクに染まるナゾも含めて、言葉の使われ方には敏感でありたいと思ったのでした。




ドラマ情報「それでも僕らは走り続ける」JTBC全16話(2020年)

監督:イ・ジェフン

脚本:パク・シヒョン

出演: イム・イワン、シン・セギョン、チェ・スヨン、カン・テオ

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