この女性は、なにから逃げているんだろう。そして、どこへ逃げているんだろう。
ホン・サンス監督の作品をすべて観ているわけではないですが、新作の「逃げた女」は、いい意味で一番“分かりやすい”映画かもしれないと感じていました。
でも、あらためて考えてみると、じわじわと疑問がわいてきます。
第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で、最優秀監督賞である銀熊賞を受賞した映画です。
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映画「逃げた女」
http://nigetaonna-movie.com/
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ソウル郊外に住む先輩の家を訪ねたガミ。焼き肉をしながらおしゃべりし、一泊することに。別の日には、気楽な独身生活を謳歌する先輩のスヨンを訪ねる。夫のことを聴かれたガミは、夫が出張中であること、5年の結婚生活の間、夫と離れるのは今回が初めてだと語り……。
ホン・サンス監督常連のキム・ミニが、今作でも主演を務めています。
手土産を携え、先輩の家を訪ねるガミ(キム・ミニ)。先輩とのおしゃべりがメインの映画なのですが。
「愛する人とは何があっても一緒と夫が言うから」
何度も繰り返されるこのセリフ自体が、どんどんと疑わしいものに思えてきます。
(画像は映画.comより)
それが「愛」だと信じたいだけなのでは……。
ガミ自身が、その言葉を信じていないのでは……。
「わたしたち、そんなに親しかったっけ?」
なんて、とつぜんの訪問に本音をこぼす先輩もいるくらい。
タイトルになっている「逃げた女」とは、主人公であるガミのことだと思われますが、ガミは特に用事もないのに、フラフラと先輩の家を訪ね歩いているだけ。そのひょうひょうとした存在感が、キム・ミニの特徴といえば特徴なのですけど、話が進むにつれ、不安を感じさせるのです。
(画像は映画.comより)
これまでのホン監督作品は、ダメンズなこじらせ中年男が主人公なことが多かったんですよね。しかも、職業は「映画監督」。ホン監督自身を反映させたのであろうキャラクターが、女性たちに小突き回される姿に、ほんのりと笑いを誘われたものでした。
ですが、「逃げた女」は、ほぼ女性しか登場せず、えんえんとおしゃべりしているだけの会話劇です。女性のおしゃべりって、話題があっちにいったり、こっちにいったりすると言われますが、ホントにそんな感じです。
そこへ、「闖入者」としてやって来るのが「男性」です。スクリーンの中では背中越しにしか映らず、ほとんど顔も映してもらえません。
(画像は映画.comより)
女にしか分からない世界に表われた、「異星人」のような扱いなんです。女の論理に、男との論理を振りかざすだけで、両者はまったくかみ合いません。
こじらせ続けたホン監督の現在地は、ここなのか。
思わずそう感じてしまうくらい、根っこには「イヂワル」気分がありそう。
韓国ドラマといえば、ドロドロの復讐劇。韓国映画なら凄惨なノワールか、爽快なエンタメ劇が有名ですが、ホン監督の世界は、また格別。内省の視点が紡ぎ出す、コミュニケーションの不条理が、ほんのりとした居心地の悪さを感じさせるのです。
映画情報「逃げた女」77分(2020年)
監督:ホン・サンス
脚本:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョ、キム・セビョク
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