スキップしてメイン コンテンツに移動

『愛を描いたひと イ・ジュンソプと山本方子の百年』#764


「会えない時間が愛 育てるのさ~♪」

と、郷ひろみは言うけれど。

やっぱり毎日会って、おしゃべりをして、散歩をして、一緒にご飯を食べたい。

外食ができなくなったため、最近ではテレビの時代劇を見ながら夕飯を食べるのが、我が家の日課です。ケンカをしていても、イラッとすることがあっても、ダンナとなら一緒にご飯を食べているうちに、まぁなんとかなってしまう。

わたしにとっては、これが「普通の生活」なんですよね。

そんなささやかな当たり前を崩してしまうのが、戦争です。


今日、8月15日は76回目の「終戦の日」です。


韓国では、“光”が“復活”した日という意味の「光復節」と呼ばれています。

やっと植民地支配から解放され、ボロボロになった故国を立て直そうと喜ぶ人たちは、とにかく命が脅かされることはなくなった……と、思っていたのに。

1950年6月25日、再び戦争が始まります。

日本と韓国、そして38度線の向こう側にある北朝鮮。複雑な国家間の駆け引きに翻弄された、韓国人の画家がいました。

大貫智子さんの『愛を描いたひと』は、イ・ジュンソプという韓国人画家と、その妻・山本方子さんの「愛」を追ったノンフィクションです。

☆☆☆☆☆

『愛を描いたひと イ・ジュンソプと山本方子の百年』
https://amzn.to/3fY7xNJ

☆☆☆☆☆

1916年に現在の北朝鮮の町で生まれ、1956年にソウルで亡くなった画家イ・ジュンソプ。

知らなかったけど、2014年に「ふたつの祖国、ひとつの愛-イ・ジュンソプの妻-」として映画化されていました。

☆☆☆☆☆

ドキュメンタリー映画「ふたつの祖国、ひとつの愛-イ・ジュンソプの妻-」
https://amzn.to/2UhQoqF

☆☆☆☆☆

予告編には方子さんの姿もあります。



著者の大貫智子さんは、毎日新聞の記者をされている方です。ソウル特派員時代、国立現代美術館で行われた展覧会で絵を見たことをきっかけに、イ・ジュンソプの生涯を追いかけるように。

大貫さんが見たのは、タバコの包み紙に描いた、家族の姿でした。そして、日本で暮らす妻と息子に当てた膨大な手紙。

(画像はAmazonより)

戦時中は、紙を手に入れるのも、絵の具を手に入れるのも、簡単なことではありません。そのため、愛煙家のイ・ジュンソプは、タバコを包んでいる銀紙に傷をつける方法で絵を描いていました。

習作のつもりだったのかもしれませんが、後に、アジア人で初めて、アメリカのニューヨーク近代美術館(MoMA)に作品が所蔵されることになります。

(画像はAmazonより)

上の「黄牛」の絵は、韓国語の教科書に掲載されていたのか、わたしも見たことがありました。生の力強さ、いまにも「モォォォ~」という声が聞こえてきそうな口元。一度見たら忘れられないインパクトがありますよね。

韓国ではよく知られている画家ですが、その生涯は誤解されている部分も多いのだそうです。特に、息子を連れて日本に帰ってしまった妻・山本方子さんについてです。

ふたりが出会ったのは、1939年。日本の文化学院でした。

美術を学ぶために留学してきたイ・ジュンソプと、筆を洗う水場で出会った方子さん。親しくなり、デートしたりしますが、戦争が激しくなったため、イ・ジュンソプは帰郷。その後、方子さんは、彼を追って元山(現在の北朝鮮にある町)に渡り、結婚します。

ふたりの子どもが生まれますが、朝鮮戦争が勃発。元山から釜山へと避難する様子は、ファン・ジョンミン主演の映画「国際市場で逢いましょう」そのものです。

(画像はKMDbより)


釜山からさらに済州島へ避難したものの、生活苦から再び釜山へ戻ります。

イ・ジュンソプという方は、天才的に絵が上手かったけれど、およそ生活力がないんですね……。子どもが栄養失調状態になったことを機に、方子さんと息子たちだけが「先に」日本に帰ることになります。

「またすぐ会えるよ」

その言葉を信じ、船に乗るのです。でも、その時代、国交のない日本と韓国は、自由に行き来できる関係ではありませんでした。

資金を貯めてはだまし取られ、協力者を見つけるも、進展はせず。ヤキモキしながらも、息子たちに送る絵手紙には、父の愛情があふれています。

日本行きの資金を作るため個展を開催し、大成功しますが、集金ができない。いやー、画家本人にそんな俗世間的なことはムリやろ……。

そして、最後の希望が消えた時、イ・ジュンソプの生きる力も消えてしまう。

夭折した天才画家として知られるイ・ジュンソプ。有名人とはいえ、第二次世界大戦と朝鮮戦争の時代を生きた人です。避難を繰り返し、極貧生活を送っていたため、残された手記などはない。

そこで大貫さんはコツコツと集めた、かつての芸術仲間の言葉や、学芸員の説明を頼りに、その生涯をひとつずつ開いていきます。

イ・ジュンソプの暮らしを、なによりも鮮やかにみせてくれたのが、家族に送った200通を超える手紙でした。

ひとり残されてからは、「手紙が遅い」と言って拗ねたり、「冷たい」と言って怒ったり。ツンデレな姿が愛らしいのですが、彼との暮らしを語る方子さんがまた、めちゃくちゃ愛らしいんです。

インタビューしながら、きっと大貫さんも微笑んでしまったのではないかと思うほど、愛する夫を語る姿はポカポカした光に包まれているようでした。


長い長いふたりの歴史ですが、一緒に暮らしたのは7年ほど。その後は、文通でお互いの状況を語り合っていました。

ただひたすらに、会える時を待ち、お互いを信じる。大貫さんの記述からは、ふたりの強い強い愛が感じられます。

ドラマよりもドラマチックな展開は、できれば韓国語に翻訳して、韓国で出版してほしい。さまざまに誤解されている事柄の、真実の姿が伝わることを祈るばかりです。


わたしは結婚して21年になります。毎日ダンナとおしゃべりをして、散歩をして、一緒にご飯を食べるこの生活が、わたしにとっての「普通の生活」です。こんなささやかなことさえ、イ・ジュンソプと方子さんは叶えることができませんでした。

国家の都合に翻弄された、ふたりの愛の物語を読んで。

どうか、この先も、このささやかな当たり前が続きますようにと、願わざるを得ません。そのためには、戦争のない日々がずっとずっと続かなければならない。

また、新型コロナウイルスによって、会いたい人に会えないことがあるのだと知った一年でもありました。

「普通の生活」が続きますように、ではなく、続けるのだという意志を持って、76回目の「終戦の日」を過ごしたいと思います。


コメント

このブログの人気の投稿

人生をやり直したい男の誤算が招くコメディ 映画「LUCK-KEY」 #298

名バイプレーヤーとして知られる俳優が、主演を務めるとき。その心中はドッキドキでしょうね……。 映画「ベテラン」や「タクシー運転手 約束は海を越えて」で味のある演技を披露していたユ・ヘジンにとって、初めての単独主演映画が「LUCK-KEY ラッキー」でした。 ☆☆☆☆☆ 映画「LUCK-KEY」 https://amzn.to/3watGNT ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 売れない貧乏役者のジェソンは、将来に絶望して自殺を試みます。が、大家の侵入によって失敗。せめて身ぎれいになってからにしようと銭湯に行くことに。石けんを踏んで転倒した男の鍵をすり替え、男のフリをして暮らそうとしますが……。 原作は内田けんじ監督のコメディ「鍵泥棒のメソッド」。リメイク版の試写会で、観客が提案したタイトルが「LUCK-KEY」で、それがそのまま使われることに決まったのだそう。 ☆☆☆☆☆ 映画「鍵泥棒のメソッド」 https://amzn.to/3jEEotv ☆☆☆☆☆ ユ・ヘジンが演じるのは記憶喪失になった男「ヒョヌク」なのですが、ロッカーの鍵をすり替えられてしまったため、周囲には貧乏役者だと思われています。助けてくれた救急隊員の実家である食堂で働くことになりますが、刀さばきはすごいし、客さばきもうまい。だけど彼自身は俳優として成功し、親孝行しなければとマジメに努力します。 (画像はKMDbより) 一方、鍵をすり替えて逃げ出したジェソンの方は、豪勢な「ヒョヌク」の家にビックリ。贅沢三昧に自堕落に暮らし始めますが、隠し部屋で多くの銃を発見してしまいます。 実は「ヒョヌク」は、100%の成功率を誇る伝説の殺し屋だったのです!!! というお話。とにかくおかしな方へ、おかしな方へと話が転がっていく、コメディです。 (画像はKMDbより) 驚くのはユ・ヘジンの身体能力の高さ。趣味は登山と日曜大工だそうですが、いや、すごすぎやろというくらい、見事なアクションをみせています。 映画では、どう見てもおっちゃんなのに身分証は20代だったり、大部屋俳優から出世しちゃったり。 記憶は失っても、努力の仕方は覚えてるんですよね。 逆に、鍵をすり替えたジェソンは、夢はでっかく、だけど行動力はゼロという青年です。ふたりの対照的な生き方は、入れ替わっても続いてしまう。「幸運の鍵」をつかむには、という部分で、ちょっと身に...

『コロナ時代の選挙漫遊記』#839

学生時代、選挙カーに乗っていました。 もちろん、なにかの「候補者」として立候補したわけではありません。「ウグイス嬢」のアルバイトをしていたんです。候補者による街頭演説は、午前8時から午後8時までと決まっているため、選挙事務所から離れた地域で演説をスタートする日は、朝の6時くらいに出発することもあり、なかなかのハードワークでした。 選挙の現場なんて、見るのも初めて。派遣される党によって、お弁当の“豪華さ”が違うんだなーとか、候補者の年齢によって休憩時間が違うんだなーとか、分かりやすい部分で差を感じていました。 それでも、情勢のニュースが出た翌日なんかは事務所の中がピリピリしていることもあり、真剣勝負の怖さを感じたものでした。 「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちれば“ただの人”だ」とは、大野伴睦の言葉だそうですが、誰だって“ただの人”にはなりたくないですもんね……。 そんな代議士を選ぶ第49回衆議院議員総選挙の投票日が、今週末10月31日に迫っています。   与党で過半数を獲得できるのかが注目されていますが、わたしが毎回気になっているのは投票率です。今回は、どれくらい“上がる”のかを、いつも期待して見ているのですが、なかなか爆上がりはしませんね……。 ちなみに、2017年10月に行われた第48回衆議院議員総選挙の投票率は、53.68%でした。 『コロナ時代の選挙漫遊記』の著者であり、フリーライターの畠山理仁さんは、選挙に行かないことに対して、こう語っています。 “選挙に行かないことは、決して格好いいことではない。” 全国15の選挙を取材したルポルタージュ『コロナ時代の選挙漫遊記』を読むと、なるほど、こんなエキサイティングな「大会」に積極的に参加しないのはもったいないことがよく分かります。 ☆☆☆☆☆ 『コロナ時代の選挙漫遊記』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 昨年行われた東京都知事選で、「スーパークレイジー君」という党があったのをご存じでしょうか? またオモシロ系が出てきたのかしら……と、スルーしてしまったのですけれど、本を読んで、とても真剣に勝負していたことを知りました。300万円もの供託金を払ってまで挑戦するんですもん。そりゃそうですよね。 この方の演説を、生で見てみたかった。もったいないことをしてしまった。 こんな風に後悔しないで済むように、畠...

まったく新しい映画体験に思うこと 4D映画「ハリー・ポッターと賢者の石」 #484

映画の公開20周年を記念して、「ハリー・ポッターと賢者の石」が初の3D化されました。体感型の4DXやMX4Dで上映されています。 映画を「配信」するサービスが増え、パソコンやスマホでも映画が観られるようになったいま、「劇場で観る楽しみ」を、最大限与えてくれる上映方法だと思います。 でも、なぜか、4D映画ってモヤッとしてしまう……。 クィディッチゲームの疾走感や、チェスの駒が破壊されるシーンの緊迫感は倍増されていたので、こうした場面の再現率、体感度は以前に比べてかなり上がってきたように感じます。 (画像はIMDbより) それでも、稲光、爆風や水滴など、ストーリーとのズレを感じてしまう。 むかし観た4D映画では主人公が「GO! GO!」と走り出すシーンで、スポットライトがピカピカと点滅していたんですよね。わたしの頭の中で、「パラリラ パラリラ~」という暴走族のバイクの音が再生されてしまいました。 そうしたストーリーとは関係のない効果は減り、洗練されてきた感じはするものの、やっぱりスッキリしないものは残るのです。 4D映画はなぜモヤるのだろうと考えていて、「誰の目線で映画を観ればいいのか混乱する」からかもしれないと気がつきました。 ここで、あらためて4D映画について説明しておきます。 4D映画とは、映画に合わせて光や風などの演出が施された、アトラクション型の「映画鑑賞設備」のことです。 2D映画でも、4D映画の設備で上映されなら、4D映画になります。今回わたしが観た「ハリー・ポッターと賢者の石」は、3D映画の4D上映でした。 日本で導入されている4Dシアターは2種類。韓国のCJ 4DPLEX社が開発した4DXと、アメリカのMediaMation社が開発したMX4Dです。わたしは今回、TOHOシネマズで観たのですが、導入しているのはMX4Dのほうでした。サイトによると、体感できる環境効果はこちら。 特殊効果 ・シートが上下前後左右に動く ・首元、背後、足元への感触 ・香り ・風 ・水しぶき ・地響き ・霧 ・閃光 なるほど、のっけからシートがジェットコースターのように揺れ、風が吹きつけ、地響きも、ふくらはぎに礫が当たるような感触も体験できました。 人間社会で虐待されながら育ったハリー・ポッターは、ハグリットと出会うことで初めて魔法の世界に触れることになります。 ホグワーツ魔...