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『新聞記者、本屋になる』#816


落合さんが「ラーメン屋さん」じゃなくてよかった。

初めてお目にかかってから、実は何度かそう思ったことがありました。

たとえば、

「赤味噌ラーメンに、ニンニクとニラと味玉入れてください」

なんてオーダーをしちゃったら、

「僕が精魂込めて作り上げたスープは塩ラーメンの方がおいしいんだけど、ニンニクなんか入れたらぶち壊しなんだけど、それでもそのオーダーにします?」

と、穏やかに“真顔で”返されそう……。あくまで妄想です。

でも、もし「ラーメン屋さん」だったら、「こだわりの強いガンコなおやっさん」になっていたんではないかと思ってしまう。

落合博さんの本当の姿は、東京の浅草近くにある本屋「Readin' Writin' BOOK STORE」の店長さんです。

「Readin' Writin' BOOK STORE」
http://readinwritin.net/

元新聞記者で、長くスポーツ欄を担当されていたそう。定年前の58歳で退職、本屋を開業されました。

『新聞記者、本屋になる』には、新聞記者時代のことと、本屋の開業準備から現在までの日々が綴られています。

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『新聞記者、本屋になる』

(画像リンクです)

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定年後の生活について、「人生100年時代」の生き方について、考えたことがある人は多いと思います。

10年くらい前、わたしの夫“でぶりん”が唐突に言い出したことがありました。

「早期退職して、居酒屋をやりたい」

早期退職でも、契約社員でも、自分の人生なんだから好きにしたらいいやん、がわたしの意見でしたが、居酒屋は勘弁してほしい。

居酒屋がイヤなのではなく、夫の“でぶりん”は、およそ居酒屋の仕事で必要なことが何もできないからです。

料理はまったくできない。

皿洗いは人生で3回くらいしかしたことない。

利き酒ができるわけでもない。

無愛想でコミュニケーション力ゼロなので接客もムリ。

経理はわたしの方が得意。

けっきょく、居酒屋をやったらすべてをわたしが背負い込むことになるのが目に見えている。だから、上に挙げたもののふたつ以上できるようになったら、その時、もう一度考えましょうと言って終わりました。

こんな風に、「なにかをやりたい」と思っても、道のりを具体化してみると、めんどくさいことがいっぱい待ち構えています。現段階では分からないこと、できないことだって多い。

落合さんは、そのめんどくさいことをひとつひとつ乗り越え、まったく畑違いの「本屋さんオーナー」という道に踏み出したわけです。

本屋さんを始めたいと考えている方はもちろん、お店をつくりたい、独立したい、と考えている方には特におすすめ。

人には聞きにくい、“お金”の話も紹介されています。


落合さんの本屋さん「Readin' Writin' BOOK STORE」には、会社の研修でおこなった「帯1グランプリ」の書籍を置いていただきました。もう3年も前のことになります。


「帯1グランプリ」とは、本のタイトル・著者をすべてカバーで隠し、自分たちがつくったコピーだけで本を選んでもらおうという企画。長い感想文になってしまったり、まとまりがなくなってしまったりするメンバーたちのコピーに、ひとつひとつフィードバックをしていただいたことも。

さすが毎日文章を書き続けていた人は違う。

落合さんらしい文体は、本という長い文章を読むことで、さらに強く感じられました。

淡々と事実を積み上げていく中に、にじむ情景。たぶん“真顔で”繰り出される冗談。ジンジンと沁みる読後感。

今日のブログは、本を読み終えたばかりの高揚感の中で書いているので、いつもよりウキャウキャしている気がしますが、いつか、わたしもこんな余韻のある文章を書けたらな……と思わずにいられません。


新聞記者から本屋さんへと転身された落合さん。ご自分のお店である「本屋さんという空間」をとても大切にされています。

新型コロナの感染拡大によって緊急事態宣言が出された後も、セミナーはなるべくオフライン=店舗でやりたいと考えておられたそう。オンラインにすれば、今までよりも多くの方に参加してもらえる。

でも、オンラインだと、本屋さんの売りである“棚”を見てもらうことができないんですよね。

昨年、初めて緊急事態宣言が出され、わたしの住む町にある本屋さんもすべて休業されました。というか、駅ビルに入っているため、駅ビルが休業を決めちゃうと、否応なく休まざるをえないのでしょうけど。

そんな中、商店街に一軒だけ開いている本屋さんがあって、思わず泣いてしまった。


落合さんの奥さまは、いまだに本屋さんの開業を怒っていらっしゃるそうですが、わたしにとっては、なくてはならない本屋さんです。

「なにかをやりたい」と思っても、始めることがまず大変。ようやくスタートさせても、続けることはもっと大変です。

「Readin' Writin' BOOK STORE」のような明るくて、穏やかで、居心地のいい空間を、ゼロから作り上げ、“棚”を日々変化させ、維持していくことは、普通のことではありません。

お客さまを待つ孤独と、さまざまな工夫の日々。

本好きのひとりとして、エールを送りたい。

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