スキップしてメイン コンテンツに移動

映画「26年」#867


11月23日、韓国の全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が亡くなりました。

このニュースを聞いて、なんとも胸が苦しくなったのは、たぶんわたしだけではないと思います。

全斗煥元大統領は、1979年、クーデターによって大統領となり、7年半にわたって軍事独裁政権を指揮。退任後に逮捕、起訴されましたが、恩赦によりシャバに出てきて、普通に暮らしていました。

出所時にお豆腐を食べたかどうかは、知らんけど。

全斗煥元大統領については、経済を安定成長させた功績もありますが、それ以上に「5・18民主化運動(光州事件)」を指揮した人物、という負の印象の方が強い。

「5・18民主化運動」とは、1980年5月18日に韓国南西部の光州市で起きた事件です。民主化を求めるデモの民間人に向かって戒厳軍が発砲し、数千人が死傷しました。

この事件によって家族を失った女性らの団体「5月の母の家」の事務総長は、「全氏が亡くなったからといって責任もなくなるわけではない。当時の軍幹部で生きている人たちは多い。責任を問わなければいけない」とコメントしたそう。


遺族たちは謝罪の言葉を求めてきましたが、全斗煥元大統領は逆に、光州事件を正当化した回顧録を出版。こちらは名誉毀損だと裁判にまでなっています。

ぶっちゃけ、人気のない大統領だったといえるんですよね。その「支持されない感じ」は、ソン・ガンホ×ムン・ソリ主演の映画「大統領の理髪師」でユーモアたっぷりに描かれています。

☆☆☆☆☆

映画「大統領の理髪師」

DVD

(画像リンクです)

☆☆☆☆☆


同じくソン・ガンホ主演の「タクシー運転手 約束は海を越えて」は、そのものズバリ、事件現場である光州市に乗り込んだドイツ人記者と、彼を送り届けたタクシー運転手の物語です。

☆☆☆☆☆

映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」

DVD

(画像リンクです)

Amazonプライム配信

(画像リンクです)

☆☆☆☆☆

この2本は商業映画としてよくできている映画なんですが、もっとド直球で事件の責任者に迫った映画が「26年」です。こんな話をよく映画化できたな……と思ったら、製作直前にスポンサーが引き上げてしまい、クラウドファンディングで完成させたのだそう。

☆☆☆☆☆

映画「26年」Netflixで配信中
https://www.netflix.com/title/80198771

☆☆☆☆☆

<あらすじ>
1980年5月18日の光州事件から26年後。民間警備会社のキム・ガプセ会長は、大虐殺の被害者遺族であるヤクザのクァク・ジンベ、射撃競技の韓国代表選手シム・ミジン、警察官のクォン・ジョンヒョクの3人を呼び寄せ、極秘プロジェクトを打ち明ける。事件の責任者である「あの男」は、今では警察や警備員に守られ、のうのうと暮らしている。なんとしてでも「あの男」に事件を謝罪させ、恨みを晴らすというが……。


映画の中に「元大統領」の実名は出てきません。が、誰が観ても「あの人」と分かる仕様になっています。「元大統領」を演じるチャン・グァンという、おっちゃん俳優がこちら。

(画像はKMDbより)

全斗煥元大統領の死亡ニュースを伝える日経新聞の記事中、最初の写真と比べてみてくださいませ。映画の中で「あの男」が登場した時、思わず笑ってしまった。


原作はカン・フルのウェブマンガで、独裁政権当時のことを描いているそう。これを大きく脚色し、チョ・グニョン監督が映画にしました。

極秘プロジェクトのために集められたヤクザと、射撃の韓国代表選手、新米警察官というトリオは、事件によって家族を失ったという痛みを共有しています。

でも、未来を生きたいと思う者だっている。

その亀裂が悲劇を拡大させてしまう。事件が、当事者に心の傷を残しただけでなく、その遺族の人生まで奪っていたことがつらい。

歴史的事件を扱う時、どっぷり忠実に描くこともありますが、この映画の場合、「その後」を描くことでうまく距離ができ、人間ドラマとして昇華できたのではないかなと思います。そして、こういう事件を正面から描けるところが、韓国コンテンツの強さなのかもしれませんね。

家族を失い、人生を破壊され、泥をすするように生きてきたメンバーたち。この映画のラストシーンと、全斗煥元大統領死亡のニュースが重なりました。

「民主化の聖地」とも呼ばれる光州市には、「5.18民主化運動記念館」という施設があり、当時の映像や資料が展示されています。留学していた頃、友人たちと訪れたことがあります。友だちのひとりは泣き崩れてしまい、わたしも貧血を起こしました。

韓国という国が、血を流して民主化を実現させたことを感じられる場所です。

「5.18民主化運動記念館」
https://www.518archives.go.kr/jpn/


「5・18民主化運動」が、いかに人の希望を、生きる力を、若さを、幸せになる夢を、恋を打ち砕いたのかについては、イ・チャンドン監督の「ペパーミント・キャンディー」もぜひ。

☆☆☆☆☆

DVD

(画像リンクです)

Amazonプライム配信

(画像リンクです)

☆☆☆☆☆


映画「26年」135分(2012年)

監督:チョ・グニョン

原作:カン・フル

脚本:イ・ヘヨン

出演: チン・グ、ハン・ヘジン、ペ・スビン、イム・スロン、イ・ギョンヨン

コメント

このブログの人気の投稿

映画「新しき世界」#293

「アメリカに“ハリウッド”があるように、韓国には“忠武路”という町があります」 第92回アカデミー賞で 「パラサイト 半地下の家族」 が脚本賞を受賞した時、ポン・ジュノ監督と共同で脚本にあたったハン・ジュヌォンは、そう挨拶していました。「この栄光を“忠武路”(チュンムノ)の仲間たちと分かち合いたい」。泣けるなー! ハン・ジュヌォンのスピーチ(1:50くらいから) アメリカにハリウッドがあるように、韓国には忠武路というところがあります。わたしはこの栄光を忠武路の仲間たちと分かち合いたいと思います。ありがとう! #アカデミー賞 https://t.co/LLK7rUPTDI — mame3@韓国映画ファン (@yymame33) February 10, 2020 1955年に「大韓劇場」という大規模映画館ができたことをきっかけに、映画会社が多く集まり、“忠武路”(チュンムノ)は映画の町と呼ばれるようになりました。 一夜にしてスターに躍り出る人や、その浮き沈みも見つめてきた町です。 リュ・スンワン監督×ファン・ジョンミンの映画「生き残るための3つの取引」での脚本が評価されたパク・フンジョン。韓国最大の映画の祭典で、最も権威のある映画賞である「青龍映画賞」で、彼自身は脚本賞を受賞。映画も作品賞を受賞し、一躍“忠武路”の注目を浴びることに。 そうして、自らメガホンを取った作品が「新しき世界」です。 ☆☆☆☆☆ 映画「新しき世界」 Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 韓国最大の犯罪組織のトップが事故死し、跡目争いに突入。組織のナンバー2であるチョン・チョンは、部下のジャソンに全幅の信頼を寄せていますが、彼は組織に潜入した警察官でした。この機会にスパイ生活を止めたいと願い出ますが、上司のカン課長の返事はNO。組織壊滅を狙った「新世界」作戦を命じられ……。 あらすじを読んでお分かりのように、思いっきり「ゴッドファーザー」と「インファナル・アフェア」のミックスジュース特盛り「仁義なき戦い」スパイス風味入りです。 無節操といえばそうですけれど、名作のオマージュはヘタをすると二番煎じの域を出なくなっちゃうと思うんです。よいところが薄まっちゃうというか。人気作の続編が、「あれれ?」となるのもそうですよね。ですが。 名作と名作を合わせたら、一大名作が...

『JAGAE 織田信長伝奇行』#725

歴史に「if」はないというけれど。 現代にまで伝わっている逸話と逸話の間を、想像の力で埋めるのは、歴史小説の醍醐味かもしれません。 『陰陽師』 の夢枕獏さんの新刊『JAGAE 織田信長伝奇行』は、主人公が織田信長です。 旧臣が残した『信長公記』や、宣教師の書いた『日本史』などから、人間・信長の姿を形にした小説。もちろん、闇が闇としてあった時代の“妖しいもの”も登場。夢枕版信長という人物の求心力に、虜になりました。 ☆☆☆☆☆ 『JAGAE 織田信長伝奇行』 https://amzn.to/2SNz4ZI ☆☆☆☆☆ 信長といえば、気性が荒く、残忍で、情け容赦ないイメージがありました。眞邊明人さんの『もしも徳川家康が総理大臣になったら』には、経済産業大臣として織田信長が登場します。首相である家康を牽制しつつ、イノベーターらしい発想で万博を企画したりなんかしていました。 『もしも徳川家康が総理大臣になったら』#687   『JAGAE』は、信長が14歳の少年時代から始まります。不思議な術をつかう男・飛び加藤との出会いのシーンが、また鮮烈なんです。人質としてやって来た徳川家康をイジる様子、子分となった秀吉との出会いなどなど。 信長のもとに常に漂う、血の臭い……。 これに引きつけられるのは、蚊だけではないのかも。 おもしろいのは、一度も合戦シーンが出てこないことです。信長のとった戦術・戦略は、実は極めてオーソドックスなものだったそう。そこで戦よりも、合理主義者としての人物像を描いているのではないか、と思います。 小説の基になっている『信長公記』は、旧臣の太田牛一が書いた信長の一代記です。相撲大会を好んで開催していたことなどが残っているそうで、史料としての信頼も高いと評価されているもの。 そんな逸話の間を想像で埋めていくのです。なんといっても、夢枕獏さんの小説だから。闇が闇としてあった時代の“妖しいもの”が楽しみなんです。 タイトルになっている「JAGAE」とは、「蛇替え」と書き、池の水をかき出して蛇を捕えることを指しています。 なんだかテレビ番組になりそうな話なんですけど、実際に領民が「大蛇を見た~」と騒いでいたことを耳にした信長が、当の池に出張っていって捜索したという記録が残っているのです。 民衆を安心させるための行動ともいえますが、それよりも「未知なるもの」への...

キャラクター名“画数グランプリ” 優勝したのは!?「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」 #515

劇場版「鬼滅の刃」が話題ですね。 校閲ガールであるわたしにとって、気になるのはストーリーでも、煉󠄁獄さんのかっこよさでも、興行収入でもありません。 漢字が多すぎ!!! ってことです。 たぶん、すべての校閲ガールや校閲ボーイは、トラウマとなる漢字を持っています。変換ミスや同音異義語を見落とした経験を持っているから……。一度やってしまうと、その漢字を見ただけで「ヒッ!」となります。特に画数の多い漢字はつらいんです。 なのに、 「鬼滅の刃」の登場人物は、全員画数多過ぎでしょ!!! 劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編公式サイト 「その刃で、悪夢を断ち斬れ」劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編 絶賛公開中!   主人公は竈門炭治郎。その妹は禰豆子。鬼殺隊仲間は、我妻善逸、嘴平伊之助。「鬼殺隊」という名前からすでに怖そうですよね……。ちなみに一度で変換できなくて、「おに」「ころし」「たいちょう」と入力したので、あの日本酒を思い出しました。 清洲城信長 鬼ころしパックが【全国燗酒コンテスト2020】お値打ち熱燗部門 金賞受賞(2年連続受賞)   そんな「鬼殺隊」最強の剣士・煉󠄁獄杏寿郎さんはやはり、漢字の難しさも最高レベル。さすがは炎の呼吸を使う炎柱です。たぶん「隊長」みたいな役職の人です。 今回の映画の敵は魘夢と猗窩座というヤツで、これまで炭治郎たちが戦ってきた鬼よりはるかに強いヤツらしい。文字だけ見ても強そうですもんね。その鬼を束ねている悪の総帥が鬼舞辻無惨。 読み方分かりませんね……? 手書きできませんね……? 「鬼滅の刃」漢字検定1級をとれたらすごいと思います。このアニメとのコラボグッズは、校正するの、大変そう……。 そこで、緊急企画 「画数グランプリ」を開催 したいと思います! 「漢字辞典online」というサイトにて、各キャラクターの名前の画数を確認してみました。 kanji.jitenon.jp 「竈」という漢字を検索すると、こんな感じで表示されます。 この「画数」を足し上げていくのです。さて、優勝したのは!? (表記は公式サイトを基にしています) * * * 第3位:鬼舞辻無惨 54画 第2位:竈門炭治郎 55画 僅差です! 「魘夢」なんて、「魘」だけで24画もありました。これはぶっちぎるのでは……と思いきや、2文字という名前が仇に。けっこうしぶとい強...