11月23日、韓国の全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が亡くなりました。
このニュースを聞いて、なんとも胸が苦しくなったのは、たぶんわたしだけではないと思います。
全斗煥元大統領は、1979年、クーデターによって大統領となり、7年半にわたって軍事独裁政権を指揮。退任後に逮捕、起訴されましたが、恩赦によりシャバに出てきて、普通に暮らしていました。
出所時にお豆腐を食べたかどうかは、知らんけど。
全斗煥元大統領については、経済を安定成長させた功績もありますが、それ以上に「5・18民主化運動(光州事件)」を指揮した人物、という負の印象の方が強い。
「5・18民主化運動」とは、1980年5月18日に韓国南西部の光州市で起きた事件です。民主化を求めるデモの民間人に向かって戒厳軍が発砲し、数千人が死傷しました。
この事件によって家族を失った女性らの団体「5月の母の家」の事務総長は、「全氏が亡くなったからといって責任もなくなるわけではない。当時の軍幹部で生きている人たちは多い。責任を問わなければいけない」とコメントしたそう。
遺族たちは謝罪の言葉を求めてきましたが、全斗煥元大統領は逆に、光州事件を正当化した回顧録を出版。こちらは名誉毀損だと裁判にまでなっています。
ぶっちゃけ、人気のない大統領だったといえるんですよね。その「支持されない感じ」は、ソン・ガンホ×ムン・ソリ主演の映画「大統領の理髪師」でユーモアたっぷりに描かれています。
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映画「大統領の理髪師」
DVD
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同じくソン・ガンホ主演の「タクシー運転手 約束は海を越えて」は、そのものズバリ、事件現場である光州市に乗り込んだドイツ人記者と、彼を送り届けたタクシー運転手の物語です。
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映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」
DVD
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この2本は商業映画としてよくできている映画なんですが、もっとド直球で事件の責任者に迫った映画が「26年」です。こんな話をよく映画化できたな……と思ったら、製作直前にスポンサーが引き上げてしまい、クラウドファンディングで完成させたのだそう。
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映画「26年」Netflixで配信中
https://www.netflix.com/title/80198771
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1980年5月18日の光州事件から26年後。民間警備会社のキム・ガプセ会長は、大虐殺の被害者遺族であるヤクザのクァク・ジンベ、射撃競技の韓国代表選手シム・ミジン、警察官のクォン・ジョンヒョクの3人を呼び寄せ、極秘プロジェクトを打ち明ける。事件の責任者である「あの男」は、今では警察や警備員に守られ、のうのうと暮らしている。なんとしてでも「あの男」に事件を謝罪させ、恨みを晴らすというが……。
映画の中に「元大統領」の実名は出てきません。が、誰が観ても「あの人」と分かる仕様になっています。「元大統領」を演じるチャン・グァンという、おっちゃん俳優がこちら。
(画像はKMDbより)
全斗煥元大統領の死亡ニュースを伝える日経新聞の記事中、最初の写真と比べてみてくださいませ。映画の中で「あの男」が登場した時、思わず笑ってしまった。
原作はカン・フルのウェブマンガで、独裁政権当時のことを描いているそう。これを大きく脚色し、チョ・グニョン監督が映画にしました。
極秘プロジェクトのために集められたヤクザと、射撃の韓国代表選手、新米警察官というトリオは、事件によって家族を失ったという痛みを共有しています。
でも、未来を生きたいと思う者だっている。
その亀裂が悲劇を拡大させてしまう。事件が、当事者に心の傷を残しただけでなく、その遺族の人生まで奪っていたことがつらい。
歴史的事件を扱う時、どっぷり忠実に描くこともありますが、この映画の場合、「その後」を描くことでうまく距離ができ、人間ドラマとして昇華できたのではないかなと思います。そして、こういう事件を正面から描けるところが、韓国コンテンツの強さなのかもしれませんね。
家族を失い、人生を破壊され、泥をすするように生きてきたメンバーたち。この映画のラストシーンと、全斗煥元大統領死亡のニュースが重なりました。
「民主化の聖地」とも呼ばれる光州市には、「5.18民主化運動記念館」という施設があり、当時の映像や資料が展示されています。留学していた頃、友人たちと訪れたことがあります。友だちのひとりは泣き崩れてしまい、わたしも貧血を起こしました。
韓国という国が、血を流して民主化を実現させたことを感じられる場所です。
「5.18民主化運動記念館」
https://www.518archives.go.kr/jpn/
「5・18民主化運動」が、いかに人の希望を、生きる力を、若さを、幸せになる夢を、恋を打ち砕いたのかについては、イ・チャンドン監督の「ペパーミント・キャンディー」もぜひ。
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DVD
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映画「26年」135分(2012年)
監督:チョ・グニョン
原作:カン・フル
脚本:イ・ヘヨン
出演: チン・グ、ハン・ヘジン、ペ・スビン、イム・スロン、イ・ギョンヨン
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