スキップしてメイン コンテンツに移動

『哲学者に学ぶ、問題解決のための視点のカタログ』#999


近頃、海の向こうでは「哲学」に注目が集まっているそうです。そういえば、本屋さんでも哲学に関する本が増えたような気がしますね。


大学の哲学科は、就職先に困る学科No.1といわれていたのに、稼げない学問がこうして注目を浴びているのには、隔世の感があります。

わたしは大学時代に哲学を専攻していて、上のニュースを見て旧友と、「まさかこんな時代が来るとはね~」と笑い合いました。

クラスメイトのひとりは卒業後に、法学部に再入学し、法律を学ぶことがとても楽しいと言っていたんですよね。

「積み上げていく学問って、何が分かったのか分かっていいのよ~」

たしかに。

哲学は掘り下げていく学問なので、いったい何が分かったのか、何が分からないのか、さっぱり分からないんです。

無知の知、ならぬ、無知の無知、状態。

これを4年間、続けるのですから、けっこう精神的にきます……。

それでも、いまの時代、やはり哲学的な思考力は必要だと感じています。先の見えない時代だから、というのもありますが、それよりなにより、情報が多すぎる時代に自分の「軸」をつくることが大切だと思うから。

大竹稽さんとスティーブ・コルベイユさんの『哲学者に学ぶ、問題解決のための視点のカタログ』にも、帯に大きく「哲学を学ぶな。哲学しろ。」と書かれています。

☆☆☆☆☆

『哲学者に学ぶ、問題解決のための視点のカタログ』

(画像リンクです)

☆☆☆☆☆

紹介されているのは、近代哲学の父と呼ばれるデカルト以降の、33人の哲学者たち。50の視点から、現代の問題を読み解いていきます。

ですが、この本はハウツー本ではありません。「愛」とはなにか、「群衆」とはなにか、「差異」とはなにか、といった各視点から、ひとりの哲学者の思想を紹介。

この哲学者はこう考えてるけど、あなたはどう思う?

と、問いかけられるのです。

哲学は、過去の哲学と自分自身の課題意識とのプロレスみたいなもの……と思ってきましたが、その取っ組み合いこそ「哲学する」ことといえるのかもしれません。

わたしが学生時代に研究していたキルケゴールはというと、たった1行しか出てこない!!!

悲しいしかなかったのですが、なんと。

昨年のほぼ同時期に、キルケゴール研究者・須藤孝也さんによる『人間になるということ キルケゴールから現代へ』という本が出版されました!

(画像リンクです)

哲学が人気って、どうやらホントみたいですね。でも、キルケゴールのテキストって、“解読”するのが大変なのに。

“人間は精神である。しかし、精神とは何であるか?精神とは自己である。しかし、自己とは何であるか?自己とは、ひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係である。あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、そのことである。自己とは関係そのものではなくして、関係がそれ自身に関係するということなのである。”
『死に至る病』より

回文!?とツッコみたくなるくらい、意味が分からない……。そんなキルケゴールの思想から、現代の問題を考えるための本です。


学生時代は、キルケゴールの『反復』という掌編を主なテキストに、『不安の概念』や『あれかこれか』といった本を読みながら勉強していました。

(画像リンクです)

キルケゴールは19世紀の前半に生きたデンマークの哲学者で、思想のベースにはキリスト教があります。『反復』は、『旧約聖書』の「ヨブ記」が大きなウエイトを占めていて、これが分からんことには、「反復する」感動も、それがない絶望も分からん……とドツボにはまってしまいました。

このままでは卒論が書けない!と焦ったので、片っ端から聞いて回ったのです。

ゼミの教授はもちろん、哲学概論の先生、ドイツ語の先生、論理学の先生、心理学の先生などなど、「助けてください!!!」と泣きつき、たくさんの本を勧められました。

遠藤周作に内村鑑三。読みながら名前が怖すぎる……と思っていた九鬼周造。他にも、ロマン・ロランやラカンといった近代哲学者。シモーヌ・ヴェイユは「いま読むと死にたくなるから、止めといた方がいいかも」と言われたので、一番に読みました。

ドストエフスキーは人物相関図を書きながらじゃないとこんがらがってしまったし、サルトルのむかしの翻訳は本当に“嘔吐”しそうなくらいでした。

右往左往して、七転八倒して、もう泣くしかないかなーと、あきらめかけていたころ、島崎藤村の『破戒』を読んで、ようやく光を見出しました。

『破戒』は、被差別部落で生まれ、出自を隠して生きるように父から言われていた主人公が、その戒めを破り、自己に覚醒するという物語です。

(画像リンクです)

この小説のおかげで、「反復する」という“和訳”に違和感があったことに気が付いたんです。そこで原典の用語を、キルケゴール研究が一番進んでいたドイツ語とデンマーク語の辞書を付き合わせて整理。

「反復する」という訳語は、「取り戻す」という意味の方が日本語の意味に合うのではないか?

そんな超生意気なことを卒論に書いて、教授に笑われました……。

そして。

なんと。

一部自ら翻訳されたという、須藤孝也さんの『人間になるということ』を読んでみたら。

『反復』が『受け取り直し』という新訳になっているではないか!!!

わたしにとってはノーベル賞を差し上げたいくらいの驚きでした。


無知の無知なりに格闘した、「哲学する」ということ。いまだに苦しかった記憶が一番にこみ上げてきて、哲学がビジネスに役立つといわれても、正直ピンと来ていません。

唯一いえるのは、考えることの楽しさを知っているってことでしょうか。

正解に対する執着がなくなるのですよ。哲学って。


コメント

このブログの人気の投稿

まったく新しい映画体験に思うこと 4D映画「ハリー・ポッターと賢者の石」 #484

映画の公開20周年を記念して、「ハリー・ポッターと賢者の石」が初の3D化されました。体感型の4DXやMX4Dで上映されています。 映画を「配信」するサービスが増え、パソコンやスマホでも映画が観られるようになったいま、「劇場で観る楽しみ」を、最大限与えてくれる上映方法だと思います。 でも、なぜか、4D映画ってモヤッとしてしまう……。 クィディッチゲームの疾走感や、チェスの駒が破壊されるシーンの緊迫感は倍増されていたので、こうした場面の再現率、体感度は以前に比べてかなり上がってきたように感じます。 (画像はIMDbより) それでも、稲光、爆風や水滴など、ストーリーとのズレを感じてしまう。 むかし観た4D映画では主人公が「GO! GO!」と走り出すシーンで、スポットライトがピカピカと点滅していたんですよね。わたしの頭の中で、「パラリラ パラリラ~」という暴走族のバイクの音が再生されてしまいました。 そうしたストーリーとは関係のない効果は減り、洗練されてきた感じはするものの、やっぱりスッキリしないものは残るのです。 4D映画はなぜモヤるのだろうと考えていて、「誰の目線で映画を観ればいいのか混乱する」からかもしれないと気がつきました。 ここで、あらためて4D映画について説明しておきます。 4D映画とは、映画に合わせて光や風などの演出が施された、アトラクション型の「映画鑑賞設備」のことです。 2D映画でも、4D映画の設備で上映されなら、4D映画になります。今回わたしが観た「ハリー・ポッターと賢者の石」は、3D映画の4D上映でした。 日本で導入されている4Dシアターは2種類。韓国のCJ 4DPLEX社が開発した4DXと、アメリカのMediaMation社が開発したMX4Dです。わたしは今回、TOHOシネマズで観たのですが、導入しているのはMX4Dのほうでした。サイトによると、体感できる環境効果はこちら。 特殊効果 ・シートが上下前後左右に動く ・首元、背後、足元への感触 ・香り ・風 ・水しぶき ・地響き ・霧 ・閃光 なるほど、のっけからシートがジェットコースターのように揺れ、風が吹きつけ、地響きも、ふくらはぎに礫が当たるような感触も体験できました。 人間社会で虐待されながら育ったハリー・ポッターは、ハグリットと出会うことで初めて魔法の世界に触れることになります。 ホグワーツ魔

キャラクター名“画数グランプリ” 優勝したのは!?「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」 #515

劇場版「鬼滅の刃」が話題ですね。 校閲ガールであるわたしにとって、気になるのはストーリーでも、煉󠄁獄さんのかっこよさでも、興行収入でもありません。 漢字が多すぎ!!! ってことです。 たぶん、すべての校閲ガールや校閲ボーイは、トラウマとなる漢字を持っています。変換ミスや同音異義語を見落とした経験を持っているから……。一度やってしまうと、その漢字を見ただけで「ヒッ!」となります。特に画数の多い漢字はつらいんです。 なのに、 「鬼滅の刃」の登場人物は、全員画数多過ぎでしょ!!! 劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編公式サイト 「その刃で、悪夢を断ち斬れ」劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編 絶賛公開中!   主人公は竈門炭治郎。その妹は禰豆子。鬼殺隊仲間は、我妻善逸、嘴平伊之助。「鬼殺隊」という名前からすでに怖そうですよね……。ちなみに一度で変換できなくて、「おに」「ころし」「たいちょう」と入力したので、あの日本酒を思い出しました。 清洲城信長 鬼ころしパックが【全国燗酒コンテスト2020】お値打ち熱燗部門 金賞受賞(2年連続受賞)   そんな「鬼殺隊」最強の剣士・煉󠄁獄杏寿郎さんはやはり、漢字の難しさも最高レベル。さすがは炎の呼吸を使う炎柱です。たぶん「隊長」みたいな役職の人です。 今回の映画の敵は魘夢と猗窩座というヤツで、これまで炭治郎たちが戦ってきた鬼よりはるかに強いヤツらしい。文字だけ見ても強そうですもんね。その鬼を束ねている悪の総帥が鬼舞辻無惨。 読み方分かりませんね……? 手書きできませんね……? 「鬼滅の刃」漢字検定1級をとれたらすごいと思います。このアニメとのコラボグッズは、校正するの、大変そう……。 そこで、緊急企画 「画数グランプリ」を開催 したいと思います! 「漢字辞典online」というサイトにて、各キャラクターの名前の画数を確認してみました。 kanji.jitenon.jp 「竈」という漢字を検索すると、こんな感じで表示されます。 この「画数」を足し上げていくのです。さて、優勝したのは!? (表記は公式サイトを基にしています) * * * 第3位:鬼舞辻無惨 54画 第2位:竈門炭治郎 55画 僅差です! 「魘夢」なんて、「魘」だけで24画もありました。これはぶっちぎるのでは……と思いきや、2文字という名前が仇に。けっこうしぶとい強いヤツでしたが、こ

時を越えた武将の恋と悲劇 「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」 #265

1990年代前後に放送されたトレンディドラマといえば、浅野温子、浅野ゆう子の「W(ダブル)浅野」や、三上博史、柳葉敏郎、陣内孝則、江口洋介、織田裕二、吉田栄作ら、美男美女による恋物語です。 流行の最先端の職業、オシャレな街や、素敵なインテリアの部屋に暮らす主人公たちには憧れました。東京って日本じゃないんだと思ってましたよ。 韓流ブーム全盛期の頃の韓国ドラマは、もうちょっと泥臭い設定でした。 親に捨てられるとか、貧乏のどん底生活とか、家の奴隷のような嫁、強父に逆らえない息子、裏切りを乗り越えて復讐することが生きる目的になっているような、そんな設定が多かったんですよね。 韓国社会自体が成熟したせいか、設定は大きく様変わり。日本のトレンディドラマのような等身大といえばそうだけど、どちらかというと非現実的な設定やお仕事ドラマが増え、それと共に高視聴率の番組も減ってしまったように思います。 そんな中で2016年から放送が始まった「トッケビ~君がくれた愛しい日々~ 」は、ケーブルテレビとしては異例の高視聴率を記録。主演のコン・ユは、百想芸術大賞などの賞を総なめにしました。 900年の時を行ったり来たりしつつ、高麗時代の武将の恋と悲劇を描いたラブコメディです。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」 DVD (画像リンクです) Netflix https://www.netflix.com/title/81012510 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 高麗最強の武士キム・シン(コン・ユ)は、王の嫉妬から逆賊とされ、命を落とす。しかし、不滅の人生を生きる呪いをかけられて蘇ることに。約900年後、女子高生のウンタク(キム・ゴウン)と知り合う。幽霊が見える彼女は、キム・シンをトッケビだと見破り、自分は「トッケビの花嫁」だと主張するのだが……。 「トッケビ」とは、朝鮮半島に伝わる精霊や妖怪のことです。辞書には「小鬼、お化け」と出ているのですが、「鬼」と何が違うねん、「幽霊」との違いはなんや?というツッコミはなしで読んで欲しいのですけど。 「トッケビ」は大衆文化の象徴としてキャラクター路線が進んだそうです。これをモチーフに、壮大なドラマを作り上げたのが、脚本家のキム・ウンスクです。 日本のトレンディドラマのブームを築いた脚本家として名前が挙がるのが、坂元裕二や野島伸司でしょう。同