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夢中がつくる自分の形 『線は、僕を描く』 #62


チャン・イーモウ監督の新作「SHADOW 影武者」を観てきました。カラー映画なのに白黒の水墨画のような景色で、墨の色の奥深さを感じる映画でした。

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映画「SHADOW 影武者」

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黒澤明監督のもとでカメラマンを務めた宮川一夫さんも「白黒映画は単純に言えば、白と黒の2階調ですが、鼠色には無限の色がある」と語っています。

スクリーンいっぱいに広がる映画だからこそ、その「無限」を感じられたのですが、小説となると話は別。アートをテーマにした物語は、読む方も知識が必要で大変だと思っていました。

でも、砥上裕將さんの『線は、僕を描く』は違いました。読みながら、目の前に筆の走りが見えたのです。

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『線は、僕を描く』

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<あらすじ>
両親を交通事故で失い、生きる気力を失った大学生の青山霜介は、アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。湖山に気に入られ、内弟子となるが、湖山の孫・千瑛は、反発。翌年の「湖山賞」をかけて霜介と勝負すると宣言する。


英才教育を受けたはずの千瑛との勝負なんて目に見えてるよ、もしくは、大逆転劇がテーマの物語なんでしょ、と思った方。

この小説の中に広がる世界は、そんなちっぽけな予想をはるかに超えていく熱量と重さを持っています。

気分は高揚するのに、深く沈んでいくような、そんな印象。

水墨画家であり、小説家でもあるという砥上さんだからこそ、組み立てられた世界なのかもしれません。

初めて筆を手にした霜介は、紙に置いた瞬間の色と、にじみと、定着した後の違いに興奮します。

“「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ」”

篠田湖山にそう諭され、ひたすら紙と筆で遊ぶ時間。何度も失敗し、おもしろいと感じるまで続けたこと。この、初めての出会いが、霜介を現実の世界につなぎとめてくれるのです。

両親を失ってひとりぼっちになったことで、食べることにも、学校に通うことにも、興味をなくしてしまった霜介の内面が、徐々に満たされていく様子に、震えるような感動を覚えました。

水墨画とは、筆先から生みだされる「線」の芸術。

描くのは「命」。

水墨画は、油絵などのように下書きをせず、真っ白な紙に一気に筆を走らせて完成させるのだそう。公式サイトにあった動画を見ると、どんな感じで描き上げるのか分かると思います。


よく知らない世界に、小説を通して触れることができるのが、読書の醍醐味だなぁ。

空っぽのコップに何かを入れることで、その形を露わにすることができますよね。同じように、心という形のないものを表現するとき、その中を満たしてくれるものがあれば感じられるのかもしれない。

おもしろいと夢中で自分を満たしたくなる小説です。

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