スキップしてメイン コンテンツに移動

血と暴力のノワール劇 映画「チェイサー」 #334


ひとりの監督と、ひとりの俳優との出会いが、運命を変える。

そんな映画に出会うと、震えちゃいます。

映画「チェイサー」は、ナ・ホンジン監督にとっては長編デビュー作、キム・ユンソクにとっては初の主演作です。韓国のアカデミー賞と呼ばれる大鐘賞で最優秀作品賞などを受賞。キム・ユンソクも主演男優賞に輝き、ふたりともに、その後の映画人生が大きく変わる、「運命の映画」となりました。

☆☆☆☆☆

映画「チェイサー」

Amazonプライム配信

(画像リンクです)

☆☆☆☆☆

<あらすじ>
元刑事のジュンホが経営するデリヘル店から、女たちが相次いで失踪を遂げる。やがて店の客だった青年ヨンミンが容疑者として逮捕されるが、証拠不十分で釈放されてしまい……。


「ユ・ヨンチョル連続殺人事件」と呼ばれている事件を元に映画化。韓国映画らしい、血と暴力のノワール劇です。

ナ・ホンジン監督は漫画を読むのも描くのも好きらしく、映画をつくるようになったきっかけは「頭の中に漫画的なイメージが浮かんで、それを形にした」と語っています。

そのせいか、映画制作において、コンテ作業と編集に異様な執着を見せることで知られています。一説には、韓国の商業監督の中で、編集とリズム感に対する感覚が最も優れた監督の中のひとりと言われているそうです。

元刑事のジュンホを演じているのが、キム・ユンソク。風邪気味だから休みたいと言っている女性をムリに働かせるあたり、前半は血も涙もない冷酷な経営者に見えるんですよね。でも、元刑事の勘から様子がおかしことに気づいてからは、女性たちを取り戻すため、執拗に犯人を追います。

容疑者となったヨンミンを演じるのは、ハ・ジョンウ。これまでの「好青年」感を活かした演技から一転、後半では限りなく残虐なサイコパスの顔に変貌します。コワイ。

(画像はKMDbより)

刑事を辞めてデリヘルの会社をやっている時点で、キム・ユンソク演じるジュンホは、かなりの転落人生を歩んでいる人物。その、モサッとした、人生に疲れている感じがぴったりなんですよね。

一方で、犯人を追う目つきの鋭さには震え上がります。

(画像はKMDbより)

人生終わったかのようなくたびれた中年。いかにも誠実そうでおとなしそうな好青年。キム・ユンソクとハ・ジョンウというキャスティングを最大限に活かした演出だなと感じました。

これまでそれほど大きな役を演じていなかったキム・ユンソクにとっては、大チャンスとなった作品。この映画の成功で、主演作ができるようになりました。

現在公開中の「暗数殺人」では、今度は刑事として、知能犯と対峙しています。知能犯を演じるのはチュ・ジフン。言葉巧みに泥沼に引きずり込むサイコパスなので、刑事映画ですがグロいシーンは出てこない対話劇です。


そして、「未成年」で映画監督にも挑戦。同名の舞台を観たキム・ユンソクが映画化を希望して実現したそうです。


考えてみたら。

「チェイサー」でハ・ジョンウに走り回され、「暗数殺人」でチュ・ジフンに振り回され、キム・ユンソクは「神と共に」シリーズの死神ふたりに翻弄されているわけですね。

ふたりとも、それまでのイメージとは違う役柄に挑戦しているので、キム・ユンソクには相手の演技を引き出す力があるのかも。


映画「チェイサー」 125分(2008年)

監督:ナ・ホンジン

脚本:ナ・ホンジン

出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ


コメント

このブログの人気の投稿

『コロナ時代の選挙漫遊記』#839

学生時代、選挙カーに乗っていました。 もちろん、なにかの「候補者」として立候補したわけではありません。「ウグイス嬢」のアルバイトをしていたんです。候補者による街頭演説は、午前8時から午後8時までと決まっているため、選挙事務所から離れた地域で演説をスタートする日は、朝の6時くらいに出発することもあり、なかなかのハードワークでした。 選挙の現場なんて、見るのも初めて。派遣される党によって、お弁当の“豪華さ”が違うんだなーとか、候補者の年齢によって休憩時間が違うんだなーとか、分かりやすい部分で差を感じていました。 それでも、情勢のニュースが出た翌日なんかは事務所の中がピリピリしていることもあり、真剣勝負の怖さを感じたものでした。 「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちれば“ただの人”だ」とは、大野伴睦の言葉だそうですが、誰だって“ただの人”にはなりたくないですもんね……。 そんな代議士を選ぶ第49回衆議院議員総選挙の投票日が、今週末10月31日に迫っています。   与党で過半数を獲得できるのかが注目されていますが、わたしが毎回気になっているのは投票率です。今回は、どれくらい“上がる”のかを、いつも期待して見ているのですが、なかなか爆上がりはしませんね……。 ちなみに、2017年10月に行われた第48回衆議院議員総選挙の投票率は、53.68%でした。 『コロナ時代の選挙漫遊記』の著者であり、フリーライターの畠山理仁さんは、選挙に行かないことに対して、こう語っています。 “選挙に行かないことは、決して格好いいことではない。” 全国15の選挙を取材したルポルタージュ『コロナ時代の選挙漫遊記』を読むと、なるほど、こんなエキサイティングな「大会」に積極的に参加しないのはもったいないことがよく分かります。 ☆☆☆☆☆ 『コロナ時代の選挙漫遊記』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 昨年行われた東京都知事選で、「スーパークレイジー君」という党があったのをご存じでしょうか? またオモシロ系が出てきたのかしら……と、スルーしてしまったのですけれど、本を読んで、とても真剣に勝負していたことを知りました。300万円もの供託金を払ってまで挑戦するんですもん。そりゃそうですよね。 この方の演説を、生で見てみたかった。もったいないことをしてしまった。 こんな風に後悔しないで済むように、畠...

人生をやり直したい男の誤算が招くコメディ 映画「LUCK-KEY」 #298

名バイプレーヤーとして知られる俳優が、主演を務めるとき。その心中はドッキドキでしょうね……。 映画「ベテラン」や「タクシー運転手 約束は海を越えて」で味のある演技を披露していたユ・ヘジンにとって、初めての単独主演映画が「LUCK-KEY ラッキー」でした。 ☆☆☆☆☆ 映画「LUCK-KEY」 https://amzn.to/3watGNT ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 売れない貧乏役者のジェソンは、将来に絶望して自殺を試みます。が、大家の侵入によって失敗。せめて身ぎれいになってからにしようと銭湯に行くことに。石けんを踏んで転倒した男の鍵をすり替え、男のフリをして暮らそうとしますが……。 原作は内田けんじ監督のコメディ「鍵泥棒のメソッド」。リメイク版の試写会で、観客が提案したタイトルが「LUCK-KEY」で、それがそのまま使われることに決まったのだそう。 ☆☆☆☆☆ 映画「鍵泥棒のメソッド」 https://amzn.to/3jEEotv ☆☆☆☆☆ ユ・ヘジンが演じるのは記憶喪失になった男「ヒョヌク」なのですが、ロッカーの鍵をすり替えられてしまったため、周囲には貧乏役者だと思われています。助けてくれた救急隊員の実家である食堂で働くことになりますが、刀さばきはすごいし、客さばきもうまい。だけど彼自身は俳優として成功し、親孝行しなければとマジメに努力します。 (画像はKMDbより) 一方、鍵をすり替えて逃げ出したジェソンの方は、豪勢な「ヒョヌク」の家にビックリ。贅沢三昧に自堕落に暮らし始めますが、隠し部屋で多くの銃を発見してしまいます。 実は「ヒョヌク」は、100%の成功率を誇る伝説の殺し屋だったのです!!! というお話。とにかくおかしな方へ、おかしな方へと話が転がっていく、コメディです。 (画像はKMDbより) 驚くのはユ・ヘジンの身体能力の高さ。趣味は登山と日曜大工だそうですが、いや、すごすぎやろというくらい、見事なアクションをみせています。 映画では、どう見てもおっちゃんなのに身分証は20代だったり、大部屋俳優から出世しちゃったり。 記憶は失っても、努力の仕方は覚えてるんですよね。 逆に、鍵をすり替えたジェソンは、夢はでっかく、だけど行動力はゼロという青年です。ふたりの対照的な生き方は、入れ替わっても続いてしまう。「幸運の鍵」をつかむには、という部分で、ちょっと身に...

映画「新しき世界」#293

「アメリカに“ハリウッド”があるように、韓国には“忠武路”という町があります」 第92回アカデミー賞で 「パラサイト 半地下の家族」 が脚本賞を受賞した時、ポン・ジュノ監督と共同で脚本にあたったハン・ジュヌォンは、そう挨拶していました。「この栄光を“忠武路”(チュンムノ)の仲間たちと分かち合いたい」。泣けるなー! ハン・ジュヌォンのスピーチ(1:50くらいから) アメリカにハリウッドがあるように、韓国には忠武路というところがあります。わたしはこの栄光を忠武路の仲間たちと分かち合いたいと思います。ありがとう! #アカデミー賞 https://t.co/LLK7rUPTDI — mame3@韓国映画ファン (@yymame33) February 10, 2020 1955年に「大韓劇場」という大規模映画館ができたことをきっかけに、映画会社が多く集まり、“忠武路”(チュンムノ)は映画の町と呼ばれるようになりました。 一夜にしてスターに躍り出る人や、その浮き沈みも見つめてきた町です。 リュ・スンワン監督×ファン・ジョンミンの映画「生き残るための3つの取引」での脚本が評価されたパク・フンジョン。韓国最大の映画の祭典で、最も権威のある映画賞である「青龍映画賞」で、彼自身は脚本賞を受賞。映画も作品賞を受賞し、一躍“忠武路”の注目を浴びることに。 そうして、自らメガホンを取った作品が「新しき世界」です。 ☆☆☆☆☆ 映画「新しき世界」 Amazonプライム配信 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 韓国最大の犯罪組織のトップが事故死し、跡目争いに突入。組織のナンバー2であるチョン・チョンは、部下のジャソンに全幅の信頼を寄せていますが、彼は組織に潜入した警察官でした。この機会にスパイ生活を止めたいと願い出ますが、上司のカン課長の返事はNO。組織壊滅を狙った「新世界」作戦を命じられ……。 あらすじを読んでお分かりのように、思いっきり「ゴッドファーザー」と「インファナル・アフェア」のミックスジュース特盛り「仁義なき戦い」スパイス風味入りです。 無節操といえばそうですけれど、名作のオマージュはヘタをすると二番煎じの域を出なくなっちゃうと思うんです。よいところが薄まっちゃうというか。人気作の続編が、「あれれ?」となるのもそうですよね。ですが。 名作と名作を合わせたら、一大名作が...