子どもの頃、なりたかった職業のひとつが「小説家」でした。自分でも創作をして、絵が得意な友だちにマンガを描いてもらって、クラスで回し読みしたりしていたんですよね。
大人になってからもほんのりとした気持ちは持っていたけれど、夢枕獏さんの『陰陽師』を読んで、スッパリとあきらめました。わたしにはこんな物語は書けないと思ったから。
闇が闇としてあり、人も、鬼も、もののけも、共に存在していた時代。人の心は、ほんの小さな揺れで暗がりに落ちてしまう。取り込まれてしまう。闇への畏れと、人間の業。悲しみとはかなさの中に描き出される、生きることの意味を感じて、おののいたのでした。
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『陰陽師』
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陰陽師とは、平安時代にあった官職のひとつです。陰陽五行思想に基づいた陰陽道によって占筮(せんぜい)や地相などを占う技官でした。陰陽五行思想をものすごーく大雑把にいうと、古代中国から伝来した学問で、天武天皇はその道に長けた人だったそう。
平安時代、陰陽道は国家機密とされていて、政治利用もされていたようです。『陰陽師』は、そんな陰陽師・安倍晴明の活躍を描いた小説。現在、41冊のシリーズが刊行されています。
式神や人形(かたしろ)といった使役のための小道具や、呪符など、神秘的な世界もありつつ、なにより魅了されたのは、晴明と、その親友源博雅とのやり取りです。
酒を酌み交わしつつ、草ボウボウの庭を眺めながら、世情について、人生について、死について、呪(しゅ)について、語り合うふたり。
物語の冒頭は、だいたい博雅が宮廷の噂話や、やっかいごとなどを持ち込んで、「ほぉ、それはあれだな」と晴明が言い、ナゾの解明に乗り出す、というパターン。晴明と博雅は、いってみれば探偵ホームズとワトソンくんのようなコンビなのです。
岡野玲子さんの漫画版は、小説の漫画化というよりも、陰陽師として生きる者の性を感じるストーリーになっています。
ファンによる人気のストーリー投票も行われています。上の公式サイトには夢枕獏さんが選ぶベスト11が。この中にある「鬼小町」「鉄輪」は、わたしも大好きな一篇です。
好きな人と思いを遂げられれば、それで「幸せ」なのだろうか。もし思いが届かなければ。相手が心変わりをしてしまえば。そうしたら、人はどうなってしまうんだろう。
平安の昔も、現代も、変わらない、生きるということ。
現代は闇と光がキッパリと分けられてしまったから見えにくいけれど、呪はいまもそこにあって、わたしを縛っているのかもしれない。
京都には「安倍晴明公」をお祀りする「晴明神社」もあります。この神社のある場所が、晴明の屋敷があったところです。行く度に、博雅との会話を思い浮かべてしまう。
闇が闇としてあった時代。どうしようもなく誘われてしまう小説です。
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