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一途に激しい愛に生きた女の熱い言葉 『風よ あらしよ』 #625


長い、重い、禍々しい。なのにこの小説、とびきりのおもしろさでした。

女性解放家でアナキストの伊藤野枝の生涯を描いた村山由佳さんの小説『風よ あらしよ』です。656ページもあって、本の厚みは4cm。だけど、読書の楽しさを満喫できる一冊です。

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『風よ あらしよ』

(画像リンクです)

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<あらすじ>
福岡県の海沿いの村・今宿村で生まれ育ったノエは、口減らしのために、何度も親戚宅に里子に出されながら育つ。小学校を卒業後、地元の郵便局に勤めたものの、「学校に行かせて欲しい」と叔父に談判。猛勉強の末、上野高等女学校に編入するが、卒業前に結婚相手を決められてしまう。英語教師の辻潤と思いを交わしたノエは、婚家を出奔。辻の家で暮らし始めるが……。


とにかく明治~大正にかけての有名人がいっぱい登場する小説です。

ノエは、女性のための文芸誌『青鞜』の編集者・平塚らいてうに熱烈な手紙を書いて、筆者のひとりとして迎えられ、ペンネームとして「伊藤野枝」を名乗るようになります。

『青鞜』の創刊から110年。アメリカで日本独自のフェミニズムを振り返る流れがあるそうで、こちらの記事でも特集されていました。



辻潤との危うい生活、らいてう自身の恋愛、周到な弾圧作戦などなどで、雑誌の継続も難しくなってしまう中、編集権を握ったのは野枝でした。でも、野枝は大杉栄との不倫について、仲間から激しい非難を受けることになります。

ただ、『青鞜』の理念に惹かれて集まった人たちの中で、ド底辺の庶民の暮らしを経験しているのは、野枝だけなんですよね。物集和子は国学者の娘で、平塚らいてうにいたっては、父が明治政府の高級官吏です。

一方の野枝はというと、生活力のない父と、必死に働いて一家を支える母のもとで育ちました。

我の強さから、里子にもらわれた先でも持て余され、結局、実家に戻されてしまう。大人の理屈に納得せず、貧乏の辛苦をなめ、何一つ自分で決められない、物々交換のような人生。

学びたい。

福岡にいたときも、上京してからも、辻と赤貧の暮らしをしているときも、常に野枝の頭にあったのは、それでした。頭でっかちなお嬢さんたちよりも、野生丸出しの野枝の方が、アナキズムの本質に迫っていたといえるかもしれません。

高等教育を受け、慣習に疑問を持ち、タブーに抗い、自由を求める。

そんなお題目の重みが、ぜんぜん違う。発せられる言葉の数々の熱さは、ヒリヒリするほどです。

おなごの身で、どうしたらあのように傍若無人でいられるのか。どんなふうに生まれついたら、あんな燃える火の玉みたいな眼をして殿方を睨み、まるで対等であるかのような口をきいて自分の考えを主張することができるのか。

野枝を預かった叔母の、野枝を見る目が厳しい……。慣習に従う人びとにとって、「わきまえない女」である野枝は異分子そのもの。

ただ、いまの価値観で読むと、「自由ってなんだ?」という気もしました。日本の代表的なアナキストで、野枝の3番目の夫となる大杉栄の「自由恋愛主義」は、単に下半身がだらしない男の屁理屈やん……。

そんな大杉に同志と認めてもらえるよう、必死に努力し、自分の言葉を獲得していった野枝。「一念岩をも通す」って、このことかと思いました。

一途に激しい愛に生きた女性の物語としても、日本の近代化の一側面をみる歴史小説としても、ガツッと読み応えのある小説です。

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