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『言葉の園のお菓子番 見えない花』#729


エモい。とにかく全部がエモかった。

いや、これまで「エモい」という言葉を聞いても、あんまりどういう感じなのか分かるようで、分からないところがあったのですが。『活版印刷三日月堂』のほしおさなえさんによる、新シリーズ『言葉の園のお菓子番 見えない花』を読んで、こういうことか!と思ったのでした。

テーマは、「連句」です。

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『言葉の園のお菓子番 見えない花』
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<あらすじ>
書店員の職を失った一葉は、仕方なく実家に戻ることに。亡くなった祖母の部屋を整理している途中、自分にあてた手紙をみつける。そこには、祖母が楽しみに通っていた連句の会に、顔を出して欲しいと書かれていた。祖母のノートを頼りに、お菓子を持って連句の会に顔を出した一葉は、少しずつ連句の魅力にはまっていく……。


「連句」とは、最初の句の情景から次の句を想像してつないでいく文芸です。イメージのしりとり、みたいな感じでしょうか。いろいろと決まりがありますが、大丈夫。主人公の一葉だって初めてなんです。ひとつずつ説明を聞きながら、おずおずと参加しています。

連句の会には「インターネット連句」をきっかけに参加したという方もいました。探してみたら「日本連句協会」という団体があって、ネット上の連句の情報も掲載されています。


一葉のおばあちゃんは「連句」だから自分の居場所があったと語っていました。いつも、どんなときも、「No.1」になれない一葉も、「連句」におもしろさをみつけていきます。

前の句のイメージを受け取ってつなげたり、少し飛躍したり。

出来上がった巻をつなげてよむと、小さな宇宙のジグソーパズルのような趣がある。時空を越えたり、パンッと映像が切り替わったりしているんですよね。

「連句」では、飛び抜けてよくできた「No.1」の句よりも、つながりと飛躍の妙が好まれるようです。だから、おばあちゃんも、一葉も、ハマっていったのかもしれません。

ひとつでも欠けてしまえば完成しないジグソーパズルのように、どこかのパーツがエラいんじゃなく、どれもが自分の居場所を見つけるから、ひとつの絵が完成する。

それが言葉によって紡がれていくのですから、読んでいるだけでワクワクドキドキしてしまいます。

『活版印刷 三日月堂』にも、和歌を活版印刷で印刷して本を作る回がありましたが、今回は句を創作する時の「生みの苦しみ」も描かれます。

書店を辞めてから家でブラブラするだけだった一葉。連句の会で知り合った先輩に紹介され、パン屋さんのPOPを描いたことで、少し一歩を踏み出します。このPOP作りもまた、紙選びから書体を考えるところまで、文房具好きの心をくすぐるんですよ。

そしてタイトルにあるように、おばあちゃんは月に一度開かれる連句の会の「お菓子番」だったので、一葉はその役割も引き継ぐことに。これがもー、甘いもの好きの心をくすぐるんですよ。

実在のお店がこれだけ登場するなんて、うれしいしかない。

一月:銀座空也のもなか


二月:麻布豆源の豆菓子


三月:長命寺桜もち


四月:向じま 志”満ん草餅


五月:言問団子


なんてこったい! 六月以降がない!!!

続編を楽しみに待ちたいシリーズが誕生しました。

想像して、言葉を探して、創造する世界。「エモい」って、「生みの苦しみ」を経た手触り感にあるのかも。




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