「朝鮮人は嫌いだけど、ちゅうさんは好きだ」
崔洋一監督の「月はどっちに出ている」。タクシーの運転手をしている在日朝鮮人の青年に対し、同僚がつぶやくセリフは、いまも心に残っています。
「○○人だから」的な言い回しは、よく耳にしますよね。その人が国を代表しているわけでもないのに。
個人としての「人」をみないで、「属性」でもって攻撃する行為、特に韓国や中国に対する悪質なデモは、2011年頃から激しくなりました。
耳を覆いたくなるような言葉で罵る様子を、「ヘイトスピーチ」として紹介したのは、安田浩一さんの『ネットと愛国』がきっかけだそうです。
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『ネットと愛国』
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本は、「在日特権を許さない市民の会(略称:在特会)」の設立から、参加者へのインタビューなどを元に、在特会の実態に迫ったルポルタージュです。
初代会長である桜井誠氏(本名:高田誠)の故郷、北九州の炭鉱町から始まります。子どものころは目立たない少年だったそうですが、一時は「ネット右翼のカリスマ」と呼ばれていました。
彼に大きな影響を与えたといわれる西村修平氏のコメントに、映画「月はどっちに出ている」を思わせるものがありました。
「主権回復を目指す会」という右派系団体のリーダーをしていた西村氏。街頭演説では激しく中国人や韓国人を攻撃しているのに、食事に訪れた中華料理屋さんの中国人女性にはいたわりの言葉をかけているのです。
「体調はどう? 無理して働くなよ」
彼の中でどういう線引きがあるんだろう……。分からん。
そんな西村氏は、多くの活動家にとって「学校」のような存在だったそうで、桜井氏の街宣テクニックも西村氏から学んだものとのこと。
ただ。
在特会のメンバーの場合は、たとえば外国人の店員に対する対応が違います。政治的な問題をふっかけてつるし上げ、ブログで発表していたというのですから、タチが悪い。
西村氏からは、罵声を発することが運動の目的になっており、ビジョンも覚悟もなく、知識も教養もないとバッサリ評されています。
そんな在特会のメンバーは、安田さんのインタビューに対して、積極的に答えてくれる人もいれば、敵とみなして門前払いをした人もいます。
コメントでよく挙がっているのが、「ネットで真実を知った」という言葉です。
見たいものだけ見て、知りたいことだけ知った気になる。そんな情報リテラシーの問題が浮き彫りになるシーンもありました。
この本が出版された2015年頃には、運動に嫌気が差して止める人がいたり、嫌韓デモに対抗するデモも行われたりするようになっていました。ホン・ソンスさんの『ヘイトをとめるレッスン』で「カウンター運動」として紹介される運動は、ヘイトする側を孤立させたと紹介されています。
誰かを貶めることでやっと、居場所をみつけるような人生を送っている人たちにとって、「孤立化」はさらにつらい現実となることでしょう。そして、こういう言動が「かっこ悪い」のだと、もっと伝わればいいのにと思ってしまいます。
たとえば、昨日、東京オリンピックの開会式が行われましたね。色鮮やかな衣装、工夫を凝らしたマスク、選手のうれしそうな表情が、とても感動的でした。
一方で、韓国選手が入場した頃には、案の定Twitterに悪意があふれていました。
いつの時代も、人間は誰かを好きになったり、嫌ったりしてきました。その心の動きにストップはかけられない。
だからこそ、もっともっと「人」としての交流を増やして、「ちゅうさんは好きだ」の声があふれるようにするしかないのかも。
安田さん自身、もちろん在特会の活動に共感はしておられないのですが、一方的に断罪することもありません。逆に、メンバーを見るまなざしには、哀しみを感じます。
活動にシンパシーを感じる人は、一体どのような人なのか。安田さんはこう説明しています。
「あなたの隣人ですよ――」
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