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『サハマンション』#765


「このマンションに住んでる人たちって、おんなじような家族構成で、おんなじくらいの収入で、おんなじような人生を歩むのかと思うと、ちょっとビミョー」

結婚して、大型マンションに住むことになった友人が言っていました。

たしかにそうかも。集合住宅は、同じような“階級”の人が集まっている、といえそうですよね。

チョ・ナムジュさんの小説『サハマンション』も、舞台は集合住宅である「サハマンション」です。そこに暮らしているのは、「サハ」と呼ばれる“階級”の人々。

この国では、階級移動の望みもなければ、一攫千金のドリームもない。

最下層の「サハ」たちの生き様を描いた小説です。

☆☆☆☆☆

『サハマンション』
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<あらすじ>
ある企業が国家を買収して、都市国家となった「タウン」。最下層の“サハ”が住む「サハマンション」で暮らすジンギョンは、小児科医のスーが殺されたニュースを目にする。スーと一緒に暮らしていた弟のトギョンが容疑者にされるが、ずっと行方不明で……。


2016年10月に韓国で刊行されたチョ・ナムジュさんの『82年生まれ、キム・ジヨン』は、120万部を超えるベストセラーとなり、日本やアメリカなど、17か国で翻訳出版されました。

コン・ユとチョン・ユミ主演で映画化もされています。


もともとテレビの放送作家をされていたそうで、取材をもとに物語を構成するのが得意なのだと思います。『韓国文学ガイドブック』を監修した黒あんずさんは、チョ・ナムジュさんを「記録する作家」と呼んでいました。


『サハマンション』でもその手法は発揮されていて、様々な現実の事件が数多のモチーフとなって登場します。

語ることさえ許されない「蝶々暴動」は、韓国での民主化闘争を思わせますし、「タウン」の歴史を保管する方法は、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』を彷彿させます。

(画像はAmazonより)


「サハマンション」で暮らすひとりひとりに焦点を当てて進むストーリーなので、どちらかというと「キム・ジヨン」より、『彼女の名前は』に印象が近いかもしれません。時間も、場所も、行ったり来たりしますが、短編をつなぎ合わせていくと、ひとつの大きな物語が完成する。

ジンギョンは、トギョンへの疑いを晴らすことができるのか。

どん詰まりのディストピアで、希望をみつけることができるのか。

密入国、LGBTQ、障がいによって最下層においやられた人々の、「受け入れる」生き方に、最初はちょっと戦きました。

変えられない運命も、不合理も、すべてをあきらめているように見えるから。

社会的・経済的に尊敬される職業に就けるのは、「タウン」を運営する企業に勤める人だけ。その他の人々は、超エリートの生活を支える「取り換え可能な道具」と化しています。

そんな国の中で、「サハマンション」に逃げ込んだ人に対する「受け入れる」力は、「やさしさ」として機能していく。

おもしろいなと思ったのは、やさぐれた感じの住人ばかりなのに、ルールとマナーが行き届いていることです。

「サハマンション」には、上水道なんていう上等なものはついていないため、住人は中庭の水道で水を汲み、自分の部屋に運んでいます。この時に使ったタンクは、きれいに洗って、水場に戻してあるんです。

ささやかだけれど、このマンションに暮らす人々が「悪人」ではないと感じさせるシーンでした。

主流を生きる人々にとっては、小さすぎて取るに足りない言葉かもしれない。それでも、地べたに根を張って生きている人の声を、そっとすくい上げるチョ・ナムジュさんの暗さとやさしさが現われている、といえるかもしれません。

何よりつらいのは、大人たちが夢を見る術を忘れていること……。いや、夢を見て、押しつぶされた経験がそうさせるのかもしれないけれど。


「同じような“階級”の人が集まっている」マンションに暮らしていた友人は、結局、戸建てを買って、再度引っ越しをしました。いろんな縛りから逃れられたと喜んでいたことを思い出す。

階級移動のない「タウン」だけど、涓滴岩を穿つという言葉のように、少しずつ積み重なったものが、いつか革命につながるのだとしたら。

夢を見るのもスキルなのかもしれないですね。だって、人間だもの。



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