スキップしてメイン コンテンツに移動

『まとまらない言葉を生きる』#797



「言葉が壊れてきた」と思う。

そんな一文から始まる荒井裕樹さんの著書『まとまらない言葉を生きる』は、言葉が軽くなり、雑に扱われ、攻撃性を帯び、壊れてしまった、いまの時代の処方薬になるかもしれません。

☆☆☆☆☆

『まとまらない言葉を生きる』

☆☆☆☆☆

荒井裕樹さんは、二松學舍大学文学部准教授で、障害者文化論を研究されている方です。本の中で紹介されているのも、障害者運動や反差別闘争に参加された“無名の”方たちの言葉。

これがズシリと響いてくるんです。

政治を巡る状況、オリンピックに関連したドタバタ、SNSに飛び交う言葉、そして昨日ご紹介した映画「パンケーキを毒見する」などなどに日々触れながら、わたしはとても傷ついていたんだなと気が付きました。


20代の頃、ライターの先輩に言われた言葉を思い出します。

「発信するっていうことは、次の時代の文化をつくることなんだよ」

日本語を正しく使うことはもちろん、何かを発信することの責任をひしひしと感じたものでした。

現在はすべての人が発信者となることができます。

それだけ発信することが民主化されたともいえるけれど、はたしてこれは「次の時代の文化」をつくることにつながっているんだろうか。

ただおもしろければいい、PVを稼げればいいという目的で、どんどんと軽さがエスカレートしていった、ウェブメディア。再生回数目的で、愚行を撮影する動画。あからさまな憎悪を垂れ流す投稿。

言葉があまりにも軽く扱われる様が、未来にどうつながるのか、わたしにはまったく理解できなくて、だから、とてもつらかった。

荒井さんも、憎悪表現があふれるいまの時代を、「しんどい時間」と表現されています。

しんどくてネガティブな言葉が増えてしまうと、ある程度感受性のスイッチを切らないとやっていけません。いちいち全力で反応していたら体がもたない。でもそれは、考えるのを止めることなんですよね。僕たちは言葉を巡ってものすごくしんどい時間を生きているんじゃないかと思います。

「まとまらない言葉を生きる」荒井裕樹さんインタビュー 差別・人権…答えが見つからないものこそ言葉により


そんな荒井さんが駆け出しの研究者だった頃、大きな影響を受けたのは、文筆家で俳人、障がい者運動家である花田春兆さんだそう。大正生まれの花田さん。脳性マヒのため、ずっと車椅子で生活しながら、日本という社会が障がい者に対して何をしてきたのかを見てきた方です。

花田さんの『句集 喜憂刻々』に収録されている俳句が一句、紹介されています。

初鴉 「生きるに遠慮が要るものか」

初鴉(はつがらす)は、元旦を表す季語です。

「カラス」事態は季節を問わず、どこにでもいるので「季語」には入っていないのだそう。でも、元日の朝を示す「元旦」であれば、「季語」として扱ってもらえる。

厄介者扱いされることの多いカラスが、一年の初めにする一鳴きの特別感を詠んだものなんです。

「生きること」に遠慮を強いられ、「遠慮圧力」に殺されかねない恐怖が、花田さんに作らせた句なのでした。


人には守るべき一線があり、守られるべき尊厳があります。

障害があろうが、病気があろうが、子どもだろうが、ルーツが違っていようが、人には絶対に侵害してはならない一線というものがある。
 (中略)
誰かの一線を軽んじる社会は、最終的に誰の一線も守らないのだから。


これだけ情報があふれる時代に、言葉では語れない言葉の力を感じられる本です。「分かりやすく」「強くて引きつける」の反対側をいく、血の通った生きた言葉に、ちょっと心を強くしました。


コメント

このブログの人気の投稿

人生をやり直したい男の誤算が招くコメディ 映画「LUCK-KEY」 #298

名バイプレーヤーとして知られる俳優が、主演を務めるとき。その心中はドッキドキでしょうね……。 映画「ベテラン」や「タクシー運転手 約束は海を越えて」で味のある演技を披露していたユ・ヘジンにとって、初めての単独主演映画が「LUCK-KEY ラッキー」でした。 ☆☆☆☆☆ 映画「LUCK-KEY」 https://amzn.to/3watGNT ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 売れない貧乏役者のジェソンは、将来に絶望して自殺を試みます。が、大家の侵入によって失敗。せめて身ぎれいになってからにしようと銭湯に行くことに。石けんを踏んで転倒した男の鍵をすり替え、男のフリをして暮らそうとしますが……。 原作は内田けんじ監督のコメディ「鍵泥棒のメソッド」。リメイク版の試写会で、観客が提案したタイトルが「LUCK-KEY」で、それがそのまま使われることに決まったのだそう。 ☆☆☆☆☆ 映画「鍵泥棒のメソッド」 https://amzn.to/3jEEotv ☆☆☆☆☆ ユ・ヘジンが演じるのは記憶喪失になった男「ヒョヌク」なのですが、ロッカーの鍵をすり替えられてしまったため、周囲には貧乏役者だと思われています。助けてくれた救急隊員の実家である食堂で働くことになりますが、刀さばきはすごいし、客さばきもうまい。だけど彼自身は俳優として成功し、親孝行しなければとマジメに努力します。 (画像はKMDbより) 一方、鍵をすり替えて逃げ出したジェソンの方は、豪勢な「ヒョヌク」の家にビックリ。贅沢三昧に自堕落に暮らし始めますが、隠し部屋で多くの銃を発見してしまいます。 実は「ヒョヌク」は、100%の成功率を誇る伝説の殺し屋だったのです!!! というお話。とにかくおかしな方へ、おかしな方へと話が転がっていく、コメディです。 (画像はKMDbより) 驚くのはユ・ヘジンの身体能力の高さ。趣味は登山と日曜大工だそうですが、いや、すごすぎやろというくらい、見事なアクションをみせています。 映画では、どう見てもおっちゃんなのに身分証は20代だったり、大部屋俳優から出世しちゃったり。 記憶は失っても、努力の仕方は覚えてるんですよね。 逆に、鍵をすり替えたジェソンは、夢はでっかく、だけど行動力はゼロという青年です。ふたりの対照的な生き方は、入れ替わっても続いてしまう。「幸運の鍵」をつかむには、という部分で、ちょっと身に...

『コロナ時代の選挙漫遊記』#839

学生時代、選挙カーに乗っていました。 もちろん、なにかの「候補者」として立候補したわけではありません。「ウグイス嬢」のアルバイトをしていたんです。候補者による街頭演説は、午前8時から午後8時までと決まっているため、選挙事務所から離れた地域で演説をスタートする日は、朝の6時くらいに出発することもあり、なかなかのハードワークでした。 選挙の現場なんて、見るのも初めて。派遣される党によって、お弁当の“豪華さ”が違うんだなーとか、候補者の年齢によって休憩時間が違うんだなーとか、分かりやすい部分で差を感じていました。 それでも、情勢のニュースが出た翌日なんかは事務所の中がピリピリしていることもあり、真剣勝負の怖さを感じたものでした。 「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちれば“ただの人”だ」とは、大野伴睦の言葉だそうですが、誰だって“ただの人”にはなりたくないですもんね……。 そんな代議士を選ぶ第49回衆議院議員総選挙の投票日が、今週末10月31日に迫っています。   与党で過半数を獲得できるのかが注目されていますが、わたしが毎回気になっているのは投票率です。今回は、どれくらい“上がる”のかを、いつも期待して見ているのですが、なかなか爆上がりはしませんね……。 ちなみに、2017年10月に行われた第48回衆議院議員総選挙の投票率は、53.68%でした。 『コロナ時代の選挙漫遊記』の著者であり、フリーライターの畠山理仁さんは、選挙に行かないことに対して、こう語っています。 “選挙に行かないことは、決して格好いいことではない。” 全国15の選挙を取材したルポルタージュ『コロナ時代の選挙漫遊記』を読むと、なるほど、こんなエキサイティングな「大会」に積極的に参加しないのはもったいないことがよく分かります。 ☆☆☆☆☆ 『コロナ時代の選挙漫遊記』 (画像リンクです) ☆☆☆☆☆ 昨年行われた東京都知事選で、「スーパークレイジー君」という党があったのをご存じでしょうか? またオモシロ系が出てきたのかしら……と、スルーしてしまったのですけれど、本を読んで、とても真剣に勝負していたことを知りました。300万円もの供託金を払ってまで挑戦するんですもん。そりゃそうですよね。 この方の演説を、生で見てみたかった。もったいないことをしてしまった。 こんな風に後悔しないで済むように、畠...

まったく新しい映画体験に思うこと 4D映画「ハリー・ポッターと賢者の石」 #484

映画の公開20周年を記念して、「ハリー・ポッターと賢者の石」が初の3D化されました。体感型の4DXやMX4Dで上映されています。 映画を「配信」するサービスが増え、パソコンやスマホでも映画が観られるようになったいま、「劇場で観る楽しみ」を、最大限与えてくれる上映方法だと思います。 でも、なぜか、4D映画ってモヤッとしてしまう……。 クィディッチゲームの疾走感や、チェスの駒が破壊されるシーンの緊迫感は倍増されていたので、こうした場面の再現率、体感度は以前に比べてかなり上がってきたように感じます。 (画像はIMDbより) それでも、稲光、爆風や水滴など、ストーリーとのズレを感じてしまう。 むかし観た4D映画では主人公が「GO! GO!」と走り出すシーンで、スポットライトがピカピカと点滅していたんですよね。わたしの頭の中で、「パラリラ パラリラ~」という暴走族のバイクの音が再生されてしまいました。 そうしたストーリーとは関係のない効果は減り、洗練されてきた感じはするものの、やっぱりスッキリしないものは残るのです。 4D映画はなぜモヤるのだろうと考えていて、「誰の目線で映画を観ればいいのか混乱する」からかもしれないと気がつきました。 ここで、あらためて4D映画について説明しておきます。 4D映画とは、映画に合わせて光や風などの演出が施された、アトラクション型の「映画鑑賞設備」のことです。 2D映画でも、4D映画の設備で上映されなら、4D映画になります。今回わたしが観た「ハリー・ポッターと賢者の石」は、3D映画の4D上映でした。 日本で導入されている4Dシアターは2種類。韓国のCJ 4DPLEX社が開発した4DXと、アメリカのMediaMation社が開発したMX4Dです。わたしは今回、TOHOシネマズで観たのですが、導入しているのはMX4Dのほうでした。サイトによると、体感できる環境効果はこちら。 特殊効果 ・シートが上下前後左右に動く ・首元、背後、足元への感触 ・香り ・風 ・水しぶき ・地響き ・霧 ・閃光 なるほど、のっけからシートがジェットコースターのように揺れ、風が吹きつけ、地響きも、ふくらはぎに礫が当たるような感触も体験できました。 人間社会で虐待されながら育ったハリー・ポッターは、ハグリットと出会うことで初めて魔法の世界に触れることになります。 ホグワーツ魔...