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『まとまらない言葉を生きる』#797



「言葉が壊れてきた」と思う。

そんな一文から始まる荒井裕樹さんの著書『まとまらない言葉を生きる』は、言葉が軽くなり、雑に扱われ、攻撃性を帯び、壊れてしまった、いまの時代の処方薬になるかもしれません。

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『まとまらない言葉を生きる』

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荒井裕樹さんは、二松學舍大学文学部准教授で、障害者文化論を研究されている方です。本の中で紹介されているのも、障害者運動や反差別闘争に参加された“無名の”方たちの言葉。

これがズシリと響いてくるんです。

政治を巡る状況、オリンピックに関連したドタバタ、SNSに飛び交う言葉、そして昨日ご紹介した映画「パンケーキを毒見する」などなどに日々触れながら、わたしはとても傷ついていたんだなと気が付きました。


20代の頃、ライターの先輩に言われた言葉を思い出します。

「発信するっていうことは、次の時代の文化をつくることなんだよ」

日本語を正しく使うことはもちろん、何かを発信することの責任をひしひしと感じたものでした。

現在はすべての人が発信者となることができます。

それだけ発信することが民主化されたともいえるけれど、はたしてこれは「次の時代の文化」をつくることにつながっているんだろうか。

ただおもしろければいい、PVを稼げればいいという目的で、どんどんと軽さがエスカレートしていった、ウェブメディア。再生回数目的で、愚行を撮影する動画。あからさまな憎悪を垂れ流す投稿。

言葉があまりにも軽く扱われる様が、未来にどうつながるのか、わたしにはまったく理解できなくて、だから、とてもつらかった。

荒井さんも、憎悪表現があふれるいまの時代を、「しんどい時間」と表現されています。

しんどくてネガティブな言葉が増えてしまうと、ある程度感受性のスイッチを切らないとやっていけません。いちいち全力で反応していたら体がもたない。でもそれは、考えるのを止めることなんですよね。僕たちは言葉を巡ってものすごくしんどい時間を生きているんじゃないかと思います。

「まとまらない言葉を生きる」荒井裕樹さんインタビュー 差別・人権…答えが見つからないものこそ言葉により


そんな荒井さんが駆け出しの研究者だった頃、大きな影響を受けたのは、文筆家で俳人、障がい者運動家である花田春兆さんだそう。大正生まれの花田さん。脳性マヒのため、ずっと車椅子で生活しながら、日本という社会が障がい者に対して何をしてきたのかを見てきた方です。

花田さんの『句集 喜憂刻々』に収録されている俳句が一句、紹介されています。

初鴉 「生きるに遠慮が要るものか」

初鴉(はつがらす)は、元旦を表す季語です。

「カラス」事態は季節を問わず、どこにでもいるので「季語」には入っていないのだそう。でも、元日の朝を示す「元旦」であれば、「季語」として扱ってもらえる。

厄介者扱いされることの多いカラスが、一年の初めにする一鳴きの特別感を詠んだものなんです。

「生きること」に遠慮を強いられ、「遠慮圧力」に殺されかねない恐怖が、花田さんに作らせた句なのでした。


人には守るべき一線があり、守られるべき尊厳があります。

障害があろうが、病気があろうが、子どもだろうが、ルーツが違っていようが、人には絶対に侵害してはならない一線というものがある。
 (中略)
誰かの一線を軽んじる社会は、最終的に誰の一線も守らないのだから。


これだけ情報があふれる時代に、言葉では語れない言葉の力を感じられる本です。「分かりやすく」「強くて引きつける」の反対側をいく、血の通った生きた言葉に、ちょっと心を強くしました。


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