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『類』#809


森鴎外の著作を読んだことがある人って、ぶっちゃけ、どのくらいいるのでしょうか。

わたしは『舞姫』と『ヰタ・セクスアリス』を読んだ程度。元軍医で、子どもたちにハイカラな名前を付けたとか、長女の茉莉が貧乏だった、くらいしか知りませんでした。

文学界の偉人の“威光”は、家族にどんな影響を与えたのか。

森鴎外の末子として生まれ、時代の浮き沈みに翻弄された「類」の生涯を綴った小説が、朝井まかてさんの『類』です。

偉大なる父をもつことの、幸福と不幸は隣り合わせなのだなと感じる物語でした。

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『類』

(画像リンクです)

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<あらすじ>
森鴎外の末子として誕生した類は、優しい父と母の志げ、姉の茉莉、杏奴と千駄木の大きな屋敷で何不自由なく暮らしていた。大正11年に父が亡くなり、生活は一変。人々が去り、中傷が飛び交う中、自らの道を模索する類は、杏奴とともに画業を志しパリへ遊学を決める。帰国後に始まった戦争によって全財産を失った森家は、困窮していく……。


敬愛するパッパ(森鴎外のこと)と、才能あふれる姉たちに比べ、「不肖の息子」だった類。たぶん一番足りなかったのは「情熱」だったのではないかと思います。

時代が明治に代わり、大正へと移っていっても、浮世離れした森家の生活は変わりません。女中さんに「いい年した大人が昼間っから……」と言われてしまうくらい、暢気な生活を送っているんです。

同時代を生きた「伊藤野枝」を描いた小説『風よ あらしよ』と比べると、笑ってしまうくらい生活感がありません。


また、同じく「偉大な父」を持ったため、絵師として苦しんだ河鍋暁翠の小説『星落ちて、なお』とあまりに境遇が違いすぎて。やっぱり芸術家に「ハングリー精神」って必要なのかかもと思ってしまった。


「三越がないから」と言って嫁ぎ先から帰ってきてしまう長女・茉莉。爪に火をともすような生活をしているのに、珈琲とタバコと銀座が大好きな類。次女の杏奴(あんぬ)だけが、母の期待をひとりで背負い、父の名を汚さぬように必死になっていて痛ましいくらいです。

類の妻が入院した際、同室の人への見舞い品を買ってきてほしいと頼むシーンがあります。

「さりげないもので結構ですから。銀座までわざわざ出向かないでくださいね。駅前で見繕ってきてください」

入院代も工面できない暮らしなのに、「お買い物」となると銀座に行ってしまう夫を案じたセリフです。笑ってしまったよ……。

その妻に、類は痛い指摘をされます。

「僕にはこれしかない、死んででもやり抜くという決意、あなたにはそれがないのよ」


誰も彼もが「何者か」になろうとしている、いまの時代。何者かになるために努力するより、自分の好きなものに囲まれて生きたいと願う、類のような人生もアリなのではないかと思います。どうしようもなく生活力のない男だけど、憎めない愛らしさがありました。

表紙の絵は、類が描いたものだそう。

幸せな時間を過ごした「花畑」は、常に類の人生を支えたけれど。同時に、現実に目を向けることをさせなかったのかもしれません。


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