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『時の娘』#871



リチャード3世=悪いヤツ!と思っていたわたしにとって、ジョセフィン・テイ『時の娘』は、衝撃的でした。

「安楽椅子探偵」の傑作のひとつといわれているミステリーで、新井久幸さんの『書きたい人のためのミステリ入門』でも紹介されていました。


テューダー朝の敵役として描かれたシェイクスピアの戯曲「リチャード3世」では、醜悪な容貌を持ち、狡猾な人間とされていました。いまでいう「こじらせ中年」みたいなオッサンです。

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これを映画化したのがローレンス・オリヴィエが演じた「リチャード三世」。

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また、舞台化するプロセスをドキュメンタリー映画にした、アル・パチーノ主演・監督の「リチャードを探して」という作品もあります。最後の名セリフ「馬をくれ、馬を! 代わりに我が王国をくれてやる」が効いていました。

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このように、「リチャード3世=悪いヤツ!」は既定路線として定着している状況です。

でも、リチャードの肖像画を見たアラン・グラント警部は、ふと疑問に思うのです。

「これははたして、悪人の顔だろうか?」

犯人を追跡中に足を骨折して入院中のグラント警部。アメリカ出身の歴史研究者ブレント・キャラダインという助手を得て、数々の資料を取り寄せ、推理を展開していきます。

さて、その結末やいかに。

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『時の娘』

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1452年に生まれたリチャード3世は、ヨーク王朝最後のイングランド王です。政権闘争に明け暮れた半生を送ったようですが、兄であるエドワード4世が亡くなった後、息子の王子ふたりをロンドン塔に幽閉し、殺害したのではと疑われていました。

小説では、この言い伝えが本当なのかが焦点になります。

貴族のパーティー参加者を調べたり、財産目録の動きを調べたり。リチャードが「甥を殺す必然性があったのか」を調べていたグラント警部とキャラダインは、思わぬ事実を発見するのです。

タイトルの『時の娘』とは、「真実」の意味だそう。時が経てば明らかになる、というですね。

「安楽椅子」ならぬ、「ベッド」の上の探偵による、名推理。

リチャード3世が、醜悪で狡猾な「こじらせ中年」として伝えられた背景を考えると、歴史を記録するって客観性が大事なのだなと思わせます。なにより、決して、決して、資料を捨ててはいけないのだ……。

ミステリーとしても、歴史再発見としても、最高におもしろかった小説でした。さて、シェイクスピア翁はなんていうかしら?


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