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『奇病の人』#954


「マルセ太郎」という名前は、どれくらいの方がご存じでしょうか。

形態模写とパントマイムを得意とした喜劇役者で、一本の映画を再現した舞台「スクリーンのない映画館」は大人気でした。

これじゃないけど、一度舞台を観にいったことがあります。

クルッと振り返ったところで、歌舞伎役者のようにギロリと光る、目。

思わず椅子から飛び上がるくらい怖かった……。

若いときはいろんな“やんちゃ”をし、芸人となってからも“バカ売れ”したわけではないけれど、多くの芸能人のファンを持っていました。永六輔さんや立川談志さん、古舘伊知郎さんらがファンとして知られています。

実は、さまざまな“奇病”の持ち主でもあって、病との付き合いを綴ったエッセイ『奇病の人』を残されています。

ユーモアと愛をもって、人間の生き様をみつめたマルセ太郎さん。自身のすべてを舞台に捧げた方でした。

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『奇病の人』

(画像リンクです)

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マルセ太郎さんは、肝臓ガンのため、2001年に亡くなられています。『奇病の人』には、ガンと闘いながら舞台を作り続ける日常が綴られています。

最初に不調を感じたのが、山梨県の白州で行われたアートキャンプに参加した時だったそう。「アートキャンプ白州」とは、舞踊家の田中泯さんが主宰するイベントです。

田中泯さんの踊りと生き様を追ったドキュメンタリー映画「名付けようのない踊り」にも、“畑仕事で作り上げた身体”で踊ろうと決めた田中泯さんが、農作業をされる様子が出てきます。


マルセさんは、田中泯さんの東京の拠点である「プランB」でも舞台公演をおこなっていて、この時の経験が、自身の芸を大きく変えたと語っておられます。

ですが、キャンプの途中で腹痛を訴え、帰宅。検査入院を繰り返し、分かったのは肝臓ガンでした。

さまざまな病気と付き合ってきたせいか、なんというかとても前向きな捉え方をする方で、この経験を「幸運だった」と述懐されてるんですよね。

そして、本人に告知をするかどうか、医療チームや家族の判断に委ねられていた時代なのですが。

看護師から「ガンの告知は受けましたか?」と質問されてとまどう……などなど、病院生活でさえも笑いに包んでしまう。

4度の再発を抱えながらも、多くの人に支えられ、「マルセ喜劇」を完成させ、興行を行うまでの過程は、読んでいてハラハラドキドキでした。

“僕はこれまで、僕自身であることを演じ続けてきたと思っている。他人と比較することを恐れた。何歳にしてこれだけのことをしたなんて競争心は、人の心を貧しくするだけである。”

在日朝鮮人二世として貧しい地域に生まれ、職も学もなく、将来の希望もない。ヒロポンでフラフラしていたマルセさんを救ったのは、マルセル・マルソーのパントマイムでした。

マルソーの名前にあやかって付けた芸名「マルセ太郎」を、一躍有名にした舞台「スクリーンのない映画館」も、実は苦し紛れに生まれた芸。その後、永六輔さんのアドバイスを受けて磨き上げ、人気作品にしていったのだそうです。

「生きることは演じること」という言葉そのままに、最期の最期まで、「喜劇の人」として生きたマルセ太郎さん。その自然体の言葉は、いま読んでも「おかしい」んです。

猿よりも猿らしいと言われた姿が、目に浮かぶ。

田中泯さんも、マルセ太郎さんも、時代に迎合せず、長いものに巻かれず、自身の芸をきわめた方といえます。

その生き方、地に足の付いた哲学に触れることは、日々の栄養剤になりました。

マルセさんの芸を知りたい方には、『芸人魂』もおすすめです。

(画像リンクです)


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