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映画「名付けようのない踊り」#953


「彼の歩き方は、“ダンサー”じゃないんです! 彼こそ“俳優”の歩き方ができる人なんです!!」

2002年に公開された山田洋次監督初の時代劇「たそがれ清兵衛」を観て、当時師事していたアメリカ人映画監督が叫びまくっていました。感動の叫びですよ、念のため。

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“彼”とは、映画の中で清兵衛が討ちに行く相手・余吾善右衛門を演じた田中泯さんです。

狭い家の中で斬り合い、倒れる善右衛門。

この時、なんの音もしないんです。静かに、ゆっくりと倒れていく。

これは、絶対的に全身の筋肉をコントロールできる人だけができる演技とのこと。

(画像はIMDbより)

ドラマ「太陽にほえろ!」などでは、亡くなるシーンの時、いかに派手に、個性的に、華々しく散るかを考えたそうです。ジーパン刑事(松田優作)の

「なんじゃあこりゃああ!!!!!」

が有名ですよね。

でも、田中泯さんが見せてくれたのは、およそ正反対の極にある死に様でした。

その姿はいまでも強烈に残っています。

クラッシックバレエとモダンダンスを学び、土方巽氏に師事した田中泯さん。その踊りと生き様を追ったドキュメンタリー「名付けようのない踊り」が公開されています。

☆☆☆☆☆

映画「名付けようのない踊り」

公式サイト:https://happinet-phantom.com/unnameable-dance/

☆☆☆☆☆

映画は、ポルトガルの街角で、ひとりの男がしゃがみこんでいるところから始まります。

ホームレスのような風貌(すいません)、モソモソと超スローモーションで伸びていく腕、ゴソゴソと超スローモーションで動きだす足。

これが、田中泯さんの“踊り”です。



わたしの貧弱な知識の中で「ダンス」といえば、音とリズムに合わせて手足を動かすもの、でした。軽やかで、ウキウキするような、“ハレ”の気配を感じるもの。

映画「スウィング・キッズ」なんて、マジで重力を感じさせない「ダンス」でした。

K-POPアイドルグループ「EXO」のド・ギョンスくんと、ブロードウェイミュージカルの最優秀ダンサーの称号をもつジャレッド・グライムスのダンス対決シーンは、しびれるほどのかっこよさです。


で、こういうイメージの正反対に位置するのが、田中泯さんの“踊り”。

「たそがれ清兵衛」のシーンは、映画でも使われています。あれほどの決闘を繰り広げたのに、最期の瞬間は、フッと消えるように死んでしまうのです。

どれほどトレーニングすれば、これほど自分の身体をコントロールできるようになるんだろう。

ダンサーは、ダンスを目的に身体を作ってしまう。でも自分は、“畑仕事で作り上げた身体”で踊ろうと決め、田中泯さんは40歳の時に山梨県で農業を始めます。

1978年にパリの秋の芸術祭で“踊り”を披露し、絶賛されるも、自分の流派を作ったり、名声を高めたりするような誘いや活動に、嫌悪を感じたから。

田中泯さんが、ただひとり、“踊り”を観てもらいたいと思った人が、フランスの哲学者ロジェ・カイヨワでした。

映画のタイトルは、この時、カイヨワが伝えた「永遠に、名付けようのない踊りを続けてください」からきています。

(画像はIMDbより)


正解や効率、生産性といった言葉があふれるいま、独自の美学を貫く田中泯さんの哲学に触れ、わたしも大きく揺さぶられました。

そしてまた、「見ている人と僕の間に、“踊り”が生まれることが理想です」という田中泯さんの言葉にも、ズンッと感じるものがありました。

これはまさに、「コミュニケーション」のことだから。

映画のラストで、ひとつの“踊り”を終えた田中泯さんが、頭をポコポコと叩くシーンがあります。そして、ニコニコしながら、ひと言。

「海に沈んでいきそうな感じ」

映画を観ながら、わたしも一緒に海に沈んでいたのかもしれない。田中泯さんの集中力に引き込まれ、光の射さない暗闇の中で、たくさんのものを見つめていたせいでしょうか。

家に帰ってから、コンコンと眠ってしまいました……。

田中泯さんの“踊り”に感じるものに、たぶん正解はないでしょう。

だからこそ、たくさんの人に感じて欲しいなと思います。

正解のない道をいく、厳しさと楽しさを。


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