スキップしてメイン コンテンツに移動

『ミシンと金魚』#959


どれだけ孤独が好きだったとしても、友だちと呼べる人が少なかったとしても、ひとりじゃない。

永井みみさんの『ミシンと金魚』を読みながら、あらためてそんなことを感じました。

主人公は、認知症を患う「カケイさん」です。人生の軌跡を可視化するライフチャートなんか書いたら、「ドン底期」しかないんじゃないかと思うほどの人生。

その中にあった、幸せの時間とは?

☆☆☆☆☆

『ミシンと金魚』







(画像リンクです)


☆☆☆☆☆

永井みみさんは、ケアマネージャーとして働きながら、この小説を書き上げ、第45回すばる文学賞を受賞。絶賛されているレビューをTwitterで見かけて、さっそく読んでみました。

物語は、「カケイさん」のひとり語りで進みます。というか、超絶マシンガントークで、「カケイさん」の日常が浮き彫りになっていく。

デイサービスと、息子の嫁の介護を受けながら、ひとりで暮らしている「カケイさん」。嫁の名前はかろうじて覚えているんですが、デイサービスで出会う介護士たちは、みんな「みっちゃん」という名前で認識されているんです。

その、「みっちゃん」という名前に込められた背景に、またまた壮絶な「ドン底期」を知ることになります。

継母から毎日薪で殴られ、犬のおっぱいをもらいながら育った幼少期。

女に学はいらないと教育は受けられず、古新聞を読んで文字を知った少女時代。

兄のおかげで結婚するも、夫は蒸発。先妻の息子と、自分の子どもを必死に育てた、母としての時間。

学もなく、周囲にバカにされるだけだった「カケイさん」の、唯一の特技がミシンでした。

以前、在日一世の聞き取り調査をした際、ミシンの話がたくさん出てきたと聞いたことがあります。遺品として残っているものも、旧型の足踏みミシンが多くあったそう。

外で女性が働くことが難しく、学もない女性が働こうとなったとき、初期投資の少ないミシン仕事は、家計を助けるものだったのかもしれないですね。

ミシンに夢中になり、いわゆる「ゾーン」に入ったときに、事件は起きます。

禍福は糾える縄の如しなんてことわざがありますが、「カケイさん」にとって、禍福の採算はどうだったんだろうと思わずにいられない。

ずっと搾取される側で、人間の尊厳なんて言葉も知らず、バカにされ、雑に扱われてきた人生。

それでも。

「カケイさん」は決してひとりではなかった。

デイサービスで隣に座った「広瀬のばーさん」の過去も、女の悲劇を凝縮したような話。それでも、誰も「ドン底期」しかない自分の人生を嘆いていないところが、逆につらい。

「あなたには怒る権利がある!!」

と、叫びたいくらいの思いを抱えてしまいました。


人は、死ぬ。

いつか、確実に、死ぬ。

でも、暴力的に命が奪われることに対しては、「No」と言いたい。

ニュースを見ながら、何もできない自分に無力感しかないのだけれど、せめて。

「生を全うした」といえる生き方をしなければと思った。

コメント

このブログの人気の投稿

まったく新しい映画体験に思うこと 4D映画「ハリー・ポッターと賢者の石」 #484

映画の公開20周年を記念して、「ハリー・ポッターと賢者の石」が初の3D化されました。体感型の4DXやMX4Dで上映されています。 映画を「配信」するサービスが増え、パソコンやスマホでも映画が観られるようになったいま、「劇場で観る楽しみ」を、最大限与えてくれる上映方法だと思います。 でも、なぜか、4D映画ってモヤッとしてしまう……。 クィディッチゲームの疾走感や、チェスの駒が破壊されるシーンの緊迫感は倍増されていたので、こうした場面の再現率、体感度は以前に比べてかなり上がってきたように感じます。 (画像はIMDbより) それでも、稲光、爆風や水滴など、ストーリーとのズレを感じてしまう。 むかし観た4D映画では主人公が「GO! GO!」と走り出すシーンで、スポットライトがピカピカと点滅していたんですよね。わたしの頭の中で、「パラリラ パラリラ~」という暴走族のバイクの音が再生されてしまいました。 そうしたストーリーとは関係のない効果は減り、洗練されてきた感じはするものの、やっぱりスッキリしないものは残るのです。 4D映画はなぜモヤるのだろうと考えていて、「誰の目線で映画を観ればいいのか混乱する」からかもしれないと気がつきました。 ここで、あらためて4D映画について説明しておきます。 4D映画とは、映画に合わせて光や風などの演出が施された、アトラクション型の「映画鑑賞設備」のことです。 2D映画でも、4D映画の設備で上映されなら、4D映画になります。今回わたしが観た「ハリー・ポッターと賢者の石」は、3D映画の4D上映でした。 日本で導入されている4Dシアターは2種類。韓国のCJ 4DPLEX社が開発した4DXと、アメリカのMediaMation社が開発したMX4Dです。わたしは今回、TOHOシネマズで観たのですが、導入しているのはMX4Dのほうでした。サイトによると、体感できる環境効果はこちら。 特殊効果 ・シートが上下前後左右に動く ・首元、背後、足元への感触 ・香り ・風 ・水しぶき ・地響き ・霧 ・閃光 なるほど、のっけからシートがジェットコースターのように揺れ、風が吹きつけ、地響きも、ふくらはぎに礫が当たるような感触も体験できました。 人間社会で虐待されながら育ったハリー・ポッターは、ハグリットと出会うことで初めて魔法の世界に触れることになります。 ホグワーツ魔

キャラクター名“画数グランプリ” 優勝したのは!?「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」 #515

劇場版「鬼滅の刃」が話題ですね。 校閲ガールであるわたしにとって、気になるのはストーリーでも、煉󠄁獄さんのかっこよさでも、興行収入でもありません。 漢字が多すぎ!!! ってことです。 たぶん、すべての校閲ガールや校閲ボーイは、トラウマとなる漢字を持っています。変換ミスや同音異義語を見落とした経験を持っているから……。一度やってしまうと、その漢字を見ただけで「ヒッ!」となります。特に画数の多い漢字はつらいんです。 なのに、 「鬼滅の刃」の登場人物は、全員画数多過ぎでしょ!!! 劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編公式サイト 「その刃で、悪夢を断ち斬れ」劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編 絶賛公開中!   主人公は竈門炭治郎。その妹は禰豆子。鬼殺隊仲間は、我妻善逸、嘴平伊之助。「鬼殺隊」という名前からすでに怖そうですよね……。ちなみに一度で変換できなくて、「おに」「ころし」「たいちょう」と入力したので、あの日本酒を思い出しました。 清洲城信長 鬼ころしパックが【全国燗酒コンテスト2020】お値打ち熱燗部門 金賞受賞(2年連続受賞)   そんな「鬼殺隊」最強の剣士・煉󠄁獄杏寿郎さんはやはり、漢字の難しさも最高レベル。さすがは炎の呼吸を使う炎柱です。たぶん「隊長」みたいな役職の人です。 今回の映画の敵は魘夢と猗窩座というヤツで、これまで炭治郎たちが戦ってきた鬼よりはるかに強いヤツらしい。文字だけ見ても強そうですもんね。その鬼を束ねている悪の総帥が鬼舞辻無惨。 読み方分かりませんね……? 手書きできませんね……? 「鬼滅の刃」漢字検定1級をとれたらすごいと思います。このアニメとのコラボグッズは、校正するの、大変そう……。 そこで、緊急企画 「画数グランプリ」を開催 したいと思います! 「漢字辞典online」というサイトにて、各キャラクターの名前の画数を確認してみました。 kanji.jitenon.jp 「竈」という漢字を検索すると、こんな感じで表示されます。 この「画数」を足し上げていくのです。さて、優勝したのは!? (表記は公式サイトを基にしています) * * * 第3位:鬼舞辻無惨 54画 第2位:竈門炭治郎 55画 僅差です! 「魘夢」なんて、「魘」だけで24画もありました。これはぶっちぎるのでは……と思いきや、2文字という名前が仇に。けっこうしぶとい強いヤツでしたが、こ

時を越えた武将の恋と悲劇 「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」 #265

1990年代前後に放送されたトレンディドラマといえば、浅野温子、浅野ゆう子の「W(ダブル)浅野」や、三上博史、柳葉敏郎、陣内孝則、江口洋介、織田裕二、吉田栄作ら、美男美女による恋物語です。 流行の最先端の職業、オシャレな街や、素敵なインテリアの部屋に暮らす主人公たちには憧れました。東京って日本じゃないんだと思ってましたよ。 韓流ブーム全盛期の頃の韓国ドラマは、もうちょっと泥臭い設定でした。 親に捨てられるとか、貧乏のどん底生活とか、家の奴隷のような嫁、強父に逆らえない息子、裏切りを乗り越えて復讐することが生きる目的になっているような、そんな設定が多かったんですよね。 韓国社会自体が成熟したせいか、設定は大きく様変わり。日本のトレンディドラマのような等身大といえばそうだけど、どちらかというと非現実的な設定やお仕事ドラマが増え、それと共に高視聴率の番組も減ってしまったように思います。 そんな中で2016年から放送が始まった「トッケビ~君がくれた愛しい日々~ 」は、ケーブルテレビとしては異例の高視聴率を記録。主演のコン・ユは、百想芸術大賞などの賞を総なめにしました。 900年の時を行ったり来たりしつつ、高麗時代の武将の恋と悲劇を描いたラブコメディです。 ☆☆☆☆☆ ドラマ「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」 DVD (画像リンクです) Netflix https://www.netflix.com/title/81012510 ☆☆☆☆☆ <あらすじ> 高麗最強の武士キム・シン(コン・ユ)は、王の嫉妬から逆賊とされ、命を落とす。しかし、不滅の人生を生きる呪いをかけられて蘇ることに。約900年後、女子高生のウンタク(キム・ゴウン)と知り合う。幽霊が見える彼女は、キム・シンをトッケビだと見破り、自分は「トッケビの花嫁」だと主張するのだが……。 「トッケビ」とは、朝鮮半島に伝わる精霊や妖怪のことです。辞書には「小鬼、お化け」と出ているのですが、「鬼」と何が違うねん、「幽霊」との違いはなんや?というツッコミはなしで読んで欲しいのですけど。 「トッケビ」は大衆文化の象徴としてキャラクター路線が進んだそうです。これをモチーフに、壮大なドラマを作り上げたのが、脚本家のキム・ウンスクです。 日本のトレンディドラマのブームを築いた脚本家として名前が挙がるのが、坂元裕二や野島伸司でしょう。同