校閲の仕事では、「文字サイズ」のことを「Q数」、もしくは「Qサイズ」と呼んでいます。WordをはじめとするPCの表示は「ポイント数」ですよね。ですが、印刷現場では昔ながらの呼び方なんです。
これは、写植で使用されていた単位「1Q= 0.25mm」を「Qサイズ」と呼んでいたことの名残りだそうです。校正の7つ道具である「級数表」は、文字のサイズを確認するためのものですが、この「級」という漢字も「Q=キュー」の当て字です。
といっても、いまでは「写植」さえ、知らない人の方が多いと思います。写植=写真植字とは、文字などを印画紙やフィルムに印字して、版下(印刷用の原稿)を作るためのもの。テレビのテロップやマンガのセリフなどにも使われていました。
写植は1個の文字を使いまわすことができますが、1文字:1個の活字を組み合わせて印刷するのが「活版印刷」です。ひらがな、カタカナ、数字、ローマ字、膨大な数の漢字。それを各サイズ取り揃えるので、活版印刷には大量の「活字」が必要になります。
(出典:Wikipedia)
昔の本は、この活字を一文字ずつ組んで印刷していたのです。そのため校正赤字を修正する際は、行がずれないように文字数を変えない工夫をしてくれた作家もいたそうです(行がずれると、活字を組み直さないといけなくなるので)。
活字は写植に押され、写植はDTPに押されて、いまではコンピューターソフトでページが組まれることが多くなりました。
「活版印刷」は“趣味”のものになりつつあるのでしょうか……。
めっちゃ前置きが長くなってしまいましたが、今日からご紹介しようと思っている小説が、活版印刷所「三日月堂」を舞台としたシリーズなんです。川越の小さな印刷所を継いだ弓子と、活版印刷がつなぐご縁の物語です。
全4巻のシリーズで、順番はこちら。
第1巻:星たちの栞
今日は物語の導入にあたる「第1巻:星たちの栞」を紹介します。
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『活版印刷三日月堂』
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話は、まもなく高校を卒業し、独立しようとしている息子の母である運送店スタッフ・ハルさんの話から始まります。女手一つで息子を育ててきて、大学生になる息子が誇らしくもあり、淋しくもあり。
なにか、“ぴったり”な贈り物をしたいと思いつつ、何がいいのか思いつくものはなく。そんな時に、古い印刷所が営業を再開していることを知るのです。
前店主の孫だという弓子自身、ワケありな様子ですが、1巻ではまだ詳しく語られません。川越に詳しいハルさんがハブになって、次々とお客様が訪れるようになります。
連作短編なので、一応どこからでも読めます。1巻に収録されているのは、
・世界は森
・八月のコースター
・星たちの栞
・ひとつだけの活字
の4編。
作者のほしおさなえさんは、もともとツイッターで「140字小説」というシリーズを書いていたそうです。それを活版印刷で本にしたいと思って調べていた時に、紙物雑貨屋の九ポ堂さんとお知り合いになり、一緒に仕上げたとのこと。
そこで得た知見を活かしてこの小説を書きあげたので、一編の小説には、ひとつずつ印刷の知識が入っています。
先日お会いした方の名刺がちょうど「活版印刷」で刷られていて、かすかなへこみの手触りがとても懐かしかったんですよね。
「活版印刷」は活字を手で拾い、組んでいくという超アナログな作業を経て出来上がるものなので、行間がちょっと整っていなかったり、文字が歪んでいたり、にじんでいたりと、1枚1枚できあがりが違います。その偶然性というか、整っていない感、手触り感が、わたしはとても好きなんです。
いわゆる、「エモい」ってやつですね。
パートナーとなった九ポ堂さんは、紙物の雑貨はじめ、活版印刷の雑貨も扱っておられます。
浅草・田原町の本屋さん「Readin' Writin' BOOK STORE」では、ときどき活版印刷のワークショップをやっています。要チェック。
すべてにおいて受け身な弓子とエモい印刷物を通して、悩みを抱える人たちが自身の迷いに目を向けられるようになります。そして、一歩を踏み出す。そんなお話です。
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