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言葉は“魂のかけら” 『活版印刷三日月堂 雲の日記帳』 #113


川越にある小さな活版印刷所「三日月堂」を舞台に、記憶とは、言葉とは、ご縁とは何かを考えさせられる小説「活版印刷三日月堂」シリーズの4冊目、これが完結編です。

1巻から読みたい場合、読む順番はこちら。

第1巻:星たちの栞

第2巻:海からの手紙

第3巻:庭のアルバム

第4巻:雲の日記帳

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『活版印刷三日月堂 雲の日記帳』

(画像リンクです)

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『雲の日記帳』に収録されているのは4編です。

・星をつなぐ線

・街の木の地図

・雲の日記帳

・三日月堂の夢


星、木、雲と、古代から人間の興味の対象だった「自然」がそれぞれの短編のタイトルになっていて、日々を生きる人たちの悩み、迷いが綴られています。時代が変わっても、人間の悩みなんて変わらないのかも。

古いもの・変わらないもの:新しいもの・変わっていくもの

この二軸が、小説全体を貫いているテーマです。おまけに印刷技術についての解説も入っていて、どれも「へーっ!」があって興味深い。

「浮世絵は板目(いため)木版。木口木版は西洋木版とも呼ばれていて、イギリスで十八世紀末に発明されて、ヨーロッパで書籍の挿絵によく使われた。ちがいは、木の幹を縦に切るか、横に切るか」

縦に切ったのが板目木版で、横に切ったのが木口木版。木口木版は堅くて目の詰まった木を使うので細かい描写が可能なんですね。その代わり、版が「切り株」サイズになるので大きなものは作れなかったのだとか。

「星をつなぐ線」で紹介される話です。この短編は、プラネタリウムの施設で星座早見盤の木口木版が見つかり、復刻版ができないだろうかと奔走する印刷会社の青年が主人公。

三日月堂の弓子のことを知り、版を複製して印刷する案が浮上します。が、「版」という、刷られるために作られたものをめぐって対立。

使われないけれど、「貴重なもの」だから残すのであれば、それはただの「資料」になってしまいます。「使ってこそ」のものではないのか。いまは使われなくなったものや技術を、「展示」して「保管」することに意味はあるのか。

これは、大きな問いだと思います。現場に遠い人ほど、珍しい「工芸品」や「資料」として扱ってしまいそう。でも、ものを“活かす”ためには、もっと違う視点が必要なのです。

実は弓子自身、活版印刷を受注しながら、時代遅れのものを使い続けることに意味があるのかと迷っていたんですね。でも星座表の復刻を通して、むかしの版に命を吹き込むことの意義を知ることになります。


一つひとつの文字を拾い、組み合わせて版を作る活版印刷は、つなぎ方次第で無限の文章を綴ることができます。そのままとっておくこともできますが、ばらして、また別の文章の一部にすることもできる。

そこに現れた言葉は、人を温めるのか、傷つるものなのか。人を慰めるものなのか、貶めるものなのか。

あまりにも簡単に「発信」ができてしまう今日、普段自分が使っている言葉や表現について、見直してみたくなる小説でした。

万事に控えめで、受け身だけれど、意外と頑固な弓子の職人としての意地は、ご縁をつないで「三日月堂の夢」を描く力になります。

著者のほしおさんは、本を「宛先のない魂のかけら」にたとえています。

思いが綴られているのに、手紙のように決まった相手に送るわけでもなく、正しい宛先もない。おずおずと世界に差し出された後、そのまま消えてしまうかもしれないし、誰かの心に住み着くこともある。

わたしはこの本を、人生のスタートに立っている人に読んでほしいなと思いました。この小説の「魂のかけら」が、誰かの心の中に住み着いて、根を下ろしたら。

もっと言葉が大切にされる世界になるかもしれない。

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