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映画「偽りの隣人 ある諜報員の告白」#805


「野党総裁である以前に、ひとつの家庭の父であり、一般の人々とまったく変わらない隣人の姿だ」

映画「偽りの隣人 ある諜報員の告白」で、自宅に軟禁される野党総裁を演じたオ・ダルスは、映画の公開時にこう語っていました。


自らのセクハラ疑惑によって、映画も公開が中止され、2年もの間、活動できなかったオ・ダルス。出演作の観客動員数が、累計で1億人を突破した俳優に贈られる「1億俳優」のひとりです。

だいたい笑いを炸裂させるコミカルな役柄なのですが、「偽りの隣人」で政治家を演じると聞き、どんなもんだろうと心配していました。

そして。

やっぱ、「1億俳優」って段違いだわ!!!

これが一番の感想です。

☆☆☆☆☆

映画「偽りの隣人 ある諜報員の告白」

公式サイト
http://itsuwari-rinjin.com/

☆☆☆☆☆

<あらすじ>
次期大統領選に出馬するために帰国した、野党政治家イ・ウィシクは、国家安全政策部により逮捕され、自宅軟禁される。ウィシクを監視するため、諜報機関はユ・デグォンを監視チームのリーダーに抜擢。隣家に住み込んだデグォンは、24時間体制でウィシクの監視任務に就くことになるが……。


舞台は、1985年の韓国です。まだオリンピックも開催される前で、民主化もされておらず、デモがさかんに行われていた時期なんですよね。

この時代を描いた映画に、「1987、ある闘いの真実」があります。


「1987、ある闘いの真実」は実際に起きた事故をベースにしていますが、「偽りの隣人」はまったくのフィクションです。

とはいえ、

・民主化闘争が激化した時期

・海外から帰国した野党総裁

・自宅軟禁

という設定から、モデルにしているのは「金大中」だといわれています。

拉致、自宅軟禁、死刑判決を受け国外追放、政界復帰して大統領となり、ノーベル平和賞を授与されるという、ジェットコースターのような人生を送った政治家です。

オ・ダルスが演じた「イ・ウィシク」という政治家も、大統領選に出馬しようとして帰国、そのまま自宅に軟禁されてしまうのですが。

政治家としての野心よりも、家庭人としての姿を強く打ち出しているんですよね。

その自然な振る舞いに、あまりにも人間的な“父”の姿に、監視する側がどんどん惹かれていく。

もうひとつ、ストーリーに取り入れられていたのが『沈清伝』という韓国の民話でした。


簡単にあらすじを説明すると、親孝行な娘・沈清(シムチョン)が、父の目を治すためにさまざまな苦難に身を投じ、命までも捧げる、というお話。

学生時代にこの話を聞いた時は、「そこまでしないでしょ!?」と感じたものでした。ドライな現代人なもので……。

映画の中に現われる「沈清」は、さらに大きな悲劇へと向かう引き金です。

そこでのオ・ダルスが。

いままでいろんな映画で、ユーモラスな姿を見てきたけれど、こんなに涙を搾り取られた映画はなかったです。いやー、さすがイ・ファンギョン監督。泣かせるのがうまい。

ここまで泣かせなくてもいいじゃん、と思った「7番房の奇跡」の監督です。


「ウィシク」を監視する“耳野郎”役は、チョン・ウ。うっかり、「ウィシク」の息子である「イェジュン」と親しくなってしまいます。

その「イェジュン」は、「パラサイト 半地下の家族」のチョン・ヒョンジュンが演じています。

(画像はKMDbより)

日本での公開は、3年の間がありますが、撮影時期は「偽りの隣人」の方が早かったんでしょう。こっちの方が、おぼこい感じが残っていますね。

(画像はKMDbより)


韓国の民主化闘争が激しくなった80年代、イ・ファンギョン監督はまだ10代の少年でした。

「なぜ韓国では民主化が遅れたのか」

そんな疑問と憤りが、この映画をつくらせたそう。

でも。

「無念に死ぬ人がいない世の中」は、まだ達成されていません。民主化の根を、深く強く育てるのは可能なのだと信じたい。


映画「偽りの隣人 ある諜報員の告白」130分(2020年)

監督:イ・ファンギョン

脚本:イ・ファンギョン、ユン・ピルジュン、キム・ヨンソク

出演:チョン・ウ、オ・ダルス、キム・ヒウォン、キム・ビョンチョル、チョ・ヒョンチョル、チ・スンヒョン


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